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第63話 甘い甘いクッキー

お待たせしました!


(クッキーの)糖分過多です!


よろしくお願いします!

 


「何か……教室に甘い匂いが……」

「充満してるな」

「クッキー」


 のののが言った通りだろう。昼休みのタイミングで、女子がクッキーの袋を開き、甘さに悶絶しながら食べたのだろう。匂いだけを感じたのなら、誰だって美味しそうな味を想像してしまう。だから、男子達の紅亜さんのクッキーに対する期待度も上がってしまうのだろう。

 男子と女子の雰囲気を見ればだいたいは察せるというものだ。


「わ、分かりましたから! 今度は置いてきぼりにしませんよ」

「本当ね? ちゃんと誘うのよ?」


 お仕置きされて懲りたのか、谷園がテンションを下げながら戻って来た。のののは我関せずのスタイルでいるが、谷園の一番の共犯……というか、のののなら絶対に忘れていなかった筈だ。故意犯な分、谷園より(たち)が悪かったりするのに、今は普通に自分の席で読書をし始めている。大物だ。


「青さんのせいですよっ!」

「……八つ当たりか?」

「八つ当たりですっ!」


 いや、迷惑な話だな。だが、谷園の八つ当たりはそう長く続かなかった。昼休みのチャイムがそれをさせなかったからだ。


「こうなったら、ふて寝でもしてやるですよっ!」

「まぁ、怒られるのは谷園だしな、良いんじゃない?」

「うぬぬ……遂に私を怒らせましたね、青さん」


 先生が教室に来るまでの時間を使ってまで絡んで来る谷園。「シュッ、シュッ、デュクシ、デュクシ」と、男子ならシャドーボクシングでお世話になっている擬音語を発しながら、俺の肩をパンチしてくる。


「ふぅ……(なんじ)、青よ。我が紅亜に怒られたら次も頼むぞよ~」

「はいはい、それで気が済むのならお好きに」


 あれで満足したのか疑問だが、谷園はお告げ(ふう)のお願い事をして、自分の席へと戻って行った。

 それからの午後の授業は、特に問題無く過ぎていった。そして、約束の放課後がやって来た。


 ◇◇◇


「じゃあな、青」

「おーう。また明日な」


 勝也は部活に行き、谷園ものののも他のクラスメイト達も、一人また一人と教室から出ていく。部活に行く者、帰宅する者、遊びに行く者……それを俺は、教室の自分の席で見送っていた。

 紅亜さんは部活に行っている。今日はミーティングだけらしく、『すぐに終るから、教室で待っていて』と、手紙のやり取りの中で言われていた。

 待てと言われて忠犬の如く待っているが、どうも手持ちぶさた感があるのは否めない。前に買った小説『僕が君の隣に立つ理由』という小説も読み終えてしまっている。中々に感動出来る話で、それ自体は満足だが、今のこの時間に読み直す気にはなれない。


「どうすっかね……」


 入れ違いになるのは避けたいから教室からは出れない。かといってスマホを操作してギガを無駄にしたくも無い……。


「うーん……寝るか?」


 本当に寝るわけでは無いが、暇すぎた俺は机に伏した。紅亜さんの足音は近付いたら判るだろうと、俺はリラックスして腕を枕に瞳を閉じた。そして――――。


「……くん、…………」


 誰だろう、これは夢か? 声だけが聞こえてくる。


「青くん、…………」


 呼ばれているのは俺か? 誰が呼んでいるんだろう? あぁ、眠い。


「そろそろ起きないと、イタズラしちゃうよ?」


 それは嫌だな。でも、あと……五分くらい。


「五分って、それさっきも言ってたよ?」


 口に出ていたか……さっきの五分については全く知らないけど、そろそろ起きるか……というか俺、なんで寝てるんだろ?


