第39話 覚悟してください! 私はスーパーマノンちゃんです
作者、風邪が再発した為、内容が少し重くなってる可能性がございます。
では、よろしくお願いします!
駅を通り過ぎてからしばらく歩くと、谷園が不意に何歩か先行して振り返った。
「青さん、ここまでで大丈夫ですよ」
「玄関までとは言わないけど……もっと近くまで送るぞ? どこかは知らないけど」
家の場所は知らないけど、まだこの辺では無いだろう。住宅街ですらないからな。お店が建ち並んでて明るいし、人通りも少ないという訳では無いけれど安全とは言い切れない。
「いえ……ここまででお願いします」
「そう……か」
そう言われたら……強引について行くなんて事は俺には出来ない。だから、ここで谷園を送る事は終わりにした。
「では、青さん。また明日です……」
「谷園! うちの両親も言ってたけどさ、来たくなったらいつでも家に来て良いから! 無理してでも来いとは言わない……けど、遠慮なんてしなくていいからな?……俺の家は居心地悪かったか?」
俺の問いに、谷園はハッとした表情をした後に首を横に振った。
「違うんです……違うんですよ。青さんの家はとても暖かく感じました。ご家族もとても優しかったですし。だから……その、私は……必死で馴染もうとして……。変ですよね? 居心地が良い場所に居たら、どうしていいのか、分からなくなるなんて……取り繕う事ばかり考えてしまって……素で居られないなんて私らしく無い……です、よね……」
途切れ途切れになりながら話した言葉の中で、谷園が涙を流した理由の一端を聞けた気がした。他人の家庭の深い事情なんてものは、聞かなければ知りようが無い。でも、そこに踏み込んで良いのか、距離感が俺には分からない。だから谷園に何があって、何を思って、今に至ったのかは……聞くことが出来なかった。
家族間でのトラブル……冷遇されていたという事は何となく察せる。でも、どんなに思考を巡らせても普段の谷園の明るさを思い出すと違和感が生まれて、どうにもそこから先が分からなくなってしまった。
「とりあえず、俺の家は居心地が良かった……で、良いんだよな?」
「はい……それは、勿論です」
泣きそうな顔をしていたからだろうか、今の谷園をこのまま帰す事に躊躇いを覚えた。あるいは、分からないまま必死で馴染もうとしていた谷園の話をもう少し聞きたかったのかもしれない。
「谷園、今日……碧の部屋にでも泊まっていかないか? 居心地の良い場所でどうすればいいのか分からない? なら、分かるまで何度も俺の家で、ゆっくりと考えたら良いと……そう思わないか?」
谷園が取り繕っている事自体はおかしい事とは思わない。他人の家に来たらだいたいそんなもんだろう……と、俺は思う。でも、谷園は“そればかり考えてしまう”と言った。それが何故なのかを聞けずにいるが、涙を流した本当の理由はそっちに在るのではないかと思っている。
谷園は、俺の家を居心地が良いと言ってくれた。
なら、取り繕ってしまうとしても、例え谷園の持つ心の傷が癒えなくとも、自分で納得出来る何かを見付けられないとしても……自分に向き合うキッカケになるのなら、遠慮なく家に来て、考えて欲しいと思った。余計なお世話かもしれないが、俺が谷園にしてあげられるのはそれくらいの小さな事しか無い。だから、せめてもの提案だ。
「その……ですが……あの……」
「谷園の家の事情か? 友達の家ですら外泊が無理というなら諦めるけど……そうじゃないなら、明日の学校の荷物や着替えを持ってここに戻って来てくれ。一時間も待てば大丈夫か?」
自分でも思う……変だなと。強引に家までは送らないのに、碧の部屋とはいえ強引に自分の家には誘う。何だか……らしくない谷園の影響でも受けたのか、らしくない俺になっている気がする。でも、今はそれで良かった。
