第77話 兄と妹の週末 ④
お待たせしました(´ω`)
よろしくお願いします!
台風去って、また台風ですね……
カスタムキャストってアプリをダウンロードしたお(´ω`)
「お待たせしました。はい、クッキーです」
「ありがとう」
近くの椅子を持ってきて、クリーム色のエプロンと同じ色の三角巾を外した向日葵さんが正面に座る。
大人びてみえる向日葵さんは、どうも年下に思えない。ひま後輩モードなら、ちゃんと年下として見えるのに。
早く試食して欲しいのか、俺にクッキーを渡してからソワソワしている今だけは少し、子供っぽくもある。
渡されたクッキーのラッピングを開け、一枚取り出す。
見た目と固さから、サクサク感は想像できる。味は、当然信用している。
「――うん、流石だね向日葵さん。美味い」
「少しだけ加えたんですけど、シナモンの香りが珈琲に合うかと思いまして……お口に合うようで何よりです」
珈琲を口に含む。
向日葵さんには申し訳ないが、シナモンの香りについて語れる程の嗅覚や味覚を持ち合わせていなかったみたいで、いつもより珈琲の味わいが少し違うな……と感じたくらいだった。
でも、たしかに、このクッキーにこの珈琲はとても合う。
「それで……青さんの相談とは何でしょうか? というか、青さんにも悩みとかあったんですねぇ?」
「いや、割りと日常茶飯事的に悩んでるけど……まぁ、簡潔に言うと、向日葵さんってさ、学校とそれ以外じゃイメージが違うでしょ? バレた時の事を考えて怖くなったりしないの?」
他の人からのイメージと実際の自分。
その食い違いで幻滅される事の怖さ。本当の自分を見せて、「イメージと違う」と言われる時の理不尽さは置いておく。
でも、他人と関わっていく内に、少しくらいは自分で作られたイメージを演じてしまう部分もあると思う。
自業自得な部分と仕方ない部分。悩んでるというよりは、気になるという面が強い相談だ。
神戸青としてのイメージを妹に対してとはいえ、少し崩してしまった。それで碧は幻滅していないのか……気になった。
顎に手をやって少し俯き、考える素振りを見せる向日葵さん。
でも、答えが出るまでにそう長くは掛からなかった。
「今は、そんなに怖くないですよ」
きっぱりとそう言った。
「今は? ということは……」
「前はもちろん怖かったですし、注意も払ってました。でも今は……そうでもないですよ。学校ではあのキャラで通しますけど、前ほど心苦しくは無いんです」
「そう……なんだ。どのタイミングでそんな風に切り替えられたの?」
俺がそう聞き返すと、向日葵さんは少し驚いた表情をみせた。
向日葵さんの学校でのイメージは、金持ちで高飛車で孤高。それを維持するのだって大変だし、バレた時のダメージも大きい筈だ。
嘘吐き、見栄張りなんて言葉を浴びせられるかもしれない。
毎日リスクを背負っているのに、怖さが無くなるなんてあるのだろうか?
「自覚……は、無さそうですね。あのですね? 青さんは私の“違い”を見てどう思いました?」
「それは……驚いたけど、別にこれと言って……そうなんだ。って感じ?」
「そんなもんですよ。きっと、そんなもんなんですよ青さん。私ですらそうなのですから、考え過ぎですよ」
「これでも小心者でね……」
お互いに言葉が途切れて、間ができた。
喉が乾いているという訳ではないが、珈琲を一口だけ飲んでみる。
胸の下で腕を組んで、こちらをジッと見ている向日葵さんと目を合わせるのがどことなく気恥ずかしくて、目を逸らした。
何とは言わないが破壊力が凄い。言葉にすると物理的な破壊力に襲われるから言わないが。
「分かりました」
「えっ……と、何が?」
「ですから、保険ですよ保険。事故とかに対する保険って、あるだけで安心するじゃないですか? 私が青さんの保険になります! 青さんが私の保険であるように!」
「いや、えっと……その、つまり?」
俺が馬鹿なのか、別のモノに目を奪われていた間に話が進んでいたのか、向日葵さんの言葉にピンと来ない。
向日葵さんが俺の保険で、俺が向日葵さんの保険というのは……お互いにフォローしようというお誘いなのだろうか?
