第12話 ちょこライン(ただの劣化版)
よろしくお願いします!
特に寄り道をする事も無く、真っ直ぐ帰宅した俺は自分の部屋で『ちょこライン』なるモノをインストールしていた。まずは簡単な登録をしなければいけないらしい。
『IDを決めてね!』
IDか……これは雑だが簡単に英数字を組み合わせれば大丈夫だろう。
『名前を決めてね!』
“青”……いや、平仮名で“あお”にでもしておくか。
『登録が完了したよ! 後は、自分好みにプロフィールをカスタムしよう! そして、友達とメッセージのやり取りをしよう!』
「……本当に簡単だったな。そうだ、勝也のIDを登録しておかないとな」
設定画面の一覧からフレンドの欄を開き、フレンド登録の箇所で勝也のIDを打ち込んだ。すると、イケイケの勝也らしいバスケットボールに文字が書いてある写真と円城寺勝也という名前が出てきた。
普通ならまずは相手に申請という流れになる筈だが、このアプリは相手と直接IDを交換するか、教え合う事が前提になっている為、いきなり登録が出来るのだろう。おそらく、相手側がブロックすればそれで終わるからこの仕様になったのだろうな。
「なるほど。これで登録のボタンを押せば完了……てな感じか。簡単で良いな。電話の機能が無いって言うのが一番良いポイントだけどな!」
「お兄ちゃ~ん、なに一人でブツブツ言ってるのー?」
偶々、部屋の前を通った碧が何の躊躇いも無く部屋へと入って来た。別に問題は無いけど、せめてノックくらいはして欲しい……。問題があった時に問題だからな。
「勝也……お兄ちゃんの友達に『ちょこライン』ってアプリを教えて貰って、今インストールしてたんだよ」
「えっ? あの、劣化版だけど電話が嫌いな人に人気がある『ちょこライン』?」
碧も六年生になったばかりの頃にスマホを買って貰っていた。俺より使ってる期間は短いのにそういう事には詳しいみたいだ。流石は小学生と言えど、女の子だな。
「詳しいんだな?」
「友達とも良く話すからねぇ~、白亜ちゃんもスマホを買って貰えればいつでも連絡取れるのになぁ~……そうだ! お兄ちゃん買って上げてよ!」
ごめんな……碧。その思考回路も理解できないし、お兄ちゃんはそんなにお金を持ってないんだな、これが。
「冗談に決まってるでしょ~! お兄ちゃん、ちょっと待ってて!
私も劣化版の『ちょこライン』を登録してくるね!」
劣化版とか言ってやるなよ……。むしろ、電話が嫌いな人からすれば最先端じゃないか! 既にそういうアプリがあるのかも知れないけど……。
一度部屋に戻った碧が、スマホを片手に部屋に入って来て……ベットに腰掛けていた俺の隣に座った。
「うっわぁ~、何これ凄い簡単だね! はい、お兄ちゃんこのIDを打ち込んで!」
碧に見せられた画面に載ってる英数字を自分の奴に打ち込んで登録ボタンを押す……そうすると、碧の画面にフレンドとして俺の名前が追加されていた。
碧が、追加された俺の名前をタップすると大きく表示され、そこにはホーム画面に行くマークやブロック、個人チャットをする為の画面に移動するマーク等があった。これで知らない人が追加されていてもフレンドリストからポチっと消す事が出来るわけだな。
「意外と簡単で使いやすいかもね! グループもIDを知ってる人達としか作れない……みたいな設定もあるけど、それは別に気にならないし!」
凄いな~碧は。アプリを把握していくスピードが俺とは大違いだ。どうやら碧によれば、グループを作りたいなら……そのメンバー全員が自分以外の全員のIDを知っておく必要があるみたいだ。
ピロン!
