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第130話 麗らかな日


お待たせしました!

よろしくお願いします!



 

 眠りに就いたのが時計の針が重なる零時頃。


「ふぁ~あ……ねみぃ……」


 カーテンを開け、空を見ると……いつの間に止んだか分からない雨、空には青空が広がっていた。だからと言って、眠気までが晴れる訳ではないらしい。七時間くらいはきっちり寝たと言うのに、全然シャッキリとはなってくれない俺の身体だ。

 月曜日は月曜日で、一週間が始まると思うと憂鬱(ゆううつ)だが、火曜日も火曜日で、特に何も変わらずに起きるのが面倒に感じている。

 寝たいだけ寝て、起きたい時に起きる。そんな生活は長期の休みにしか出来ない訳で、夏休みが待ち遠しく感じた……そんな朝だ。


「おはよう」

「おはよう。早く食べちゃいなさいね」


 昨日よりはだいぶ回復している家族と朝食の時間を過ごし、先に家を出たお父さんと碧からだいぶ遅れて家を出た。

 上を見れば当然空がある。ただ、雨が降った次の日の地面にもポツポツと空があった。

 雨の日も別に嫌いじゃないが、やはり、ジメジメとした空間が少しばかり鬱陶しく感じる。ただそれも、この冷たく澄んだ空気とちょっとした景色を目の前にすると、そう悪くは思えなくなる。


「ちょっとぉ~、はねたよぉ~」

「あははははー、ごめんごめん」


 まだ低学年だろう小学生の内の一人が、水溜まりを靴の先でチャプチャプと踏んでいた。水が掛かってしまった子の方も本気で嫌がってる様子ではなく、仲良し同士のじゃれあいの範疇(はんちゅう)みたいだ。

 小さかった頃の碧が、よく水溜まりを長靴で踏み抜いて遊んでいた事を思い出して、ちょっと懐かしくなる。


「……っと、ゆっくりもしてられないか」


 遊んでいた小学生達も学校へと走って行った。

 その姿を横目に、車が飛ばして来る水飛沫(みずしぶき)には注意して、俺も学校へと向かった。

 

 ◇◇


 教室に着くと、見慣れた光景が視界に入った――スマホを片手にダラけている勝也。朝練が無かったのか既に教室に居る紅亜さん。友達と話してるマノン。そして、今日も静かに本を読んでいるののの。

 とりあえず、目があったマノンと勝也には手を軽く上げて挨拶をしておいた。それから、左にはののの右に紅亜さんという自分の席に座った。


(ん? チャットか?)


 ポケットに入れていたスマホが振動している。バイブ機能も学校では消す決まりごとで、逆に鳴らしてくれた事に感謝しながらスマホを取り出した。

 チャットの相手はののの。設定をマナーモードに切り替えてから、画面を開いた。


『どう?』


 ――とだけ。だから俺も簡潔に、碧は来ないという内容だけを送り返した。

 もしかすると、ひま後輩の反応について聞いて来たのかも知れないけど……返信の返信が無いから、そっちの件は特に気にしてはいないのかもしれない。


(……いや、なんかチラチラ見て……る? めっちゃ気にしてる可能性が出たぞ、これ……)


 気になるならもう一度チャットをくれれば良いのに、何故かそうしないのののだ。俺がのののの方を向けば、さも気にしてないという雰囲気を出すのだが……運動神経のあまり良くないののの。急な振り向きには対応出来ずにバレバレだった。

 かと言って俺から切り出すのも変な感じがして、結局――先生が来てタイムリミッドとなった。


 ――そして昼休み。

 授業の変更により三時間目と四時間目が、まさかの連続で数学だった。もう脳が疲れてしまったな。


「よっこらせ……」


 俺は重い腰を上げて、待ち合わせをしているひま後輩に会いに弁当を持って食堂へと向かった。

 教室を出て、廊下を歩いて、食堂に着いた。


「あれ? ひま後輩……先に買ってるかと思ったけど」

「どうもです青先輩……と巳良乃先輩」

「うん」


 そう、俺が教室を出てからずっと後について来ていたののの。まさかとは思っていたが、やはり食堂までついて来た。

 食堂の手前でひま後輩と合流するのは、意外にもあまり無いケースだ。いつもは先に来ているひま後輩が、先に注文して席を確保している。

 珍しく待っているというのは、ひま後輩も何か理由があってか……はたまた、のののが来る事まで想定済みだったのかもしれない。


「急ぐ」

「いや、そんなに早く無くならないと思うぞ」

「あはは……これはこれは、なるほど。改めて見ると納得もします。……行きましょうか」


 三人で食堂に入り、のののとひま後輩がうどんを注文している間に俺は席を確保しに向かった。いつもの、隅っこの方にある席を。

 数分待っていると、汁が溢れそうなうどんを危なっかしく運ぶのののと、それを後ろから心配そうに見ているひま後輩が来た。

 そして……ゆっくりと歩いているのののを追い越して、ひま後輩が俺の隣の席を陣取った。

 二人の時だから割りと当然なのかもしれないが、いつもは正面に座るひま後輩。だからこそ、今の行動にはやや違和感があった。気にする程の行動でも無いが、驚いているのはのののも同じらしく立ち止まっていた。


