第82話 兄と妹の週末 ⑨
お待たせ……しました
谷園と碧について行き、最初に来たのが雑貨ショップだ。
アロマ系の小物や可愛いコップ、女の子が好きそうな物が沢山売ってある。
客層も、高校生や大学生っぽい女の子が大半みたいで、俺と似た微妙な表情を浮かべている男の人がポツポツ居る。
小物に関しては、便利そうな物があれば俺も欲しいが、特にコレが欲しいというのは今のところ無い。
商品を流れに沿って見て回る谷園と碧の後をただついて行く。
「おっ、猫のグラスとかあるぞののの」
「可愛い」
動物の絵柄を使った物は沢山あるが、その中でも猫は上位にくるぐらい多くある。猫をモチーフにした箸置きや猫がプリントされたエプロン……のののがキョロキョロと目移りするくらいには沢山置いてある。
流石にショップ内では手を繋いでいない。
これはまぁ、邪魔になるという理由もあるが、のののが「あの兄妹仲良いわねぇ」という声を聞いてしまったのが主な理由だったりする。
「ののの、今の流行りとかって分かってる?」
「当然」
「ほぉ~、流行りとかにあんまり興味ないかと思ってたけど……」
「それとこれとは別」
興味はないらしい。でも、情報としては知っているみたいだ。
流行りに乗るのが悪いとは言わないが、のののに関して言えば、自分の好きな事を自分の好きなまましている感じがある。
逆に碧や谷園は、どんどん流行りを取り入れていくスタイルみたいで、さっきから『人気!』とか『流行り!』とか書かれてある商品は必ずチェックしているみたいだった。
「ファッションとか小物とか……全然分かんないな」
「神戸はそれでいい」
「えぇ……。でも、オシャレは大事じゃない?」
「大事。でも、神戸には必要ない」
なるほど、俺は既にオシャレ……そういうことか。
自分では何がオシャレかよく分からずに、とりあえず無難なパーカーばかり買ってしまう人生だったけど、いつの間にか流れが来ていたということか。
違うか。分かってるさ。俺も分かってる……のののに、センスが無い人が頑張っても無駄だから必要ない、と言われた事くらい。
ホントはもっと簡単に言ってるのかもしれないけど、だいたいの意味的にはこんな感じだろう。
「お兄ちゃん、この赤と青と白だったらどれが良いと思う?」
碧が持って来たのは砂時計だ。手にしているやつの砂の色は白だが、どうやら赤と青もあるらしい。
飾るだけでオシャレに見えるかもしれないが、碧の部屋にこの砂時計が置いてあっても違和感が出そうである。
だがまぁ……しいて言うならオーソドックスな白がベターだろうか。
「白が良いと思うけど……碧の部屋の雰囲気に合うか?」
「んー……そう言われると合わないかも。もっと可愛いの探してみるね!」
碧や谷園、のののはこの店で時間を潰せるのかもしれないが、流石に俺には厳しい。欲しい物が特に無いってのもあるが、どうにも店の雰囲気が女子女子している。
そもそも男子向けでは無いのだから、居づらいのは当然だったりするのだが。
「ののの、店の近く……あの辺りで待ってて良いか?」
「妹の為と聞いた」
「いや、まぁ……そうなんだけど。はい、弱音を吐きました……すいません」
「我慢する」
一言で論破されて、俺は耐えた。
碧からの「どっちが良い?」という質問にも返し、谷園から聞かれて男子視点からの感想も言った。のののからのよく分からない視線にもなんとか対応してみせた。
頑張れば、意外と何とかなるもんである。
でも、それでも――こんだけ見て回ったのに、結局何も買わなかった事に関しては決して言及してはいけない。
何故なら、返されるのは「女子ってそういうもの」という曖昧な答えだと分かっているからだ。
「碧ちゃん、次はどこに行きますか?」
「んーとねぇ、洋服見たいかも! 来年には中学生だし、大人っぽい服装にしなきゃ」
「安い服をいかにオシャレに見せるかが、私達にとっては大切なスキルなんですよ、碧ちゃん!」
