第134話 過去、そして未来への日記
お、お待たせしました……。
※今回の話は長めなので、時間のある時に読むか、流し読みをオススメします。
作者的には満足できたました。自己満の回なので、読む読まないはお任せです!
少々読みづらいかもってのも注意事項です(ネガキャン)
では、よろしくお願いします!(´ω`)
家に着いた俺は、まだ起きていた両親にただいまと言って、巳良乃家での事を話した。
撮ってきた写真を見せたり、ご飯をご馳走になった事なんかを一通り話した。
それから部屋に戻り、のののの日記を置いて、先に風呂へと向かった。日記の中身はゆっくり読むつもりだ。のののが渡してきた理由は分からない。読んでも分からないかもしれない。
自分の日記は、秘密にしておくものだと思う。人に読ませる恥ずかしさは計り知れない。
でも、普段はあまり話さないのののの内面が気にならないと言えば嘘である。今日は夜更かししてでも読もう――そんな気持ちになって、俺は風呂を出て部屋へと戻った。
机の上に置かれた一冊の日記。手の湿り気をよく拭き取ってから、さっそくその一頁目を捲った。
最初の日付はおよそ四年前。中学校の入学式が始まりだった――。
◇◇◇
『今日から日記を書いていく。お母さんが日記は良いものと言ったから、頑張って書いていこう。
今日は入学式があった。知らない人と上手く話せるか不安だ。小学校の頃も一人だった。中学では一人くらい友達を作りたいと思う』
最初はそれだけだった。少し不思議な感覚がある。違和感と言ってもいい。
それがよく分からないけど、とりあえず次のページに進んだ。
『今日はオリエンテーションばかりで、クラスの人と話す機会も沢山あった。でも、上手く会話は出来なかった。明日はもう少し頑張ってみよう』
『今日からさっそく授業が始まった。とても簡単で、これなら勉強の方で活躍できるかもしれない。苦手は克服しないといけないけど、得意な事を伸ばすのも選択肢のひとつだから。
そして今日は、隣の席の山本さんと話せた。良い感じだ』
順調そうに見えるのののの中学生活。書かれてる量はそれほど多くは無い。
でも、そこから数ページ、同じ様な事が書かれてあった。その日の出来事や、誰々と話したなど……知らなかったのののの中学生活についてが。
同じ様な部分は流すように読んで、次へ次へと捲っていた手を止めたページある。そこから、徐々にのののの学校生活が変わっていった。
『今日はテストが返って来た。予習復習をしなくてもまだ簡単な内容。勉強なら得意だから全教科で満点を取るつもりで挑んで、実際に満点を取れた。
答案が返ってきて、余計な一言を言ってしまった。山本さんは英語が苦手だと知らなかった。簡単だった――なんて、言わなければ良かった。お母さんは褒めてくれたけど、なんだか素直に喜べなかった』
『今日は、山本さんと話さなかった。怒らせてしまったのを謝りたくても機会が無かった……明日は話してみよう』
――捲る。
『いつの間にか全教科で満点を取った事が広まっていた。人にジロジロ見られるのは好きじゃない。今日も山本さんとは話せなかった』
『人に見られていた理由を知った。満点で凄いと思われてた訳じゃなく、カンニングを疑われていた様だ。もちろん机の中には教科書類は入れてない。それはみんなも同じだ。手に何かを書いていた訳でもない。もちろん、隣の人の解答を見た訳じゃない。
でも、疑われていた。弁解する程に誰かと話したりする訳でもいない。動けば良かったかもしれない……後から思うのは簡単だ。』
――捲る。
『まだ始まったばかりの中学生活。誰とも話さずに終わる日が、来てしまった。小学校の頃の同級生が何かを言っていた気がした。私が人を疑うのは良くないかもしれない。でも……いや、今日はここまでにしておこう』
そこから、のののの書く日記が変わっていった。
俺が覚えた違和感の正体も、そこで分かった。書き始めたのが四年も前なのに、一冊に纏まってしまっている日記。計算が合わない理由が、次のページから始まった。
『学校に行った』
『学校に行った』
『学校に行った』
『学校に行った』
『学校に行った』
『家に居た』
『家に居た』
『学校に行った』
『学校に行った』
『学校に行った』
『学校に行った』
『学校に行った』
『家に居た』
『家に居た』
日付と『学校に行った』という文字の羅列が、一行の間隔を空けて書き綴られていた。土日らしきタイミングでは『家に居た』という文字だけだ。
捲る。捲る捲る捲る……それだけのページが何十ページにも及んで書かれていた。ただ機械的に一日の終わりにそれを書いていたのののの姿が目に浮かんだ。
――捲る。
所々にイベント毎に関する事が書かれているが、主になななさんと過ごした事について。クラスメイトの名前が出てくる事はあれ以来なかった。
『今日は三者面談があった。そろそろ進路を決めなければならない。正直に言えばどこでも良かった。なるべく、学費の安い所があればそれで良いと思う。
お母さんもどこでも良いと言ってくれたし、勉強ならどこでも出来る。一人で出来る』
のののが三年になって、初めて長めに書かれていたのがこのページだった。
一年生の終わりから、一週間分を纏めて書くようになっていた。学校での行事について書いている部分も無い。変わらずに、学校へ行ったの一文だけだった。
三年の春、のののは今通っている学校に志望校を決めたのだろう。この日記を読むと……割りとテキトーに。
――次の話が出るページまで捲る。
『今日は寒かったけど第一志望の後期の受験に行ってきた。前期には記念に難関と言われる高校を受けてみたけど問題なく受かっていた。
特待生とか言われても、授業料が高いから後期が受かれば行かない。先生達には行けと言われたけど、受かった途端に私に構われても……困る。次は、合格発表の事を書こうと思う』
――捲る。
『今日は不思議な事があった。
受験した高校まで足を運ぶと、私と同じように結果を見に来た中学生が沢山居た。喜んでいる人、落ち込んでいる人。私も結果を見ようとしたけど、前の方に行かないと上の方に書いてある番号しか見えなかった。
待つしか無いと思って後ろの方に居たら、一人の男子が声を掛けてくれた。
