第116話 怖くなっちゃうね!
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「これ……碧に買っていくか。マノンは新発売の方を……」
コンビニに着いて、お菓子を物色。ついでに二人の分を買っていこうと少し悩んで、たった今決まった。
自分の分は既にカゴの中にあり、冒険するでもなく、いつものポテチを手に取っていた。
(飲み物は……いいか。別に)
財布の中身と相談するまでもなく、明日の為にお金を取っておかないといけないから諦めた。
「っしゃっせぇー」
「四六八円になっしゃーす」
「一〇〇〇円お預かりしゃーす」
「五三二円のお返しぃーす」
「しゃーしたー」
気持ち悪いくらいに言葉が耳に残る店員さん。いつものあの人だ。
朝はよく見るが、まさか夜も居るとは思わなかった。
そんな事を思いながら、コンビニを後にして、家へと帰って行った。
◇◇◇
「お兄ちゃんどこ行ってたの!?」
「え……コ、コンビニ?」
「知ってる! ズルい! ズルい! ズルーい!」
家に入るとバタバタと足音が聞こえて来て、パジャマ姿の碧が現れては駄々をこね始めた。
プンスカ怒っている碧の話を聞くと、風呂上がりに俺の部屋まで呼びに来たらしい。だが、当然そこに姿はなく、お母さんに聞いてコンビニへ行った事を知ったという流れみたいだ。
俺はポンッと碧の頭に手を置いてから、コンビニ袋に入っている自分のお菓子だけを取り出して、袋ごと碧に渡した。
「お兄ちゃんっ……私は信じてたんだよ!」
「何その手のひら返し……じゃあ、お兄ちゃんは風呂に入るから」
「あぁ、うん。わかった」
お菓子を貰った途端にかなりドライな対応に変わる碧。
急激な変化に取り残されている感があるけど、部屋に戻っていく碧を追うようにして、俺も自分の部屋へと戻る。
(流石にお菓子を渡せば大人しくなるよな? ……いやでもな)
自分のポテチを普通に机の上に置いておくか、ちゃんと隠しておくかで迷って、隠す結論に至る程度には、ある意味で碧を信じている。
明日が平日なら碧だって夜のお菓子は我慢する子だけど、休日なら遠慮なく食べる未来が想像できる。
「隠したし、オッケーだな。でも、さっさと風呂に入って来ないと怖いか……」
俺は下着類を取り出して、部屋を後にした。
――風呂に入ってから二十分。
あまり長くは入らなかったが、十分に温まった所で風呂から出てきた。
ハプニング的なハプニングも今回はなく、体を拭いて、下着を身に付けた所で「ふぅ……」と息を吐いた。
「冷たい牛乳は腹壊しそうだし、水でも飲んでから戻るか……」
ドライヤーで髪を乾かし、パンツとシャツだけの姿のままリビングへと移動していく。
途中で、いつもは中途半端に乾かしている碧の髪がちゃんと乾いていた事を思い出した。
マノンがやってくれたのだろうか? 碧が自分でちゃんとしてくれるのが一番だけど、とりあえずはありがたい。
「お水、お水……お――」
「あっ……」
リビングに入ろうとドアに手を伸ばし瞬間に、逆にリビングから出てくるマノンと鉢合わせた。
マノンは手に、コップが三つと二リットルサイズのオレンジジュースを持っている。
今から休日を謳歌しますといった感じで、準備をしているのだろう。
「ほら、出る人優先」
「あ、ありがとうございます」
ドアを押さえて、両手が塞がっているマノンを通してあげる。
ただ、そのまま部屋に戻ると思ったマノンは、何故かそこで足を止めていた。
(ん? コップが三つ?)
本来ならマノンと碧の二つで足りている筈である。
三つあるという事は、二人の内どちらかが二種類の飲み物を同時に飲むという事も考えられるが、そうなるとちょっとだけ不自然さがある。
俺の分のコップと考えた方がまだ腑に落ちる。碧がお菓子パーティーに誘ってくれたみたいな感じで。
「マノン、そのコップって……?」
「部屋で待ってますね」
「ねぇ、それってまさか俺の部屋じゃないよね!? 俺の部屋でお菓子をポリポリ食べるつもりじゃないよね!?」
「……もう、碧ちゃんがポテチを開けている頃ですかね」
俺はリビングに半分入っていた体を引き戻し、マノンを置いて部屋まで走る。
オレンジジュースがあるならお水なんて飲まなくても大丈夫と、俺は部屋に戻る事を優先させた。
ドアを開けて飛び込んで見えた景色は――ベッドの上で足をバタつかせている碧の姿だった。
「良かった……まだお菓子は食べてないな」
「もぅ……お兄ちゃんが怒るから流石にベッドの上で食べたりしないよー」
「前例が幾度となくあるからな……これが成長かぁ」
碧のちょっとばかしの成長に喜びを感じて流しそうになったが、元々は俺の部屋でお菓子を食べる事を注意しようとしていたのだ。
布団に溢さなければ良いという問題じゃない。碧の場合、普通にポロポロポロポロだ。
「というか、お菓子なら自分の部屋で食べれば良いだろ?」
「マノンちゃん日曜日で帰っちゃうでしょ!」
「いや、もう二度と来ない訳じゃないだろうよ」
「来なかったらどうするの?」
「それは……」
来る。と言い切りたいのに、言い切れない。
最初はマノンの為に、家の温かさを教えてあげようとして連れてきたのだ。
なのに現状はどうだ?
