第138話 バッチリですね!
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「じゃあ、谷園さん。転んで足を擦りむいた怪我人として来てちょうだい」
「任せてください!」
自信満々にそう言って、少し離れた場所に移動した。歩いて来る所から始めるとは、かなりやる気になっているみたいだ。
「ア、アイター! 足ヲ怪我シチャッター」
「クソ下手だなっ!!」
たしか、マノンの演技力は大根役者の名詞が似合うほどだったな……。
「いや、お前もだぞ青」
「マジかっ!? いや、流石にアレは……」
「マジだぞ」
「マジかよ……」
勝也から知らされる衝撃の事実に、耳を疑う。
足を引きずりながら、痛みを堪える顔をしているマノン。動きそのものはたしかに怪我人ではあるものの、一度口を開けば――。
「痛イー、ヤット救護テントニ着イター」
これである。
流石に俺でもコレは下手だと分かるのに、勝也は俺の演技力を同レベルだと言って来た。とても解せるものじゃない。
「神戸君。生徒が来たら、まずは怪我の具合や部位の確認よぉ」
「あ、はい。こほん――いらっしゃいマセー」
「いや、コンビニかよ!! 青、絶対ダメだと思うぞ!?」
そうか……そうだな。たしかに勝也の言うとおりだ。
待ってましたと言わんばかりの対応は、怪我した相手も不信感が出てくるだろう。
「神戸君。まずは、目で何処を怪我しているのかの確認をするのよぉ。そしてぇ、相手には服で隠れてる部分も怪我していないかを聞くのよぉ」
「なるほど。こほん――脛ヲ擦りむいたんですネ? 他に怪我してル部分とかありマスカー?」
「膝の横トカモ擦リムイチャッタデス!」
何だかカタコトでやって来たマノンを思い出して笑いそうになるが、そこをグッと堪えてどうにか続けていく。
「米良先生、膝周りと脛を擦りむいたらしいです。結構縦に長い傷口ですね」
「分かったわぁ――とまぁ、こういう怪我が一番多いのよねぇ。神戸君、怪我した箇所の周りに付いている砂を落とすのが、次のステップよぉ」
「たしかに、転んで怪我する事が多いでしょうから……え? どうすれば良いんですか?」
「ほらぁ、あっちにあるでしょ~」
米良先生が指差した方を見ると、蛇口があった。ニ人三人で使える蛇口では無く、ホースを繋いで水を撒く為に使われている端っこの方に設置されている蛇口だ。
砂で汚れた傷口を、あそこで洗わせるのが次のステップらしい。
腕を怪我している生徒なら、パパっと洗ってきて貰えば良い話だが……足を怪我している生徒に関しては、痛いだろうしあまり動きたいとは思わないだろう。
そのサポートをするのが俺の仕事らしい。
(正直に言って、知らない子に手や肩を貸すのは気まずい。知ってる奴は尚更だが……仕事だと割り切るしかないか)
「米良先生、怪我した子って……だいたい友達を連れて来ますよね? その時のサポートはその友達達に任せて良いんですか?」
「状況によりけりよぉ。」
「分かりました。じゃあ、洗って来たという事で……次はどうするんですか?」
「今は持ってきて無いけどぉ、ガーゼと消毒液パパっとしてぇ、傷口にあった絆創膏を貼って終わりよぉ」
そこは先生がやる事だろうし、擦り傷に関しての俺の仕事は問題無さそうだ。受付と診察とその他お手伝い。実際の処置に関しても先生がやっているのを何度か見せて貰えば、いざという時だって大丈夫だろう。
「じゃあ円城寺君はぁ、捻挫した子をお願いできるかなぁ~?」
「うっす」
勝也もマノンと同じ様に、少し離れた場所からスタート。
手首を押さえながら、歩いて来る。
「すいません」
「あ、はい。どうしました?」
「あのー、ちょっとさっきの競技で手首をやっちゃったみたいで……」
「気合いで治せる!」
「それ、男女差別だろっ!!」
さすが勝也。ちょっとボケてみたが、見事な反射神経だ。
「冗談だ。えっと、手首以外に痛いとこってありますか?」
「いや、大丈夫です」
「今度のテストとか、大丈夫なんですか?」
「イタタタタタッ――おい、米良先生に睨まれてるからそろそろ止めておこう」
「……そうだな」
なんか、勝也とわざとらしい演技をしているのが恥ずかしくなってボケてしまったのだが、本当に怒られそうだ。
「米良先生、手首が痛いらしいです。捻挫かと思われます」
「神戸君……おふざけはダメよぉ? 捻挫の場合はぁ、当日にクーラーボックスの中に氷袋を準備しているから、神戸君は先生が頼んだらそれを出してくださいねぇ?」