でも、なんかそんなニュアンスでは無い。
ビビりの俺に対し、保険に入れとシンプルに伝えている訳でも無いだろう。
「もう、何でこんな時だけ察しが悪いんですか! 恥ずかしいんですから、何度も言わせないでくださいよっ!」
少し語尾を強めてそう言われてしまった。
そして目を何度か右往左往させた後、小さく息を吸い込んだ。
本当に恥ずかしいのか、さっきよりも薄くか細い声で向日葵さんは伝えて来た。
「青さんが安心できる様に、私が味方します。ですから……私が安心できる様に、青さんは……その、私の、味方でいて……ください、ません……でしょう……か?」
途切れ途切れで発せられた、言葉のひとつひとつを噛み砕いて、最後までちゃんと聞き届けた。
「あの……沈黙はちょっと……こう」
保険とはそういう事か。これは一つの協定。お互いに最後の砦として機能しようというお誘い。
それはつまり――何かがあって、例え勝也ですら離れて行ったとしても、向日葵さんは味方でいてくれるという話。
「その、目を閉じて考え込んでるんですか? それとも、やっぱりご迷惑なんでしょうか……。私と青さんじゃ、お友達の数も違いますし……」
普通ならこんなやり取りをしないでも、友達なら自然と庇い合う関係だったりするのだろう。
なら、俺と向日葵さんは友達じゃないのだろう。
口に出して確認しないと不安になるなら、きっと友達とは言えないのだろう。
――それでも良いと思えた。
確認したからこそ信用できるし、味方になると伝えてくれたからこそ、味方になりたいとも思った。
向日葵さんであり、ひま後輩でもあるこの子とは、友達じゃなくても、友達よりも信頼関係を築けると思った。
「あの………………ぐすん」
「ごめん、沈黙し過ぎた。向日葵さん、こっちからお願いするよ。俺の……味方でいてくれ。俺は向日葵さんとひま後輩の味方でいるから」
向日葵の花、日輪の如く輝く笑顔が少しだけ眩しい。
のののや勝也、谷園とは少し違う、そんな関係性。
たぶん……いや、絶対に失ってはいけないものだと直感していた。
「じゃあ、改めてよろしく」
「えぇ、よろしくお願いいたします!」
握手を交わす。
仰々しさ、堅苦しさは友達のソレでは無いだろう。
でも、俺と向日葵さんはこれで良いし、これが良い。
「じゃあ、もうひとつだけ相談しちゃおうかな?」
「はい! 聞きますとも、聞きますとも! お客様も少ないですしね!」
遠くでマスターが苦笑いをしている。
向日葵さんにもたしか、弟か妹がいるという記憶があった。
俺が碧と喧嘩する事はほとんど無い。歳が離れている事もあるし、そもそも二人ともそれほど熱くなりやすい訳でもないからだ。
問題があるとすれば、喧嘩の仲直りの経験が少なく、方法も良く分からない事。謝れば許して貰えるというのは違うというのが、今日は体験して分かったからな。
「さて……俺はどうすれば妹と仲直りできるんですかね、向日葵さん?」
「知りません」
ニッコリ笑って席を離れて行く向日葵さんを、俺は見送る事しか出来なかった。
向日葵さんは味方であるが、そこまで過保護では無いみたいだった。
◇◇◇
テレビの音だけがその部屋を支配していた。
自分は一応呼ばれた立場なのに、どうしてこの家のドタバタに巻き込まれているのだろうと、私は考えていた。
コップに注がれたお茶の冷たさが無くなっていく頃に、同級生の妹で、それでいて友達である碧ちゃんが口を開いた。
「マノンちゃん、お昼どうする?」
まるで、家から出てどこぞへと行った兄の事なんて気にしていない様に振る舞っているが、私は“視れば”分かる。
本当は心配なのだろう。
同じオーラを少し前に視たから分かる。流石は兄妹と言うべきだ。
私が頼まれたのは、家の事と碧ちゃんの事だけ。
仲直りについては当人同士の問題で、私が何かするべきではないというのは分かっているが……視えるからこそ、もどかしさがある。
どうして素直になれないのか、本音を隠して耳障りの良い言葉を吐くのか……なんて、そんな事は気にしないようにしている。私一人が考えてもどうしようも無いことに違いないのだから。
だから、私がするのはあくまでアドバイスを装った導き。今回は仲直りする方向に持っていく事。
あまり人間関係を拗らせたりしない為にも、普段は面倒にならない様に気を付けている。距離を確かめながら、一線は気を付けているつもりだ。
つもりなのだが……最近は……いや、今は自分を見つめ直してる場合では無かった。
青さんにはお世話になっているし、今回は特別にお節介を焼いてあげても良いと思っている。
(なんせ、青さんには頼れるのがどうやら私しかいないみたいですからね! 期待には応えなければ!)