「さ、巳良乃先輩も早く座ってくださいな。お昼休みが終わってしまいますよ?」

「……む」


 のののが渋々といった表情で、俺の正面の席に座った。

 三人揃ったところで俺も弁当を広げ、昼食タイムへと入った。

 やはり話題となれば、自然と俺とのののについての事になってくる。ひま後輩が、俺とのののを交互に見てくるのを止めさせる為に仕方なく振ったという流れだが……。


「似てる様な似てない様な……気がしますね」

「まぁ、俺は父親似だけどのののは母親似だからなぁ。あと、知ってるのはひま後輩しか居ないからよろしくね?」

「はい。私の口から話す事は無いと誓っておきますわ」

「助かる……。ののの、とりあえずそんな感じだ」

「分かった」


 これでひま後輩がどういう反応を示しているかについても、のののに伝えられただろう。

 興味はあるが、取り立てて騒ぐこともしない。それがひま後輩。俺が信用している、ひま後輩だ。

 幾つかの質問がひま後輩から来るかと思われたが、ひとつも無かった。話題は他の事に移り、弁当を摘まみながら会話を広げていく。

 まぁ、流石の気遣いだ――俺ものののもその気遣いを無駄にしないように、お喋りを楽しむことにした。


「巳良乃先輩、うどん……伸びてしまいますわよ?」

「伸びちゃう」

「そろそろ……あれだな。冷やしうどんに切り替えても良い時期かもしれないな」

「しれない」

「オ、オウム返しですわね……」

「こけこっこ」

「うん。鶏だな」


 のののの食べてるうどんは温かいやつだ。今日はそこまで気温も高くないし、ちょうど良い気もするのだが……やはり猫舌にはそんなのは関係ないみたいだ。

 熱いものは、例え外気の温度が低くても舌が熱いと感じれば熱い。その気持ちはよく分かる。

 それでも既に食べ終えたひま後輩は、のののの食べるスピードが気になるみたいだ。たしかに一口で一本の半分の量しか食べていないからめちゃくちゃ遅いのだが、その一口を美味しそうに食べている。

 本人が幸せそうなら、まぁ……それが一番良い食べ方とも思う。ただ、残念ながら学生は常に時間に追われているのだ。昼休みも残りは少ない。


「食べきれるか?」

「計算済み」

「そっか」

「美味しい」

「良かったな」


 うどんを食べてるのののはいつも同じ感想を言っている気がする。だが、うどんに関しては本気だから、きっと毎回毎食美味しいと思っているのだろう。


「何だか、お二人と居ると時間がゆっくりに感じますわねぇ……」

「それは褒めてるの?」

(けな)し?」

「いえ、退屈では無いので褒めてますわ」


 ゆっくり。それはきっと俺じゃなくてのののの持つ雰囲気だろう。俺ものののが居ると、不思議と時間の流れを遅く感じる。

 それに、会話が無くても気まずくないのが凄い所だ。気を遣って間を持たせる為の会話をする必要も無いからな。


「褒められてるぞ、ののの。良かったな」

「えへん」

「全然嬉しそうではありませんのね……」

「いや、めちゃくちゃ喜んでるぞ?」

「ん、んん~? んー……駄目ですわ。やっぱり読み取れません」


 まだまだ修行が足りませんね、ひま後輩。


 ◇◇◇


 ギリギリの時間で教室へと戻り、午後の授業を受ける。

 眠気に負けそうな自分をひたすら鼓舞し、なんとか授業も終わった放課後――鞄を肩に掛けて、さっそく準備を整えていた。


「よし!」

「……よし」

「青さん、青さん! 私はママさんパパさんの写真もおねだりするのですよ?」

「写真?」

「あー、よく分かんないけど分かった! 分かったから気を付けて帰るんだぞ? な? な? な!」


 昨日の写真に味を占めたマノンが、周囲を気にせずにそう言ってきた。誰も特に気にしている様子では無い……と思いたいが、少なくとも同じく帰ろうと準備を終えたのののは疑問のクエスチョンマークを浮かべていた。

 のののの視線は帰らせたマノンにも注がれている。上手く誤魔化せた気はしない……これは最終手段の笑って誤魔化すを発動させる必要がありそうだな。


「あはは、よく分からないのは死ぬまで治らないだろうな。あはは、さて行くか」

「下手っぴ」

「あははー……」


 俺は無言になってののの一歩先を行き、教室から出ていった。





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