第73話 無駄足を踏ませたな
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「青くん、円城寺君、こんな端の方に居たんだね」
「青先輩、いつもならご一緒してくれますのに……私、何かしてしまったでしょうか……」
対照的な表情。
紅亜さんの表情は基本、人と相対する時はいつだって笑顔だ。
だからこの場合、ひま後輩の表情の方に申し訳なさが出てきてしまう。
当然、ひま後輩は何もしてないし、俺だって嫌だから離れた席に来た訳じゃない。ただ――嫌な予感がしただけ。
「まぁ、こっちの方が人が少なかったしな。だよな、青」
「そ、そう! なんか、知らないけど、今日は人の密度に偏りがあるなぁ~って! ははは……」
勝也のパスに全力で乗っかる。さすがはバスケット部のエースだ。
ひま後輩の表情も幾らか和らぎ、ホッとした表情を見せる。
でもまだ、何一つとして問題の解決はしていない。この二人が移動して来た以上、それを突き返す事は出来ない。特に最初にひま後輩が落ち込んでみせたのが決定的で、「戻ったら?」の一文字さえ言えなくなった。
それに加え、二人共が移動して来てしまっている。
片方なら帰す事もまだ可能性はあった、自分の昼飯ごと持ってきてしまっている以上、もう手は無いに等しい。
「横一列で座って貰う事になるけど、それで良ければ」
すぐ後ろには四人掛けの席だってあるが――せめてもの抵抗で――今座っている壁際の席から動かない意思を見せておいた。
そんな思惑なんて誰も気にせず気付きもしてないと思うが、二人は一瞬止まったかと思いきやすんなり座ってくれた。
「それで……聞いて良い?」
そう言ったのは勝也だ。
席順は勝也、俺、ひま後輩、紅亜さん。たまたま俺の隣の席に近い場所に居たひま後輩が先に座り、その隣に紅亜さんが座った。
勝也の視線は俺の奥に、つまりはその組み合わせについて聞くつもりなのだろう。
「何ですの?」
「何かな、円城寺君?」
「まぁその、なんだ? 二人って知り合いなのか? 一緒に座ってたからずいぶんと目立ってたけど」
この二人がいる場所だけ、同じ場所にいる筈なのに別空間の様に感じる程だった。
食堂でそこだけが目立っていたし、群がっていたし、華やいでいた。だが、その空間がこっちに移動して来てまった。
今は大丈夫だろう、だが――その先を考えるのは一旦止めた。怖いから。
「目立ってたかなぁ? でも、向日葵さんの事なら知ってるも何も……最初は青くんが私と円城寺君に聞いて来たでしょ? マノンからもちょっと聞いてたし。昼休みに入って、たまたま廊下で見掛けたからご一緒しただけよ?」
「えぇ、声を掛けられた時は少しばかり驚きはしましたが、新山先輩の事は知っていましたから」
確かに。ひま後輩に出会った直後、特徴を挙げて探して貰った事があった。
ひま後輩の方も紅亜さんを知っている節はあった。お互いに直接の面識は無くとも知らない訳じゃ無い。
たまたま見掛けたならそうなのだろうし、紅亜さんから声を掛けたと言うならそうなのだろう。
(紅亜さんから声を掛けるねぇ……不思議に思うのは少し深読みし過ぎか?)
勝也は納得したみたいで「なるほど」と一言だけ返して、豚バラ定食の残りを食べ始めた。
ここ数日の間に、ついにひま後輩は麺に出汁を吸わせるというレベルまで来ているらしく、ゆっくりとうどんを味わっていた。
「ひま後輩……豚バラで良ければ食べるか?」
「そ、そんな不作法な事は致しませんわ! ですが……」
「そうよ、青くん! 私だって交換……じゃなくて、そう! 不作法なんだから!」
何か途中聞こえた気がしないでも無いが、不作法の一点張りで言われるとそんな気もしてくる。
設定上はお嬢様であるひま後輩の事を思うのなら、あまり行儀の悪い事をさせない方が良いのだろう。
どこか悲しそうな面持ちのひま後輩だが、この状況である。俺がひま後輩に昼飯を分ける行為は少しばかり浅はか……なのかもしれない。
「いや、さ。この後は体育みたいなものだし、素うどんだけじゃアレかなぁーとか思っただけだから。無理に押し付けたりはしないよ」
「あ、そういう事だったのね……ごめんね青くん。代わりと言ってはなんだけど……向日葵さん、私のお弁当を分けてあげるね?」
「い、いえ! それでしたら貰い慣れてる青先輩の方から……運動部の新山先輩のお弁当を頂戴する訳にはいきませんわ」
「貰い、慣れてる……?」
俺の方に一度、意味ありげな視線を寄越したかと思えば、またひま後輩と押し問答をし始めた。
普通サイズのお弁当箱である陸上部の紅亜さんと、食堂の定食を食べている帰宅部の俺。どちらからオカズを分けて貰うかなんて、論ずる必要も無いくらい明らかだろう。
「新山さん、流石のひま後輩も小さいお弁当箱から分けて貰うのは心苦しく思うんじゃない?」
「そ、そうですわ! 私のせいで部活に支障が出ても責任は取れませんし……ん? 青先輩? “流石の”とはどういう意味でしょうか?」
「うっかりだから気にするな、ひま後輩。それで……だよ? 先輩である紅亜さんが、交換でなくひま後輩にお弁当を差し出すのって……周囲から見たらどう映るか分かったもんじゃ無いじゃん?」
