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夏の特別番外編『ある夏の思い出』


はい、どうも。

今回は冬の特別編に続いて夏の特別編にございます!


……と、言いたかったのですが、ぶっちゃけ『夏』要素は無いです。

ただ、何となく書いてみたかったから書いたに過ぎないですよ!

ifルートですよ!ifルート!


まぁ、読者様はその辺の事を理解してくれますよね!

はい、よろしくお願いします!٩(๑'﹏')و


所々、その方面の方からすると、おかしい部分があるかもしれませんが軽く流してもらえると嬉みです。


 


 ミーンミンミンミン……シュゥィシュイシュイシュイ……


 窓を閉めていても聞こえてくる蝉の声に、頑張れよと思う反面、素直に暑さが増すから止めてくれという気持ちが沸き起こる。

 7月の下旬、遂に今日から待ちに待った夏休みに入った。夏休みの宿題からは目を逸らしたくなるが、一定量を毎日こなせば楽に終わると言い聞かせ、さっそく予定表を作っていた。


「よし、今日はこれで終わりでいいか」


 明日から頑張れば良いと気持ちを切り替えて、今日はとりあえず涼しい部屋でゆっくり過ごす事にした。

 夏が好きか聞かれれば秒で答える――嫌いだと。

 夏の良い所なんてアイスがより美味く感じる事や、海に行けば水着美女が見られる事ぐらいだろう。だが、俺は冬でもアイスを美味しく食べられるし、海に行く労力に水着美女が釣り合うとも思えなかった。

 だからグダグタとする。この夏は、出来るだけ外出を控えてやろうと決めていた。


 プルルルル――


 スマホが鳴った。表示された画面には『勝也』と書いてある。ここが『ブラック』と表示されていたら出なかったが、勝也となれば話は別だ。お世話になってるからな。


「もしもし?」

「おう、青! 明日、海までチャリで……」


 そこまで聞いて、俺は通話を終了させた。海までチャリとか冗談じゃない。この炎天下の中、海まで何時間掛かると思っているのか。これだから運動部は……と、言わざるを得ないな。

 わざわざ海に行かなくても、プールで良いじゃないかと思う。焼けるし……だが、俺のこの思考がリア充から遠ざかっているのだろう。


「お兄ちゃん居るー?」

「居るけどー? どした碧?」


 部屋の扉を開けて我が妹である碧ちゃんが入ってくる。碧の通う小学校は昨日から夏休みに入っていた。宿題の面倒臭さなら小学生も中々だなと思う。それはまぁ、愚痴みたいな感じで碧から聞かされたから思っているだけだが。


「はぁ~涼しい……じゃなかった。お客さんだよー?」

「お客ぅ~?」

「いや……そんな嫌そうな声出さなくても良いんじゃない?」

「ちなみにどんな子?」

「うーん……可愛いかな? 碧とどっこいどっこい……かな!」


 ここは兄として、妹が一番だと言うべきか悩んだが、それはそれでどうかと踏み留まって、頭を撫でるだけにしておいた。

 それで満足したのか、碧は「部屋に戻る」と言って戻っていった。

 俺は部屋の外から入る熱気を遮る為にも、部屋を出て扉を閉めた。部屋の中と外じゃ温度が違い過ぎて、やる気、元気、その他諸々を奪っていく。


「さっさと用を聞いて帰って貰うか……」


 重たく感じる身体を引きずる様に動かして、何とか玄関までやってきた。

 待ち人は外で待っているのか、家の中には入っていなかった。碧が外で待たせるとは考えづらいし、きっと自主的に外で待っているのだろう。そんな事をするのは……と考えて、流石に暑い所で待たせておけないと思い、すぐに玄関のドアを開けた。

 予想なら二人の内のどっちかだが……いや、待てよ? その二人に家を教えた記憶は無い。でも、谷園が家の外で待っているとも思えないし……いったい誰だ?



「お待たせしました……ぁ?」

「は、は、初めまして……“ブルーゴッ戸”!」

「いや、ホントに誰!?」


 玄関の外に居たのは、肩よりは短いショートヘアで膝下まであるノースリーブの白いワンピースを着ている女の子だ。確かに碧が言う通りに見た目は可愛い。緊張しているのか、少しオドオドしている様にもみえるが、それも小動物的で可愛らしい。大きめなハットを頭に乗せて眼鏡を掛けている。目立つ赤の旅行バッグも傍にある。歳は変わらないか、下にも見えるが……ホントに誰なんだろう?

