第65話 男子回 下
前回の男子回は①としてましたが、《上》にして、上・下にしました。
もう、次からはサクサク進めて行こうと思いますよ!
(n回目の決意)
では、よろしくお願いします!
午後の授業はいつも、眠気との格闘になるのだが、今日は違った。俺は授業も一応は聞きつつ、ブラックの言う『ギャップ萌』について考えていた。
ギャップの意味を調べると、“ズレ”の事を指しているわけだが、ブラックの言うギャップは“意外性”という意味で使っているのだろう。
つまり、ギャップ萌とは意外性のある萌えの事で、そこに惹かれるというのは分からなくも無い。
例えば、左隣でノートの端っこに猫のイラストを描きながら授業を受けているののの。こんなのののを見てうどんが大好きだと思う人が居るだろうか? これも一つのギャップなのかもしれない……萌えるかは人それぞれになってしまうが。
谷園はどうだろうか? いつも明るくて能天気にも見えるが、それは基本的に素の自分を見せない為の仮面だったりしている。居心地の良い場所に慣れてないが故に、自分を明るく魅せる谷園のソレもギャップかもしれない。
紅亜さんは……うん。そんなに意外性は無いかもしれない。紅亜さんがやることに関しては、だいたい皆も納得してしまう。成功も失敗も。皆……と言っても主に女子だが、紅亜さんに対して驚いたのがクッキーだけだろう。結局、誰も本人へ伝える事はしてないが……意外性はあった筈だ。ギャップと言えるかは難しいな。
「ん~……ん?」
俺はノートの空いてるスペースに、キーワード……『ギャップ』『萌え』『意外性』『見た目と中身』などの言葉を書き連ねてみた。
何か引っ掛かるというか、このギャップを体現した人が居る気がしてならなかった。だが、そんなモヤモヤはすぐに解決する事になった。先生の話す言葉の中に出てきた『フード』『バリエーション』をキーワード欄に書き足し、更にそこから浮かび上がる人物の特徴である『ドリル』『大きめな胸』『書道』を書き足せば完成だ。
(っ!? つまり、ギャップ萌とはひま後輩の事を指すのか!!)
俺は自分でノートに書いた文字列を見て、そんな事を思った。
お嬢様と見せ掛けた苦労人かと思えば、元々はお嬢様だったひま後輩。所作や佇まいは優雅かと思えば、バイト先ではきびきびと働く姿をよく知っている。高級品ばかり食べるかと思えば一〇〇円の素うどんを美味しいと評価し、人を寄せ付けないのかと思いきや、ちょっと寂しがり屋でもある。
(なるほど……ギャップ萌が何なのかは分かったな。ブラックは制服を着崩しちゃう系に惚れたと言っていた……つまり)
予想をするだけなら可能だが、ブラックの事だ……何か“意外性”があるかもしれない。俺は予想もギャップに関して考えるのも止めて、授業に集中する事にした。答えは後でブラックが語ってくれるだろうしな。
◇◇◇
「青、行こうぜー」
「おう、ブラックの所にでも行くか」
放課後になり掃除も終わった所で、俺と勝也は隣のクラスに向かった。だが、俺達が向かうまでも無く教室を出た所で、ブラックもまた教室から出て来ていた。
大半の生徒達が部活へ行く時に悠然と遊びに行くのは、少しだけ心が浮かれる。俺は帰宅部だし、いつでも遊びには行けるのだが……珍しく揃ったこのメンバーだからこそ、今日は楽しみで浮かれているのだ。
「どうする? どこから行く?」
下駄箱で靴を履き替えて、ブラックを真ん中に配置して三人で歩き出した時に、勝也からそんな問いがあった。
「んー、漫画が先で良いんじゃない? なんだっけほら……大宇宙とか銀河惑星だとか……」
「『大宇宙ギャラクシー少女ユカリ』な? そこ大事だから」
「じゃ、本屋の後にファミレスにでも寄ろうぜ」
大雑把に予定を立てながら駅へと向かって行く。三人で駄弁り始めたら興味ある話題でも、興味の無い話題でも不思議と会話に詰まる事は無かった。
基本的にはブラックが一人で会話でのボケを担当し、俺がツッコミ、勝也は相槌もボケもツッコミも担当している。バランスが良くて遠慮しなくて良いのがどうにも心地好い。
本屋に着いて真っ先に例のタイトルを探しに行き、その表紙をみた俺はタイトルで買うことを決めた。勝也は裏表紙にや帯に書かれているのを見てから、買うことを決意したみたいだ。
