第141話 がんば……る?
おっおっ……お待たせしました!
よっよっ……よろしくお願いします!(°∀°)
金曜日。
とうとう体育祭が明日に迫ってきたと感じる朝。テレビでは今日と週末の天気予報について流している。
早めに寝て早めに起きれたから、こうしてゆっくりとテレビを眺めているが、お母さんからの『早く家をでなさい』という視線が痛い。
予報では今日も明日もおおむね晴れ。延期になる事は無さそうだ。
「そうだ……青? 明日碧があんたの所の体育祭行くって」
「碧が?」
「うん、だから、お弁当は碧に持っていって貰うから合流して一緒にお昼にしなさいね?」
「えーっ、妹と昼飯を一緒にする男子高校生ってどうなの?」
「じゃあ、昼は自分で何か買って食べなさいね?」
「……碧と話しておきます」
所持金に余裕があれば……と思ったが、結局は誰かが碧を連れて来てしまう未来が見えた。勝也も知ってるし、碧ならマノンの所に行くだろうし。
出来るだけ人の来なそうな場所を考えておかないといけない。流石に、妹と飯を食ってる所を見られたらちょっと恥ずかしいし、シスコン呼ばわりされたくも無いし。
「じゃあ、もう……学校行ってくるね?」
「はいはい、お弁当忘れないでね。いってらっしゃい」
勝也もマノンも早めに来ているだろうと予想して、いつもより少し早めに家を出る事にした。
今日は体育祭前日の予行練習。みんな本気では無いだろうけど、実際に走ったり引いたり投げたり……競技もちゃんと行う事になっている。
俺はただ……怪我人が出ない事を祈るだけだ。
出場する競技もあるけど、百メートル走に関してはまぁ……割りとどうでも良くて、注意しなければならないのは紅亜さんとの二人三脚の方だろうか。言葉通り、足を引っ張らない様に気を付けないといけない。
あまり練習が出来たという状況でも無かったし、不安と言えば不安だ。
さて、学校に向かいますか――。
やはり何となく感じ取れる学校内の雰囲気は浮わつき気味である。
それが悪い事とは思わないけど、競技以外で怪我されても困るので落ち着いて欲しいというのが本音だ。
「青さん、青さん! もう明日が体育祭ですよ」
「そうだが……少しは落ち着けよ。あと、おはようマノン」
「はい! おはようですよ青さん」
教室に着くなり駆け寄って来たマノンに忠告するも、マノンが落ち着く様子は無い。オーラの視えない俺でも、今のマノンにはピカピカした楽しいですオーラが出ていると感じられる。
せっかく楽しみにしているというのに、これ以上水を差すのは野暮ったいだろう――という事で、マノンのことは諦めて自分の席へと向かった。
勝也の席に鞄はあるが、勝也自身は居なかった。きっと、クラス代表として呼び出されたりしたのかもしれない。紅亜さんも居ないから、きっと当たってるだろう。
「で、ですね青さん!」
「お、おう?」
「今日も頑張りましょうね!」
「いや、俺は……いや。うん。頑張るか」
「はい! 頑張るぞ~~」
長めの溜め。その後の掛け声くらいは俺も当然分かっている。
が、当然クラスの中心で叫ぶ事はしない。アイはもちろん、オーですら。
「オーーーー!! って、言ってない!? 何でですかっ!」
「ふっ。気合いを入れるタイミングまで、人に支配されたくなくて……ね」
「ど、どういう事です?」
「…………」
マノンはさておき……クラスの中を見渡すと、既にハチマキを巻いてる男子や、日焼け止めを塗る女子が多く見られた。
この後、ホームルームの後に着替えの時間があるのに気が早い。
「神戸、早い」
そんな事を思っていると、後ろから聞き慣れた声。みんながテンションを上げている中で、いつも通りのローテンションで登校してきた……のののだ。
「いや、別に楽しみ過ぎてとかじゃないぞ? ……なんだののの、その疑いの眼差しは」
「じ~~」
「わ、私も! じーーっ」
マノンのはちょっと違う。それはヤンキー用語で『ガンを飛ばす』とかそういうやつだ。
のののはちゃんと出来ている。ちゃんと人を疑った眼差しである……ちゃんと……ちゃんと……。
「そんな楽しみにしてるなら、もっと競技とか出てるっての」
「たしかに」
「すぐ、納得したな……」
今日は登校か楽だったと言わんばかりに、のののが軽々しい動きで鞄を机に置いた。
きっと鞄の中は数冊の本とお弁当だろう。もしくは、弁当すら無い可能性もある。
「ののさんも、今日頑張りましょうね!」
「がんば……る?」
「初めて聞く言葉みたいな反応!! 二人とも、もっと楽しんでいきましょうよ!」
マノンの説得にも応じない人間。何て頑固な奴なんだ……とのののを見ると、のののも俺を見ていた。
