第50話 密かなやり取り
お待たせ致しました~(´ω`)
よろしくお願いします!
『騎馬戦で戦うだなんて、大変な事だとは思いますけど……気を付けてくださいね。怪我だけは無いように頑張って下さい! 絶対に頑張って下さいね!!』
夜になって勉強をしていると不意にスマホが鳴って、紅亜さんからチャットが届いた。
たしかに戦うと送ってしまったのは俺のミスだが……何て返そうかな。
「すまない紅亜さん……『俺、ご存知の通り、騎馬戦に出ないですよー』」
『……でも、あれ? そうよね……あれ?』
よし、紅亜さんの件はこれで大丈夫だな。もう既に、勝也が騎馬戦で誰が誰と組むかを決めてたし、万が一にも俺がそこに割り込む事は……誰かが風邪を引いたとしても無いだろう。俺は保健係でもあるし。
混乱してるのかもしれないが、紅亜さんからの返信が止まった事もあり俺は勉強を再開させた。
再開させてから数分後、今度はスマホに着信があった。電話である。このスマホに誰かから電話が掛かってくるなんて久し振りだし、ちょっと驚いたが……スマホの画面には『マスター』の文字が表示されていた。
「マスター……? そう言えば連絡先を交換してたな……非通知からじゃなくて良かった。『もしもし! 青ですけど』」
『あぁ、夜にごめんね青くん。向日葵ちゃんに伝えて貰いたいというか、聞いておいて欲しい事があってね』
『えぇ、勿論良いですよ! それで……どうしたんですか?』
マスターからの電話は初めてだし、お店で急に何かがあったのかもしれないと心配になるが……とりあえず、内容を忘れない為に右手にシャーペンをセットしてノートの一番後ろのページを開いた。
『いや、なに……ちょっとうちの妻が風邪を引いてね。金曜日はいつも通りに来れそうなら来る感じでいいんだけど、土曜日は念のため朝から出て欲しいと思って。勿論、予定があるなら構わないから……聞いといて貰えるかい?』
奥さんが風邪か……土曜日には治ってるかもしれないけど、念のためにって話か。
『分かりました。伝えて、返事を貰ったら電話しますね。奥さんの風邪は酷そうなんですか?』
『いやいや、普通の風邪だよ。気温の変化にやられたみたいでね』
『それならまだ良かったですね……マスター、俺にも何か手伝える事ってありますか?』
『うーん……。うん、そうだ! 出来れば珈琲でも飲みに来ておくれ。青くんが来てくれた方が向日葵ちゃんも楽しそうだしね』
あぁ、そうだな。俺にやれる事はそれくらいしか無いもんな。よし、最近の財布の事情は無視してひま後輩の応援と称して珈琲で夕方まで粘ってやりますかね。お腹空いたら何か注文するけど。
『では、土曜日にお邪魔しますね』
『奥の一人席は空けておくよ。では、またね青くん』
通話を終えて、ノートのメモに不備は無いか確認してからそれを切り取り、制服のポケットに入れておく。これで忘れても大丈夫だろう。ポケットに入れた事さえ忘れていたら、それはもう病気だから病院に通う事になるな。よし、やっぱり筆箱に入れておくか。
一抹の不安も残さないスタイルに切り替えて、やる気の続く限り勉強をして、眠りについた。昼休みに食堂に居てくれれば良いけどな……そんな事を思いながら。
◇◇◇
今日は週末の金曜日。平日の中で最も心も体も軽い日だ。天気も良く、目覚めもスッキリしている。今日は碧が呼びに来る前に起きれたが、あえてもう少し寝ておこう。朝に俺を起こすのは碧の日課だし、それを奪うのも良くは無いだろうからな。
それから時間にして十分……そろそろ来ると思ったが全然来ない。時間的に余裕はあるものの、ここで本当に寝てしまったら寝過ごすのは確定だし、とりあえず起きるけど……何か物足りない感じだな。
洗面所で顔を洗って部屋で着替えてからリビングに行くと、碧の姿はそこに無かった。もう、出発しちゃったのかな?