 ヒントは俺の事を『ブルーゴッ戸』と呼んだ事だ。これは前にやっていたSNS的な物で使っていた名前……だった気もするが、曖昧だ。『神戸青→青 神戸→ブルーゴッ戸』特に捻りという捻りも無い名前だと、今更ながらに思えるな。我ながらセンスが皆無である。


「そん……な。ウチ……私の事、覚えて……ませんか?」

「えっと……その、ゴメン。ブルーゴッ戸っていう名前は確かに使っていた記憶はあるけど……君みたいな可愛い子は覚えて無い……かな?」

「そ、そげな! 可愛かなんて……恥ずかしかよぉ~」


 頬に手を当ててクネクネと照れているみたいだが、ちょっと気になるのは、方言だ。東北じゃなくて……北陸でもなくて……そう! 九州の方面だ。その訛りが少し出ていた。

 だから尚更分からない。俺に九州から会いに来てくれる様な知り合いは居なかった筈だ。


「じゃなくてですね! そのウ……私『ラブ()』と言います! ホントに……覚えて無かでしょうか?」


 ラブ里? ラブ……リー。いや、まて……知ってる。知ってるぞ! 思い出したという方が正確だが、俺はこの子を知っている。

 あれは4年前の……っと、その前に。


「とりあえず暑いから……どうぞ」

「あっ、はい……お邪魔します……」


 リビングは冷えてないし、とりあえずは俺の部屋に入って貰う事になった。なったというのは、俺も警戒心が全く無いという訳ではなかったのだが、半分冗談で「俺の部屋にでも行くか?」と聞いたら二つ返事で「うん!」と返ってきたからである。

 自分の警戒心よりも、この子の警戒心の無さが少し心配になってくるレベルだ。当然、紳士な俺に(よこしま)な気持ちは無いのだが、流石に女の子としてどうなのかと思う。


「涼しかね」

「まぁ、その辺に……そこの椅子にでも座ってくれ」


 この部屋には丁度良い卓袱台(ちゃぶだい)なんてないし、いつも使っている勉強机の椅子に座って貰うしかない。俺がベッドに腰掛ければいいしな。

 落ち着いた所で改めてフレンド美を見ると、確かに……うん。数年前の面影がある。たった一回の出会いだったが、あの出会いのお陰でSNS的なのを通じてしばらくは連絡を取る様な関係にもなっていた。


「あの……ブルーゴッ戸!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! まずは自己紹介しよう。その名は……SNS的なやつで使ってたハンドルネームだろ? ……と言ってもそう変わらないが、俺の名前は神戸青だ」

「知ってるよ。でも……改めて、ウチは……じゃなかった私は」

「別に無理して“私”にしなくても良いけど? あと、方言も……さ、分からなかったら聞き返すかもだけど、とりあえずは話しやすい様にしてください」

「う、うん! あの、ウチは愛里(あいり)黄瀬(きせ)愛里(あいり)です。福岡から来ました……あっ、これお土産の『西洋和菓子』です」


 黄瀬愛里。この子は俺の名前を知ってると言った。つまり、俺は単純に忘れていたのだろう。言い訳になるが、何せあの時は俺もこの子も余裕があった状況じゃなかった筈だし、特にこの子は不安で潰れそうだっただろう。いや、それは後回しにするとしても、まずは何故、俺を訪ねて来たのかを尋ねなければ。


「黄瀬……さん? あの、ありがとう。この銘菓は知ってる」

「愛里で良か……です。私も青しゃんと呼ばせて貰っても?」


 青しゃん……いや、まぁそこは呼ばれ方に拘らない俺だ。とりあえず頷いて、お土産として貰ったお菓子を座ってる場所の隣に置く。

 お土産に貰ったこの『西洋和菓子』、このお菓子は白餡を生地で包んである、平たく言えばお饅頭だが、その味は格別。各地方でそれぞれ推したい銘菓はあるだろうが、それはそれで良いと思う。だが、この『西洋和菓子』は美味い……それだけは一度食べて、分かって欲しい。福岡に住んでない俺ですら、こう思うレベルなのである。