俺達の選択に一番満足そうなのがブラックである。
「ふっ……貴様等の選択は読めていた」
「まぁ、キャラが可愛いしな。この後ろの方に描かれてる女の子は?」
「あぁ、その子は解析とお尻担当の“ラビリット=サッチ=デストロイ”ちゃんだ。“アイムロリ”ちゃんと並んでユカリちゃんの仲間兼お尻担当だ」
ラビリットちゃんか……なんか、主人公に振り回される役割っぽいのが可哀想だが、そこが良い。俺はこの子を応援していこう。
「俺は主人公のユカリちゃん? がお気にだな」
「ほぅ……我の推しはアイムロリちゃんだし、見事に被らなかったな! まぁ、三人とも個性があって可愛いのは事実」
「とりあえず一巻だけ買ってくるわ」
「俺も」
他の漫画を物色してると言ったブラックを置いて、俺と勝也はレジにて本を購入した。漫画はまだ六巻までしか出てないのにアニメ化してるのを考えると、内容がそうとう濃いのかと考えてしまう……そう考えてる事が既にブラックに毒されている証拠でもあった。
「ブラック~、行くぞ~?」
「ちょ、ちょっと待って! こっちとこっち……どっちを買おうか迷ってだな……」
「どっちもじゃ駄目なのか?」
ブラックが手にしているのはどっちも一巻。たぶん、発売されたての漫画なのだろう。片方は日常系でもう片方はバトル系……そりゃ迷うよなと同情できるが、ブラックに声を掛けるなら勝也の言うことには納得する。
「いや、今月の趣味費用の残りがギリギリでな……来月もゲームの予約してるし……うむむ」
「まぁ、片方だけ買って残りは余裕のある時に回せば?」
「それが無難か……さすがブルーだな」
「褒められてなくない!?」
結局はほのぼの系を手にしたブラックだが、俺は褒められ方が微妙過ぎて、これまた微妙に心を抉られていた。落ち込む程では無いが、嬉しくも無い言葉だ。普通は難しいとよく聞くし、言われても嫌いじゃ無い表現なのだが、無難と言われると深く考えてないで出した結果みたいで、言われても嬉しく無い。
「うし、そろそろファミレスで本題と行こうぜ!」
「だな、こんなアニメ漫画大好き人間のブラックが萌える先輩ねぇ……ほんとに実在すんの?」
「……ゲフンゲフン! と、とりあえず萌えやその時のシチュエーションについて話そうぞ!」
駅近の本屋から少し歩き、これまた駅近のファミレスへと入って行った。平日の夕方に差し掛かった時間帯に来た甲斐もあって、店内はそれほど混んでは無く、すぐに席へと案内して貰えた。
「では、ご注文が決まりましたらお呼びください」
「あ、はい。……んじゃ、とりあえず水持ってくるわ」
店員さんが離れて行った後に、俺が代表して三人分の水を取りに行った。俺達の他に学生服姿の人は見掛けなかった。週末でもあるまいし、当然と言えば当然かもしれないが。
「お待たせ」
「サンキュー青」
「スペシャルサンクス」
メニューを見ていた二人と一緒になって何を頼むか迷い、迷った結果……俺はチーズケーキを、勝也はピザを、ブラックはガッツリとハンバーグセットを頼むことにした。
晩飯の前にガッツリと頼む二人の胃袋が心配になるが、まぁ気にしても仕方の無い事だと流した。それくらいは自己責任で母親に怒られてくださいって感じだしな。
「よし、さっそく本題に入ろうぜ?」
ソファー側に座る勝也がそう言って、椅子側に座るブラックが机に両肘を着いてポーズから入った。同じくソファー側に座る俺と勝也も、何となく同じポーズを取ってみる。とは言っても、勝也は片肘だけで、もう片方の手は机に乗せるだけだが。
「あれは先週の事だ――」
長ったらしく語られたその内容を、頭の中で簡略化して纏めるとつまり、帰り道に偶々その……三年の女子生徒A子さんを見掛け、ギャル風な容姿にビビっていたが、信号を渡る婆さんの手助けをし、ポイ捨てされたゴミを片付け、捨て犬を抱いてあげる姿を見ていたら恋に落ちた……という事らしい。
まさかの、思いっきりベタな展開に意外性を感じなくは無いものの、ベタ過ぎて何も言えなくなってしまった。
おそらく荷物を持って信号を渡っていたお婆さんだが、普通の人が手を貸すよりも、ギャルが手伝ってあげる方が好印象なのかもしれないが……意外性の面から見ると、そこまで感じない。
