第131話 二回目のおじゃまします
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「早く帰るって」
「ななさん?」
「うん」
学校を出て駅まで向かう帰り道。のののがそう教えてくれた。
今日……というか、俺が来る日に合わせて仕事をさせてしまったとしたら、少しばかり申し訳ない。ありがたくもあるけど。
「えっと……そうだ。とりあえず俺もお母さんからデザート代としてお金貰って来たからどこかに寄ってから帰ろう」
「甘いの好き」
「知ってる。お店は任せるよ」
駅に到着して、いつもは乗らない電車に乗った。各駅停車で走る電車の混み具合はそうでもない。きっと、帰宅ラッシュはこの後からなのだろう。良いタイミングで帰れたと思う。
「着いた」
のののが先に降りて、その後に続いて降りる。二回ほど寄った事のある駅。出口も知ってはいるけど、そのままのののについて行く感じで歩き出した。
改札を抜けると、沢山の人が何処かへと行き交っている姿があった。
「こっち」
「家とは逆方向なんだな」
「洋菓子の気分」
遅れない様に半歩分の間隔を保って歩こうとしてはいるのだが、どうしても並ぶか半歩分先に行ってしまう。のののの歩幅が小さいからだろうが……どうも調節するのが難しい。
「お店は遠いの?」
「駅から近い」
「この時間だからあれだけど……残ってると良いな」
「うん」
しばらく真っ直ぐ進んだり曲がったりしている内に、視界の端にそれっぽいお店の看板が入ってきた。店舗自体はそれほど大きくないみたいだが、駐車場には車も停まっているし、自転車も何台か置いてある。中々に人気の店みたいだった。
「ののののオススメとかある?」
「悩ましい……」
「悩むほどって事なのね。じゃあ、入ってから考えよっか」
店内に入って、俺とのののはとりあえずホッとしていた。ショーケースの中にはまだケーキが残っていたからだ。
既に売り切れの商品もあるみたいで、売れ残りというよりはまだギリギリ残っていたと言った方が正しいだろう。
メインはやはりケーキなのだろうけど、店内には他にもクッキーやパウンドケーキの様な、そういう焼菓子なんかも陳列してあった。
「たしかに、悩ましいな……たしかななさんは、詰め合わせみたいないろいろ食べれるやつが良いんだよね?」
「どうして?」
「うちのお母さんがそう言ってた」
「なるほど」
だが、残念な事にケーキ類でそういうものは置いてなかった。焼菓子の方になら詰め合わせで売ってあるのもあったのだが、のののと話し合った結果、ケーキを買えるだけ買ってみんなで分けるという事に決まった。
値段の計算とモンブランは入れて欲しいとのののにお願いして、後は任せておいた。
「こちら商品になります。気を付けてお持ち帰りくださいね。ありがとうございました~」
「じゃあ、行こうか」
「早く帰る」
のののがケーキを食べたくて心踊らせているのが分かる。さっきは合わせづらかった歩幅が、今は無理をしなくても合うくらいで……それはつまり、のののの歩くペースが上がる程に楽しみという事に他ならない。
俺はケーキを揺らさない様にしながら、のののについて行く。二十分も歩かない内に、前にも来たのののの家に辿り着いた。
◇◇◇
「冷蔵庫にケーキをしまいます」
「しまった」
「手を洗いに来ました」
「洗う」
「ななさんを待ちます」
「勉強する」
「えぇ……い、いや分かった。でも、先に宿題を終わらせよう」
とりあえずリビングでゆっくり……とはさせてくれないのがのののだ。ななさんがいつ帰ってくるか、その正確な時間は分からない訳だがそれまでやる事がないのもたしかだ。
だから俺ものののも、さっそく今日の分の宿題を取り出してやり始めた。
「……お茶」
「ん? 手伝うか?」
「大丈夫」
始めてから少しして、飲み物の準備を忘れていたとのののが席を立った。
誘惑に負けてチラッとのののの解答を見ようとしたら、そんな俺をのののがジッと見ていた。ズルはしちゃ駄目と視線で伝えてくる。
「はいはい……自分でやりますよぉ~」
「当然。でも、教える」
「助かる」
「お茶、飲む」
湯飲みを目の前に置いてくれて、のののは隣に座り直した。当然お茶は冷たい。氷がパチパチと音を鳴らしてその体積を小さくしていく。
分からない問題をいくつかのののに聞いて、それ以外は自分で解いてく。そうして二十分ぐらいが経過した頃、ガチャっと音が鳴って……なななさんの「ただいま」という声が聞こえた。
「……どうしようか。なんか、緊張するな」