「それで聞きたいんだけど、何で愛里さんがここに来たのかな?」

「青しゃんは、私の夢をまだ覚えているでしょうか?」

「……ごめん」

「き、気にせんでよかよ! SNS的なやつでやり取りしとった事を思い出してくれただけでも……ウチは嬉しいんよ」

「でも……まってくれ! やっぱり、一度ちゃんと思い出す時間を……少しでいい、俺にくれないか? 四年前の俺達が中1だった頃だよな? 思い出してみるから」

「う、うん……青しゃんがそう言うなら、少し待っとるね」



 ◇◇◇



 あれはたしか、中1の夏の話。

 両親と妹と俺の四人で東京の方に買い物へ出掛けた時の事だ。

 中学生になり、少しだけ落ち着きの無かった俺は、両親と手を繋いで歩く妹の少し後ろを歩いていた。人混みに流されまいとちゃんと後ろをついて行っていた筈が……気付いたらよく分からない場所で一人になっていた。

 新宿駅の地下を歩いている時にはぐれたのが良くなかった。せめて、目的地のデパート内で迷子なら恥を捨てて迷子センターに行く手段もあったのだが、ここじゃ、そんなのがあるかも分からなかった。

 不安な気持ちや焦りの気持ちは、確かにあった。でも中学生の俺は、どこか不思議と「なんとかなる!」という気持ちで溢れていた。

 この迷路の様な場所だって、どうにかなると思っていた。


 ――無理だった。


 案内通りに動いている筈なのに、人に流されるし、正しい場所に着かないし、上に行くわ下に行くわでより迷っていた。


「ここは……迷路だな! くそ、だからスマホを買ってくれと頼んだのに! 最悪、ガラケーでも連絡取れれるし買ってくれれば!」


 俺は自分から恥ずかしがって手を繋がなかった事を棚に上げ、悪態をついていた。


「ジュースでも買って冷静になるか……大丈夫。全ての道はローマに……」


「ぐすっ……うぅ……お母さん、どこぉぉ……うえぇぇぇぇぇん!」


 見付けた自販機の前で女の子が泣いていた。パッと見て分かる、この子も迷子なのだと。ピンクのリュックを背負い、半袖短パンで、髪はリボンで結んであった。歳は近そうだが……邪魔だな。せめて横で泣いててくれたらジュースも買いやすいというのに。


「あの……」

「うぇ……? な、なんです?」

「いや、ジュース買いたいんだけど?」

「ああね……ご、ごめんなさい……」


 俺は炭酸ジュースを買い、その場で一口飲んだ。シュワシュワとしたのが喉を通り過ぎると、それと同時に気分もなんだかスッキリとした。


「あの、聞いても……良かですか?」

「ん? どうしたの?」

「えっと、ウチのお母しゃん知らん……ですか? はぐれちゃって」

「それで、知ってるって言ったら俺は超能力者だっつーの」

「はぅぅ……そうよね、どうしよう……どうしよう……」


 この子もやはり迷子だったんだな。俺も迷子だから人の面倒を見ている余裕は無いけど……この子は俺と違ってもっと遠くから来ているのだろう。方言? 訛り? みたいなのが出ているし。


「なんか、飲む?」

「えっ……良いの?」

「うん、まぁ……迷子同士、仲良くしておこうって感じ?」

「迷子!? あなたも迷子やったんですか!? はわわ……どうしよう……外にも出れないし……うぅ~」


 俺は自販機で炭酸を買ってあげた。きっと飲めばスッキリするという善意でだ。なのにこの子は「炭酸……」とポツリと呟いた。それだけである程度は察する事も出来るが、そこはあえて無視して話を進めて行くことにした。立ち止まっていても時間を浪費するだけだしな。


「君は、旅行で東京に? 俺は買い物で親と来てたんだけど」

「いえ……その、ウチ“アイドル”になりたくて……お母しゃんとオーディションを受けに来とったとやけど……」


 ア、ア、アイドルゥ~~!!!?


