第2話 どっちですか? 麗奈さん
よろしくお願いします!
キーンコーンカーンコーン~
「じゃあ、授業はここまで。ちゃんと復習をしておくように。じゃあ昼休みに入ってよし」
社会の先生の授業も終わり、お昼休みとなった。ある者は弁当を持参し、ある者は購買へ走り、ある者は学食に向かった。俺の場合はお母さんが弁当を作ってくれているのでいつもは教室の自分の席で食べている。
「まぁ、今日は流石にどこかに移動するか……」
授業と授業の合間にある十分間の休み時間の度に、他のクラスからも男子や女子が見に来ていたり、直接聞きに来たりしていた。
何度もしつこく来る質問には、何も言うつもりは無かったが、面倒になり……フラれたとだけ答えておいた。原因の方は……まぁ、うん。皆には特に何も答えなかったけど。
「のののは、菓子パンか。栄養が偏るぞ?」
「もう、身長が伸びないのは覚悟した。私は小さくていい」
のののは高校生としても少し小さめだ。栄養が頭に行ってしまったんだろうな。
「私は食べたら寝る。神戸、どこか行くならジュース求む」
「はいよ。パックのココアとかで良いんだろ?」
のののは甘いものが好きだからな。
「そう」
「戻って来たら起こすから」
俺の席は外窓の後ろの方だ。教室を出る前に廊下側の前の方に席がある紅亜さんをチラッと見るが、クラスメイトと話しながら楽しそうにご飯を食べていて……視線の合った女子に睨まれた気がする。なんとなく、早歩きで教室から出たくなった。
「どこで食べようか……。これからしばらくはどこに言ってもひそひそ話をされるんだろうなぁ~はぁ~」
「どうした? そんなため息を吐いて、幸せが逃げるぞ……青」
凛とした声。聞くだけで何だか背筋をシャキッとしたくなるそんな声が掛けられた。振り向かなくても声の主が誰なのかはすぐに判る。
「麗奈さん…じゃなくて、麗奈先輩。幸せは……もう逃げたんです」
「ふむ。何の事かは知らんが弁当を持ってどこか行くのか?」
おや? ……先輩はまだ噂を耳にしてないのかな?
まぁ、成績優秀、容姿端麗、完全無欠……ではないけど、黒というよりは紺色の長い髪を結んで鋭い目付き、更には生徒会長をしているこの人に噂話を持って話し掛けに行く人はあんまり居ないだろうな。恐れ多くて。
「まぁ、ちょっと……その、はい」
「なら、生徒会室で私と食べるか?私の方が一つ年上とは言え、私達は幼なじみなんだ。遠慮はしなくていいぞ」
俺と麗奈先輩の家はそれほど遠くも無い。お母さん同士が仲良しで俺と麗奈さんは子供の頃から知っている。
「生徒会室ってそんな風に使って良いんですか?」
「ふっ、今や会議の無い時は私の私室だ。二年の時から文武共に優秀な成績を修めた結果でな。少し苦労はしたが認めさせたのだ」
相変わらず格好いい。なら、お言葉に甘えてお邪魔させて頂こう。
俺は麗奈先輩の後ろを歩いて生徒会室へと向かった。歩いてる途中、視線が凄かったけど連行されてるとか思われたのかな? ただ単に、麗奈先輩の事を見ていた人達だと信じたい。
「さ、入りたまえ。特に何かが在る訳じゃ無いが弁当を食べるなら問題ないだろう」
「お邪魔します。……先輩はお昼どうするんですか? まさか……」
俺の頭の中で不吉な予感が巡りに巡る。
「私もこの年齢だ。お弁当くらいは作れる! ……と、言いたい所だが母が私より先に起きて作ってくれているからな。それを持ってきているよ」
「そ、そうですか。良かった……」
良かった……杞憂なようで、本当に良かった。
「ん? 良かった? それは、どういう……」
「いえ! 何でも無いですよ! さぁ、とりあえず食べましょう。頂きます!」
麗奈さんに不思議そうな顔を向けられたが、話を濁して蒸し返さない様にしておかないと……な。
俺は覚えている…あれはまだ俺が中学生に成り立ての頃に家に麗奈さんと麗奈さんのお母さんが遊びに来た時の事を……。
"青、お腹空いてない?"
"あ~たしかにお腹空きました!"
これは、懐かしの記憶。
"青のママさん、青にホットケーキ作って上げたいんだけど……キッチン借りても良いですか?"
"あら、麗奈ちゃんもお料理する年齢になったのね~いいわよ!"
これは、俺の成長の記憶。
"ありがとうございます! 青、待っててね"
"うん!"
"皐月さん……ごめんなさい、青くんの体調が悪くなるかも……"
"春子さん……それってどういう?"
それは、悪魔が誕生した日の話。
"うちの子、自慢になるけど優秀でしょ? けど……料理だけは才能が無いみたいなのよ"
"いやいや、あの麗奈ちゃんがまさか~。でも、食べるのは青だし平気よ!"
それは、生け贄が誕生した日の話。
"青~完成したわよ~"
"わー! 美味しそうだね、凄いね麗奈ちゃん!"