「……っ。本当に……良いんですか? 青さんのお菓子……碧ちゃんと食べちゃうかもですよ?」
「お……おぅ。それくらい、いくらでも食え。とりあえず、行ってこい」
二十分で戻りますと言って、谷園は走り出した。
谷園の後ろ姿を見送って、ふと空を見上げると……雲の切れ間がそこにはあった。そこから綺麗な月がほんの少しの間だけ、街道を照らしてくれていた。
◇◇◇
「ただいま~」
「お帰り青……あら?」
リビングから声を聞き付け、玄関まで出迎えに来てくれたお母さんが少しだけ固まって……すぐにいつものような柔和な笑みを浮かべた。
「いらっしゃい、マノンちゃん」
「お、お邪魔します……」
「碧の部屋に泊まって貰うから」
お母さんの許可は当然の様に降りた。後は、碧にも許可を取らないといけないから、谷園を連れて、碧の部屋へと向かった。
「碧~」
「はいはい、どうしたのお兄ちゃ……」
部屋の扉を少し開けた碧が谷園の存在を確認して一秒。扉を閉めて、部屋の中でドタバタしている。散らかしていたんだな……。
「はいはい、何ですかお兄ちゃん……わぁ! マノンちゃん!? 帰ったんじゃ無かったの!?」
「無理だぞ碧……まぁ、そんな事より谷園を今日泊めてやってくれないか?」
とりあえず入ってと言われ、碧の部屋の中に入れて貰う。所々、押し込めた感があるが……触れないでおこう。
「お兄ちゃん、マノンちゃんのお布団は? 一緒に寝るにはベッドは小さいかも?」
「それは後で持って来るよ……谷園?」
「いえ……その、遊びに来るのとはまた違った緊張感があると思いまして……」
よそよそしい態度だな。そうだ、お菓子でも持ってきてやるかね……。
「お菓子でも持って来るよ、ちょっと待ってて」
「それならお兄ちゃんの部屋に行こうよ! 寝るまではそっちで遊ぼう?」
碧……すぐお菓子の屑をポロポロと落とすからなぁ。自分の部屋を汚すのは嫌なんだろうけど、お兄ちゃんの部屋も汚すのはやめて貰いたい。
「マノンちゃん、荷物は碧の部屋に置いてて良いよ! 行こう?」
「うん!」
「じゃあ、先に布団を持ってきておくから先に部屋に居てくれ。碧、汚さない様にな!」
二人を先に行かせ、リビングに居る両親に布団を一つ運ぶ事を伝えた。その時にリビングで両親にからかわれたのは言うまでも無い……冗談は軽く流し、風呂は順番になったら呼んでくれとだけ最後に言って、碧の部屋に布団を運び入れた。
自分の部屋に戻ると案の定、碧は小さいお菓子の屑を落としていた。まぁ、分かっていた事だし目くじらは立てまい……。
「あ、青さん……」
「谷園、いつも通りに振る舞っても誰も怒ったりしない。だから……正座とかしなくていいぞ?」
昼間はあんなにラフな感じで居たというのに……谷園にとって取り繕うというのは、明るく振る舞うという事なんだろう。萎らしい今の状態が、谷園の素の状態なのかもしれない。
「ねぇ……お兄ちゃん? なんで谷園って苗字で呼んでるの? マノンちゃんはお兄ちゃんの事、名前で呼んでるのに」
「碧、思春期というのは複雑なんだよ? そんな男子の気持ちを理解出来ないと大変だぞ? はい、この話は終わり!」
THE・言い訳。谷園は谷園だ。それで良いとは思わないかね? 思うよな? 思う。なんて、自問自答をしてみた所で言い訳している事には変わり無い。
「マノンちゃんもお兄ちゃんに名前で呼んで欲しくないの? お兄ちゃんに限らなくても良いけど……」
「そうですね……私は全然、苗字でも名前でも呼んで貰って構わないですよ? 流石に『お前』とか『こいつ』とか呼ばれるのは嫌ですけど……」
そうそう……最初に谷園でもマノンでもどちらでも良いと言ったのは谷園だ。俺は悪くない。というか、善悪あるのか……?