という事で、次の行き先は決まったみたいだ。
服ね、服。これまた時間が掛かりそうだ。決して顔には出せないが、少しくらいの溜め息は仕方ないと思いたい。
ただ、これだけ広い所だと洋服店もけっこうな数がありそうだ。
どうせなら、パッと見で女性専門みたいな所じゃなくて、男物も売ってあるような店にしてくれれば俺も時間が潰せ……費やせる。
出来ればそういう安くて幅広い店にして欲しいが、これもまた碧次第ではある。
◇◇◇
さっきの雑貨ショップからエスカレーターで階を移動して、洋服店がひしめき合う場所に移動してきた。
ここは男性もそこそこ多いが、やはり女性の比率の方が多い様に見える。
「お兄ちゃん速く~」
「はいはい、転ぶなよ碧」
あからさまに婦人向けや、高そうなお店を避けて、安いけど服の種類が多い店を探した。
最終的に辿り着いたのは、某大手の洋服店。俺もいつもお世話になっている。パーカーとジーンズくらいしか買わないけれど。
「じゃあ、ここからは別行動で良いのか?」
「そうですねぇ……しばらくは別行動で良いんじゃないです? あ、碧ちゃんとののさんは私と行きましょう!」
「どことなくハブられ具合……まぁ、男女で分かれるなら順当ではあるんだけど」
夏に備えて、薄手のシャツやパーカーが売ってあれば買おうかと思うが、結局は値段次第な部分が大きい。安ければ買うし、高ければ諦める。
広告に起用されている外国人なら似合うが、俺が着ても似合わないというのに気付いた中学生の時から、ファッションに頓着しなくなった。
「さて、パーカーはどこかな?」
店に入ってから十分と少し。
値段的な意味で早々に諦めた俺は、店の外に出て近くに設置されているベンチに座ることにした。
どうせあと一時間くらい……お昼過ぎる頃まで掛かるだろうと予想してるいる。
(自販機でジュースでも買ってくるか……)
すぐ近くにある自販機なら、席も取られる事はないだろう。
でも、少しだけ急いで自販機に向かった。
――だが、それが良くなかった。いや、結局は回避出来なかったのかもしれない。
でも、動かなければ。もう少し店の中に居れば。この出会いは回避出来たかもしれない。
運命のイタズラなのだろうか? それとも俺の五月だけ呪われているのか。良いことも悪いことも含めて沢山あった。
なら、この出会いはどちらだろう。個人的見解なら良いとは思えない。
もう、気にしないと決めたのに、その決心さえ揺らいでしまう。
「あれ、青くん!? こ、こんな所で奇遇ね!」
「あれ……お兄、さん? えっと、あれ? どういう? お姉ちゃん……?」
軽くパニックだ。でも、頭の中で徐々に繋がっていく。白亜ちゃんとの会話や姉について……繋がっていく。
逃げ出したい気持ちが強い。でも逃げ出せない。
「お買い物なの? 奇遇だね!」そんな台詞すら出てこない。
女神のイタズラというか、もはや嫌がらせにも感じる。何故、こんなタイミングなのかと。
もし、ここで碧が来たらどうする? 俺だけじゃない、紅亜さんもパニックになる。繰り返しだ。
「お兄ちゃ~ん……どこ~? あれっ!? 白亜ちゃん!? ……と、あれ? どこかで見たことある……」
ヤバい……ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
……来ちゃった。来ちゃったよ。もう、ね。消えたい。
誰の目も見れない。何も喋れない。ただ、頭の中でもはいろいろ考えてる。
前を向くと言った紅亜さんに、今更妹だと紹介するのか。
紹介したとして、どうするのか。
谷園とのののについてはどう説明するのか、と。
事故はいつだって突然やって来る。なら、この状況は事故そのものだ。保険に入ってないから誰も対処してくれない。
駄目だ、冷静じゃない。言い訳しか出てこない。
「あ……あ……お兄、ちゃん? あっ……」
「お、お姉ちゃん? どうしたの?」