私の世界に色は無く、人も建物も景色さえも、全部全部、全部が灰色だった。でも不思議と、その人の声からは優しさを感じた。その人は私の番号を見てきてくれた。結果を心配していなかったけど、その人は私よりも嬉しそうに結果を教えてくれた。
知らない学校の制服。知らない学校の人。でも、優しい人だった。その人はその後すぐに別の人の元へ行ってしまった……感謝を言うのを忘れてしまった。会話なんて久し振りだったから……。入学式の時、会えるかな』
「……灰色、か」
次の話までを捲った。
『明日は高校の入学式だ。中学の時みたいな期待はしない。目立たないなら目立たないままで良いと思うし、いろんな本も読んだし、今度は上手くやってみせる。私は……もう頑張らない』
『今日は入学式。私は一年一組だった。教科書類が重たくて、持って帰るのが大変だったけど、良い事もあった。あの合格発表で声を掛けてくれた人を見付けた。話し掛ける事は出来なかったけど、同じ学校なら機会はあると思う。その内、一言くらいお礼を言いたい。でも、あんな小さい出来事、きっと忘れてきるだろうな。でも、それでも一言だけでも』
――捲る。
『今日は入学早々にして、中学レベルでのテストがあった。そこで迷った。点を取るか、点を取るまいか。
でも、この学校には少し面白い制度があった。成績を残せば、学校側へ要望を出せるというもの。それを使えば、何かしらの形であの人にお礼が言えるかもしれない。そう考えて……私は全教科を九〇点に揃えてみせた。テストが返って来たら、先生へと言ってみようと思う』
『今日はあの人とすれ違った。私とは正反対で、もう友達が出来て学校生活を楽しんでいるみたいだった。気のせいかもしれないけど、目が合ったかもしれない。やっぱり気のせいかも……』
――捲る。捲る。
高校に入ってからはまた、日記が日記になっていた。
また、何か異変がありそうな出だしだった。
『今日は放課後、担任の山紅葉先生に呼び出された。
難しい話では無かった。テストで点数を揃えたのはワザとかと聞かれ、頷くと、書類を見せられた。その書類は今、お母さんが読んでいるけど……簡単に言えば、他の生徒とは学習のペースを合わせない特別なカリキュラムに変更しないかという、学校側からの提案だった。一人他の教室で勉強をする。そして、有名大学への進学をするというのを条件に、学費の免除という破格のお話だった。
さっき、お母さんには私の気持ちは伝えた。曖昧な表現だとお母さんに気を使ってると思われると思って、受けたいとちゃんと言っておいた。
先生は今月までに答えを出してと言っていたけど……私はお母さんが渋っても受けるつもりだ』
『今日は学校で、何かがあった訳じゃない。いつも通り、一人で過ごしていた。クラスメイトの名前は覚えてない、たまに話し掛けて来る人も居たが、無難な事を言えば大抵はどうにかなった。
家に帰って、お母さんが帰ってくるのを待っていた。そして、夜遅くに昨日の話をしてみた。お母さんは複雑そうな顔をしていたけど、最後には書類に署名と印鑑を捺してくれた。
来月から、私はまた一人で勉強をする。でもそれは、今までと何も変わらない。灰色の景色に塗る色なんて私は持ってないのだから。ただひとつ残念なのは、あの人にお礼を言う機会がまたひとつ減った事だ。別の機会を見付けないと……』
そこで一度、日記を閉じた。
「ふぅ……いや、まてまてまて!! これって絶対読んじゃいけない類いのやつだよな……いや、でも、のののが読んで良いって言ったんだよな」
言われてみれば、今更だけど、本当に今更だけど、一年生の頃を思い出しても、巳良乃ののという女子生徒との記憶が無い。俺が忘れてたり思い出せなかったりしているだけかもしれないが……。
クラスが違うとはいえ一年間も時間があるのだ。同じ学年の人なら、行事の度に見掛けたりする筈なのに。
「その理由が別の教室で一人で勉強してたって話か……」
でも、二年からは同じクラスだ。……という事は。
(いや、憶測は時間の無駄だな。続きを読むか……)
そしてまた、日記を開いた。
『今日から別クラスでの学習となった。朝、登校して真っ先に先生の所に行くと、使われていない、四階の空き教室へと連れて行かれた。窓はあるが、この部屋は他の場所から覗けない位置にあるし、廊下側には小窓もない。隔離された空間だった。
先生から学習の予定表や他数枚の紙を配られると、先生は朝のホームルームへと行ってしまった。とりあえず窓の外を覗いてみた。
学校の裏側は広く見れば山になっていた。下を見ればただの校舎裏だ。こんな所を通るのは、部活のランニングをする時くらいだと思う。でも、誰も居ないというのは少し落ち着いた。休み時間はこの教室から出ても良いらしいから、自分だけの教室が手に入った感じがして、それは良かったと思う。一日勉強をして、その日は終わった』
『今日も特別教室で過ごした。勉強は順調だった。予定表よりも早く終わらせて、残った時間は全て読書の時間にしていた。この学校を選んだのは正解だったかもしれない。
先生にクラスの様子を聞いてみたら、変わりないと言っていた。何かを期待していた訳じゃないけど、やっぱりと、ただそう思った』
――捲る。
そこからはまた、中学の頃と似て『勉強をした』『読書をした』が多くなっていた。でも、それ以外の事も書かれる頻度は多かった。
『今日は体育祭らしい。窓から聞こえる音で知った。練習している間も私はここで勉強していたから、いつの間にか当日になっている事に気付かなかった。
体育祭ともなれば、校舎裏を通って移動する人も少なからず居る。私はそれを窓から眺めていた。すると、あの人がキョロキョロと何かを探す様に歩いていた。声は掛けられなかった。だから、その姿が見えなくなるまでずっと見ていた』
『今日は休み時間に図書室へと向かった時に、あの人とすれ違った。何でもない筈なのに、他にもすれ違った生徒は多く居るのに……何故かあの人の横を通る時だけ緊張してしまう。楽しそうに笑いながら歩いて行くあの人に対して、むぎゅっとなるこの感覚が分からなくて、分からないからちょっと怖かった。私の知らない表情に嫉妬しているのだろうか。それとも……?