「碧ちゃん、いつまで意地を張っているつもりですか? 一緒に遊びたかったのに、さっきのじゃ空回りですよ?」
「別にぃ~、遊びたかった訳じゃないし!」
「たしかに、寝坊をした青さんが悪いですよ? ですが、青さんは謝りました。碧ちゃんと仲良くしたいから、青さんは謝ったんですよ? 碧ちゃんはそれをどうしました? 仲良くしたがっていた青さんに」
「…………それは」
人の感情が分かれば、それを煽る事も簡単だ。
たまに……ごく稀に、とても霞んでいて視えづらい人もいるけど、大抵は分かりやすいものだ。
口ごもるという事は、自分の気持ちや青さんの気持ちすらも、ちゃんと分かっているのだろう。
なんて不器用なのだろう。兄妹揃って不器用だと思う。
人が良すぎて不器用だと、いずれは詐欺に遭った時にコロッと騙されてしまいそうだ。
一家に一人、しっかり者が必要不可欠に違いない。家に居ないとすれば外からとか……コホン。
「たしかに青さんは優しい人です。私だってちゃんと怒った青さんを初めて見たくらいです」
「…………うん」
「でも逆に、逆にですよ? 青さんは碧ちゃん“だからこそ”怒ったんだと思います。家族だから、外では見せない自分を見せても大丈夫だと思ったんだと思います。相手が碧ちゃん、だから」
「……マノンちゃん。学校でのお兄ちゃんってどんな感じ?」
私はお茶をゆっくりと飲んでいる間に、何を言って何を言わないかを考える。
碧ちゃんは素直な子だから、嘘を交えて軌道修正しなくても、このまま話せば青さんと仲直りしそうだ。
学校での青さん……についてはまだまだ知らない事ばかりだし、むしろ私が聞きたいくらいだ。
でも、学校と家でのギャップを感じ取れば、碧ちゃんもどうにか納得してくれるかもしれない。その為にはまずは家や昔の青さんについて知らなければ……
「碧ちゃん、私って実は転校生でして……青さんとの付き合いは短いんです。ですから、昔の青さんや家での青さんについて教えてください! そしたら、学校での青さんについてもお教えしますよ?」
「お兄ちゃんの昔? うんとね……」
碧ちゃんは普通の会話のつもりだろうけど、私にとっては情報収集のチャンスだった。
途中、お昼ご飯やおやつを挟みながら話していく内に、少しずつオーラの変化に気付いた。
これならきっと、問題無い。夕方まであと数時間くらいで青さんも帰ってくるだろう。そろそろ最終準備に取り掛かっても良い頃合いかもしれない。
「碧ちゃん、そろそろお買い物に行きませんか? 私も晩御飯をご一緒させて貰えたら嬉しいんですけど……」
「えっ、最初からそのつもりだよ? 今日、泊まるんだよね?」
「あ、えっ? そんな約束でしたっけ!?」
「土曜日まるまる遊ぼうって、私ちゃんと言ったよ?」
言われたっちゃ言われた……ですけど。普通、両親不在の家に泊めるとは思わないじゃないですか。あくまで私は他人なのに。やはり危機感が薄いですね……神戸家は。
「言われたですけど、着替えも何も無いですよ?」
「大丈夫だよ! 下着は無いけど……服ならお兄ちゃんのがあるから!」
「ま、まぁ? 明日、特に予定があるわけじゃないですが……ちょっと試しにですが、私の事を『おねえちゃん』と呼んでみて貰ってもいいです?」
「ん~? お姉ちゃん?」
「もうちょっとこう……急に現れた仮のお姉ちゃん的な感じでですね」
私の試みは失敗に終わった。
最終的には『マノン姉』という呼び方に落ち着いたが、ちょっと気に入ってしまった。
青さんが何て言うかは分かりませんが、泊まる方向で話も無事に纏まった。最悪、泣き落としでどうにかなるとは踏んでいる。青さんですしね。
買い物へ出掛けて帰って来る頃には、碧ちゃんも青さんの帰りを心待ちにしていた。
青さんについて、有ること無いことを幾つか吹き込んでしまったけど……たぶん大丈夫。支障は無い……と思う。とぼける準備を一応しておこうかな。
そして午後六時前。神戸家のカメラ付きインターホンが鳴り、そこに映し出されている人物を確認した碧ちゃんが問い掛ける。
「質問その一。あなたはどちら様ですか?」
碧ちゃんの声が幾分か弾んでいる。これは少し長くなりそうだと、淹れて貰った紅茶を私は優雅に飲み始めた。
(どうか、これも私の入れ知恵だとバレません様に……)
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
これ……いったい、何√なんだってばよ(白目)