第46話 改めて、言うね
へへっ、ブクマ5000件越えてた。ありがとうございます(´ω`)
どうぞ、よろしくお願いします!
夜に決意した事なんてものは、寝てしまえばうっかりと忘れてしまうくらいには呆気ないものだ。
早めに起きて麗奈さんを迎えに行く予定が、結局はいつも通りに起きてしまっていた。
「……三度寝は流石に遅刻するか。麗奈さんにメールだけでもしておこう」
充電器から取り外したスマホを操作してメールを送信する。
それから晴れている空を一瞥し、朝食を食べに体を動かした。昨日まで雨で肌寒かった分、今日は少しだけ暑く感じた。
◇◇◇
「じゃあ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。気を付けなさいね」
お母さんに見送られて家を出発する。
水溜まりを踏む車や自転車に気を付けながら、途中コンビニで休み時間用のお菓子を買って行く。
コンビニを出たときにポケットのスマホが震えた。
「麗奈さんか? ……って、のののから?」
『風邪引いた。今日休む』
たしかに最近は気温の変化が激しく、体調を崩しやすい感じではあった。
まさかのののが体調崩すとは思ってなかったから意外である。でも、まぁ……いつ風邪を引くなんて分からないし、俺も気を付けないとな。
「『ノートの写しとか写真で送ろうか?』……まぁ、休んでるこれくらいしかしてやれないか」
『よろしく』
と、言うことで今日のノートはいつもより丁寧に書かなければいけない。普段は自分さえ分かれば良いと思っているけど、人に見せるのが前提となるなら頑張らないとだな。
とりあえず他に出来ることを思案しながら歩き出した。歩きスマホは止めておく。今の時間帯は特に危ないからな。
「おっ、野良猫。……そうだ!」
◇
学校に到着して教室に入る。入って自分の席の周辺を見て思う。
いつも俺より早く来て本を読んでる筈の左隣の席に、のののが居ないだけで少し寂しく感じるな……と。
髪を整えてあげる時間が浮くが、それが逆にいつもしている事が無くなると手持ちぶさた感が凄い。
「神戸君、おはようございます」
「お、おはよう新山さん」
「今日、ののさんはお休みかな?」
俺と違い、遅刻なんて無いのののだ。紅亜さんも最初に休みだと思うのだろう。
紅亜さんに、のののから風邪を引いたとのメッセージが来た事を教えてあげると、心配そうな顔を浮かべながらも、何かを呟き始めた。
「『熱とかけっこうあるの? あと、さっき撮った野良猫の写真を何枚か送るな』……猫の写真を見て癒されてくれればいいな」
『120℃あるニャ』
メッセージを送ると可愛らしい返信がすぐ帰って来た。猫の写真に寄せにいったというか、のののがやると絶妙にあざとく無いからしっくりとくる。
「ののさん、大丈夫かしらね?」
「あぁ、うん。何か、冗談を言うくらいの余裕はあるみたいだよ? ほら」
先程のメッセージを見せてあげると……少し驚いたような、それでいて悔しがってるような、よく分からない表情をしていた。
そんな紅亜さんに、俺もどう反応すれば正解か分からずに、とりあえずスマホを戻して、のののに返信を送る。
紅亜さんがまた何かを思案し始めたのを横目に、たまに声を掛けて、後は時間まで読書をする事にした。
◇◇◇
ののさんが休みだと青くんに聞いて、勿論心配だし、早く良くなって欲しいとも思う。
だけど、不謹慎にも今日はチャンスだとも思ってしまった。
先程のメッセージ……ののさんの技術の高さには驚かされるわね。私も考えさせられるわね……まずは見習ってみましょうかね。
「か、か、か神戸君? ……あぁ、読書中なのね」
出鼻は挫かれちゃったけど、まだチャンスはある筈だから……今日内になんとか! なんとか……なんとか……。
「なんとかって……なんなのかしらっ!? いったい私ったら何を想像してっ……」
「新山さん? 大丈夫?」
「は、はいっ! 大丈夫ですよ? 大丈夫ですっ」
危ない危ない……青くんに変に思われちゃう所だったわね。でも、でもでも……どうにかして頑張らないとよね!
「よし、よし……とりあえずは休み時間に話し掛けてみますかね」
◇
「昼休みになっちゃった!?」
「紅亜、どうしたんですか? そんな事より、お弁当食べちゃいましょ? あぁ、弁当箱返さなきゃ……後でで良いですね」
三回あった休み時間に何を話そうかと、青くんをチラッと見て考えていたら……いつの間にか過ぎていた。
今はマノンとお昼ご飯を食べている。青くんも今日は一人で、スマホを片手に食べているみたい。チャンスと言えばチャンスなのに。
「うぅ~~っ!」
「さっきから本当にどうしたんですか? あ、青さん! 何見てるんです?」
マノンのこの気軽さも見習わないとね……。皆、私には持っていないものばかりで凄い。
「あぁ、休み時間にのののに今日の授業のノートを写メって送ったんだが……その返信が来たから見てた」
「なるほど……ののさん大丈夫ですかねぇ」
青くんはそんな事をしていたのね。どうりでいつもより熱心にノートを書いていると思ったのよね。言ってくれたら私も手伝ったのに……。
「か、神戸君。午後の授業は私も手伝うわ! 大変でしょ?」
「えっ、あ、うん。字が汚いって言われた所だから助かる……かな?」
少し悲しそうな表情をしながら青くんはそう言った。
なんだか少し罪悪感があるけど、チャンスが広がると思うから良しとしておこう。
「何故、二人は名前じゃなくて苗字で呼び合ってるんですか?」
「「……っ!!」」
マノンの何気ない……本当に何気ない質問だと思うけど、出来れば今はあまり触れて欲しく無い部分のやつだ。
私が突発的に、発作的に、あの状況への拒否感を激発させてしまったが故に起きてしまった別離。
苗字呼びも、私が最初に言い出してしまった事。
名前で呼べば変わらずに呼んでくれていた筈なのに。
何かのキッカケが無きゃ行動に移せない自分の事は、よく分かっている。キッカケなんて待たずに、頼らずに動いた方が良いのも分かっている。
いつも受け身で後手に回って、失敗ばかりしているのも分かっている。
――それでも、何かのキッカケを待ってしまう。そんな自分の弱さが嫌いだ。
「いや、ほら! 谷園だって谷園じゃん?」
「でも、私は青さんって呼んでますよ?」
青くんが論破されてしまった。
こうして、いつも助け船を出してくれる所が青くんの良いところだと思う。私はいつも乗ってばかりだ……。
たまには私も、乗せて貰った船を漕いでお手伝いをしないといけない。
「ほ、ほら……マノン? 神戸君の苗字はクラスで一人でしょ?」
「いや、青さんの場合……名前の方は、きっと学校で一人ですよ? 苗字もかもしれないけど」
うぅ……。マノンが手強い。実は頭の回転が速いのかしら?