また、お礼を言いそびれてしまった』
――捲る。
夏が過ぎ、秋が来て、冬になる。それでものののの生活が変わっていく事は無いみたいだった。
ただ毎日を淡々と生きている。ただ学校で勉強している。そういう風に書いていた。
同級生とは話さず、休み時間になれば本を借り、一人で時間を潰し、帰っていく。テストで満点を取っても喜びは無いとも書かれてあった。
『どこかで変だと分かっていても、どうする事も出来ない。このまま卒業していく。最近、この部屋を出る度にあの人を探している。
どうしてあの人に固執しているのか、自分でも本当のところはよく分からない。ただ、優しく話し掛けてくれた事が忘れられないだけなのかもしれない。あの人なら、今の私の行く先を教えてくれるかもしれない……と思ってしまう。期待し過ぎかな。期待するのは良くない。明日はどうなるんだろう』
『今日は食堂に行ってみようと思った。けど、人の多さに断念してしまった。でもそれで、そのお陰で、立ち寄った購買であの人に会う事が出来た。
もう残ってるパンは少なくて、甘いのと惣菜のが残っているくらいだった。あの人は、私を見て「どっちがいい?」と聞いてきた。久し振りに聞く声、会話に私は戸惑ったけど「甘いの」ちゃんと言えた。
あの人は、惣菜パンとココアを買った。私も何となくココアを買ってみた。立ち去るあの人を見て、ここしかない……と思った。あの時、少しだけ勇気を出して良かった。ありがとうって、ちゃんと言えた。
その人はどういたしまして、と言って行ってしまった。たぶん、私のありがとうに込めた気持ちには気付いてないと思うけど、気持ちが少しだけ軽くなった気がした。空ってこんなに青かったんだと、数年振りに思った。ありがとう、空の青さを教えてくれて』
――捲る。
『昨日の話をお母さんにしてみた。するとお母さんは、学費の負担は気にしなくて良い……という話に飛躍させた。たぶん、普通の学生に戻って良いと言ってくれたのだろう。
私も……自分で決めたのに、そう言われて迷ってしまった。あの人の近くに居れば、この世界に色が増えるかもと思った。想ってしまった。お母さんに抱き締められた。私は少し泣いてしまった。明日、先生に少し話してみよう』
『放課後、先生と話した。特別カリキュラムを止めるのなら、免除していた学費を払わないといけないらしい。ただ、テストで良い点を出してきたのが評価されたのか、難関大に合格する事を約束するのなら、その限りでは無いと条件が出された。
私はその場で頷いて、来年度から普通の学生に戻る事が決まった。山紅葉先生に、あの人の事を聞いてみたけど特徴という特徴を言えなくて上手く伝わらなかった。それだけは残念だ。
さっきお母さんにも話した。お母さんはスマホを買ってくれると言ったけど、必要無いだろうから断っておいた。それより今は、会話の練習を頑張ろうと思う』
「そういう経緯が……そういう経緯で……」
――ページ捲る。
そこから数ページに渡っては、会話の練習をしている事や二年に上がってからの事を書いてあった。
でも紙に「私の名前は巳良乃ののです」と書くのはあまり意味が無いのではないだろうか。
そして、次の日付は今年の四月になった。入学式の日の事から書かれてある。
『初めて神という存在に感謝した。今日という日を忘れる事はないだろう。
今日は新入生にとっては入学式であり、私達にとっては始業式……私は入学式の感覚だった。
まずは、クラス替えの紙を掲示板を見に行った。私は山紅葉先生のクラスにしてもらう予定になってるから、担任からクラスを探した。誰も知らない。誰の名前もしらない。みんなも私を知らない。でも、それで良かった。教室に着いてから、指定されていた席に着いた。普通は左側から若い番号の男子三列女子三列かと思ったけど、何故か右から女子三列男子三列という順番だった。それから時間になるのを待っていると、チャイムがなるその寸前に、あの人は――彼は来た。あぶねーあぶねーって言っていた。
黒板に貼られている小さい紙の席順を思い出した。私の隣。そう――神戸青という男子。私がみた空の色。彼の名前を初めて知った日になった。
今思うと、変な席順は山紅葉先生が意図してやってくれたのかもしれない』
「…………っ。これは……クソッ。どうして俺は何も思い出せない」
合格発表の時の事も。すれ違った時の事も。購買の所で会った事も。
二年生の初日の事なら覚えている。隣に見慣れない小さい子が居ると思った。それだけだ。それだけだった。それだけしかなかった……。
少し前のページに戻って読み直した。勝山に一年の頃ののののを知っているかチャットを送ったが、返って来た返事は予想通りであった。
「……落ち着こう。さっきとりあえず読むと決めたばかりだろうよ、神戸青」
――また、捲る。
『今日は神戸青という男子を観察してみた。
少し残念だけど、彼は私を覚えてはいないみたいだった。でも、それは仕方ない事だと思う。
彼は男子の中心人物とまではいかないが、話す友達は多いみたいで、休み時間はだいたい笑っていた。さすがに誰かと話している最中を遮ってまで話し掛ける勇気はなかったから、とりあえず見ていた。伸ばせば届く距離なのに、手は動かせない。不思議な感覚だった。私に聞かせている声じゃないのは分かっているけど、私はその声を聞くと落ち着く気がした』