"ふふん! これくらい簡単よ、食べて"
一口食べてから後からその日の記憶は無く、夜に目が覚めた事は覚えている。そう。記憶が飛んだ事だけ覚えている。
それ以来、麗奈さんの手作りの物をたまに頂く事がある。一番多いのがクッキーで俺は最近になって、ようやく小袋一つを食べきる事が出来るレベルになってきた。
つまり、いつの間にか俺の味覚と胃袋は壊れたのだろう。っと、この記憶は片隅においやっておこう。
「それで、青は何を浮かない顔をしていたんだ?」
「あー……麗奈さん、今日の生徒の雰囲気が浮わついてるのは気付いていますよね?」
当事者の俺はすぐに分かった。生徒会長である麗奈さんもそれくらいは気付いたに違いない。
「あぁ、皆、休み時間にどこかへ行っていたりしていたな」
「その……ちょっと当方がですね……彼女にですね、フラれまして……」
いくら幼なじみとはいえ……流石に言葉が詰まる内容だな。言いづらい……。
「……なるほど。ふむ、それは実に興味深いな。詳しく……詳しく話してくれ」
「え、あ、はい。実は……」
俺は勝也に話した様に麗奈さんにも話した。勝也と違う所があるとしたら、せめて、誤解を解いて泣かせてしまった事を謝りたいって事を付け加えた事だ。
俺が紅亜さんと一ヶ月も付き合えたんだ、名残惜しいし、未練もある、電話すら繋がらないけど……せめて一言くらいは話しておきたいという気持ちがある。
「でも、アレですかね…。紅亜さんの立場になって考えたらこのまま黙って大人しくしておく方がいいですよね? やっぱり……女性目線としてはどう思いますか?」
「紅亜さんの立場から考えると浮気されたと思ってる訳だからな……私も恋愛経験はアレだからアレとしか言えないが、アレだ。誤解で関係が拗れてしまったなら……少しずつ紐解くしか無いのではないか?」
アレ……とは何だろう? アレが多くていまいちピンと来ないが、きっと正しい事を言っているんだろうな。
「そう……ですかね」
「いや! やっぱり、アレだ。諦めて次に行った方が良いな! 学生の時間は短い。あと、三年生の時間はもっと短い。次だな。うん、次!」
えぇ!? 何故か急に麗奈さんが、真逆の事を言い出したぞ!?
「どっちですか!? 真逆の事言われると困っちゃうんですが!」
「知らん! 私も分からない事はあるのだ! その……紅亜さんも、実はもう気にしていないんじゃないか?」
麗奈さんにも分からない事があるんだな……いつも勉強とか教えて貰っていたし、何でも知ってるのかと思い込んでた。
「気にしてない……。それは……そうかも知れませんが……」
教室から出る前に見た紅亜さんの楽しげに友人と話す姿が何故か頭に浮かぶ……紅亜さんは先に、いつもの日常へと戻ったのだろう。
「うがぁ~、俺は何て女々しい奴なんだ~自分でもたった今になって気付いた~うへあらぁがぁ~……」
「まったく……しょうがない奴だな青は。ここは私室で誰も来ない、不安や愚痴も出して構わん。私が受け止めてやる」
麗奈さんの優しさに甘え、口から色々と溢れ出てしまった。黙々と話を聞いてくれた麗奈さんに感謝だな。お陰でようやく気持ちがスッキリした。ホント、頼りになるな。
「ありがとうございました。いつも、頼りにしてすいません」
「構わんよ、私と青の仲だからな。困った事があったらいつでも来るといい」
麗奈さんには助けて貰ってばかりだな……今度、何かでお返し出来たら良いんだけどな。
「はい! あ……っと、のののの飲み物を買いに行かないとでした。先輩、失礼しますね」
「あ、あぁ……絶対にまた来るんだぞ? 今度、クッキーでも持って来てあげよう」
……恐ろしい発言が耳を通った瞬間、脳が危険だと判断して、断る為の言葉を考え始めた。
「先輩のクッキーなんて物があったら生徒間で取り合いになっちゃいますよ! では、失礼します」
俺以外はおそらく食べれない爆弾物を持ち込んだら大変な事になってしまうし、自重して欲しいかな? ……上手く誤魔化せたかな。
勢いで生徒会室を抜け出し、俺は購買でココアを買って教室へ戻って来た。何だか出る時よりは気持ちどころか体も軽くなった気がする。
「ののの、ほらココア」
「神戸、感謝する。お金……」
寝ているのののを起こしてココアを差し出した。
「いや、今日は俺の奢りでいいさ」
「ホント? それはラッキーだ。何か昼休みの間にあった?」
す、鋭い。寝起きで目がいつも以上に開いていないというのに……。
「ん、あぁ、まぁね? ちょっと知り合いの先輩には会ったよ」
「そう……。顔つきが穏やかになってる。心配してた」
そうか、ありがたい。のののにも感謝だな。気持ちをリセットというか、いつもの俺に戻すためのきっかけをくれた訳だしな。あと、数回くらいはココアを奢ってあげようかな。
「そうだったか? ありがとう、もう大丈夫だよ」
キーンコーンカーンコ~~ン
午後の始業の鐘がなってから先生も入ってきて授業が始まった。のののはぼんやりしてるが俺は集中してないと置いてかれてしまうから……頑張んないと。
それから二つの授業を乗り越えて、やっと放課後になって学校から……というよりは生徒からの視線から解放される時間になった。
「ののの、真っ直ぐ帰るんだぞ?」
「神戸、一緒に帰る」
のののとは駅の方までは同じ道だ。部活もして無いし、一緒に帰るのを断る理由は無い――普段なら。
「ん~。まだ周囲の視線が気になるからな……流石にフラれた次の日に女の子とは帰れないかな? ……そういう所は人並みに気にするし」
大半の生徒は部活をしているし、気にも留めないかも知れないが……一応な。
「なら、また今度に」
「そだな。また明日」
俺は一人で学校から帰宅した。
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