第139話 変わってく関係
お待たせしました……
遅れた理由は活動報告にチラッと……
では、では、よろしくお願いします!
※ひま後輩の出る競技
借り物競技→障害物競争です。すみません
端にあるいつもの席に座り、走ってきて上がった息を深呼吸して整える。
ここへ来ると、外とは切り離された感覚になれるのが良い。
「お待たせ青君。アイスコーヒーだよ」
「ありがとうございます」
そして、マスターの珈琲の美味さ。これがまた最高なのである。
まぁ、他の珈琲は缶コーヒーくらいしか知らないけど。
カウンターの奥、キッチンのある場所からは調理の音が聞こえてくる。音はとても小さいが、向日葵さんが一生懸命なのが何となく分かった。
「ふぅ……」
待つ時間もデートとはよく言うが、これは本当だと思う。
例えば、待ち合わせでどちらかが遅れている状況。
例えば、どちらかがトイレに行き待っている状況。
例えば、次のデートまでの予定がまだ未定の状況。
その間に出来ることなんてちょっとしたものだろう。でも、そこを楽しめるかどうか……その差でだいぶ変わるものがあるはずだ。
俺が向日葵さんを待っている間に出来る事は何だろうか……と考えた時に、出てきたのはやはり『向日葵さんとひま後輩』についてだった。
答えは既に出ているのに、そこに着くまでの道筋が分からない。
解答を見ても分からない数学の問題の様な感じだろうか。
「うむむ……」
「おやおや、青君……今日もまた難しい顔をしているね?」
「まぁ、ちょっと難しいと言いますか……何と言いますか……」
ひま後輩――それは、仮面を着け人を遠ざけ人から遠ざかる優秀で優しいツインドリルの女の子だ。
向日葵さん――それは、学校での仮面を脱ぎ捨てた真面目で優しくて一生懸命な普通の女の子だ。
共通項を纏めると『優しい女の子』。裏と表、どちらにせよ灰沢向日葵という女の子は優しいという結論になる。
主観しか入ってないが、マスター、マスターの奥さん、マノンに聞いたとて、その評価がそれほど違ってくる事は無いだろう。
「マスター、向日葵さんの事なんですが……」
「ふふっ……分かってるよ青君!! ついに決心したんだね!!」
「け、決心!? いや、むしろそれが定まって無いというか……」
「私も妻も、向日葵ちゃんのことを自分達の子供……いや、孫の様に思っていてね、変な男に引っ掛からないか常日頃から心配してたんだよ」
(――話の流れがッ!?)
俺がマスターに遠回しに相談しようと思ったのは、向日葵さんと別れてそのお礼をどうすれば良いかと言うものだ。
この一ヶ月、いろんな人と会って、いろんな事があって、その中には向日葵さんも居て、一番頼らせて貰ったそのお礼がしたい……その相談だったのだが、マスターが何故かウキウキしだした。
「マスター、確かに向日葵さんはちょっと危なっかしい部分もありますけど、基本はしっかりしているから大丈夫だと思いますよ?」
「本当にそうかい? 例えば、見た目悪そうな男だが金持ちの男が居たとするよ。たまたま向日葵ちゃんに優しくしたとするでしょ…………ね?」
「くっ……恩義を感じて、嫌々ながら話していく内に絆されていく姿が……見える!!」
仕方なく一回のデートで相手の財力を見せ付けられ、ちょっと悲しい身の上話でもされればもう駄目そうだ。
コロッと駄目男に騙される姿がなんか似合ってしまっている向日葵さんがいる……。
「――見える。じゃ無いですよ! 好き勝手言ってくれてますけど、私はそんなにチョロくありませんよ!」
「おっと向日葵さん……いつの間に……」
「マスターも心配は嬉しいですが、私が金持ちに惹かれると思われてるのは悲しいですよ!」
「おや、最近は耳が遠くて……そうだ、青君が何か話したい事があるってさ。私は戻るから、ゆっくりしていってね」
そう言い残して、ついでに向日葵さんからの冷たい視線も残したまま、マスターはカウンターへと戻った。
冷たい視線は、処理してくれないとこっちに残るからどうにかして欲しかったな……。
「あっ、ついでに向日葵ちゃんの分のアイスコーヒーね」
「ありがとうございます?」
「えっ、まさか俺の会計に!?」
マスターはウンともスンとも言わずに、微笑みながら戻って行った。
正面の席に座る向日葵さん。もうマスターも来る用事は無いだろうし、ようやく……デートが始まった。
「……って、もうそろそろ時間なのですよね?」
「ふっふっふ、安心して向日葵さん。今日は体育祭の準備で遅くなるって言ってあるから平気なんだよね」
「本当ですか! すいません、ありがとうございます」
「いやいや……むしろお詫びもお礼も、俺が言わないといけないことだしね」
アイスコーヒーを一口。
向日葵さんもアイスコーヒーを一口。
話が途切れると、途端に次は何を話して、どう繋げていこうかと考えてしまう。
「向日葵さんって、体育祭の競技何に出るの?」
「えっとですね……百メートル走と障害物競争ですよ」
「なるほどねぇ……もう明後日だもんなぁ」