『昨日は話せなかったけど、今日は必然的に話す機会があった。英語の時間に、隣の席の人と会話をするという授業があったからだ。
その時、私は緊張して上手く話せなかったと思う。今思えば、英語以外は単語しか言ってない気もする……。でも、英語をスラスラと話す私を彼は凄いと褒めてくれた。英語が出来る私を、彼は嫌な顔せずに、褒めてくれた。それが、私の世界に色を落としてくれた瞬間だった。その日から、徐々に灰色の世界は彩り溢れた。
思いきって神戸と苗字で呼んでみた。普段は下の名前で呼ばれる事が多いから新鮮だと、そう言っていた。これからは、神戸と呼ぶことにしようかな』
――捲る。
『神戸が神妙な顔付きで何かを悩んでいる雰囲気だった。私に手伝える事なら知恵を働かせよう……そう思って、さっそく神戸と呼んでみた。すると彼は、なんと、私のアダ名で悩んでいたらしい。
アダ名で悩まれた経験なんて無い。そもそもアダ名なんて無かった私にとって、それはとても照れ臭いと感じるものだった。
必死に考えた末に出てきたのは「ののの」という安直なものだ。でも、距離がちょっと近付いた気がして、何だか嬉しい』
――捲る。
『クラスには、一人可愛い女子が居る。たしかに同性から見ても素直に可愛いと思えた。名前は新山紅亜というらしい。クラスの男子からの視線を集めている。そして、それは神戸も同じだった。神戸は彼女の事が好きなのだろうか……』
『恋愛はよく分からない。本を読んでも実感が湧かない。猫は好き。でもそれは恋じゃない。お母さんも好き。でもそれも恋じゃない。好き、恋、愛……こんな事を考える日が来るとは思わなかった。
たぶん、神戸や他の男子は新山紅亜が好きなのだろう。明日から少し観察してみようと思う』
――捲る。
『観察してみて、幾つか分かった事がある。
男子はどうにかきっかけを作って、新山紅亜と話す機会を得ようとしているみたいだった。それはまるで、神戸に話し掛ける私自身を見ている様にも思えた。
神戸も話し掛けようといろいろ動いては、失敗していた。でも、他の人と神戸は決定的に違う。それは、新山紅亜の方を見ていて気が付いた。彼女もまた、隙を見て話し掛けようとしている節があった。
神戸も新山紅亜もお互いに話し掛けようとして、微妙にすれ違って、失敗に終わる。
嫌な事に気付いてしまったかもしれない。好意のある二人が、お互いの為に歩みよろうとして努力する事を恋と言うのなら……私や他の男子は、いったい何をしているのだろうか。一方的に向ける気持ち。恋と呼べない自己満足。
神戸が居ると落ち着く。そんな気持ちは初めてで、どうしたら良いか分からない。私は……』
『今日は神戸が髪を結ってくれた。それに、チョコレートもくれた。神戸とお喋りが出来てとても嬉しい。学校で孤独なのが普通だったから、まだ戸惑う事もある。けど、明日が楽しみと思える。
今日は帰りに本屋で恋愛小説を買ってみた。私のこの気持ちはただの依存かもしれないと、自覚はある。だから、知りたくて買ってみた。さっそく読んでみる』
――捲る。
『それは、必然だったと思う。陰ながら見ていたから、そう思う。神戸と新山紅亜が付き合ったという話は、一瞬にして学校に広まっていた。
どうやら、今までも告白されていたらしいけど成功したのが神戸のみらしい。
神戸の頑張りをみた。新山紅亜も神戸には特別だった。だからこの結果に驚きは無い。突然の事だったのには驚いたけど、世界は誰かの見ている世界が集まって形成されている。神戸には神戸の物語がある。私が突然と思っても、神戸からしたらそうでもない事なのかもしれない。
神戸に聞いてみた。私のお世話は? と。そしたら神戸はもう日課になりつつあると笑っていた。構ってくれなくなる……と心配だったけど、取り越し苦労だったみたいだ。良かった。神戸が居る、それだけで私の世界は広がるのだから』
『神戸は今日も楽しそうにしていた。いや、いつも以上かもしれない。そんな神戸を見ていると、私も楽しくなってくる。それは嘘じゃない。
でも、それが、新山紅亜によって……と思うと少し複雑な気持ちになった。私と居る時の神戸は楽しいと思ってくれているだろうか。
今日はあまりお喋りが出来なかった』
――捲る。
『今年も四月にテストがあった。今度は一年の内容の復習みたいなレベルだった。どうしようかと今年も迷った。でも、とりあえず学年一位くらいにはなっておかないといけない理由もあったから、それを目指して点を取る事にした。
これを書きながら、ひとつ良いアイデアが浮かんだ。また、学校のシステムを利用させて貰おうと思う。でも、神戸はどう思うかな……嫌がられたら、嫌だな……』
『あれから数日、今日はテストの返却があった。こっそりと山紅葉先生に学年一位と教えて貰った。だからそのついでに、お願いをしておいた。どうなるかは、まだ分かんないけど……私が何かを返せる様になるまでは、せめて、少しでも近くに居たいと思う。
