第36話 ポチポチポチ……ん? 何もしてないですよ?
お待たせしました!
読書をし始めて、気が付いたら窓からの景色がオレンジ色に染まっていた。
――というのは嘘で、今のは昨日買った『僕が君の隣に立つ理由』という本の一節だ。今の景色はもう薄暗い。つまり夕方を越えて夜の時間帯に入っていた。
「ヤバい……熱中し過ぎたな。まだ読み終わって無いけど、中々に面白いぞこの本……」
「青先輩、もう六時ですよ? 帰らなくて大丈夫なのですか?」
周りを見ると他に客は居らず、ひま後輩は隣に座って珈琲を啜っていた。この店が何時まで営業してるかは、看板が無いから分からない……けど、流石にそろそろ帰らなきゃだな。
「あぁ……うん。もう、帰るね。お会計お願い」
「はいはい、えっと……珈琲とケーキと定食で、千五百円ですね!」
やっすぅ~……前から思っていたけど本当に安いなこの店は。ひま後輩から伝票を見せて貰うと、珈琲が二百円、定食が六百円、ケーキが一つ三百五十円と書かれてある。
「ひま後輩……時給とか大丈夫? ちゃんと払われる?」
「うっ……確かに私も心配ですが、きっと……大丈夫な、はず、です」
利益が在るのかも怪しいけど、マスターと奥さんならちゃんと支払うと思う。多分。
「青君、心配は要らないよ。その辺の事はしっかりするからね。あっ……そうだ! 青君、ちょっと携帯の番号かメールアドレスを教えて貰って良いかな?」
「俺のですか? まぁ、良いですよ?」
「すいません、青先輩……」
何故、ひま後輩が謝るのか……気になって理由をマスターに聞いてみると、どうやらひま後輩は携帯電話を持っていないらしい。それで、『何か連絡がある時に不便だしどうしようか……』と、マスターが考えていた時に丁度良く、ひま後輩と知り合いな俺の存在があった……という訳らしい。
そういう理由なら、まぁ……そういう理由じゃなくてもマスターに教える事に不都合は無い。
「向日葵ちゃんに連絡よろしく頼むよ、青君」
「了解です!」
マスターに代金を支払い、店から出て行こうとしたらひま後輩に呼び止められた。
「青先輩、今日の事は内緒ですよ? 内緒ですからね?」
「分かってるよ、そこは信用して欲しいって感じ」
谷園がこの店の事を知っているから心配だけど……まぁ、その時はその時だな。何とか口止めをしてみよう。
「……コホン。青先輩、学校では口調は変えますので……笑わないでくださいましね? 頼みますわよっ! ……なーんて。では、またのご来店お待ちしております!」
そう言ってハニカミながら手を振ってくれたひま後輩に手を振り返して、今度こそ店から出て行く。
「あんな風に学校でも笑えば……友達もすぐに出来そうなのにな」
そんな事を思いながら、スーパーに寄ってジャムとお菓子を買ってから家へと帰って来た。
◇◇◇
晩御飯は少な目にして、食べ終わるとすぐに自分の部屋に戻ってきた。何だか今日は一日が長いなと思いながら部屋で寛いでいるとチャットが飛んで来た。
『青さん! 暇ですか? 暇ですね? 私もです!』
そうか……えっとたしか、こういう時は既読無視で良いんだったよな?
『青さん……少し聞いてください……』
ん? 何だ? ただの暇潰しに送ってきたかと思ったが……何かあるのか?
「『どうかしたのか?』……はっ! しまった!!」
『ふふふ、聞いてください! 青さん! 私! 暇! です! よっ!』
ちっ、やっぱりか。チャットだと表情が読みにくいから……まぁ、良いか。どうせ暇だしな。
「『分かった分かった。暇って言われても何にもないぞ?』……そうだ、明日は勝也でも誘って遊びにでも行くかな。聞いてみよう」
俺は勝也に明日の予定をチャットで聞いてみたが……そうすぐには返事は来ないか。丁度良い、谷園で暇潰しをしよう。
『聞いて欲しい事はあるんですよ! 明日、紅亜とののさんと遊ぼうと思ったら二人は用事が在るみたいなんですよっ! どう思いますかっ?』
「どうって言われてもな……『谷園だけ日曜日に予定の無い寂しい女子高生……的な?』」
それくらいしか思いつか……紅亜さんとのののが一緒に遊びに行くとしたら驚きだけどな。
『そうですっ! これは良くないと思いませんか?』
「『まぁ、そういう日も在るんじゃ無いか?』」
谷園に返事を返したタイミングで勝也から返事が来て、画面の上の方に表示される。
『予定が微妙だが、たぶん大丈夫』
微妙か……まぁ、いきなりの誘いだし仕方ないな。外で待ち合わせして、勝也が無理だった時にアレだから……家にしよう。待ち合わせは俺の家にしておこう。そうすれば、駄目だった時も家から出なくて済むし。