「ア、ハイ!」
「捻挫の時はぁ、内出血の可能性もあるからなのよぉ。だから、先生が席を外していたらぁ、氷袋を渡してから呼びに来てねぇ?」
「ア、ハイ!」
少し前にテーピングの巻き方を教えて貰ってはいるけど、位置によって巻き方は変わってくるだろうし、俺がやるよりも先生に任せた方が怪我した生徒も安心するだろう。
とりあえず、捻挫の時は氷袋や道具を先生に渡す係りとでも思っておこう。
「だいたいはこの二つが多いわよぉ。まぁ、骨折なんて事になったら救急車を呼ぶから先生達の出番でも無いのよねぇ」
「そこまでの怪我なら……たしかにそうですね。とりあえず今ので、イメージトレーニングはバッチリです!」
「そう難しい事は頼まないからぁ、焦らずにねぇ?」
「はい。勝也もマノンもありがとう」
二人にも礼を言う。マノンの方はイマイチな演技だったかけど、それでもだ。
「神戸君。とりあえず今日はもう良いわよぉ。明日は朝のホームルームが終わったら保健室に来てちょうだいねぇ」
「あ、はい。分かりました」
「じゃあ、これ保健室の鍵よぉ。机の上にでも置いておいてねぇ?」
「わかりました。行くかマノン……じゃあな、勝也!」
「はいです!」
「おう、またな」
勝也と先生とはその場で別れて、俺とマノンは鞄を取りに保健室へと戻った。
◇◇
「誰も居ない静かな保健室……そして、年頃の男女が一組……ゴクリ」
「さ、帰るぞマノン」
「……女子生徒の魅力的なぼでぇーから男子生徒は目を離せずに……ゴクリ」
「はいはい、魅力的魅力的。変なこと言ってないで帰るぞ。というか、俺はもう帰るからな?」
お母さんに帰りが少し遅くなるとメールもした。後はなるべく早く、そして速くひま後輩の居る喫茶店へと行くだけ。
だから今は、マノンのおふざけにも付き合ってはられない。
「ちぇ~ですよ」
「でもある意味、目を離せないのは本当かもな、心配だし」
「むむっ、さては青さん……私を子供扱いしていますね?」
「してないよ。だってマノンは妹……そうだろ?」
「んふふ。むふふふふ……えへへ」
変な笑い方をしながらも、その表情はどこか嬉しさで溢れている気がした。
今のやり取りで満足してくれたのか、マノンも帰る準備を整えてくれた。
「置いてきぼりにしちゃいますよ、青さん」
「おい、危ないからちゃんと前見て歩け」
「青さんが居る方角が私にとっては前ですもん。これで正解ですっ!」
「分かるような……分からないような?」
何やら意味深なことを言うマノン。でもやっぱり、危ない。だからちゃんと前を向いて貰う為に、俺が少しあるくペースを上げてマノンの一歩前を先行して歩いていく。
――そのまま駅まで、マノンと話しながら帰った。スマホを確認すると、駅に着いた頃には五時三十分をやや過ぎていた。
「じゃあな、マノン」
「何でもお願いを聞いてくれる約束は忘れませんからね! また明日ですっ」
「……いらない事ばかり覚える奴だな、まったく」
駅でマノンとは別れ、施設のある方へと真っ直ぐ歩いて行くうしろ姿をしばらく見詰めてから、すぐに方向転換をした。
そして、ダッシュで喫茶店へと向かう。
駅からならそう時間は掛からない筈なのに、こういう急いでいる時に限って信号に引っ掛かる。
だが、あきらかに車が来ておらず、かなり短い横断歩道であっても待つタイプな俺だ。
焦りだけが少し積もるが、それでもルールは守っていくスタイル。
「……はぁ、はぁ、着いた……」
息を整えることはせずに、そのままお店のドアに手を伸ばす。
カランコロンという音と共に店に入っていくと、相変わらずの混み具合……つまりは、ゆっくりと出来るという具合だ。
「いらっしゃい」
「どうも、店長……あの、向日葵さんは?」
「裏で料理を作ってるよ。すぐ来るとは思うけどね」
「そですか……じゃあ、アイスコーヒーひとつお願いします」
「はいよ」
注文をしてから、いつもの席へと向かった。
彼氏役としての俺がやっている事は、昼を一緒に過ごすのと放課後に店へと顔を出すくらいだ。それが正解なのか、今でもよく分からない。
でも……とりあえず昨日の分の埋め合わせも兼ねて、今日は出来るだけ長く一緒に居る事にしている。
何をしたら『向日葵さん』や『ひま後輩』が喜ぶのかを完璧に把握できてない今、やれる事からちゃんとやらないと……だもんな。
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