私が普通のクラスに来るきっかけをくれた恩を、色をくれた恩を、どうにか返さないと。今はまだ、与えて貰ってばっかりだけど……』
――捲る。
『そして次の日の放課後に、神戸は先生に呼び出されていた。きっと、私の要望を学校側は認めてくれて、神戸に話すのだろう。どうなるかなぁ~、駄目じゃないと良いなぁ』
『やった。良かった。神戸が話を受けてくれた。
今日は私が先生に呼び出された。でも、朝会った時に神戸から言われたから結果は分かっていた。一日楽しかった。ついでに髪も結ってもらった。勇気を出してお昼を一緒に食べた。
これで、席替えをしたとしても神戸の隣の席でお世話をしてもらえる。この喜びは筆舌に尽くしがたいものがある』
――捲る。
『最近は、書くことが沢山ある。神戸がしてくれた事を書いていたらページが足らなくなるかもしれない。今日も空は青かった。今はとても充実していると思う。お母さんも最近は明るくなったと言ってくれたから、間違いないと思う』
『今日も神戸とお話した。神戸は一年の頃から帰宅部らしい。
でもなんだか今日は、神戸の元気が無かった。何かあったのかな……』
――捲る。捲る捲る。
『今日見ていて、神戸の元気が無い理由について少し分かった気がした。
おそらくだけど、神戸が男子と話す事が減っている気がする。円城寺とかいう男子とは変わらずに話しているけど、宿題を見せてあげていた男子、ペンを貸してあげていた男子、一緒にゲームの話をしていた男子……彼らと神戸がここ数日、まともに話しているのを見ていない気がする。
となると、原因は……新山紅亜と付き合った事だろうか。美人と付き合った神戸への嫉妬なのだろうか。神戸、少し落ち込んでいた。なら、私が神戸の時間を貰おうかな。私のお世話をしていれば、神戸もきっと……笑っていてくれるはずだから』
『さっそく今日から行動してみた。いつもより髪をぐしゃぐしゃにしてみたり、知らないフリをして次の授業を聞いてみたり。新山紅亜と話している時は何も出来ないけど、それ以外のほとんどの時間は、私が貰った。私の時間なら幾らでもあげられるから。
それにしても新山紅亜はいったい、何をしているのだろうか……』
――捲る。
『今日は自分の無力さを知る日だった……。私がもっと上手く話せていれば、神戸が私を庇ってクラスの女子に責められる事も無かったのに。たしかに距離が近すぎたのかもしれない。神戸には新山紅亜という彼女がいる。私は、他の人から見れば嫌な女に映ったのかもしれない。
今日は教科書をたまたま忘れたから神戸に見せて貰っただけだ。もう少し、ちゃんと、話せていれば……神戸はただ優しいだけなのに。ごめんよ、神戸』
――数ページを軽く読んで流す。この辺は、まだ記憶に新しい出来事が書かれてあった。
のののと出会ってからの日々。四月の事。
まだ仲良くなり始めた頃に思いを馳せると、たしかにのののは今よりも話すのが下手だったと思う。
のののが何をどう思って過ごしていたのかに触れて、俺は……どれだけの日々を、ただ流されるままに過ごしてきたのかと思ってしまう。
もっと考えて行動すべき場面は沢山あったし、自分と向き合わなくちゃいけない時間だってあったと、今になってそう思う。
安易な言葉しか浮かばないが、のののは――強い。そう思った。
「俺がのののにしてやれた事なんて……ただただ、普通の事でしかないのに。なのに、のののはいつも大袈裟だ、本当に」
俺からすれば、ただののののお世話をしていた。そういう感覚しかなかった……この日記を読むまでは。いや、読んでもやっぱり俺は何も特別な事をしたとは思えない。
でも、のののの日記を否定する訳じゃない。何をどう思うかは人それぞれだ。のののの日記なのだから、のののの気持ちが載っているのだから、否定なんて出来ようも無い。
そして、次。ついにあの日のページになった。
『今日は、何と書けば良いのか分からない。そんな事が起きていた。
五月の休み明けだ。朝、学校に着いて、いつもの様に神戸を待っていた。すると、クラスのどこかから、噂話が聞こえと来た。それは、神戸と新山紅亜が別れたというものだった。
最初は嘘だと思っていた。嫉妬した男子生徒が流したただのガセ情報だと。どんなに周囲に居た友達が離れていっても、新山紅亜と付き合っていた神戸だから。
でも……登校してきた神戸を見てすぐに分かった。本当なんだって。神戸は誤解と言っていた。なら、そうなのだろう。
よく分からないけど、とりあえず神戸が可哀想だった。私には、慰める事も話を聞いてあげる事も出来ない。あまりにも対人経験が少ないから、知識として知っている言葉の何を言っても薄っぺらいと思った。そんな私に出来る事なんて、ただいつも通りにしている事しかないと思った。だからそうしていた。
こんな事は、きっと、思っちゃ駄目なんだろう。けど……最近はあまりお世話してくれなかった神戸がまた、私に構ってくれるかもしれないと考えると、自然と嬉しくなった』
『今日のお昼は、神戸と食堂に来た。私は大好物のうどんを注文すると、神戸も同じものを頼んでいた。ちなみに讃岐うどんだ。