「そうですね。ちょっとだけ、楽しみです」
「ま、俺は保健係だから救護テントでゆっくりするんだけどね」
「ふふっ、遊びに行ってあげますよ」
何気ない会話。違う言い方をすれば、酷く空っぽの会話だ。
俺が変な雰囲気を出しているのを向日葵さんは察しているのかもしれないし、もしかすると、向日葵さんも気付いているのかもしれない。
俺が……今日限りで仮の恋人関係を終えようとしている事に。
――友達だし同じ部活の仲間でもある。
――ヲタ友だし同じ職場の同僚でもある。
例えば、そういう二つの括りで繋がっている関係があるとする。
一つが終わってしまっても、もう一つの繋がりがあるから平気……なままとは限らない。
部活を辞めてしまった友達。普通に友達として付き合う事もあるだろうが、やはりちょっとした気まずさというのが無意識に出てしまうものだろう。
それに気付いて、ちょっとずつ離れて、そして――関係が途切れる。
ひとつの関係を終わらせるという事は、それなりのリスクがあるし、覚悟も必要だ。
それについて考えても、案はいくつか出ても、これがベストという考えが見付からない。
だから、空っぽの会話で時間を使ってしまう。向日葵さんから切り出してくれるのではないか……という情けない考えも浮かんでしまう。
(俺の為に始めてくれた向日葵さんだから……終わらせる責任くらいは俺が取らないといけないよな……)
ある種、これも告白だろうか。気の重さ。心の締め付けられる感覚。ちょっと怖じ気づいてしまう緊張感。
きっと……ずっと慣れる事は無いだろう心の動き。
「……向日葵さん」
それでも、言わねばならない。
「お話があります」
次に進む為に、自分の背負えない物は置いていくしかない。
「急な話ですけど……」
背負える物には限りがある。それを俺に教えてくれたのが、向日葵さんであり、ひま後輩だ。
真っ直ぐ正面に座る向日葵さんを見据える。
最大限の感謝を込めよう。伝わらなくとも、自己満足でも……親愛を込めて伝えないといけない。
「短い期間でしたが、ありがとうございました。俺と……別れてください」
言った。伝えた。
向日葵さんの表情は、驚くでも泣くでも笑うでも無く、ただ『知っていた』と言わんばかりの苦笑いを少し浮かべるというものだった。
「……向日葵」
「はい?」
「……いろいろ言いたい事はあります。けど、これから私の事は向日葵と呼んでください。ひま後輩でも向日葵さんでもなく、ただの向日葵と。青さん……それが、恋人としての最後のおねだりです」
「ありがとう……向日葵」
「はい!」
お互いに納得した。だが、そう簡単に切り替えられるほどじゃない。
当然の様に、ちょっとした気まずい空気というのが流れてしまう。
「あと、たまにお店にも来てください」
「分かった」
「あと、昼休みも予定が空いていれば来てください」
「分かった」
「あと、たまに何か奢ってください」
「……分かった」
「あと、良い成績を取れたら褒めてください」
「……分かった?」
「あと、あと……」
思い付かなくなってきたのか、言葉に詰まっている。
そんな向日葵を『バカだなぁ……』と思いながら見ていた。
だって――俺達は絶対の味方で、友達なんだから。
「向日葵、大丈夫だ。俺は友達には甘いタイプだ。それに……ずっと味方、その約束も努力して守り続けるから」
「絶対ですか?」
「努力するよ」
「……はい。その、青さんは私が好きですか?」
「そうだな、好きだぞ。世界トップテンにランクインするくらいに」
「じゃあ、良しという事にしといてあげます。あ、最後に……」
ちょっと姿勢を正して、真剣な表情に変わる。
何を言われるのかと、俺も背筋を伸ばした。
「青さん」
「はい」
「一周回って……そう、一周回ってですね……一周回ってその……後輩的な甘え方をしてもよろしいでしょうかっ!」
言い切るとすぐに、自分の顔を自分の手で覆い隠した。
そこまで恥ずかしい事でも無いだろうに、向日葵からすると人に甘えるという行為に恥ずかしさが残っているのかもしれない。
だが、気になるのだろう。指の隙間から、チラッ……チラッ……と俺の反応を窺っている向日葵だ。
「向日葵。一周回って……うん。一周回ってオッケーとしよう!」
「ほ、本当ですか!? ウザがったりしません?」
「それは向日葵次第だが……大丈夫だと思う。俺の後輩は向日葵しか居ないし、先輩容量はまだまだ空いてるしな」
「ふむふむ。先輩が青先輩で良かったです! ……好きですよ、青先輩」
俺が先輩じゃ無かったら、うっかり惚れてしまいそうになるくらいの破壊力を持った向日葵の笑顔。「なんちゃって」と笑いながら後付けする所まで、理想的な後輩の甘え方だ。
それを計算じゃなくやってしまう、向日葵の今後の成長がとてつもなく恐ろしい……。
これがまだ序の口だとするのなら……ちょっとヤバイかもしれない。何が、とは言わないけれど。
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