第71話 勉強しないで
眠い中書いたから、自分でも「あれ?今何書いてたんだろう……」状態になりつつある。
お待たせしました、よろしくお願いします!
今日はいつもより早めに家を出ていた。早起きをした訳では無く、ただ単に朝飯の時間を短くしただけだ。
学校に着いたら小テストに向けての復習をする予定ではあるのだが、その為に頑張れる事はこのくらいなもんだ。そんなモチベーションでしかない。
これまでもテスト前にこうして小テストをする事は何度かあったが、この学校の嫌らしい所は、小テストに出た問題の七割程度は本番で出ない事だ。
似た問題が出ることはある。が、それは主に計算問題の系統だけだ。その為、小テストは本番よりもだいぶ簡単に作られてはいる……つまり、この小テストに出た以外の所を勉強したり暗記すればと思うのだが、それが上手くいった試しが無い。俺の場合は、だが。
ただ運が悪いのか、それとも読みが甘いのかは分からないが、ちゃんと勉強しろと学校側に言われてる気がしてならない。
教室までやって来ると、やはり早めに登校してる人が多いみたいだ。普段は早く登校してないし、この時間の平均人数なんて知らないんだけど。
「おはよう勝也、何の教科?」
「数学だ、数学! やればやるほど、自信が無くなってくとか……モチベ下がる一方だわ……」
「分かんないでも無いけど……まぁ、練習試合だと思って頑張ろうぜ」
「だな、失敗できる内にしとかないとな」
前向きになってくれたのは良いが……そろそろ失敗できない時期だろう。そう言おうと思ったが、少し上がったモチベーションを下げない為にも口を塞いだ。
自分の席に座って他のクラスメイト同様に、教科書やノートを机に広げる。勝也にあれこれ言ったが、俺も余裕って程じゃない。
本当に余裕な人は、昨日今日で慌てて復習なんてしないからな。きっと、いつも通りに過ごすのだろう……のののみたいに。
「おはようののの。今から勉強するから、今日のその跳ねた髪は自分でやってくれ」
「神戸、何もしない方が良い」
「テスト対策か?」
「そう。苦手、分からなくなる」
「うーん……そういう考え方もあるっちゃ、あるのか?」
「そういうもの」
たしかに、この時間で記憶しただけのものは付け焼き刃なのかもしれない。のののの言う通りに、今の状況で小テストに挑んで、駄目だった所を勉強し直した方が本番で良い点が出るかもしれない。
だが、どうせ本番前だって追い込み作業はするだろうし、それも含めての……というか、あまり悪い点を取りたくないのが本音ではある。どうしようか?
「うん、そうだな! なら、いつも通りに……」
「おはよう!」
――のののにそう言いかけた所で、背後から紅亜さんに挨拶をされた。
「え、あ、おはよう? えっと……朝練?」
「そうなの! 今日は少し早めに終わったんだけどね。ののさんも、おはよう」
「……はよう」
振り返って挨拶を返す。
紅亜さんは机に鞄を置いて椅子に座ると、鞄から無香料の汗拭きシートを取り出して、腕や首筋を拭きだした。
朝練で走って来たのだろう。朝から疲れるなんて、帰宅部の俺には想像くらいしか出来ないが……「お疲れ様です」という感想しか出なかった。
「朝練で疲れてるだろうに……今からテスト対策するの?」
「うん! 練習は本番の様に、本番は練習の様に……ってあるでしょ? だから小テストでも頑張らないとね!」
「なるほどね」
のののとは反対の意見だ。紅亜さんの考えも分かるし、のののの考えも分かる。
紅亜さんの考えのデメリットがのののの考えで、のののの考えのデメリットが紅亜さんの考えだな。まぁ、二人とも学力の水準が高いから各々のやり方で問題無いんだろうけど。
「迷ったなぁ~でも、うん。やっぱり早めに学校に来たし、勉強しておこうかな」
「………………」
汗拭きシートを使ってる紅亜さんの方を見ているのは、視線のやり場に困るし、紅亜さんからしても嫌だろうと自分の机と向き合った。
心の中で『よし、やるぞ!』と意気込んだその時に気づいた。
――何故か知らないけど、俺の方を向く様に姿勢を変えたのののから無言の圧力が掛かって来ているではないか、と。
「……のののさん? わざわざこっちを向いて本を読む意図をお聞かせ願えますかねぇ?」
「………………」
「おーい、のののさん? 赤点は出さないと思うけど、出来れば良い点を取りたい心理を理解して頂けますかー?」
活字を追っている筈の視線と俺の視線がぶつかる。
目が合うとすぐに本へと視線を戻すのののだが、言いたい事があるのか、またすぐに視線が合う。
こういう時は俺から聞くよりも、のののから話してくれるのを待った方が「何でもない」と言われて話が終わらず済む。
更に二回視線があった後に、指を挟んだ状態にして本を膝の上に置いた。
「……私が」
「私が?」
言うときはズバッと言うのののにしては珍しく、躊躇っているかの様に口ごもっていた。
瞳が右へ左へ動きながらも、小さく何か言っている。
「え? 何だって?」
聞こえさえすれば理解は出来るのだが、流石に聞こえないとのののが何を伝えたいのか俺にも分からない。
むにゅむにゅ……と、確かに何かは言っているのだが。
「ののの? 出来ればもう少し、音量……じゃない、声量を上げてくれれば助かるんだけど」