「『じゃあ、明日は俺の家で遊ばない?』……あっ、これ谷園とのチャット画面だ……うっかりうっかり……」
『分かりました! じゃあ、十時に駅まで迎えに来てくださいね! では、お休みなさい!』
おぉ……やっちまった感しかねぇ。さっきまで暇だって言ってたのに急に切り上げやがったし……。勝也に連絡しとかないと。
「『明日、俺の家で遊ばない? って勝也に送ったと思ったら谷園に送っていた件。まぁ、それは置いといて俺の家に待ち合わせでいいか?』……っと、まぁ谷園が来ちゃっても問題無いか。別に」
『おっ、久しぶりに青の家か! 行きたいけど予定が終わらなくて時間が延びたら無理だから、そこんとこはよろしく』
今となっては、絶対に来て欲しい所だけど……無理にとは言えないな。ただゲームしたりしようぜってお誘いだし。谷園しか来ないとしたら少し気まずいから碧にも居て貰おうかな。
「よし、宿題は終わってるし明日の予定も出来たし……土曜の夜は無敵感があるな。とりあえず風呂に入って本の続きを読むか」
こうして、長く感じた土曜日は過ぎていった。
◇◇◇
寝て起きて翌朝。正確に言うなら九時五十分。十分な睡眠を取った俺は、寝起きの働かない頭で考え、駅に十時は無理な事を悟った。
悟ってしまえば不思議なモノで焦りは出てこないし、冷静になれる。スマホをチェックすると、勝也からも谷園からの連絡も無く……とりあえず着替えだけしておいた。
十時になり、ようやく谷園から『何処に居ますか?』というメッセージが届いた。
「よし、行くか」
返事は簡単に『家、チャリで行く』とだけ伝えて、もう少しだけ待って貰う事にした。謝るのは会ってからで良いよね。
◇◇
「青さん! 待ち合わせに遅れるのはマイナスポイントですよっ!」
上はニットな感じの服、下はショーパンに黒のストッキングのパンツルック。動きやすそうな格好である。
「遅れて悪い。その私服、よく似合ってるな」
女子に会ったらとりあえず私服を褒めておく。俺でもそのくらいの事は流石に知っている。
「そ、そうですかね? あっ……だ、騙されませんよ! 遅れた事には変わらないのですから!」
あわよくば有耶無耶に……と思っていたが流石に無理か。露骨に、ネタの様に舌打ちでもしておこう。
「あっ……今日さ、勝也も来ると思うから」
「……どういう事です!? 今日は青さんが私の為に、一日中奉仕する日じゃ無かったのですかっ!?」
よく分からない事を言う谷園に、一応の事情を説明しておく。誤送信だった事を。俺が話してる間は何やら思案顔だったが、説明が終わると納得したのか、普通に戻っていた。
「勝也さんは、来れるか微妙なのですよね? ね?」
「まぁ、そうだけど?」
とりあえず勝也の分も含めて今からお菓子とジュースの買い出しに行く予定だ。だからチャリで来たのだ。急ぐためでは無い。
「はいはい、ちょーっと待ってくださいね。……ポチポチっと! はい、大丈夫ですよっ! 行きましょう!」
「ん? とりあえずお菓子を買いにスーパーに行こうか。そのバック重かったら籠に入れて良いよ?」
二人乗りをしたい所だが、人がチラホラと居るから危険と判断して歩いて行くことにした。スーパーが在る場所自体はそこまで遠くも無いしな。
「青さん、後ろから見ると寝癖が酷いですね! ぷぷぷっ」
「笑ってくれるな? 起きたら十時前でな、かなり焦ったんだぞ?」
紛うことなき嘘だ。でも、全く焦りもしなかったと伝えられるよりは良いだろう……これが優しい嘘ってやつだな。うんうん。
「私は、ちゃんと起きて準備したんですからね? 今度は頼みますよ?」
「いかにも次があるような言い方にツッコミを入れた方が良いのかな?」
ボケか本気か分からないからフランク過ぎるのも考えものだな。特に谷園みたいな奴の場合は。
「そんな事より、青さん。私、伊達メガネを持ってきてるんですよ。どうですか? この似合いっぷり……伊達じゃないでしょ?」
「いや、伊達だけどな? まぁ、確かに似合ってるな……でも何でだろう、知的な感じが一切しないのは……」
単純かも知れないが、メガネを掛けたら何かしらに詳しそうな印象が在る筈なんだが……メガネがよく似合うバカにしか見えない。
「青さん! 小難しい事は良いんですっ! 可愛いですか? 可愛く無いですか?」
「その二択なら、可愛いと言うけど……」
谷園のしてやったり顔が鼻に付くからとりあえずデコピンをプレゼントしておく。何やかんやスーパーに着いて色々と買い込み、俺の家に戻って来た。
勝也からの連絡はまだ来てない。忙しいのかな?
急いで書いたので、誤字脱字があるかと思うので……見つけたら報告お願いします!
(´ω`)
やっぱり、谷園がいると話が明るくなるなぁ~