第126話 マノンロス
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窓から射し込む朝日はいつもより弱い。外を見れば空は雲に覆われて、灰色に近い色合いになっていた。
それと関係があるのかは分からないが、目が覚めると同時に、家の空気感というものがいつもとちょっと違う……そんな感覚かあった。
その不思議な感覚の正体は……我が家のリビングに行くと、否応なしにハッキリした。
「…………」
「…………」
「…………」
まず、一人居ないだけでここまで静かになるのかと、驚いた。
次に、朝食が焼いたトーストしかないことに気づいた。
そして、俺の席にだけトーストが二枚置いてあった。
「おはよう」
「あぁ、青。おはよう……早く食べちゃいなさい?」
「いや、分かるけど。分かるけど! ……暗すぎない?」
いつもと変わらない朝。ただ、マノンが帰ってしまった神戸家の食卓は、寂しさに包まれていた。
これが世に言うところの『マノンロス』か。おそらく、今後も神戸家でしか使わないだろう言葉について考えてみる。
またマノンは来る日があると、みんな分かっている筈なのに、こうなってしまうというのは……。もう、これに関してはマノンが凄いと言った方が良いのかもしれない。
「あと、お母さんお弁当作り忘れちゃったから、学食にでもしなさいね?」
「うん、お母さんが一番重症かもね」
「マノンちゃん、珈琲のお代わり……そうだった。もう、青でいいや」
「うん、雑だよね! 息子の扱いが雑だよね!」
両親はもうしばらく駄目そうだ。
碧に関しては普段より少しだけ暗い程度だから、まだ普通と言えるだろうか。
「それより、なんで俺の所だけトースト二枚? 一枚で良かったんだけど?」
「ちょっと多く焼きすぎちゃっただけよ。食べなさい。そして早く学校に行って、マノンちゃんを連れて帰って来るのよ?」
「来ないよ!? 今後マノンは自由意思で来るからね!!」
「良いよねー……お兄ちゃんは学校で会えるんだから。写メでも撮ってきてよ」
これ以上ここに居れば、症状が悪化していく家族を見続けなければならなくなる。朝からそんなのはちょっとゴメンだ……。
二枚あるトーストにそれぞれ違う味のジャムを塗りたくり、急いで食べて、俺は学校へ向かう準備をしに部屋へ戻った。
制服に着替え、寝癖をセットし、鞄を持って部屋を出る。
今は、何をするにしてもミサンガが視界に入る。手首に着けたから当然ではあるのだが、視界に入れば否応なしにマノンが脳内に出てきてしまう。
(いや、まさかな……)
流石に深く考え過ぎと頭を振って、お母さんに昼飯代を貰ってから家を出た。
いつ雨が降ってもおかしく無いような天気に、玄関先で立ち止まって、一度引き返し、傘を持ってからまた家を出た。
◇◇◇
いつもより少し早めに家を出たからか、教室に着いてもクラスメイトは少なかった。
月曜日から早めに学校に来ていると、何だか『学校大好き人間』みたいに思われそうだ。別に、それが嫌という訳では無いけど……何となく教室から出て自販機のある体育館近くまで向かうことにした。
「あっ」
「あ……」
先客が居た。よく知っている人物。朝から体操服で、髪を結んでいる生徒なんて数えるくらいしかいないだろう。
走りやすい様にする為か、ポニーテールにしている紅亜さんが未開封のスポーツ飲料を手に持っていた。目が合った。言葉は特に無かった。
自販機のメニューを見て、冷たいカフェオレを選んだ。小銭を入れようと思って財布を漁るが、こういう時に限って十円足りない。
「十円、いる?」
「あ、うん。昼過ぎには返せる……から貸してください」
「分かった。はい、十円」
「ありがとう……紅亜さん」
受け取った十円をコイン投入口に追加して、なんとかお目当てにしていたカフェオレを手に入れた。
横からのプレッシャー……何故か横で待っている紅亜さんから、言いようも無い圧力を感じる。
(お礼は……言ったよな? た、足りなかったとか!?)
たかが十円、されど十円。この十円が無ければ俺は千円を崩して、財布が小銭で溢れる事になっていただろう。
それを思えばたしかに、もっと感謝すべきなのかもしれないが……その理由は、紅亜さんらしくないと自分でも考えてて思った。
「今日、早いね?」
「うん。まぁ、たまたま早く起きたから」
「そうなんだ。私は……朝練」
「いつも凄いね」
「そうでもない、よ?」
いろいろと考えている内に、紅亜さんから届いたのは――ただの雑談の始まりみたいな言葉だった。
ただ、部活中であるなら、さっさとお開きにした方が良いだろう。
早々にこの会話を切り上げて、すぐに教室へ引き返す為にも先に右足引いてみたら……何故か紅亜さんの手が慌てる様な感じで少し上がった。
「えっと、その……」
「あ、うん」
「今日……良い天気だね」
「曇ってるけど……?」
「は、走りやすいって事」
「あぁ、なるほどたしかに」
錆び付いてしまった機械の様に、何処と無くぎこちない会話だった。
一瞬、もしかして紅亜さんも『マノンロスか!?』なんて馬鹿げた事が頭に浮かんだ。まだ俺の脳は眠いのかもしれない。
カフェオレを一口飲んで脳を目覚めさせてみても、そもそもの原因である、会話のぎこちなさの解明には至らない様だった。つまり、お手上げである。
「そろそろ……戻るね?」
「えっ……あ、うん。教室で」
(紅亜さんに関して何か忘れている事でもあっただろうか?)