マノン事は碧や両親に任せて、俺は弁当を作って貰うのみ。
言い切れない原因は俺自身にあった。
堂々と、ここがお前の家と言ってやれるだけの事をしていない。
「そうだな。マノンを勝手に家族みたいに考えてたけど、帰るんだもんな。また家に来たいって、居たいって思って貰わないと……いけないんだよな」
「うんうん。分かったならよし! だよ。あと……なるべく早くズボン履いてね?」
自分の姿を確認して、ズボンを履きに向かう。
そして、まるで会話が終わるのを待っていたかの様なタイミングで、ドアが開いた。
「一本で足りるか分からなかったので、別のジュースを取りに行ってましたよ……ふぅ。重い、重い」
「わぁ! ありがとうマノン姉」
「ちょっと! 着替え中なんだけど!?」
「いや、さっきからパンツでうろうろしてたじゃないですか……」
「その割りには全く取り乱しませんね?」
「そりゃ……んんっ!! 早く履いてくださいよ!」
碧だけではなく、マノンまでもジト目でそう促してくる。
家だし、最近は夜でも暖かいし、パンツでも良いと思うのだが……どうやら駄目らしい。
ズボンを履いて、横になってる碧の近くに腰を下ろす。
碧も俺の横にピッタリと付く感じで座り直して、マノンが注いでくれたジュース入りのコップを受け取った。
「はい、青さん」
「ありがとう」
「マノン姉は、こっち」
「はいはい。ちょっと待ってくださいねぇ~」
自分の分のジュースを注いだマノンが碧の隣に座り、横一線に座ってコップを構えた。
部屋の密度を考えるとそうでもないのに、ベッドの上は密度が濃い。
こうもギュウギュウだと動きづらいが、碧がそうしたいのなら、そうさせてあげるという、暗黙のルールが俺とマノンにはある。
「……で、これでどうするんだ?」
「乾杯して! お話して! ゲームする!」
「じゃあ、音頭を取ってくれ……マノン」
「わ、私ですか?」
「うん! マノン姉が良いと思う!」
碧の後押しもあり、バトンがマノンに渡る。
しどろもどろに「あー」や「えー」と言っているマノンの言葉を俺と碧はただ待った。
本日はお日柄も良く――そんな言葉で始まったマノンに突っ込みを入れる訳でもく聞いていくと、終始何かがおかしく、それでいてどこかで聞いたことのあるフレーズの数々だった。
「――えー、つまり。ありがとうって事です! かんぱーい!」
「「かんぱーい!!」」
俺と碧が一口だけ飲む中、いざ真剣な空気になると恥ずかしかったのか、顔をパタパタと扇ぐマノンはイッキ飲みをしていた。
「マノン姉~飲むねぇ~」
「だ、駄目ですね……注目されると照れちゃいます」
「可愛い! マノン姉可愛い! ね、お兄ちゃん」
「そうだな」
ここをキッカケに碧がすると言った『お話』が始まった。
碧とマノンが主に話して、たまに振られる言葉に俺がコメントして。
もう夜で外は静か、部屋の外だって静かだが、この輪の中だけはいつまでも騒がしいんじゃないかと言うくらいに明るかった。
――ただ、やはりいつかは来る静寂。
それは、碧が欠伸をしてからだった。
時計を見れば、もう零時を少し過ぎていた。俺やマノンならともかく、まだ小学生の碧にはキツい時間帯だろう。
「ほら、碧。そろそろ部屋に戻りな」
「いやぁ……まだ起きてる」
「でも眠たいだろ?」
「うん……」
「じゃあ、部屋に……」
「いや!」
水掛け論に発展仕掛けそうな時に、先手を打ったのは碧だった。
猫背がキツくなってベッドを背もたれにしていた隙を突かれて、布団に潜り込む時間を与えてしまっていた。
「ここで寝るぅ~……むふふふふ」
「甘えん坊モードに入ったか……碧、もうすぐ中学生でしょ!」
「妹だもーん……」
布団に潜ってむやみやたらにジタバタと動いていたかと思うと、急に大人しくなった。
マノンが優しい手つきで碧の髪を撫でる。
「おやすみなさい碧ちゃん」
「……マノンはどうする?」
「青さんは、どうするんです?」
片付けて寝るか……明日は昼からの予定だからまだ起きていても大丈夫ではあるけど、どっちでも良いという感じだ。
「マノンはどうする?」
また、同じ事を聞いてしまった。
そして、マノンも同じ質問を返してきて二人で沈黙をしてしまう。
黙ること数十秒。視線を彷徨わせ、窓の向こうの夜空が見えた。
だからついポロっと、口から零れ落ちた。
「今日は星、綺麗だな」
「……綺麗なオーラで満ちてますね」
「見に、行くか?」
「えっ? で、ですが……」
「あー……まぁ、夜中だしな。もう、大人しく寝るか」
「――っ!? い、いえ! やっぱり行きましょう! 近くまでなら大丈夫でしょうし、星の力は幸運を溜めてくれますからね!」
ハッとして口を塞ぐマノンが、碧の様子を確認してホッとした表情を見せた。
頷き合った俺達は、静かに行動を開始する。
上から羽織れるジャージをマノンに貸して、部屋の電気を消す。
そのまま俺達は、最後に碧が眠っているのを確認してからソッと部屋から出て行った。
◇◇
「……ふぅ。自分の演技力の高さに怖くなっちゃうな……ふぁ~あ。でも、そろそろ本当に眠いから先に寝ちゃうのでしたぁ~ 」
二人っきりで仲直りでもしてくれれば良いと思っていたけど、予想よりも良い展開で、私は満足。
二人だけで外に出掛けるのはズルいし、ついて行きたいけど……また今度、連れていって貰えばいいもんね。
マノン姉はもう私にとっても家族だけど、妹の座だけは絶対に譲らな……(むにゃむにゃ)。
◇◇
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