 いや、そうか。テレビに出ているアイドルだって、初めから活躍している訳じゃないよな。オーディションを受けて下積みして……アイドルになっていくんだよな。

 でも、こんなぽわぽわした田舎感が口から出てしまう子がアイドルのオーディションを受けに来ているのは少し衝撃的だ。


「ちなみにだけど……何歳?」

「13やけど……?」

「同い年か……中1だよな? マジか、スゲーな」

「そうなん!? 大人の人に話し掛けるのも怖くて、どうする事も出来んかったんよ……えっと……」

「青。神戸青だ」

「ウチは黄瀬愛里……声掛けてくれて、ありがとう青しゃん」


 涙目を浮かべ、少し声も震えている。今ホッとされても状況が変わっていないから困るが、うん。そうだな……とりあえずは地上にいかなければ。


「オーディションって言ってたよな? 何時からだ?」

「えっと……早めに来とったからまだ余裕が……あっ! 一時間しかなか……」


 一時間か。脱出は、大人に助けて貰うとして、そこからオーディション会場まで時間は大丈夫だろうか? それから……うし。


「オーディション会場の場所は分かるか?」

「うん、地図は用意しとったから、地上に出られたら分かると思うんよ」

「なら……行くか」

「えっ……で、でも」


 分かる。初対面の相手に行こうと言われてホイホイついて行くとか危ないもんな。もしかしたらお母さんが迎えに来てくれるかもしれない。でも……


「アイドルになりに来たんだろ? 人に笑顔を届けるんだろ? なら、お前がまず、走ろうぜ?」

「……っ! わ、分かった! 青しゃん、連れてってください」

「あぁ、任せとけ!」


 自分でもよく分からない事を言ってる気がしたが、良いことを言った気もする……というか中々に格好良かったな、俺。

 そんな事を思いながら、俺達は走り出した。暇そうな大人に声を掛けると警戒され、スーツ姿のおじさんには邪険にされ、それでも地上へ行く為に大人を捕まえていたら、大学生くらいの女の人を捕まえられた。


「あの、ここら辺に出る出口まで行きたいんですが……」

「どれどれ~、あーはいはい。分かりましたよ、デートですか? 若いですねぇ~、私は教育実習で大変だと言うの……いや、気にしないでください! では、はぐれないようについて来てくださいね?」

「デ、デート……」

「はわわ……」



 少し照れながらも、ようやく見付けた出口への案内人に、俺と愛里はお互いに顔を見合せ頷いた。

 残り時間は刻一刻(こくいっこく)と過ぎていくが、ようやく……地上へと這い出て来れたのだった。


「お姉さん、ありがとうございました!」

「あの、ありがとうございます!」

「いえいえ~、よく分かりませんが、迷子になっちゃダメですよー?」


 俺達はお姉さんに手を振って、また走り出した。地図と建物を照らし合わせ、あっちこっちへ急いで走った。


「はっ……はっ……」

「っと、ほら、手! 会場までは引っ張ってやるから……頑張れ!」

「う、うん!」


 地図と愛里を手に掴み、再度走る。時間はギリギリだろうか? だが、もうすぐ……この辺が会場の筈だけど……。


「あ、青しゃん! あの看板!」

「あれかぁ! 時間は!? ……ふぅ。良かった、ギリギリ間に合いそうだぞ!」

「ありがとう……ホントにありがとう、青しゃん……助かったばい……うぅ~」

「お、おい! これからオーディションだろ!? 笑顔だぞ笑顔!」


 とは言っても、目元まで上ってきた涙を引っ込める術を俺は知らない。でも、ここからは俺の出番じゃないし、この子が頑張らなければならないのだ。ホント……受かれば良いけどな。


「ほら、信号が変わるぞ! 行ってこい」

「うん、うん! 青しゃん、ウチ頑張るよ! そ、そうだ……えっと、これ、ウチ電話番号なんやけど……」

「あぁ、電話するよ」

「ん! またね、青しゃん! 絶対にやけんね!」


 青になった信号機を、ちゃんと左右確認してから渡っていく。

 それを見送った俺は、駅の方に来た道を戻って行った。やることがまだあるからな。


 ◇◇



「愛里! 愛里!」

「お、お母しゃん!」

「もう、心配したんやから! ホントに……良かった」


 愛里が会場から出て来ると、愛里の母親である、黄瀬(きせ)里子(さとこ)が駆け寄って来た。

 その額には汗が滲んでおり、髪は少し乱れていた。その姿で、さっきまで探し回っていた事が愛里にも分かった。


「お母しゃん……どうして?」

「お母さんが駅で愛里を探しとった時にね、男の子が声を掛けてくれたんよ。「愛里さんのお母さんですか?」って。その子も汗だくでね……それでここに居るって教えてくれたんよ」