「迎える」
「そだな」
宿題を広げたまま、玄関へと一歩ずつ進んでいく。のののがドアを開けて、先に進み……俺はリビングに体を残した状態で覗き込む様にして玄関を見た。
「青ちゃん」
「お、お帰りなさい……」
今見ても、三十代前半……いや、二十代後半と言われても納得しそうな見た目をしていた。若いというかなんというか、とてもうちのお母さんと同じ歳とは思えない。
儚げな様にも見えるし、ただやる気のない様にも見える目元。相変わらずのののを少し成長させた姿でスーツを着ていた。襟が整いきれてないのが、また……。
「青ちゃん」
「あ……え? 何故、靴を履いたまま両手を広げて近寄って来るんですか?」
「あら、うっかり」
「いや、靴を脱いだとて! とて、ですよ。何で両手を広げて……」
一歩一歩、表情を変えずに近付いて来る。ウェルカム感を出しているのはギリギリ伝わってくるが、何か怖い。
のののはなななさんが脱ぎ散らかした靴を揃えて、こちらを向いてすらいなかった。
「青ちゃん、いらっしゃい」
「あ、はい……おじゃましてま……す……」
目の前に来たなななさんに、予想通りハグをされる。とても優しく、包み込む様に。背丈的には俺の方が高いのだが、何故か包み込まれるそんな感じがしていた。
すぐに離れたなななさん。不思議と、思ったよりドキッとはならなかった。
「青ちゃん、ゆっくりしていってね」
「あ、はい」
「お母さん。お買い物」
「そうだったね。青ちゃん、お夕飯のお買い物に行くから急いで準備して」
ゆっくりすれば良いのか、急ぐのか……ののののフォローを考えると、巳良乃家でも今日の流れについて考えてくれていたのかもしれない。一緒にお買い物に行くのもそのひとつとするなら、急いだ方が良さそうだ。
俺はリビングで出しっぱなしにしている道具を片付け、スマホと財布だけを制服のポケットにしまって、玄関へと戻ってきた。
「お待たせしました!」
「早すぎるわよ、青ちゃん。着替えてくるから少し待っててね」
そう言って、なななさんとのののはそれぞれ別の方へと歩いて行った。のののが向かった方向が自分の部屋だから、きっとなななさんも部屋へと戻ったのだろう。
とてつもないマイペースだが、慣れたものである。とくに何かを言うわけでもなく、先に靴を履いて待つことにした。
その待っている間に、前に来た時の事を思い出していた。夜は鍋を食べた事とか、買い物で焼プリンを買った事とか。
前と今とで、確かに変わってしまった事もある。だが……ここでこうして立っていると『何だかそうでも無いかな?』という気持ちにもなってくる。
なななさんが居て、のののが居て。巳良乃家の雰囲気があって、それが妙に落ち着いて。もっと違和感があるだろうと思っていたから、意外と自然体で居られる事に逆に驚いている。
「お待たせ」
「のののも着替えたんだな」
「一応」
「じゃあ……ななさんもそろそろ来る頃合いかな?」
俺の予想は見事に的中し、のののが来てから十秒も経たない内なななさんが戻って来た。俺だけ制服というのは少し目立ちそうだが、天然ななななさんに言ったら女性用の衣類を出されそうで怖い。「スカート似合うと思って」なんて台詞を真顔で言いそうだ。
「青ちゃん、お荷物よろしくね」
「それはもう、任せてください」
「粉骨砕身で」
「いや、ただの荷物持ちにそこまでの覚悟は持たないよ!?」
買い物に出るまででこの疲れようだ。マイペースな人を二人も相手にするのは、主に精神的な疲労が溜まっていく。
家を出ると、夜に向かっているのを表すかの如く、吹き抜ける風が少しだけ冷たくなっていた。
玄関の鍵をしっかりと掛けたのを何故か三人で確認して、ようやくスーパーへ向けて出発することが出来た。
のののと居ても長く感じる『時間』というものが、なななさんが加わることによってより長く感じてしまう。
「青ちゃん、何か食べたい?」
「えーっと……おまかせで!」
「ナス料理」
「分かった、俺が悪かった……。えっと……スーパーに着くまでに考えておくと言うことで……」
のののの意地悪が今日は冴えている。的確に俺の嫌と思う部分を攻めてきていた。
(本当に……ナス料理以外なら、もやし炒めでも文句を言うつもりはないんだけどなぁ~)
あれが良いこれが良いと悩んでいると、いつの間にかスーパーがもうすぐという所にまで来ていた。
まだ何にも決まっていないんだけど……さて、お夕飯のメニューはどうしようか。
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