「それで俺は思った訳だ、なんて優しい人なんだろう……ってな」
「そうかもしれないけどさ、その前に……ブラック、ストーキングしてたの?」
「失敬な! たまたま! 本当に偶然、同じ方向だっただけだ!」
「ごめんごめん! まぁ、でもブラックは奥手だし……ギャル系の子って案外良かったりするんじゃないか?」
ストーキングの件は俺も同じ事を思ったが……違うのか。
ブラックとギャル系の女の子の相性に関して言うのなら、俺は難しいと思う。まず、話題が無さそうな点だ。ギャル側にブラックが歩みよるのは最低限としても、ギャルがブラックの趣味に何て言うか分からない。もし、寛容ならばそれはもうブラックを応援しまくる勢いだが、オタクが苦手なギャルならば、ちょっとしか応援は出来そうに無い。
「で、まぁ! そこで二人に相談なのだが、三次元のギャルってどう攻略したら……」
「お待たせしました! チーズケーキにマルゲリータとハンバーグセットになります。伝票、失礼致します~」
カラオケで自分の歌うタイミングに店員さんが来ちゃった時のように急に沈黙をしてみせたブラックだが、バッチリ聞かれてたと思うぞ。でも、大丈夫だ。店員さんはギャルじゃないし、気にもしていないだろうさ。
「食いながら話そうぜ」
「勝也、それ切り分けてやんよ。何等分にする?」
「八等分でよろ」
「ギャル……攻略……」
ブラックの話を聞く為に来たのだから、一緒に考えるのもやぶさかでは無い。では無いのだが……力にはなれそうになかった。
だって……単純にギャルと付き合えた経験が無いからだ。そもそもギャルっぽい友達すら居ないのだから、攻略うんぬんに関しては、自力で頑張って貰うしか無いだろう。
勝也の「俺もギャルはわかんねー」の一言で、ブラックは何やら落ち込んでいたが、何故か急に……「俺がギャルの先駆者になる!」と意気込み始めた。攻略法が分かったら是非とも教えて欲しいものだがな。
「よし、ギャルの調査は卒業までに終わらせてみせるとして……次は普通に恋話をしようぜ!」
「いや、男子だけの恋話ってどうよ?」
「ブラックの好みがギャップ萌ってのが意外で俺は面白かったけどな? いんじゃねーの? 好みの話とかさ、女子が居たら本音を言いづらい事もあるだろ?」
「流石はキャッスル……ブルー、こういう所を見習うんだぞよ?」
「いや、お前もだぞブラック」
勝也に負けてるのはまぁ、良い。だが、ブラックに負けるというのは何か嫌だ。負けられない戦いがあるとしたら、それはきっとブラックとの最終決戦だろう……あるとしたらだが。
美味いハンバーグを作れる女性が好きとブラックが言いだせば、勝也は器用な人が良いと言い、俺が朝に強い人が良いと言えば、ブラックが夜更かししてゲーム出来る人と言った。
そんな感じで三人で会話を時間を忘れて楽しんでいた。久々に、言いたい事を遠慮せずに、配慮せずに言い合った。言葉一つ一つに気を使わずに、間違った表現でも言葉でも気にせずに言える空間は、やっぱこの三人じゃなきゃ出せないなと思った。
男子だけの放課後をたまに開けたらそれがベストだろうが、二人とも部活があるし、もう少し経てば受験も視野に入れて行くだろうから難しいかもしれない。だけど、それでも、このただ無駄に笑ってられる場所は作っていこうと思ってる。離れてしまうには惜しいからな。
「ふぅ……ふふっ。あ~思い出してもおもしれーな。もうこんな時間か……そろそろ出る?」
「詣でよう」
「お爺さん、神社は一月に行ったでしょ?」
「……いや、むしろ今から詣でよう! ここから出来るだけ近くの神社で俺の今後を三人で願おうぞ!」
勝也の顔を見れば乗る気なのが分かった。たぶん、勝也も俺の顔を見て同じ事を思っているだろう。
お会計を済ました俺達は、無駄に走り出した。勝也が先頭を颯爽と走っているが、その後ろで俺とブラックがバテバテのヘロヘロで走っていた。それで結局は気を使われて歩きに変わったが、それも今日は、今日だけは良しとしようじゃないか。
楽しい時間は楽しめるだけ楽しむ。家に帰るまで、俺達に休憩は要らなかった。
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