「お兄ちゃん、苗字と名前の選択肢が出たら名前で呼んで欲しいのが乙女心なんだよ? そこら辺を察せないと苦労するよ? お兄ちゃん! さ、はい! どうぞ!」
我が妹ながら屁理屈というか偏屈というか……歪まないか心配だな。あと、谷園をこちらに向けられてもお兄ちゃん……困るよ?
「あ、青さん? 私はどうすれば……」
「お兄ちゃん! 早く呼ぶんだよっ! こういうのは意地を張っても時間を掛けても仕方ないんだよ?」
「はぁ……一回だけだぞ? ……コホン。あー……うん。コホン」
名前を言うだけ。谷園マノンのマノンを言うだけ。何も変な事は無い。そう! 変な事は無いのだ。無いのに……改まると、何でこんなに緊張するのだろうか?
「あー……その、マ…………マ…………………………………………マロン」
「お兄ちゃん!! 碧は情けないよっ!? お兄ちゃんがこんなにヘタレだったなんて! マロンてなにさ! マロンって!」
いや、だって仕方ないんだ! 碧はまだ分からないかもしれないが、クラスメイトだぞ!? 変な空気感になったらどうするんだ? 高校生はその辺、敏感なんだぞ?
「マ……マ…………マロン。プフッ……ククッ……青……さん? 私、いつから栗になったのですか?」
「おい、笑うなら笑えよ……ギリギリ堪えられる程度だとスベってるみたいじゃんかよ!」
恥ずかしい! 嫌になってくるわ……いや、ヘタレた俺が悪いし、自業自得なんだけど。
「ふぅ…………はっ! マノンマノンマノンマノンマノンマノン!」
「お兄ちゃん……それも何か違う~……」
そんな事はお兄ちゃんが一番分かっている。慣れだ。要は慣れである。慣れさえすればこっちのもんだ。
「青さん、無理しなくて良いですよ?」
「大丈夫だ、任せておけ! すぅ…………マ『青ー! お風呂沸いたわよー! 誰から入るか決めなさーい!』……俺から入るぅぅ!」
着替えを持って、俺は部屋から逃げたした。
◇◇◇
マノンと碧が一緒に風呂に入りに行き、上がってからはリビングでドラマを観ている。俺は一人、部屋で漫画を読んでいた。
宿題も終わっているし、明日の準備も済ませてある。明日が学校と思うと少し憂鬱だが、日曜日の夜は毎回そうだなと割り切って、残り僅かしかない自由な時間を謳歌していた。
「青さん」
「部屋に入るときはノックしなさいと……と、谷園にはまだ言ってなかったな」
碧はまだリビングに居るのか、谷園だけがやって来た。
「青さん、やっぱり分かりません。それもそうですよね。ここは青さんの家であって……私の家では無いのですから」
「そうか」
俺のした事は結局、俺の自己満で谷園にとっては余計なお世話にしかならなかったな。
「でも、分かった事……というか、思い出した事があるんです。私の両親は私を愛してくれていた。それだけは間違い無いって事です。ありがとうございます……青さん」
谷園にとっては何気ない一言だったのかもしれないが、俺は何も返せなかった。込められた想いが強すぎて、気軽に返事なんて出来なかった。
「青さん、たまにで良いので……この家に来ても良いですか? また、忘れそうになったらここで思い出して良いですか?」
「……いつでも」
絞り出した答え。谷園に笑顔が戻った。なら、やはり無駄では無かったな。
「では、もう碧ちゃんの部屋で眠りますね! 明日からのマノンちゃんは、スーパーマノンちゃんですから! 覚悟してくださいね? 青さん」
「楽しみにしておくよ」
谷園が部屋から出て行き、時計を見ると二十三時を回りそうだった。俺もそろそろ眠りに着こうと、ベッドに潜り込んだ。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!
あれ……これは? マノンさん……おや?(不穏な呟き)