第70話 空返事は肘打ちの刑
お待たせしました~
短めですが、よろしくお願いします
四人掛けのテーブルの席の配置に迷う。
壁側のソファー席は当然譲るとして……というのが俺の考えだが、紅亜さんも、のののも余った所に座ろうとしているのか、譲り合いの雰囲気が出ていた。
だが、そんな迷いも数秒で終わりを告げた。谷園の行動で。
「じゃあ、教えて貰う私と青さんが椅子で、紅亜とののさんはソファーにお座りくださいな!」
そう言いながら指をあちこち動かして、谷園が決めてくれた。
谷園にしては珍しく、ありがたい行動。
一瞬、紅亜さんとのののが顔を見合わせていたが、二人ともソファー側に座って、俺と谷園も椅子の方に座った。
すぐに鞄から勉強道具を出そうとした俺の腕を、谷園が止める。「まずは注文ですよ!」……という事らしい。
「紅亜もののさんも、ドリンクバーで良いですか?」
「うん、お願いね」
「良い」
手慣れた感じで確認を取った谷園が、店員をボタン一つで呼び出して注文してくれた。ドリンバー三つとチーズケーキ。
メニューを見る前に谷園からの問い掛けに答えた紅亜さんが、甘いケーキに反応してみせたが、追加で注文する程でも無かったのか、開けた口を静かに閉じた。貼り付けた様な笑顔と共に。
「青さん、水はセルフサービスですよ!」
「はいよ、じゃあ取ってくる」
俺はソッと席を立って、水を取りに向かった。
◇◇◇
紅亜さんはカルピスウォーターを、のののは烏龍茶を、谷園はオレンジジュースをそれぞれ注いで来て、明日に向けての勉強がスタートした。
分からない所があれば、紅亜さんかのののにひたすら聞くというスタイルで進めていくらしい。提案者は谷園である。
英語の教科書とノートを広げ、ウンウン唸っている谷園を横目に俺は、化学の問題に取り組んでいた。
(数学と似て、公式を覚えてれば解けるんだろうけど……忘れちゃうんだよなぁ)
化学の問題も何度か解いていれば慣れるだろうが、下手すると数学より時間が掛かりそうだった。
表面だけ理解すれば早いのだろうが、それだとすぐに忘れそうだし、深く理解しようとするにしては時間が足りなすぎた。
「新山さんって、化学の点数どれくらいなの?」
「化学? うーんと、この前のテストな、九〇点くらいだったかな?」
「おぉ……聞いたか谷園」
「いや、私に振らないでくださいよ! そのテスト私は受けてないですし、英単語が抜けちゃうじゃないですか!」
そう言えばそうだった。
谷園の知力は未知数。実は頭が良いパターンだってありえる。いや、実はって言うのは失礼だったな。
だが、英単語を必死に覚えようとしている所をみると……ヤバいのかもしれない。
「何かこう……コツ的なの無いですかね?」
「う~ん……あっ! あのね、化学とか数学のテストの時には、最初に使う公式を書いておくと良いかも。それで肩の荷が一つは降ろせるでしょ?」
「あ~、なるほど! それは良いかも! おい、谷園聞いたか?」
俺は紅亜さんの言葉をノートにメモしながら、谷園に話しかけた。
「えぇ、バッチリ聞かせて貰いましたよ。あと青さん、学校の外ですし……マノンです!」
「はいはい、マノン。いやぁ~これで平均点近くまでは取れそうな予感」
「いや、マロンじゃな……えっ!?」
急に驚いた声を出した谷園に、周囲の視線が集まった。
また、英単語を一つ忘れたから声を出した訳じゃないだろう。顔を上げれば、前を見ても右前を見ても隣を見ても、このテーブル席に座っている人の視線は俺に向かっていた。
他の席に座っている人達はすぐに視線を戻したが、この席に居る三人の視線は戻らなかった。
「え、なに?」
「あ、あ……青さん!? 熱でもあるんですか!?」
いや、無いけど。そもそも、熱なんてあったら早々に帰宅している。むしろ熱がありそうなのは谷園の方だ。
「神戸、何故私に聞かない?」
「いや、のののに勉強のコツ的なのを聞いても覚えるだけ……としか言わなそうだし」
「うむ」
やっぱりか。でも、それが出来るのが一番良いんだろう。そして、それが出来るからこそ頭が良いのだろうな。
「青くん? 学校の外なら名前を呼び捨てにしてくれるの? そうなの?」
「え……えっ!? 呼び捨て? いったい、何の話?」
「き、気付いてないの!? 青くん……今、『マノン』って、呼び捨てにしてたのよ?」
俺は視線をのののに移した。のののは一つ頷くだけだった。
次いで谷園にも視線を移した……どうやら本当らしい。
「ご、ごめん! 間違った! マロンって言うつもりだったんだけど、普通に名前読んでた!」
「ま……間違ってないですよぉ~。えへへ、言えるじゃないですか~青さ~ん、このこのっ!」
谷園からの肘の突っつきがやかましいけど、視られていた理由は理解出来た。