そう思ってる内に私は気付いた。気付いてしまった。
――これは、良い機会なのでは?
マノンが名前の話を出してくれたお陰で、今なら自然と呼ぶことが出来る雰囲気にはなっている……と、思う。
ピンチはチャンスとはこういう時の事を言っていたのだと感心して、私はどう切り返そうかと考え始めた。
『では、青くんって呼ぼうかな?』
『な、なら、俺も紅亜さんって……』
これは、少し直球過ぎるかもしれない。もっと、流れを意識した方が良さそうね。
『なら、マノンを見習って青くんって呼んでみようかなっ!』
『じゃあ、俺も谷園を見習って紅亜さんって……』
うん! これは少し良いかもしれない。流れ的に一番良さそうだし。もうちょっとだけ攻めてみようかしら?
『青……さん?』
『なんだい? 紅亜』
んぅ~~~っ!! こ、これはまだ早いわね! 早いって何かしら!? でも……だ、駄目ね。心が保てないわ。
やはり、二番目のが流れ的にも絶妙だと思い至って、考えが纏まったなら後は行動に移すだけだと……そう自分に言い聞かせて、口を開いた。
「あの、なら……」
「まっ、呼び方なんてどうでも良いですよねっ! 大事なのは関係性でしょうし! ですよね、青さん?」
「そうだな。例えば、勝也の事を円城寺と呼んだとしても、別に何かが変わる訳じゃないし」
私はそっと開いた口にご飯を運び、咀嚼する。
青くん……違うんだよぉ。呼ばれ方ひとつで、『新山さん』と『紅亜さん』では、呼ばれた時の嬉しさが全然違うんだよ。
また、もたもたしてしまったせいでチャンスを……。
「自分で言っておいてなんですが……青さん、変わる事が無いなら、私の事もマノンと呼んでも良いんじゃ無いですかぁ?」
「まぁ、変わらないけどさ……呼ぶかどうかは別問題だ。呼ぶ為には、照れや恥ずかしさを越えなければなんないし……」
それには同意できる。小さい事かもしれないけど、最初の一歩は勇気がいるのだ。一歩を踏み出しさえすれば、後は慣れるだけ。呼んで呼んで呼ぶだけ。
私の場合は、呼んでいたのに止めてしまったから少しだけ多目に勇気が必要だけど。
「何に照れて、何が恥ずかしいのか……私には分かりませんよ! 青さんが例えば、苗字の無い時代に産まれていたらどうするんですか?」
「なんか話が飛躍してるような……。でも、苗字が無かったら名前で呼ぶだろうな。というか、名前しか知らないのならそうなるだろ?」
「それです! 青さん、改めて自己紹介しますね。マノンです」
バカと天才は紙一重。
そんな紙一枚の境界線上に居るのがマノンなのではないかと、今の瞬間に思った。今日は偶々、天才なマノンでいてくれた事に感謝しながら私も続けた。今度は遅れない様に。
「青くん、自己紹介しますね。紅亜です」
私のした事の意味を理解してくれた青くんの驚いた表情は、きっと忘れないだろう。
二週間近く経って、ようやく青くんを名前で呼べた今日の昼休みは、控えめに言って、最高だ。
「紅亜? 顔色が……風邪ですか?」
「だ、大丈夫よ! ちょっと暑いだけだから。それにこれは……ううん。何でもない……早く食べちゃいましょうか」
病気は病気でも、別の病気。心の病。
それを口に出そうとして、気付いて、何とか堪えた。
これ以上は、青くんに聞こえた場合、ののさんとの協定に抵触するかもしれないから。
抜け駆けはするけど、約束を破ってしまえば、私は自分に負い目を感じてしまうと思う。ののさんは中々にもどかしくなるルールを決めていたと、今になって気付いた。
「はぁ……転がされてるのかなぁ?」
「プチトマトからすれば転がされてるでしょうね。紅亜に」
とりあえず、私は私なりに真っ直ぐ進むしか方法が無い。だから、午後も何とか話し掛けていこう。
そう思いながら、プチトマトの蔕を取ってから口に頬張った。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!
紅亜さん回。何故かいつも、少しだけ重たくなってしまいそうな所を、今回はマノンを投入することでカヴァー。
皆様も、体調にはお気をつけください。
( >д<)、;'.・