 愛里はその男の子が誰かすぐに分かった。そして、自分の為にお母しゃんを探してくれていた事も。嬉しかった。愛里の心はその気持ちで溢れていた。

 すぐにお礼を言いたいと思ったが、連絡する術が無い。どこに居るのかも分からない。


「お母しゃん! 青しゃんは!? 今、どこに居るか分からんの?」

「あの男の子の事? うーん……ごめんね愛里。お母さんにもそれは分かんないかな」

「うぅ……」

「それより愛里、オーディションはどうやった? 上手く出来た?」

「……分かんない」


 自分のオーディションを振り返って、愛里はため息を吐いた。緊張で上手く話せなかったし、走ってきたせいで歌も上手く歌えなかった。だから、自信が無かった。


「そう……でも頑張ったんよね? お母さんはそれで良かと思うんよ。どうする? 帰るのは明日やけど、どこか行きたい所はある?」

「青しゃんのとこ……」


 下を向いて小さく呟いたその声は、里子に届いていた。だが、その願いをこの街で叶えるのは難しいと里子は解っている。だから、子供のその小さな願いに苦笑いしか浮かべられないのも仕方ないだろう。

 だが同時に、愛里もそれを解っていると里子は気付いていた。だから……。


「なら、新宿を少し歩いてみようか?」

「うん! あのね、青しゃんには電話番号教えたの! 連絡来るかなぁ~?」

「きっと来るわよ! 良かったわね、愛里」


 愛里達が青を見付ける事は無かった。帰る日になっても愛里がワガママを言って里子を困らせてしまっていたが、結局は帰るしか子供の愛里には選択肢が無かった。

 だが、この時には既に、愛里の心の中には一つの目的が掲げられていた。


 ――絶対にまた青しゃんに会いに来る


 という、ささやかな願いがだ。

 それは、この日から四年後に叶うこととなる。


 ◇◇


「あ、お兄ちゃんだぁ~」

「青! どこに行ってたの?」

「心配したんだぞ?」


 駅を走り回り、愛里の母親をなんとか見付けられ、ようやく自分の家族を探しに行った俺が見た景色は、とあるカフェのテラスでティータイムに突入している家族の姿だった。


「いや、探してないじゃん!? どゆこと!? ……いや、どゆこと!?」

「いや、青が居なくなったのに気付いたのがデパートに入ってからでなぁ~、とりあえず買い物をしてから……と、思ってたら案外疲れてな、休憩してたんだ」

「これから探そうとは思っていたのよ?」

「お兄ちゃ~ん」


 先ほど、愛里を探していた母親の姿を見たからだろうか? 優雅に紅茶を飲む母の姿が、俺を本当に心配している様には見えなかった。

 妹の碧ちゃんがおんぶしろとせがんで来るから、とりあえずおんぶはするが、もっと真剣に心配して欲しいと思うのはワガママでは無い筈だ。


「お兄ちゃん迷子~?」

「家族内での俺の立場が迷子してるよ、碧ちゃん……」

「あはは~変なの~、お兄ちゃん汗掻いてるから降りる~」


 トコトコとお母さんの所に戻った碧ちゃんだ。いや、それは良い。疲れたし、もう帰りたい……その気持ちが強くなっていた。


「もう、帰るでしょ? 帰ろう?」

「お、良いのか? せっかく、青にもケータイを買ってやろうと思ってたんだがなぁ~」

「お父様! さ、すぐに参りましょうぞ! 母上、荷物持ちますよ! 碧ちゃん、おんぶしてあげるよ?」

「イヤっ!」


 それを先に言ってくれよ……と思ったが、まぁ良い。なんか、疲れも取れたし。碧ちゃんが嫌がったのは少しダメージあるが、スマホに比べれば気にもならない。

 俺が急がしたからか、しぶしぶながら両親も重い腰を上げてくれた。


 そして、俺はスマートフォンなるものを入手したのだった。



 ◇◇◇



「それから少しして、SNS的なやつで連絡を取り始めたんだっけ?」

「そうです! 思い出してくれましたか……青しゃん!」

「思い出した……のかな? 一応は。」


 この目の前に居る少女が、あの時の女の子……というのは信じざるを得ないな。


「君の夢は……アイドルになることだろ?」

「はい……でも、あの時に受けたオーディションでは落ちてしまったんです」

「そう……だったんだ。それは残念だったな」

「はい、でも……私にとっては青しゃんに会うキッカケとなったあのオーディションは、やっぱり受けておいて良かったと思いました」


 なら……ならこの子は、どうしてまた遠くからこっちに来ているのだろうか? しかも東京ではなく、俺の所に。

 