理解出来た上で、のののだけは何だか違う気もするが気にしない方が良さそうである。
メモを取ってたからと言っても、これからは空返事で返さない様に注意しておこう……別に悪いことじゃない気もするが、うっかりは怖いからな。
「くっ、肘もうるさい奴だな……」
「ふふん! 肘も普段もうるさいですよ~このこの! っと、そろそろ飲み物でも注いできますね」
満足したのか、言葉通りに飲み物が欲しくなったのかは知らないが、谷園が席を離れた。
俺は谷園の肘が当たっていた右腕を擦りながら、とりあえず紅亜さんとのののに帰りの時間を聞いておいた。
二人とも今日は特に時間を気にしなくて良いらしいが、遅くなり過ぎない方が良いだろう。
「帰りは駅まで送っていくよ」
「青くん、駅はすぐそこだよね?」
「神戸」
紅亜さんの笑顔が妙に怖く、のののの言葉も意味が難し過ぎて少し怖い。
ここで「怒ってる?」なんて質問をすれば、より怒らせてしまいそうな気がして辞めておいた。代わりにという訳では無いが――
「これ、食べてない所から、あの、どうぞ……」
一口だけ食べていたチーズケーキさんを、この状況を打開する為の身代わりとして差し出した。
チーズケーキだし、一口食べれば許しの判断が甘くなると思っていた俺が、甘かった。
紅亜さんだけなら、うやむやに出来ていたかもしれないが、のののが居た。こちらの心情を理解した上で、畳み掛けてくる。
「神戸、本当に分かってる?」
「え、そりゃ……もう、ね? ははっ……」
分からない。
俺がやらかしたのは直近の事で言うならマロンをマノンと言い間違えた事だ。間違えては無いのだが、間違えたと言えばソコである。
だが、そこで二人が怒る理由になるとも思えない。だから、分からない。
「……美味。もう一口」
「甘さ控えめではあるけど、確かに美味しい」
「減っていく……小さい一口だけど、俺のチーズケーキが、確実に……」
早く言わないと無くなるよ? と、視線で問い掛けてくるが、答えは出ない。
この際ケーキは諦めてしまおうかと思った所で、谷園が戻ってきた。
「あー! 二人だけズルいですよ!」
「おかえり……いや、その……二人がどうも怒ってるみたいで、生け贄に」
「ん? 何言ってるんですか、青さん? 二人は怒ってませんよ! オーラを視れば分かります」
「いや、そういうのは良いから……」
そう俺が言いかけた所で、のののから「正解」という言葉が聞こえて来た。
チーズケーキを無償で提供していた事実に呆然としている俺の前で、紅亜さんはそっと胸の前で手を合わせて申し訳無くし、のののは悠然としていた。
「というか、オーラを見なくても本気で怒って無い事くらいは分かりますよ~まだまだですね、青さん! では、チーズケーキを貰っても良いという事みたいなので、いただきですっ!」
「あ、それ俺のフォーク!」
「ん~! ファミレスも中々にやるじゃないですかぁ~……あれ? なんか、怒り? いや、嫉妬のオーラを感じますが……」
谷園の言う怒りやら嫉妬のオーラ。不思議な事に、今この状況においては俺も感じ取れている気がしていた。
小さい一口で食べていた二人と違って、堂々と大きな一口で食べれば、それは怒られるし嫉妬もあるだろう。
「た、谷園? 不思議な事に、俺にもそのオーラが向かってない? 気のせいだよな? 気のせいだよね?」
「い、いえ……私と青さんに半分ずつ向けられてるみたいですよ? お、落ち着いてください二人とも!」
「マ~ノ~ン~! 貴女のフランクさはズボラなだけだって言ったでしょ!」
「神戸、没収」
谷園は怒られ、俺はチーズケーキを没収された。
その後は大人しく勉強を再開させたが、何となく感じる“圧”に集中力が途切れ途切れになってしまった。
それは谷園も同じみたいで、二人して明日の小テスト対策はボチボチに留まってしまった。
ファミレスを出た後は、駅で電車に乗るのののを見送って、紅亜さんと谷園とも別れた。
暗くなっていたし、送って行くつもりではあったのだが、二人の家が反対という事もあって、俺達は別々に帰る事を選択していた。
家に帰ってからやる事をやって、落ち着いた頃に勝也から「テストやばい」というチャットが届いた。
「俺もだ……は、勝也を安心させちまうかな? ここは逆に『俺は余裕』とでも送っておくか」
更に勝也から『許さん』という謎のチャットが届いたが、勝也なら逆境に負けじと頑張ってくれるだろう。そう信じて、俺は夜更かししない程度の復習をしてから眠りに就いた。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
眠いと途中で何を書いてたかあやふやになってきますね……
でも、今書いてるこの勢いで書かないと! って、思うと仕方のない事ですよね