俺ものののもお互いへ同じ事を思っているのだろう――マノンを満足させておとなしくさせてくれ、と。
のののにも何か奥の手的な策はあるのだろうけど、ここは俺の奥の手を出しておこうか。
「マノン、今日はしゃいで怪我したら最悪だぞ。明日は碧も来るらしいからな」
「本当ですっ!? なら、格好いい所を見せる為にも予行練習を頑張らないとですねっ」
(ふっ……)
俺は自分の策がマノンに突き刺さった事を見届けて、ソッと目を閉じた。
「ダメ、神戸。ダメ、作戦成功顔」
「いや、ほら……話を逸らせた的な意味では、戦略的……じゃなく、戦術的勝利みたいな」
「ほら、青さんも碧ちゃんに格好悪い姿は見せれませんよ! やっぱり頑張りましょ!」
「完敗」
「だなー」
マノンに碧の話題は火に油。余計に焚き付けてしまったらしい。
鼻をフンフンと鳴らして、さっきよりも意気込んでいる。
のののは巻き込まれまいと、自分の席に着いて文庫本を取り出していた。窓から入ってきた風が、のののの髪を揺らして読書の邪魔をしている。
「神戸、髪!」
「はいはい。今日は運動しやすい様に一本に纏めておきますか」
「任せる」
勝也に早く来てくれと念じながら、俺はのののの髪を結びながらマノンの意気込みをただただ聞いていた。
勝也と紅亜さんが戻って来たのは、桜先生と一緒のタイミング。ホームルームが始まる少し前だった。
◇◇◇
「じゃあ、席に着いて! 出欠取りますよー……っと。はい、全員居ますね」
いつも通り、省略できる所は省略する先生だ。
「この後、八時三十分から着替えなんで、男子は一組に行って着替えてください。女子はこの教室で――」
着替えの後はグラウンドに。赤組白組で並ぶという説明があったり、熱中症への注意だとかの話があった。
桜先生は基本的にテントに居るらしく、体育祭の事に関しては生徒の自主性に任せる……という所謂、面倒事は起こさないでという旨の言葉を遠回しに言ってホームルームを締めた。
少し教室で待機して、チャイムが鳴ると同時に俺達は教室を出て一組の方に動き出した。
「なぁ、勝也」
「なんだ?」
「今日って部活動リレーみたいな得点にならない競技もやるのか?」
「ちゃんと走るとこまでやるみたいだぞ? ちなみに、カットされるのは開会式と閉会式くらいなもんだな」
「じゃあ、今日は校長の話で熱中症になる生徒とかは出なそうだな」
一組の女子が全員出てくるまで勝也と廊下で話し、一組の教室に入ると真っ直ぐブラックの席へと進んで行った。
席替えしていたのか、ブラックの席は教室の真ん中二列のその更に真ん中当たりになっていた。可哀想に……でも、友達が増える可能性がちょっと高くなったと思えば、残念な気持ちも多少は緩和されるだろうか。
「うい」
「うむ」
「ど真ん中かぁ~、御愁傷様だな」
「キャッスル、席交換してくれ」
「いや、もうそれクラス替えになるから」
今の会話でブラックの友活(友達増やそう活動)の調子はイマイチなのだと察した。
話せば普通な奴なのに、見た目から発せられているヲタクオーラがどうしても周囲を遠ざけてしまっているのだろうな。きっと。
「あれ? ブラックって何種目出るんだったっけ?」
「二種だ。ちなみに、百と騎馬な」
「なる。なんか……めちゃくちゃ無難な競技だな?」
「いや、あと部活動リレーにも出るぞ! アニ研としてな!」
ドヤ顔でそういうブラック。たしかに、衆人環視の中部活の『色』を見せながら走る勇気は凄いと思う。
だが、野球部やサッカー部、陸上部に周回遅れにさせるだろうブラック達アニ研を少しだけ憐憫に思った。
「ほいほい、青、ブラック……そろそろ行こーぜ」
「グラウンドのどこに並ぶんだ?」
「入場ゲート辺りだな。最初は入場行進だし」
教室を出て、俺達三人もグラウンドへ向かった。
……が、その途中で米良先生の所へと行かないといけない事をハッと思い出して、俺だけ急いで保健室へと向かった。
「――先生、お待たせしました!」
「おはよう、神戸君~。さっそくだけどぉ、荷物は纏めて置いたからぁ……お願いするわねぇ~」
クーラーボックスと絆創膏などの医療アイテムが入った箱。それに、中身はスポーツ飲料水というウォーターサーバー的なポット……中々の重さになったが、それらを外まで運んでいく。
急がないと集合に遅れそうだ。
靴を履き替えて、どうにか救護テントまでそれらを運び、そこからまた入場ゲートまでダッシュである。
きっと今、一番体育祭をやってるのは俺だろうな。間違いなく。
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