楽しかったのに、何故かそこで、新山紅亜がやって来た。神戸に話があるというから、私は先に戻った。だから、話した内容については知らない。神戸は誤解と言っていた。その誤解がもしかしたら解けたのかもしれない……そう思ったけど、教室に戻ってきた神戸を見る限りでは、違うみたいだった。
恋は盲目という言葉を聞いた事がある。神戸はその状態なのかもしれない。昨日も今日も、どこか視線は新山紅亜を追っていた様に思える。神戸にとって新山紅亜とは、簡単に割り切れる程度じゃなかったという事なんだと思う。
でも、神戸が新山紅亜と付き合った事で残った物はなんだろう。友達が居なくなった。女子からの評判も悪いみたいだ。そして別れた事で、神戸は元彼という状態だ……つまり、何も残っていない。思い出? それにしては、短い交際期間だと思う。
それと今日はもう一つある。席替えがあった。私は神戸の隣だから関係の無いイベントだと思っていた。でも、神戸を挟んだ反対側の席に新山紅亜がやって来た。仲良くなんて無いから、どういう人物かはよく知らない。ただ……空気の読めない人だと思った』
――捲る。
『今日、謎の転校生がやって来た。遅刻ギリギリアウトだった神戸が少し騒いで注目を浴びていたけど、その理由はよく分かる。
谷園マノンと言ったその転校生は、昨日、放課後にクレープを食べに行った時に会った、頭のおかしい人だったからだ。
オーラが視えると言っている、電波系の不思議ちゃんだ。でも、そのオーラによるとどうやら神戸のオーラはあまり良くないらしい。そこはちょっとだけ、面白かった』
『今日は谷園マノンを観察してみた。まだ二日目だと言うのに、本人談でもあったように、本当にフランクな性格の様で……既に私よりも学校に、クラスに馴染んでいた。
ああいう人を愛嬌のある人物と言うのだろう。私とは反対の性格だ。私もあれくらいコミュニケーション能力が高ければと思う。でも、もう固まっている私には、その殻を破る事は難しいだろう。素直に羨ましいと思った。
頭は少し悪いみたいだけど、きっと人生で成功するのはああいう人なんだろうな』
――捲る。
『今日はケータイを買いに行った。必要ない物だと思っていたけど、円城寺という男子と神戸がそれで連絡を取り合うという話を聞いて、これだ。と思った。
お母さんに経済的な負担を掛けたくは無い、けど……買ってほしいと頼んでみた。神戸とチャットすると伝えたら、お母さんは嬉しそうにしてくれた。
晩御飯の後に、一緒に買ってきたケーキを食べた。使い方はまだ分からないけど、神戸に聞くことにするつもり。明日がちょっぴり楽しみだ』
『操作を間違ったフリをして、神戸とツーショットの写真を撮ってしまった。待ち受けにしたいけど、バレて変に思われたくもないから、ただの写真の一枚としてソッとしておこう。
チャットのアプリに登録して、神戸と連絡先の交換も出来た。チャットに関しては、何故か、谷園マノンと新山紅亜も入って来た。円城寺という男子は良いとしても……あまり嬉しいとは思えなかった。
特に新山紅亜。神戸に何をしたか、理解をしているのか怪しい部分がある。可愛いかもしれない、人望もあるのかもしれない……でも、私は苦手だ』
――また捲る。知っている内容で、俺も思いだしながら読んでいく。あの時、のののはそういう風に思っていたのかと、意外に思うのは、俺がのののを知ったつもりでいただけ、という証拠なのだろう。
そこから数ページ進み、知っている出来事以外のページに飛んだ。ただ、それはたぶん……一番見てはいけないページだったと思う。
『今日は、新山紅亜へ宣戦布告をした。
神戸の名前も知らずに、ただ見ていただけだったあの頃。神戸を知って、神戸を知ろうと思っていた最近。そして、今。私は、私の気持ちを認めた。
誰が何と言おうと、例え世界が決めた定義とは違っていても、過去に、その一方的な気持ちは恋じゃないと否定していた私が居たとしても。今の私が神戸に向けるこの気持ち――それは、紛う事なき恋である。そう、私は認めた。
私は神戸が好き。神戸に寄り添って、神戸と一緒に居たい。
子供っぽい理由かもしれない。それでも好き。
恋愛なんて小説でしか知らない。それでも好き。
新山紅亜も神戸を諦めてないという。それでも好き。
どう頑張っても勝ち目は無いかもしれない。それでも好き。
描いても描いても想い描く未来にはならないかもしれない。それでも好き。
だから、手を伸ばして、隣に立つ覚悟をしなければならない。
今日は初めて、誰かに負けたくないと強く思った日になった。いつも通りじゃ勝ち目は無い。何とか、知恵を、振り絞らないと』
何だか腹の底から沸き上がるモゾモゾとした感覚を抑えられなくて、一度、日記を閉じた。
「……ののの、これ……本当に見て良かったのか?」
のののに対して、独り言だけどそう言ってみた。
返事は当然ない。だから余計にモゾモゾが心までも騒がしくしていた。
いろんな事を、一度整理しないといけない。じゃないと頭の中でいろんな情報ぎ絡まってしかたない。訳がわからなくなりそうだ。
のののからはただ懐かれていると思っていた。紅亜さんもまだ気持ちが残っていると書いてある。
今、一人で良かった。考える時間があって良かった。今、変な話だが……俺の見ている世界が、加速する様に動いた気がした、