「あっ……あ、あ……わた、わたし……」
紅亜さんの顔色が血の気が引いたように青白くなっていく。
紅亜さんは聡明な方だ。何が起きたのか、瞬時に理解したのだろう。
ハッキリと言葉を出せなくなっている紅亜さんを、見続ける事が出来なくなってしまった。全部見なかった事にしたい気持ちが前に出て、俯いてしまった。
「あの、あの……これは……」
「お兄ちゃん? か、顔色悪いよ!? 大丈夫?」
大丈夫だ。ちょっと吐き気と目眩がして心が痛いだけ。心配ない。
壊れる。そう思った。
俺ではなく、紅亜さんが。
俺だって精神が強い方じゃない。でも、こんな状況になってすぐにパニックになるくらい脆い。
なら、紅亜さんは……。
いつの間にか、紅亜さんは精神的に強くなったと思っていた。でも……そんな事はなかった。年相応よりも少し脆いままだ。
だから、前を向くと言った時に妹については黙っておこうと思った。なのに、なのに……やってしまった。
「大丈夫。俺は大丈夫。それより今は……」
「お姉ちゃん? お姉ちゃん! 聞こえてる!?」
「わ、わた……し、勘違い……を。あぁ、なんで。なんて事をわたしは……。あぁ……やだ。やだ。やだ。青くんが……遠くに……ぅあ……ぁぁ……」
あまりの紅亜さんの声に目を背けてもいられなかった。見て見ぬ振りが出来なかった。
紅亜さんの声が震え、目からは涙がこぼれ落ちていく。嬉し泣きの様な綺麗なものじゃない。もっと、心が悲鳴を上げた時に出る、心の叫びを表す涙。
両手で顔を覆うと同時に、心も閉じようとしているみたいに感じた。
防衛本能が紅亜さんを守ろうと、心を保とうとしている。
周囲がざわついているのが分かる。でも、迷惑を考える余裕が無かった。
今すぐどうにかしないと、壊れてしまう。また、紅亜さんの表情が無くなる。元に戻る。いや、中学の頃以上に壊れてしまうかもしれない。
助ける方法が思い浮かばない。
助けて欲しい。誰でも良いから教えて欲しい。
俺は何をすれば良い? 何が出来る? 紅亜さんに何をしてあげられる?
意識が狭くなっていく中で、俺を導いてくれる声が――ハッキリ聞こえた。
「青さん! 彼女を繋いで! 繋ぎ止めて! なんでも良いですから! 紅亜を、何処にも行かせないでっ!」
自分でもよく分からない。分からないまま……紅亜さんを抱き締めていた。抱き留めていた。
「ごめん。何を言えば良いか分からない。自分の今の気持ちもよく分からない。どうしたいのかも分からない。でも、遠くに行かないから。ここに、居るから」
「あぁ……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
ちょっとした騒ぎだ。カップルの喧嘩と興味を無くし去っていく人も居るが、周囲に人が集まりだしている。
どこか落ち着ける場所が欲しいという気持ちと、もういっそ帰ってしまいたい気持ちがあった。
「谷園、ののの」
「紅亜は任せてください」
「うん」
「白亜ちゃん、聞かせて欲しい事がある。あと、ごめん」
「う、うん……」
知ったからにはちゃんと知らないといけない、と思った。
あの時……最初に碧と居た時に紅亜さんが走り去った訳を。理由を。
白亜ちゃんが知っているかは分からないけど、知っているなら聞いておきたかった。
聞いてどうなるか、どう思うかは分からない。……けど、俺はちゃんと知らないといけない。
ここで知ろうとしないと、俺と紅亜さんはきっと……きっとお互いを理解しなくなっていく。そんな気がするから。
分かります分かります、皆さんの言いたい事は分かります!
えぇ、分かりますとも。もう、完全に分かってますとも。
突然のシリアスについて来れない人もいるでしょう。
でもまぁ、ねぇ。思い立ったら吉日と言いますしね(思いつきで書いてると察して)
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