「おはよう……碧は?」
「おはよう。朝の占いで『早めに行動するのが吉』って出たらしくて、もう行っちゃったわよ~」
碧……それならお兄ちゃんを早めに起こしてくれれば良かったのに。別に碧に良いことがある訳じゃ無いけどさ。
「天秤座はどうだった?」
「たしか……六位よ。ラッキーカラーは青。いや、あんたじゃなくてアオよ、アオ! ややこしいわねっ! 分かってて自分を指差さないの!」
少しふざけただけなのにややこしいは酷い……というか、名付けたのは両親じゃないか。
まぁ、別に占いなんてものは一位か二位の時以外は何も信じてはいない。ましてや六位なんてのは別の番組の占いだと、簡単に変動する様な順位だしな。実質一位みたいな所はある。よし、占いも一位だった事だし、さっさと朝ご飯食べて学校に行きますかね。
◇◇
学校に着いて教室に着いて自分の席に着席する。
いつもの様にのののの髪を整えに動き、今日はお団子ヘアーに挑戦したが……イメージだけじゃ流石に無理だった。スマホで調べて何とか完成はしたのだが。
「引っ張られてる感」
「ご、ごめん! 痛かったりするか!? すぐにヘアゴム外すぞ?」
「大丈夫」
ポニーテールにしてから纏めるやり方をしてみたが、少し強く縛り過ぎたかもしれない。かといって弛めにすれば纏まらないし……難しい所だな。
「神戸、今日から午後の授業に体育祭の練習」
「そう言えばそろそろそんな時期だっけ?」
のののが教室の後ろにある掲示板を指さし、そこに貼られているプリントを示した。
そのプリントを読みに行くと、水曜日と金曜日の週に二日、最後二時間分の授業が体育祭練習へと変更すると書かれてあった。ついでに今日からスタートという事も記載されていた。
「まずは行進とかの全体練習するんだったかなぁ~? いや、その前にグラウンドの雑草抜きからだったかな?」
去年はどうだったかなんてハッキリとは思い出せないが、まぁ、金曜日の授業が変わるってだけでも嬉しい事だな。
「あ、青くん。おはよう……」
「お、おはようございます」
まだ少しだけ、緊張なのか恥ずかしさなのか分からない不思議な気持ちになるが、挨拶は何とか返す事が出来た。
「今日の体育、頑張ろうね! ……騎馬戦には、出ないの?」
「まぁ、もう決まってる事だしね」
苦笑いしか浮かべられない。競技を決める前に森くんが勝負を仕掛けて来てたなら、もしかしたら出場してたかもしれないが……勝手に、男子なら騎馬戦や他には綱引きに出場すると思っている方が良くない。誰も悪くは無い、森くんが良くないだけで。
「でも、それだと、森くんの不戦勝になっちゃうんじゃない?」
「それは俺も思ったけど……まぁ、戦わずして勝った森くんに拍手という事で。迷惑かけちゃうけど……その、ごめんね?」
凄いジト目だ……口もすこし尖らせて、今の紅亜さんにアフレコするなら『むぅ~っ』だろう。きっと糖分が足りてないんだな。
俺はポケットにあるお徳用チョコを一つ紅亜さんに手渡して、席に戻った。
まぁ、チョコくらいでジト目は直らなかったが。少し口元は緩んだから、大丈夫かな。
◇◇◇
午前中の授業が終わり、午後がなんと体育と体育祭の練習が二時間という、驚きの授業スタイルでクラスの男子からは特に歓喜の声が上がっている昼休み。俺はそれを気にせず弁当を片手に食堂へ来ていた。
「見付けやすいな、ひま後輩は」
ドーナッツ状になってる場所を探す方法でも良いし、ドリルを探すのもアリだ。まぁ、どちらにせよすぐに見付かるくらいに目立つ存在だ。一年生なのになんかそれって凄いな……。
俺は水をコップに注いでからひま後輩の正面に移動して、空いているその席に座らせて貰った。
「あら、青先輩ではありませんか。ごきげんよう」
「はいはい、ごきげんごきげん。今日も素うどんだけか?」
素うどん一つ。それはひま後輩の勝手だし、事情も理解しているけど、流石に飽きないのかと疑問に思う? たまにはトッピングくらいはしても良いんじゃないかと、流石に思う。
「えぇ、美味しいですし」
「弁当のオカズで良ければ幾つかあげるよ。あっ、それと今日はひま後輩に伝える事があるんだ」
と、言ってみたものの、失敗だったかもしれない。ひま後輩の視線は弁当箱に釘付けになっているし、周囲からは聞き耳を立てる事と視線のプレゼントされている気がする。
皆、勘違いしていると思うが、“伝えたい事”とは言わずにちゃんと“伝える事”と俺は言った。まぁ、微妙なニュアンスではあるけど。
「伝えたい……事? 何ですの?」
「お前もか……じゃなくて、とりあえずこの紙を」
勿論、こんな所でお嬢様(偽)であるひま後輩がバイトをしているだなんて、口に出せない。だから紙をそのまま渡して反応を待つ……昨日、メモを取った自分を褒めてやりたいね。
「なるほど、そういう事ですね。“勿論、構いませんよ”。あと、今日は部活に行かないといけませんので……その……」
「あぁ、後で電話するから任せといて! じゃあ、そういう事で……お昼ご飯を再開させようか」
周囲のざわめきが何なのかは知らないが、気にせずにご飯を食べ始めた。
「ふぅ~ん。これが、庶民の味なのですね」
「分かった、お母さんにはそう伝えておくね!」
「美味で! す! わ!」
ひま後輩を軽く茶化しながらも、昼休みが終わる少し前まで二人で食堂に居座っていた。
次の授業は体育で着替えないといけなく……そろそろ戻らないと遅れそうな時間になっていた。
「じゃあ、次は体育だから先に戻るね」
「えぇ、ではまた体育祭の練習の時にでも」
◇◇
俺は、メモを渡したつもりで手紙を渡したつもりなんて全く無かった。
だから――『二年の例の男子が一年生の例の女子に手紙を渡し、何らかの了承を得ていた』という話が、尾ひれを付けながら男子生徒を中心に広まっていくという事を予期できなくても仕方がないという話だろう。
というか、昼休みの話が五時間目の体育が終わる頃に広まっている方が驚きである。
「青、今の所は一年生を中心に広まってるだけだが……」
「いや、ホントに! 伝言メモを渡しただけだから! 勝也、お前の人脈で何とかしてくれぇ~」
人に頼るしか方法が無いのが情けないが、かと言って内容も話す訳にもいかないし……。勝也、俺はお前を信じてる。
体育だった俺達はそのままグラウンドに居て、次々に現れる他の生徒を待っていた。
「何となくだが、ひま後輩となるべく離れた方が良いだろうなぁ……」
問い詰められる事の無いように、俺はイケイケ男子の勝也の陰に隠れて授業が始まるのを待つことにした。
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