「んがぁ……なんだこれ、なんだこれ……なんだこれっ!!」
落ち着かなくて、近くにある物を意味もなくギュッと握ってしまう。
心が騒ぐ。騒ぐ騒ぐ騒ぐ。鼓動も速くなる。どんな顔をして明日学校に行けば良いのだろうか。真顔は無理だ。絶対に無理だろう。
「……続き、読むか」
閉じた日記を開く。
そんな事になっているとも知らない日記の中の神戸青は、その日もただ、アホみたいに普通に生活しているみたいだった。
何も気付いていない自分の鈍感さ。のののはまさかそれを教える為に? と、一瞬だけそう思ってしまった。
『今日は、少し大胆な事をしてしまった。今思い返しても、ちょっと恥ずかしい。下に短パンを履いていたとはいえ、はしたなかったかもしれない。神戸も驚いた顔をしていた。
スカートの中に宇宙はないよ、神戸』
『今日は風邪をひいてしまった……。熱はそんなに高くないし、咳もあまり出てないから寝たら明日の朝には治ってると思う。
朝に神戸が猫の写真を送ってくれて嬉しかった。少し元気が出た、ありがとう神戸』
――捲る。
『今日は体育祭の練習があった。体育祭も近付いて来ている。去年は参加していないから、ちょっと楽しみだ。
いつの間にか神戸と仲良くなっていた灰沢向日葵という後輩。お金持ちっぽい雰囲気は出しているものの、よく見ればそうでも無いというのがよく分かる。見た目と雰囲気で、みんなは騙されているのだろう。でも、神戸は違うみたいだ。だからきっと、灰沢向日葵に懐かれているのだろう。さすが神戸だ。
でも、後輩は胸が大きいのであまり好きじゃない。その胸にビンタしておいた』
――捲る。
『さっき神戸にチャットして、家に招待した。都合が合うようで来てくれる事になった。良かった。
迎えにいかなくちゃ。あと、今から部屋の掃除もしなくちゃいけない。ガンバる』
『今日は神戸を家に招待した日。駅まで迎えに行ったら、神戸が服装を褒めてくれて嬉しかった。
家について、まずは一緒に勉強をした。私が行く大学のレベルは今の神戸の成績だと難しい。だから今からどんどん勉強して貰わないと……。一緒の大学に行けたら良いな。
その後は、お腹が空いてうどんを食べに行った。気になってたけど、お昼は人が多いから一人じゃ行けなかったお店だ。人が並んでるだけあって、とっても美味しかった。今度はまた別のお店に神戸と行きたい。
お昼を食べて家に戻ると、お母さんが帰ってきていた。神戸を見たお母さんが変な事を言っていた。三人でスーパーまで買い物に行って、夜ご飯はお鍋を囲んだ。お母さんも楽しそうだ。お母さんと二人や一人で食べる以外のご飯は変な感じだったけど、楽しかった。
今日はきっと、日記に残さなくても忘れない日になる』
――捲る。捲る。
『今日は書くことが沢山ある。でも、書かない方が良いこともある。
前日に神戸から遊びに誘われて駅に行ってみると、そこに妹さんと神戸が居た。そういう事かとちょっとガッカリしていると、何故か谷園マノンも居た。逆に吹っ切れた瞬間になった。
四人でショッピングモールに向かって、その途中で神戸の妹が谷園マノンと手を繋いだのを見て、私もチャンスとばかりに、神戸と手を繋いでしまった。分かってたけど、神戸の手は私の手より大きかった。ギュッとした感覚はまだ手に残っている。
そこまでは良かった。問題が起きたのは、ショッピングモールを散策している時だった。あまり書き残すことはしない方が良いかもしれない。谷園マノン曰く、壊れてしまう寸前だったらしい。
あんなのを見せられてしまうと……さすがに同情をしてしまう。きっと新山紅亜も、世界から色が瞬間にして抜け落ちていったのだろう。ゆっくりと消えていった私と違って、一瞬にして。その心の負担は計れない。でも、神戸が繋ぎ止めていた。
私と新山紅亜では違う。でも、私達はこの世界を生きる為に神戸が必要という面では一緒なのかもしれない……。
これだけかと思った今日の出来事。でもまだある。こっちは書いとかないといけないことかもしれない。まだ動揺しているから。もう少し落ち着いたら次のページにでも書こう』
――捲る。
『前の続き。少し落ち着いたから書く。
神戸と妹と……新山紅亜の妹。映画を見た。その後の事だ。神戸達がこの後どうするかについて話している最中に、私はお母さんから届いたメールを読んでいた。お母さんは毎年この時期には時に有給を使ってでも何処かへと出掛ける。そんなお母さんからのメールだった。話したい事があります。と、文字にするといつも以上に重めな感じの文章が届いた。
どうしようかと思ったけど、神戸に断りを入れて、私は帰ることにした。そして、お母さんから言われた。今さっきの事だ。
いつも出掛けていた場所は、死んでしまったお父さんの墓参りらしい。お父さんについては昔、一度だけ幼心で聞いた事があった。その時はまだ私が幼いからだと思うけど、そっと抱き締められたのを覚えている。それ以来、聞くことはなかったお父さんの事について、お母さんから話してくれるとは思わなかったから驚いた。そして、その内容にも。
神戸、神戸のお父さんと私のお父さんは兄弟なんだって。それも血がより近い双子なんだって。神戸はどう思った?
