第34話 お前は俺の後輩さ!
お待たせしました!
よろしくお願いします!(´ω`)
ブクマが増えてて嬉み……
土曜日だから大通りや駅前は人が多い。そこを通り抜けてしばらく歩き、裏道に入ると誰しもが通り過ぎてしまうであろう店の前に俺は立ち止まった。看板は無く店名が書いてあるだけの喫茶店『ハチミツ』。
――俺は朝から感じていた不穏な気配を、気のせいだと……気にしすぎだと頭の片隅へと追いやって店の扉を開けた。
結果、その予感は的中していたと言って良いだろう。
「いらっしゃいま……せ……」
「えっ……ど、どうして……ここ……に?」
まさか。とは思ったが、実際に目にすると信じられない光景も信じざるを得ない。ここのマスターが土曜からバイトの子を雇って、お昼に食べれそうなメニューを出すと言っていた。それが俺の訪れた理由の一つだ。
だが、これは……やはり予想外過ぎる。俺は、目の前の人物をとりあえず無視し、早歩きでいつもの席へと移動して勝手に座り……額に手を添えながら俯き、朝からここまでの事を思い返してみた。
◇◇◇
金曜日の晩御飯の後、宿題は喫茶店に行ってからやればいいと考え、ショルダーバッグに詰め込んでその日は自堕落に過ごした。
翌朝はいつも通りに目覚めたが、休みの日は朝食を食べない事が多い。ぐっすり寝ておきたいからだ。だが、今日は珍しくお腹が空いたと感じ、それ故に起き上がった。
――そこで、“百円”玉を見付けたのだ。何て事の無い偶然。おそらく、財布から出して忘れてたヤツだろう。早起きは三文の徳、この時はそんな事を思っていたのだが……今になって思えば始まりだったのだろう。
それからリビングに移動して、トーストを焼いた時。
『青、そろそろジャムが無くなるから買っておいて。安く売ってるスーパーなら“百円”で買える筈だから』
『お兄ちゃんスーパー行くの!? なら、碧の好きなお菓子もお願い! “百円”で買えるヤツだから! 後払いでね』
ここまでなら別に、よくある普通のお母さんと妹との会話だろう。だが――またしても見付けたのだ。リビングの隅に落ちている“百円”玉を。
この時も、気付かないなら俺が貰っちゃうよ? 良いの? ラッキー! ……くらいにしか、思っていなかった。偶々と言われれば偶々だしな。だが、そんな偶然はまだ続いた。
朝食を食べ終えた俺は、昼前まで何をしようかと考えながらも、とりあえずテレビを見ていた。
その時に観ていたのは、スマホから参加する事の出来る番組で、ちょっとしたクイズに答えられる感じのヤツだ。正解者の中から抽選で、何名かに賞金が贈られる事が話題を呼んで、土曜日の朝にも関わらず人気番組となっていた。
賞金は山分けだから本当に少額。そして――俺はそのクイズに正解した。更に、偶然にも抽選に当選して、賞金の“百円”を手に入れたのである。
何だが運が良すぎで不安な気持ちになって来た俺は、自室に戻り喫茶店へと行く準備を急いで整えた。ポケットから偶然出てきた“百円”は無視をする。
家を出た俺は、道端に落ちていた“百円”を無視したり、足腰の悪そうなお婆さんが信号を渡る時に一緒に渡って、お礼にジュースでも買いなと“百円”を渡されそうになるのを遠慮したり……とにかく、何やかんや“百円”を回避して、先程この喫茶店へと着いたのである。
◇◇◇
「予感はあったが……予想外な事もあるものだな」
「ですね」
俺は独り言のつもりで呟いた言葉に返事があった事に驚いて、俯いていた顔を上げた。何故、正面に座っているのかはこの際だから気にせず置いておこう。
「それで、何をしているのかな? ひま後輩?」
「何をしているか……ですか。愚問ですね………………あ、青先輩! お願いです! 後生です! 本当に本当に! お願いですから! 何でもしますから! 私がバイトしてる事を黙ってて下さいませんか!? お願いです! お願いですからぁ!」
勢いが……それに今、何でもするって言わなかった? いや、それより……お嬢様が何でバイトなんかしてんだ? まずはそれが疑問なんだが? とりあえずは珈琲でも注文しておくか。
「マスター、珈琲を二つ。あと、忙しくなるまでこの子借りますね!」
「おや? 青君、知り合いだったのかい? 履歴書を見直して同じ学校だったとは思ったけどね……いやはや、世間は狭いねぇ。いいよ、まだ忙しくは無いからね」
マスターの喫茶店は相変わらず人が少ない。本人も趣味とは言っているが……赤字とかにならないのだろうか? いや、そんな事より目の前のひま後輩をどうするかだな。
「いつものツインドリルは?」
「あんな髪型……休みにまでするわけ無いじゃないですか」
そ、そうなんだ……普通は学校での方がしないと思うんだが。むしろ、今みたいに髪を下ろしている方が普通だろう。なんか印象が随分と変わるなぁ……心做しか、いつものキツい目も柔らかくなってる気がするし。
「あと、いつもの口調は?」
「あぁ……あれですか。はぁ……あれはキャラですよ、キャラ。今時、“本物の”お嬢様だってそんな口調はしませんよ?」
えぇ……それはそれで夢が崩れるな。今、本物のって言ったよな? という事はひま後輩って……もしかすると?