「青くん、そろそろ起きて!」

「……紅亜さん? ん、あれ? ここは……教室?」

「あ、ああ青くん! 起きたのね、でももう少しだけ寝ぼけたままでも良いよ?」


 放課後はまだ青空が広がっていたというのに、窓の奥に見える景色はもう夜だ。時計を見ると、針は七時手前を指していた。

 だんだん覚醒してきた脳で考えると、およそ三時間も眠っていた事になる。


「ふぁ~っ。新山さんごめん、少し寝過ぎたみたい」

「……うん、大丈夫よ。おはよう青くん」


 やはり、少し顔が暗い気がする。待たせてしまったのは、流石に申し訳が無い。


「どのくらい待たせちゃった? 退屈だったでしょ?」

「うーんと、私が来たのが四時三〇分くらいだったかしら? 大丈夫よ、写し……私は宿題をやってたから」


 ホントになんで三〇分も待っていられなかったのか、寝る前の自分に憤怒の念を覚えるが、自分自身に当たる訳にもいかずに鎮火させていく。


「それで青くん……えっと、はい! これ、青くんの分よ」


 綺麗にラッピングされた二つの袋。青のリボンで飾り付けされていて、お店で売られていてもおかしく無いくらいの見栄えだ。


「ありがとう。本当はすぐ食べたいんだけどさ……」

「そ、そうよね……もう帰らなくちゃいけない時間だものね」


 もう校内にはほとんど生徒はいないだろう。そろそろ先生も見回りに来るかもしれない。ここで食べていたら注意されるかもしれないし、そもそも時間が遅くなる。


「うん。だから……さ、よければ一緒に帰らない? 行儀は良くないかもだけど……食べ歩きして、その時に味の感想も言うから」

「うんっ! なら、すぐに帰りましょ? あっ……でも、やっぱり少しだけゆっくりが良いかなぁ~……なんて」


 俺は紅亜さんから貰ったクッキーを鞄に入れ、二人揃って教室を後にした。靴を履き替えて外にでると、心地好いが、少しだけ強い風吹いていた。紅亜さんが髪を一つに結ぶのを待ってから、歩き出す。

 さっそくクッキーを食べようと袋を取り出すが、紅亜さんから「もう一つの方が甘いやつだよ」と、牽制が入った。俺は期待の眼差しを向けてくる紅亜さんに抗えず、手に掴んだ袋を戻し、もう一つの袋を取り出す。これで良いかと問い掛ける様に、袋から紅亜さんの方に顔を向けると、そこにはニッコリ笑顔の紅亜さんが居た。


「ラッピングも良いし、何だか食べるのが勿体無く思えてくるなー」

「そ、そうかな? なら、青くんにはまた作ってくる! ……だから、今は遠慮せずに食べてね!」


 盛大な墓穴。流石にここで白目は剥けないから、心の中で白目になっておく。逃げ場を無くした俺の手は、ラッピングを綺麗に外していった。そして……強烈な甘い香りが鼻腔を刺激する。


「今日は湿度も高くなかったし、まだサクサクだと思うよ?」


 早く食べてという言葉の変わりに、食感や匂いを使って催促してくる。一枚取り出してみると、綺麗なハート型だった。


「いただきます…………っ!?」

「ど、どうかな?」


 甘い……甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い!! 超甘い!!


 角砂糖と蜂蜜をそのまま口に入れて、そこに更に練乳を加える“よりも”甘い。サクサクとした食感、一口サイズの形、生地や焼き加減はクッキーとしてはレベルが高いと思う。が、甘い!


「甘いね」

「えへへ……ありがとう」


 どうやら紅亜さんにとっては、甘いというワードは褒め言葉になっているらしい。

 俺はもう一枚取り出してみると、今度はシンプルに丸型。だが、甘い。でも不思議と不味くは無い。甘過ぎると脳が言っているのに、不味くは無いとも言っている。美味しいと言っているのは心だけかもしれない……。


「やっぱり、もう一枚の方も食べてみて良い? 気になってきた」

「そう? 今食べてるのより甘くは無いけど……それでも良いなら」


 その前に缶コーヒーを飲んで、いろいろと麻痺させる。今ならそこそこ辛い食べ物が、丁度良く感じる口内環境だ。コーヒーを飲んだとしても、次のクッキーの味を正確に判断出来るかは微妙な所だが。


「ハート型……しかない!?」

「いや、違うのよ? ほ、ほら! マノンとか円城寺君とかで型を使っちゃってね? 他の型が家に無くてね? 残ってるのがそれしか無かったというか……何と言うか……あ、味だから! 私のクッキーは味で勝負してるから!」


 捲し立てる様に話す紅亜さんに少し気圧されたが、とりあえず一口パクリ。噛む、噛む……舌で味わい鼻で楽しむ。


「う……」

「う?」


 食感は変わらない。だが、これは――。


「美味い!!」

「ホント!?」

「うん、さっきのクッキーも……まぁ、美味しかったけど、このクッキーの方が俺の味覚には合う感じ!」


 もう一枚取り出して、食べる。うん! やっぱり“甘過ぎない”し、味は丁度良い。それに加えて基本的な部分は高レベルのクッキーだ……これはイケる。


「でも、甘い方が……」

「うん、甘いのも甘くて甘くて美味しかったよ。でも甘くないのだってさ、甘さを特別にする為には必要なんじゃない? ほら、今度はこっちのを…………って、あっまぁぁぁぁ」


 何かおかしかったのか、紅亜さんが吹き出す様に笑った。

 それに釣られるように、俺も甘さを我慢しながら笑った。


「甘いのも甘くないのも、美味しいよ」

「うん!」


 甘いのを食べ、甘過ぎないのを食べ、コーヒーを飲む。

 暗くなってしまった帰り道で俺は食べ歩き、紅亜さんは隣で微笑んでいる。

 こうして待たせてしまったお詫びと、クッキーのお礼を考えとか無いといけないな。


「……じゃあ、また明日」

「うん、クッキーは今日中に食べきるから。またね」


 途中、お互いの家の方へ進む交差点別れる。小さく手を振って、同時に歩きだした。


「うん、やっぱり甘いな」


 自分の味覚がぶっ壊れていくのを感じた。いや、耐性がついたと思う事にしようか。




紅亜さんの回はこれにて一段落ですかねぇ


誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)

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