「改めて聞くけど、どうして俺の所に来たんだ? 久し振りに思いだしたから……か?」

「それもあったんやけど……報告があるからなんよ」


 そして、愛里さんはそのまま続けて言った。


「あのね、青しゃん! ウチ、アイドルのオーディション受かったんよ! だから……そのね、あの」

「良かったじゃん! それは……なんて言うか、胸が熱くなるな!」

「う、うん! それでね……」


 愛里はオーディションに受かったと言った。それはつまり、願っていたアイドルになれたという事だ。なのに、少しだけ浮かない顔をしていた。


「どうした? なんか、不安そうだが……そう言えば家とかどうするんだ?」

「それはね、こっちに祖父母が居るから大丈夫なんやけど……そうじゃなくてね」

「そうか。なら、何で浮かない顔をしてるんだ?」

「アイドルは恋愛禁止なんよ……知っとる?」


 それはまぁ、聞いたことがある。アイドルは偶像だ。ファンからすると自分の理想的であって欲しいし、アイドルだってそんな理想でありたいとするだろう。

 アイドルと付き合いたいと思う反面、誰とも付き合って欲しくないと思う人だって居るだろう。

 だからアイドルの恋愛はご法度。別にアイドルオタクではない俺だってそんな事は知っている。


「まぁ、それは有名な話だよね」

「うん、だから……ここに来たんよ」

「ん? えっと……どゆこと?」


 今の話のどこからどう繋がってその台詞が出たのか分からなかった。だが、落ち着いて会話の流れを思い返してみると……愛里さんの顔が赤くなっている理由も、俺の顔がだんだん熱くなっている理由も理解出来てきた。


「あ、あの……それはその……つまるところ……」

「ウチ、好いとるんよ……あのね、ウチは……青しゃんが……好き」


 目と目が合う。気恥ずかしい。

 再開してからそう時間が経ってないのに、何故か言葉の重みが、真剣さが、その本気度が伝わって来る。

 四年前のあの夏に一度だけしか会った事ない女の子だ。だが、連絡を取って話していた時期を思い出したりもした。


 俺は、言葉に詰まって何も返せなかった。


「ご、ごめんねいきなり。あのね、連絡が途切れたでしょ? ずっとアイドルになる為に頑張ってたの。青しゃんに応援して貰ったし、頑張ろうって! そしてね、私……アイドルになれたんよ」


「あ、あぁ……スゲーよ。それは本当に凄いよ。おめでとう。だからね、愛里さん……君には“アイドル”になって欲しい。それが、俺の返事だ」

「……ん。ありがとう青しゃん。分かってた……分かっててフラれに来たんだよ。ありがとう……好いとーよ、青しゃん」


 あの時と同じく目に涙を浮かべている。どうやら俺は成長していないようだ、四年経ってもこの子の涙を止める術が分からない。


「愛里さん……いや、ラブ里! 俺がお前を振った事を後悔するくらいビッグになれ! そして、日本中を虜にしてお前がなりたかったアイドルになってくれ! ずっと応援する。お前の最初のファンとして声援を贈らせてもらうよ! 頑張れ!」


「ふふっ……見ててね青しゃん! 頑張る私を応援してね! 嫉妬しても遅いんだから……ね?」


 結局、愛里さんは涙を流した。この部屋に涙は置いていくと言って、枯れるまで涙を流した。

 泣き終えた愛里さんは、「そろそろ行くね」とカバンを手に部屋を出て行った。


「久々に……あのSNS的なのを見てみるか」


 開いたSNSは自分の呟きを世間に発信するタイプのものだ。久し振りに開いて俺が見たのは、お互いにフォローフォロワーが一人しか居ないアカウント。


 きっとあの子にもアイドルとしてのアカウントがあるだろうが、このアカウントはまだ削除されていない事にちょっと安堵した。



『諦めたなんて、言っとらんよ』



 ラブ里が数十秒前に、数年振りに投稿したコメントが、そこに表示されていた。

 だから俺も独り言のように呟く事にした。



『トップになるまで待ってる』



 彼女がトップアイドルになるのは、ここから数年後の話である。





皆さん、夏バテには気を付けてくださいね

作者は友達が少ないので休みは家に引きこもりますけどね!

Twitterでも割りとボッチ!


ひぃぃ~(ノД`)ノ


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2020/1/11~。新作ラブコメです! 『非公式交流クラブ~潜むギャップと恋心~』
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