「そう……なのかな?」
いや、実際のところは知らない。誰が何をどう思うかなんてのは。
周囲から見たらただの良い先輩に写るかもしれないし、そもそもそんな些細なところを見ているのかすら知らない。
だからあえて、“分ける”でも“渡す”でもなく、“差し出す”なんて言葉を使ってみせた。少しでもイメージが悪くなるように。
別にこんなにも気を使う必要はそもそも無い。でも、俺が言い出した事で二人がいつまでも遠慮し続けているのは、精神衛生上よろしくない。
ただ――それだけだ。
勝也がこっそりとこちら側に人が集まり始めていると教えてくれて、早く事態の収束を図りたかった――という理由が無い訳でもないのだが。
「うっかりって言いましたわよね!? 絶対に今、そう言いましたわよね!?」
「…………まぁ、そういう訳でひま後輩には俺の豚バラでも分けてあげるからさ、あんまり気にしないで。なんなら、新山さんも食べます?」
運動部なら豚肉より鶏肉とかの方が良いかもしれない――という、にわか知識なら頭に所持している。
それが間違ってはいないだろうが、正しいのかまでは知らない。
でも、紅亜さんは笑って……
「うん! なら、私の卵焼きと交換しよ!」
と言って、わざわざ腕を伸ばして卵焼きを運んでくれた。
女子に対して自分の使った箸で豚バラを渡す勇気は無く、ひま後輩と紅亜さんには自分で取って貰った。
逆は構わない。どちらかと言えばきれい好きであっても、別に潔癖症って訳じゃないからな。
それから少しして、救援信号を受け取った谷園とのののが来てくれたが、完全に無駄足を踏ませてしまっただけになった。
今更フォローして欲しい事もなければ、むしろ、いつの間にか友達の数を増やしている谷園が来たことで余計に拗れそうな気配まである。
「神戸、左に」
「勝也、一つ隣の席に移ってくれって」
「はいよ」
のののが俺とひま後輩の間に座ってくれたお陰か、少しだけ場の空気感というものが落ち着いた気がした。
そのまま昼休みも終わりそうな時間が来て、男子と女子で別々に戻る。
ひま後輩を除く二組女子達はそのまま教室へ、俺と勝也は着替える為に別のクラスへと。
体育祭の練習で、今日は何をするのかと思いきや整列、行進。そして、各競技ごとの整列、行進だった。
何故、体育祭の練習は、メインの競技よりも整列や行進が無駄に多く長い時間を取るのだろうか。
何故、体育教師は、揃っている事に対して細かく見ているのか。
休憩時間にたまたま呼ばれた養護教諭である米良先生に、別に深い想いは無いのだが、何となく聞いてみた。
「そんなこと、決まっているでしょ? ここは高校でキミは高校生よ。体育祭を一大プロジェクトとするなら、今は準備期間。リーダー達が仕事を割り振って、下級生達はそれをこなしていく。……大人になったらね、目的の為にチームで同じ方向へ足並み揃えて進んで行かなきゃならない時もあるのよ。大人になる為の準備をするのが高校生としての仕事なのだから……コホン。いえ、違ったわ。こんな答えを求めてる訳じゃ無いんでしょう? そうねぇ……神戸君、準備期間を楽しんでこその体育祭よ」
「いえ、何か……全部じゃないですけど理解はできました。つまりは、協調性を磨きなさいって事ですか?」
「まぁ、そんな感じで良いわ。で、本題だけど……」
米良先生と俺が居るのは木陰で、米良先生だけがパイプ椅子に座っている。
タイトスカートから伸びる、黒のストッキングに包まれたしなやかな足を交互に組み替えながら、体育祭当日の話をしていく。
外が苦手なのか、少し疲れ気味な表情を浮かべているが、髪を掻き上げる仕草や、胸元の襟を摘まんで風を起こす仕草、とにかく一つ一つの仕草から滲み出るセクシーさに衰えは無かった。
「当日のキミの居場所は私の横よ。昼休みと自分の競技以外は居てもらうから。怪我人や体調不良者が居なければ楽な仕事だけど……何かと怪我をする生徒が多いから、補佐は頼んだわね」
「分かりました。係りになった以上、指示には従います! ま、米良先生の頼みを断る男子生徒を探す方が難しいでしょうけど」
「あら、従順な子は好きよ? 当日はこっそりクーラーボックスにアイスでも入れといてあげようかしら」
表情には出さず、心の中でガッツポーズをした。
テントの下でアイス。炎天下……なのかどうかは分からないが、太陽の下に晒されるだろう他の生徒と比べると破格の待遇である。
のののに生け贄にされた時は少し恨んだが、今は感謝しかない。
今日の体育祭練習での収穫はそれくらいで、後は特に何もなく坦々と過ぎていった。
授業が終わりホームルームまでもが終わると、俺は走る程では無いがすぐに家へと帰って行った。
先に帰っているかは分からないが、誰も居ない家に一人だと碧が寂しがるだろうから。
大人びて来たとはいえ、妹は妹。甘やかしたり叱ったり、とにかく兄の務めを果たさないとな。
そして一週間が過ぎた……
とか頻繁にやって時間を動かしていきたい感。
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