第76話 兄と妹の週末 ③
台風ですねぇ(´ω`)
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「おは……よう」
リビングのドアを開けながら、ソファーに座っている碧の様子を窺う。
碧の隣に座る谷園のことは一度無視しておく。
「ほら、碧ちゃん? 青さんようやく起きて来ましたよ?」
「怒ってるもん。今日はいっしょに出掛けたかったのに……」
「ご、ごめん碧。二度寝しちゃって……起こしてくれれば」
「あちゃ~」
谷園がわざとらしく頭に手をくっつけて、それは失言だろうと伝えてくる。
俺は自分が起きなかった事を碧のせいにしてしまったのか。
確かに失言だ。最悪な程に失言だった。
「約束してなかったから! だから、気持ち良さそうに寝てるお兄ちゃんを起こせる訳ないでしょ! 馬鹿お兄ちゃん、お兄ちゃんの馬鹿!」
「ごめん碧……なんか、ごめん」
謝っても碧の不機嫌は直りそうになかった。
谷園は指をおでこに付けて「やれやれ……」と頭を振っているし。
どうすれば良いのか分からない。テスト問題よりも難しい。谷園の存在感がちょっとうるさい。
「とりあえず……谷園? 碧の相手をしてくれてありがとう。そろそろ帰っても大丈夫だけど?」
「マノンちゃんは、碧のお客さんだから! 今日はマノンちゃんと遊ぶからお兄ちゃんは寝てて良いよ!」
(なんで……。昨日までは楽しかったのに、寝坊しただけじゃんかよ……)
頭にきた訳じゃない。腹が立った訳でもない。
今回は俺が悪いのも分かってる。
謝られて素直に許したんじゃ、怒ってる事を伝えきれない碧のことだって分かってるつもりだ。
俺も碧も引くに引けない状況になってるのだって、一応の理解はしている。
でも――売り言葉に買い言葉で俺は……
「そう。なら、今日は谷園と遊んでおいて。俺は少し外に出てくるから」
そう言い放ってリビングを後にしていた。
谷園の呼び止める声が聞こえるが、止まらず部屋へと戻った。
別にこのままの格好でも構わない気もするのだが、着替えてから行くことにした。
「ちょっと、青さん!」
「いや、なんで谷園はノックしないの!?」
またしても突然ドアが開け放たれた。ジーパンに履き替えようとして、まさに今パンツ一枚の状態である。
「さっきの言い方は、少し冷たいんじゃないですか? 碧ちゃんの言い方も刺々しかったですけど」
「いや、だから! こっちパンイチだから! なに冷静に諭しに来てんの? ビックリなんだけど!」
「きゃっ! ……はい、これで満足です?」
「いや、そういう反応が欲しいんじゃなくて! ……はぁ。もう普通に履いた方が早いわ……」
別に恥ずかしい訳ではないが、むしろ谷園の遠慮の無さに驚いた。
部屋を出て行くなり、視線を逸らしたり、何かしら動きがあるのが普通だろう。
だが、谷園はお構い無く諭しに来た。その図太い神経は称賛だが、それは今じゃないだろう。どのタイミングで図太さを発揮してるのかと。
俺も谷園を気にせず着替えを続ける。
その間も、谷園がいろいろと諭してくるが……分かっているのだ。分かっていて、今は物理的な距離を取る事にしているのだ。
「谷園、ありがとう。悪いな、せっかく来てくれたのに」
「いえ、まぁ、それは良いんですけど……」
「なら、お願いがある。ついでに……だ。夕方まで俺は外に出てるから、碧と家のことを任せて良いか? 昼飯とか、碧の相手を主に。外に遊びに行っても良いけど、碧のことをお願いしたい。お前しか頼れないからな」
全部、俺がしないといけない事だ。それでも、俺は外に行く。今、碧と顔を会わせたらまた言い合ってしまうだろう。
なら酷くなる前の、まだ傷の少ないこの状況で離れるのだって一つの方法だと思う。
最初に谷園が居た時は帰って欲しかったが、今は……少しありがたい。
「そんな……家と家族を任せるなんて……なんか、その……アレですね」
「いや、分かんないけど……お前しか頼れないからな。よろしく」
「…………くぅっ! だ、騙されませんよ! どうせ外ではいろんな子にそんなこと言ってるんでしょ!?」
「今日はホントにどうした!? ……んや。まぁ、いいか。とりあえず行ってくる」
突然……よくよく考えるとおかしいのは普通の谷園だが、今日は特におかしい気がした。
谷園に部屋を漁られないか心配ではあるものの、俺は家を出て、時間を潰せる場所まで向かう事にした。
行き先は……いつものあそこだ。
◇◇◇
「妹と喧嘩したから、時間を潰させて欲しい」
「帰りやがれですよ、青先輩」
開口一番これだ。
こっちは客で、そっちは従業員。金を支払う側とサービスを提供する側。
基本的に席が埋まることの無い店なのだから、流石に帰すのは駄目だと思う……のだが、この後輩は、躊躇いもなく帰れと言ってきた。
今までこの『喫茶ハチミツ』に、基本的には月一回か二回程度しか訪れていなかった。
なのに最近は、来る回数も増え、立派な金蔓と化している。
「じゃ、いつもの席に座らせてもらうな」
お客さんが少しは増えたとしても、本当に少しだ。土曜日の昼時だと言うのにまだまだ空席が多い。
でも、それが良い。
ここは、静かでゆったりとした時間を過ごせる憩いの場。