「ん? あぁ……お前がメッセージをくれたから鳴ったのか」
「スタンプとかも使えるみたいだし、他のアプリと違うのは電話機能が無いのと他のちょっとした部分だけみたいだね!」
授業中に音がなると注意されるから学校では音をミュート状態にしておかないとな。とりあえずアプリも取ったし、晩飯までは国語の授業が潰れた代わりに出た宿題の続きをやって、終わらせておくか。
「じゃあ、お兄ちゃんは宿題するから……」
「私は漫画を読んでるね!」
部屋から出て行ってと言う前に先手を打たれた。行動が早く、既に本棚から漫画本を取り出している。
「碧は? 学校から出た宿題とか」
「今日のは簡単なプリントだったから終わったよ~」
終わってるならまぁ、良いか……。なんて思いながら俺も机に向かって宿題をやり始めた。後ろから漫画のページを捲る音が聞こえてきたが、全くの無音よりは逆に集中が出来た様な気もする。
宿題も学校で途中まではやっていたおかげで早めに終わり、俺も晩飯までは碧と一緒に漫画を読んで過ごした。
◇◇◇
晩飯の後に風呂も済ませて部屋に戻ると、逆に勝也からメッセージが届いていた。
「そっか、俺が登録だけはしておいたから、勝也からも送れるんだな……こういうアプリを使うの自体が久し振りだし、早めに慣れないと時代に遅れてしまうな。何々、『国語の宿題の答えプリーズ』――まさかっ」
『勝也、もしかしてそれ目的で俺にこのアプリを教えたんじゃ……』
『それはそれ、これはこれだ。同レベルの事なら引き受けるから、頼むわ』
送信してからそれほど時間が経たない内に返事が返って来た。予想とは違ったみたいで、一応は安心した。
「同レベルか。同レベルでも貸しを作っておくのは悪くないのかも知れない……な。それほど苦労した宿題という訳でも無かったし」
俺は国語のプリントをスマホのカメラで撮影して勝也へと送信してあげた。勝也から感謝を伝える返信が来た事で、会話の流れも止まったから今日はもう何も送らなくてもいいかな? ……いいよな? 男同士だし……多分。
それからぐだぐたしていたが、今日は零時前にはちゃんと寝ようと思い、明日の準備を済ませて寝る態勢に入った。流石に二日連続での遅刻は、先生からの印象さえも下げてしまう事になるだろうし。
「ふぁ~あ……。今日もお疲れ、俺」
◇◇◇
学校帰宅した私は玄関にお母さんの靴を見つけ、タイミングが良いと思ってアノお願いをする為に、制服から着替えないままリビングへと向かった。
「お母さん」
「お帰り。どうしたの……のの?」
お母さんはタブレットを片手に紅茶を啜っていた。家に居るとはいえ、まだ仕事があったのかな。
「スマホ? 欲しい」
「……そう。前は要らないって言ってたのに心変わり?」
確かに前までの私には必要無かったかもしれない。
「うん」
今日の放課後、神戸と円城寺という男がメッセージのやり取りをするアプリというモノについて話していた。私は携帯を持ってなかったし、まだ必要ないと思っていたけど……やっぱり必要だと思った。
神戸をもっと知るためには学校以外での繋がりを持つことは重要事項だし、お母さんに我が儘を言ってしまって申し訳無いけど……この件はお願いしたいと思ってる。
「準備して来るから少しだけ待ってて」
「ありがとう」
どうやら私の考えは杞憂だったようで、買ってくれるみたいだ。
お母さんと二人暮らし、お母さんの稼ぎは中々に良いらしく、不自由は無い。無いけど……やっぱり少しだけ寂しい。
今日は偶々この時間に居たけど、いつもはもっと遅くまで仕事をしているし、朝も早い。父親という存在が居ない事には慣れている。物心ついた時には居なかったからだ。でも、お母さんが家に居ないのはまだ慣れない。
「のの、学生証も持っていくのよ」
「分かった」
口数が少ないのは環境的な事もあったかもしれないが、たぶん、お母さん譲りだと思う。お母さんに仕事で困らないのかと聞いた事があったけど、返って来た回答は『問題無い』の一言だけだった。
よく考えてみれば、同じ質問をされれば私も同じ事を答えるだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
携帯のあれこれについては、よく分からないけど……とりあえず神戸と連絡が取れるならそれで良いかもしれない。
「携帯を買ったらどうするの?」
「神戸とチャット? する」
後は、神戸とどこかに出掛けて写真を撮ったりしてみたい。
「あら、お友達? 今度紹介してね」
「うん。いつか連れてくる」
日頃のお礼を込めて、休日にでも招待してみようかな。
「楽しみにしてるわ。そうね、今日はケーキでも買いましょうか」
「うん!」
たぶん、甘い物好きなのもお母さん譲りだろう。――その後は無事にスマホを手に入れ、ケーキも買って帰り、久しぶりにお母さんと一緒の夕食の時間を過ごした。
明日、神戸にスマホの使い方を教えて貰う為にあえて説明書は読んでいない。
「ふふっ、楽しみ。今日はもう寝ようかな」
私は明日が少しだけ楽しみになり、神戸みたいに遅刻はしないように早めに睡眠を取ることにした。
まさか、のののがそんな家庭環境にあったとは……。
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(´ω`)