私は驚いたよ。そして怖くなったよ。でも……納得もしたんだよ。私が神戸と居て落ち着く理由も、神戸が私の事を理解してくれる理由も、全部、納得したんだよ。もしかしたら、私達の出会いは偶然じゃなくて、必然だったのかもって思ったよ。
でも……あれだけ近付きたいと思ってたのに。ずっと神戸と近付きたいって思ってたのに。これは、ちょっと、近すぎだよ……神戸』
そのページだけは、余白の部分だけがちょっと濡れて乾いた感じになっていた。一滴程度の大きさのシミが二つ、三つほどあった。
――捲る。
『昨日の日記を書いてから、寝れなくて、いろいろな調べものをしていたら朝になっていた。することもなくて早くに学校に向かった。
誰も居ない教室で待っていると、鼻歌が聞こえてきた。その正体は、私と同じように無理矢理起きてるって顔をした神戸だった。どんな顔をすれば分からないけど、でも、顔を背けちゃ駄目とも思った。
神戸は従兄だ。とてもとても近い従兄。でも、従兄だった。倫理的に見れば、この私の感情は反対されるものかもしれない。でも、神戸に壁ドンをして、逃げられ無いようにして、最悪じゃないって言えました。その時、神戸の心臓の鼓動が聞こえた。やや速く鳴るその音。私にはとても心地よく聞こえた。
私が神戸と一緒に居て落ち着く理由も、神戸といて世界が広がったのも、そんな世界が好きになれたのも……全部、全部、神戸が従兄と知る前の話です。名前を知る前から私は神戸が好きだったのかもしれません。そんなこの気持ち、私は誰になんと言われようと、従兄だからと言われようと、他にある数多の恋愛と変わらない本物の好きだと言うつもりです。
従兄。なら、むしろ繋がりが増えたとポジティブに思う事にしよう。神戸、好きよ。私に色彩をくれて、ありがとう』
――捲る。
そして最後のページ。つまり、一番新しいページ。それは、今日の事について、とても短く書かれてあった。
のののに待たされた時間に、これが書かれたのだろう。
『今日は、また神戸が家にきてくれました。この日記を渡すか迷いました。けど、読んで欲しいと思ったので、晒け出そうと思います。
神戸、読んでくれてありがとう。私の気持ち。重荷にしなくて良い。神戸は神戸のままで良い。この日記も神戸の好きにして良いよ。
今日はとっても楽しかった。また、家に来てね。いつでも来てね。また、明日も隣に居る私に優しくしてね。
のののより』
――日記を閉じた。
時計を見れば、もうだいぶ時間が経っていた。
自分でも制御できない感情が溢れて、涙が流れた。それを、その頬に伝う涙を、親指で拭き取った。
「日記をどうしても良いって……これは、お前が持っとかなくちゃだろ。でも、そうだな……ちょっとだけ借りようか」
日記の一番新しいページを開いた。そして、消しゴムじゃ消せないようにペンで文字を書いていく。
『ののの、勝手ながらこの日記に魔法を掛けさせてもらいました。
このページからこの日記に書かれた事は、何でも……とは言えないけど、願いの叶う日記になりました。試しにひとつだけ、書いてみせましょう。
・神戸青は、きっとこの先ものののの隣に居て、のののに優しくするでしょう
この日記に掛かった魔法がいつ解けるのかは誰にも分からないけど、本物かどうかは、ののの自身で確かめてください。以上』
「……ちょっとクサすぎたかもしれないな」
日記を明日返す為に、鞄の中にしまった。
明日からどんな顔をして会えば良いのだろうと、寝るために布団に入ったのに、しばらく考えていた。
どうせ考えても会った時にはグダグダしてしまう、そう結論は自分の中で出ているのに、やっぱり考えてしまう。
何だか止まっていると落ち着かなくて、つい寝返りを何度も何度も繰り返した。時間だけが過ぎていった。
――ちゃんと寝れたかは分からない。瞼の重さと体の重さから、結局、睡眠時間は短くなってしまったらしい。
外は晴れていた。眩しいくらいに快晴だった。
「お兄ちゃん! 朝だよ!」
「……碧、部屋に入る時はノックをだな」
「あれ、もう起きてたの!? まだ一回目だよ!」
まるで毎日二度三度お越しに来ている様な言い方をしていた。
もしかして……いつも一回目でちゃんと起こされていたと思ってたのは、俺だけなのだろうか?
「とりあえず、おはよう碧」
「おはようお兄ちゃん! もう朝ごはんは出来てるよー」
寝ても覚めても、つまりはいつも通り。
なら、のののの言うように、神戸青はいつも通りの神戸青で居るべきなのだろう。
なら、そうだな――とりあえず二度寝をして、碧に迷惑を掛けることから今日も始めようか。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします。
ふぅ……5話分くらいの長さでしょうかね?(笑)