「青先輩にバレてしまった以上、話すしか無いみたいですね……私の過去を」
「い、いや……無理しなくても良いんだよ? 言わない、うん! 誰にも何も言わないから!」
何かがあったのだろう。それは分かる……が、何がどうなってこうなったのか……そこまでは分からない。言いにくい事なら無理して話す事も無いだろう。
「あれは、私がまだ中学生に上がる前の話です……」
「話すんだ!?」
ひま後輩がポツポツと自分の過去について話始めた。
◇◇◇
私の家は貧乏だ。それは今の話で、昔はそこそこ裕福な家庭だった。野心家で自ら会社を立ち上げた父と、それを献身的に支える母。そんな二人の子供として、私と歳の少し離れた双子の姉弟の五人家族で暮らしていた。
父は仕事の忙しさから家に帰らない日もあったが、それでも家族仲は良くて笑顔が溢れていた。
父の意思で小学校受験をし、本物のお嬢様が通う程の学校では無いが、そこそこのレベルにある私立へと通わされていた。そのままエスカレーター式で中学校へと上がり、順風満帆な生活を送っていた最中の中学二年生の時に……問題が起きた。
――父親の会社が倒産したのだ。
原因は分からない。母は野心家が仇となったと言っていたが……詳細は不明だ。それも大変な事だが、そういう時ほど家族で力を合わせて乗り越えないと……と、私は考えていた。私以外もそうだと信じていた。
――ある日、父親が居なくなった。ある日を境に家に帰らなくなった。
借金のほとんどは貯金から返済したから今はもう残り僅かとなっている。それでも貯金も無くなった為に毎日の様に母は働き、私もバイトをする様になった。当然、私立の学校に通うことは出来なくなって……私は他県の公立の中学校へと転校する事になった。家も家賃がとても安いアパートに住む事となった。
前の学校ではすぐに噂が立っていたし、新しい学校の方が気持ちを一新出来ると……その事はありがたく思っていた。しかし、そこでも問題があった。
――私は浮いていた。周囲に溶け込めなかった。
父や学校からの教育により、私は普段の佇まいや言葉遣いが丁寧過ぎた。悪い事ではけして無い……無いのだが、良いとも言えなかった。直そうと努力して……その甲斐あってか、多少はマシになっていたと思う。だが、その時にはもう中学三年生……受験の季節になっていた。
私は書道を長年やっていて、それが初めて功を奏したと感じる事があった。今通っている私立の学校から推薦を貰えたのだ。条件は書道の成績で優秀さを発揮し、学校の知名度を上げる事。そうすれば、かなり良い条件での入学が可能だった。
私は母に相談したが、心の中では即決だった。また私立に通えば、私も馴染めるだろうと。だけど……蓋を開けてみれば、私のイメージと違っていた。エスカレーター式では無い学校だからそうなのだと考えが及ばなかった。
そして、私は今でも変わらず周囲から浮いている。大袈裟に口調や髪型を“それっぽく”したのが間違いだったのかもしれない。
私が珍しいからか、年頃の特有なヤツなのか、告白される事が増えた。男子から告白される事は嬉しい。だけど、私にはお金が無い。皆が思っている女の子じゃ……無い。それだけが理由じゃないけど、私の中身まで知って告白してくれる人は居ないと思って……告白は断っている。
それに、部活やバイトで一緒に居られる時間も限りなく少ない。携帯も持っていないのだ。
高校に入ってからのバイトは部活の無い日の放課後と土日にしている。部活のある日でも家で内職がある為、早上がりをさせて貰う事が何度かある。両立が中々に難しくなって、より時給の良いバイトを探している時に本当に偶然だけど、ここに辿り着いて……店長さんに料理スキルを見込まれて、雇って貰える事になった。まさか、人が少ないと言われていたのに初日から知ってる人に会うとは思いませんでしたが……。
◇◇◇
「っと……まぁ、長々と関係無い事まで話しましたが以上です。ご静聴ありがとうございました……どこにでも転がっている、よくあるお話の一つです。」
拍手でもした方が良いのだろうか? いや、止めておこう。うん……苦労してるんだな、ひま後輩。知らなかった。立ち振舞いや口調でお嬢様だと勝手に思っていた。金持ちで楽な生活だと決め付けていた。これは……反省しないとだな。
俺は気になった事が幾つかあったが、一つだけ聞くことにした。
「ひま後輩、あのさ……学校は楽しい?」
「そうですね、正直に言うと……部活でのプレッシャーがありますし、友達もいません。だから、楽しく“無かった”です」
無かった……か。という事は、今は何か見付けられて楽しくなったのかな?
「少し照れ臭いのですが……青先輩のお陰ですよ。私が勝手にそう思ってるですけどね。あの日……青先輩が学食で、『灰沢さん』でも『向日葵さん』でもなく『ひま後輩』……そう呼んでくれた時、本当に嬉しかったんです。私に親しみを込めてくれた事が嬉しかった、後輩と呼んでくれて嬉しかった。ですから、前よりは学校が楽しいんです。お嬢様口調の私でもちゃんと見てくれる先輩が……居ますから」
ほんとに、ただ何となくそう呼んだだけだったのだが……何て言うか、うん。この笑顔を曇らせない為にも、今度からは心を込めて呼ぶことにしよう。
「そっか……うん! 同じ部活じゃないけどさ、お前は俺の後輩だ。困ったら先輩に頼ると良い! ……少し頼りないかもだけどね」
自分で言った後に少し恥ずかしくなって、話の途中に運ばれて来た珈琲を一口だけ口に含んだ。その時……今、この時間にひま後輩へ俺がしてあげられる事が一つあったと閃いた。
「店員のひま後輩、お昼には少し早いけど料理の注文良いかな?」
「もちろんです! 腕に縒りを掛けて作りますよ!」
俺は少し厚みを増したメニュー表を開いて料理を確認して、また驚かされる事となった。
ラ波感!
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