伏し目がちに何かを言っていたのののが、勢い良くとは言えないほどゆっくり顔を上げた。でもそのお陰で、まだ視線はやや下を向いているのだが、声は聞こえるまでになった。
「……だから、神戸に、その……。私が…………私が教えたいから、勉強……しないで」
――その数秒だけは、一ミリもズレる事なく目と目が合っていた。
途切れ途切れの一言ではあるけれど、俺が小テスト対策をしない理由としてはそれだけで十分過ぎる程だった。
「……ののの」
「――ッッ! 今の、無し。神戸、勉強していい」
照れ隠しのみたいに前を向いて、縮こまる様にして本を読みだしたののの。よく見れば、その横顔というか瞳はかなり泳いでいた。
そんなのののを横目に、机の上に広がった教科書とノートをそっと閉じた。
「あれ? 青くん、テスト対策しないの?」
「うん、まぁ……ね? 今勉強しない方が、本番で良い点取れそうだし。あと、昨日勉強した分で大丈夫かなって」
「んー? まぁ、青くんが大丈夫なら良いんだけど。じゃあ、ちょっと私は机に伏してるマノンを見てくるわね!」
もう諦めモードに入っているのか、谷園は机にチョコ菓子の箱を乗せてはいるが寝ていた。アイツとは良い勝負が出来そうだな。
俺は机に広げた道具を鞄に片付けて、のののに手を伸ばした。
「ののの、櫛」
「神戸……」
「本番までの俺の学力はのののに任せたからな」
「……うん。任された、バッチコイ」
そう言って、少しだけ微笑んだのののの髪を整えた後は、時間まで俺も読書することにしていた。
◇◇◇
「手応エナンテ、アリマセンヨ」
「お前もか谷園……俺もだ。だから元気だせ、な?」
小テストの連続と昼休みを挟んでまた小テスト。
お決まりの勉強してない発言をする者や、調子の良さそうな人、逆にヤバそうな人、それぞれいろんな反応をみせていた。
放課後になって、俺の席までやって来た谷園は半ば壊れていた。
「青サンモ、ヤバイノデス?」
「ま、まぁ……平均くらいかな?」
「ソウ……ですか?」
(あ、少し直った。あれか……谷園は駄目だったか。実は頭が良いとか無かったんだな)
勝也は朝の追い込みが成功したのか、書いた所は当たっていると言っていた。何ヵ所書いたのかは言わなかったが。
のののは全部七〇点あたりに調整したと、相変わらず目立たない所に落ち着いていた。
紅亜さんは、特に問題無いみたいだ。きっと八割は越えていると思う。
そんな訳で、谷園が俺の所に来たのはレベル差があまり無いからだろう。
俺としても切磋琢磨するならば、谷園あたりが張り合いもあって良い相手だと思える。
あんまり落ち込んだままで居られるのも困るし、上げておくか。
「でも、谷園……英語は出来たんだろ?」
「タンゴ ワスレタ スペル アイマイ」
「そっか……そういう日もあるさ! ん、大丈夫だ谷園! お前はやればできる子だろ?」
「ワタシ……デキル子」
谷園の瞳に少しだけ活力が戻った。
谷園に暗示を掛ける様に「お前はできる子」と言い続けたら、どうにかいつもの谷園へと復活していった。
「ふふーん、今回の小テストは転校して来てまだ日の浅い私には少しだけ不利だったんですよ!」
「そうそう、お前なら大丈夫だ。本番に強い子だもんな」
「ですです! あっ、青さんも今回は微妙だったみたいですけど、そう気落ちするものでは無いですよ?」
「なんだコイ……こほん。そ、そうだな。あー、谷園のお陰で気落ちしなくて済んだわー、助かったわー」
俺の肩をポンポンと叩いて慰める今の谷園に、アイアンクローを仕掛けても許されるだろう。軽めになら。
「いたたたたたたたぁっ!! 青さん、痛いです! 痛いですよっ」
「ふぅ……よし、満足、帰るか。勝也は部活だし、のののは図書室に行っちゃったし」
「満足って言った!? 待ってくださいよ青さん! 私の頭を握り潰そうとした説明は無しですかーっ!?」
プンスカと怒る谷園と帰ったが、帰宅途中も何かにつけてプンスカしていた。説明はオーラでしていると煽ったのが一番の原因かもしれない。
まぁ、それでも多少なり元気が出たという事ならそれこそ満足だ。谷園が落ち込むと何故かこっちまで気持ちが沈むからな。
「じゃあ、青さん! 本番で勝負ですよ! 負けたら罰ゲームですからね! ね!」
「分かった分かった……えっ、罰ゲームあるの? んー……勝ったらご褒美があるって方が良くない?」
「おぉー! 青さんを負かした上で罰を与えるって考えに支配されてました……ナイスアイデアですよ! ベストアイデア賞ですっ」
何だかサラッとゲスい考えをしていた様にも思えるが、とりあえずベストアイデア賞をくれるらしいから気にしないでおこう。
別れ道で谷園と手を振って別々に歩きだした。
家に着いてから、谷園との勝負の為に勉強の準備までしたのは良いが、いざ始めようとすると、不思議と全然まったくこれっぽっちも勉強をする気になれなかった。
きっと、小テストの連続で疲れているというのがあったと思う。なんとなくだが、谷園も今日は勉強しないだろうという確信めいたものもあった。
だから俺は、夜になって宿題だけ終わらせると、零時を回る頃には眠りに就いていた。
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