そう思いながら教室へ戻り、そして、暇を持て余していた。やっている事と言えば、時計を見ながらチミチミとカフェイン摂取している事くらい。それと、紅亜さんに関してちょっとした思い返しくらいなものだ。
どこかに違和感が無かったか? と自分に問い質してもピンとくるものはなく、時間だけが過ぎていった。
そして八時頃に、教室の後ろの入口から元気な声と共にマノンがやって来た。
クラスメイトと挨拶するその声で、姿を見なくても元気というのが分かってしまう。我が家のテンションの低さとは、大違いにハツラツとしていた。それでこそ、マノンって感じでもあるけど
「青さん! 青さん!」
自分の席に荷物を置いたマノンが、一直線に俺の席へと駆け寄って来てくれる。
学校に居るかもしれないマノンのファンにでも見られたら、鉄拳制裁でもされそうなシチュエーション。でも、不思議と家族に見られるよりもマシな気はしていた。
「おはよう」
「おはようございます! 何か……変な感じですね。学校で会うってのが」
「そうだな。我が家はもう既に、マノンが居ない影響が出た」
「えぇ……それは良い意味でです? 悪い意味でです?」
「どっちにも取れる……かな?」
周囲に声が届かない様に、危ない箇所は声のボリュームを下げて話す様にしていく。
朝の家族の様子をマノンに伝えると、マノンは照れる様に少しだけ笑みを浮かべた。
「あっ、ののさん! おはようです!!」
「うん」
「ののの……おはよう」
「……おはよ」
マノンの告白。それで、もしかしたら嫌われていると思っていたのが、その実、ひま後輩と付き合ってる事に気を使ってくれていただけなのかもしれない。
――そう思ってひま後輩に相談しに行ったのが、土曜日のこと。
もしかすると、俺の思い違いかもしれない。それでも、挨拶がスッと言えたのは受け止め方の変化があったからだ。
『嫌われててもグイグイ行く』なんて思ってはいたが、実際は全然だった。かなり及び腰になっていたと思う。
あの状態だった時よりは、やはり『少なくとも嫌われて無い』と思う様にした、今の状態の方が幾らかはマシな筈だ。自信は無いけれど……。
「じゃあ、私はののさんとお喋りするので」
俺の前の席に座っていマノンが、次はのののの前の席に座ってお喋りをし始めた。
次は勝也が来るまで何も無いだろうと、少なくなったカフェオレをチミチミ飲みながらボーッとする。
廊下から聞こえてくる声に、月曜日から元気なのを少しだけ羨んだ。どこのグループだろう……なんてどうでも良い様な事を考えていると、その声達の音が近付いて、近付いて、近付いて……右方向で固定された。
(ま、そうかぁ。紅亜さんなら、それもそうか)
右隣から聞こえてくる会話には、やれ「可愛い」やれ「似合う」など、本人もそろそろ聞き飽きているだろう賛辞が贈られていた。
ただ、ちょっと気になって……首を少しだけ動かしてみた。
「あっ」
誰にも聞こえないくらいの声量だったが、驚きの声が出た。
――先程のぎこちなさの理由の一端は、これだったのか。そういう光景が、視界に映った。
三つ編みに眼鏡。体操服にポニーテールで『運動部』らしかった紅亜さんが、三つ編みに眼鏡で『文化部』っぽい装いになっていた。
そして思い出した――自分で注文したのだと。
(まだ準備してなかったのに、偶然会ったからぎこちなかった訳だな……)
金曜日にわざとらしく伝えた、俺の嫌いなファッション。実は好きなファッション。
普段の紅亜さんからすると、真逆にも近いタイプに変身しているだけあって、周囲の反応も凄い事になっていた。
クラスの女子は紅亜さんを取り囲んで、男子は遠巻きに見ていた。これはおそらく、下手すると数日は注目を集める状態が続くだろうと予想できる。
そう考えると、何だかちょっとだけ申し訳ない気持ちが出てくる。俺も紅亜さんに注目しているその他大勢の一人になっている訳だから、本当にちょっとだけだけど……。
――そして、昼休みになってもやたら人が紅亜さんに集まった。やはりと言うかなんと言うか……。
休み時間の度に、女子が紅亜さんの席に集まっては一様に似たような質問を投げ掛けていた。そしてその度に俺は、近くの席で同じ返答を聞いていた。
「新山さん、一緒にお昼どう?」
「うんうん! たまには……どうかな?」
昼休に入って、騒ぎは落ち着く所か、むしろ少し大きくなっていた。紅亜さんは各方面から食事のお誘いが来て、引っ張りだこみたいになっている。
当然俺には出せる助け船なんてものは無い。紅亜さんに注文しておいて情けない話になるが、俺はひっそりと教室を出て食堂へと向かった。
誰にも特に気に止められない……それも含めて情けない話だ。これはもう、ひま後輩にでも話してあげるしかないですね。
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『宇野宮さん』と『アイテムチート』
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