売り上げやひま後輩の給料、マスター達の収入については気になるが、それはそれ、これはこれだ。
「ここはファミレスじゃないんですけど。でもまぁ、青さんなら仕方ないですね。ご注文はどうしますか?」
「まだ起きてから少ししか経ってないけど、昼飯にしようかな? あんまりガッツリ系じゃないやつでお願い、向日葵さん」
「遂にメニューを見なくなりましたか……。かしこまりました、少々お待ち下さい」
カウンターに立ってカップを磨いているマスターに会釈して、いつもの一人席に座る。
そういえば、少し前に奥さんが風邪を引いたらしいけど、風邪が移ったマスターが治っているんだし、流石にもう治っているよな。軽いって言っていたし。
そんな事を考えつつ、暇すぎてボーッと天井を見つめていた。
暇だ。だけど、その時間をこの店で過ごせることは素直に嬉しい。でも、碧のことを心配に思う。けど、次は自分からは謝りたくはない。
そんな事ばかりが、頭の中でぐるぐるしている。
きっと俺が英雄なら、悩む前に行動していたりするのだろう。碧が根負けするほど謝ったり、碧の為に何かをする。
無駄で無意味な考えだった。どこまでも凡人。英雄なんかじゃない。そんなことは、小さい頃に気付いていた。
「だから……たまに情けないくらい許してくれよな」
誰に告げたわけじゃないが、誰かに届いて欲しかった。
誰しも他人からの自分のイメージについて、ある程度は察していると思う。
ムードメーカーなのか、相談役なのか、委員長気質なのか、怖がられているのか、親しまれているのか。
自分の立ち位置、自分がする反応……それをなるべく崩さないように振る舞っている筈である。
俺ですらそうだ。周りに良い人が多いから、基本的に自然体でいられる。
優しくて、人に甘くて、危険が無い……たぶん、神戸青に対する印象なんてそんなものだろう。
それを崩さない様にしていたと思う。できていたとも思う。でも今日は少しだけ……碧に対して優しくなかった。
だから、弱音を吐きたくて外に出た。ここに来たのは静かな空間で一人になれるから。でも、近くには他人がいるから。
弱気になってそれを吐き出しても、いつでも強がれるように。
「はぁ……」
ため息を吐きながら、机に伏す。
何をメランコリーでブルーな状態になっているのか、いつまで誰でも考えそうな事でうじうじしているつもりのか、だんだん自分に腹が立つ。でも、自分に怒る気力さえ無い。
表面を綺麗に見せる為に、樹脂で加工してあるテーブルを見ていると何だか落ち着ける。ダークブラウンでシックなテーブルが良い雰囲気だからなのかもしれない。
しばらくその状態で伏せていると、足音が近付いて来た。
「青さん、お持ちしましたよ」
「……っしょ、ありがとありがと。おっ――」
「はい! 麺を茹でてケチャップを合わし、テキトーな具材と炒めたものです」
「ごめん、メニュー見なかったのをそこまで根に持つとは思いませんでした……」
「冗談ですよ。本当は青さんの好きなミートソースの方にしようと思いましたけど、ナポリタンの方が油っこくないかなぁ~と思いまして」
気遣いができて、口調が普通の向日葵さん。
遠慮しないで、口調もおかしいひま後輩。
俺の悩みが更に薄くなりそうな人物が目の前に居た。
学校の誰よりも、自分を客観的に見て行動している人物。
イメージと違う自分を見せて、相手にどう思われるのか怖くないのだろうか?
――都合の良い、相談相手を見付けた。
「向日葵さん、オリジナル珈琲をお願い。それと、休憩時間に入ったら、少し相談していい?」
「ふふっ、相談料は高いですよ? でも……少し前に試作で作った、珈琲&クッキーセットを頼んでくれるなら、初回無料にしますけど?」
「商売上手め……でも、それなら普通に食べたいし、食後のおやつ感覚で食べさせて貰うよ」
「では、店長に珈琲頼んできますね! それとクッキーも。冷めない内にナポリタン食べてくださいな」
ナポリタンを食べながら、マスターが運んで来てくれた珈琲を飲む。
マスターと少し会話したが、向日葵さん目当てのお客が増加傾向にあって、売り上げは伸びている……と聞いた。
それと、今日はたまたま奥さんは出掛けているらしく、風邪はすっかり良くなったという話だ。
順調というか、ただの朗報を聞かされただけだったな。やはり、奥さんから聞かないとマスターの怒られ話とか聞けなくて残念だ。
「ご馳走さまでした」
「はい、すぐに食器は下げますねー、暇ですから」
「ぶっちゃけ過ぎてない? じゃあ、珈琲飲んでるから時間できたらよろしく」
「えぇ、その時にクッキーもお持ちしますね! まさか来るとは思ってませんでしたから。すぐに焼けるとは思いますけどさっき焼いたところで……生地はあったんですけどね」
一度調理場の方に下がっていった向日葵さんが、可愛くラッピングされたクッキーを携えて戻ってきたのは、それから十五分くらいした後だった。
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話が重い時は、疲れてる時ですが
明るいと、逆にやけくそ感が満載だったりしますよね(゜ω゜)




