第103話 今月、何回目だろうか?
お待たせしました~
よろしくお願いします!(´ω`)
◇◇◇
「よ、よーし……帰りますか、ね」
誰かに向けた言葉ではないが、誰からも反応がない。
左にはのののがまだ座っている。右には紅亜さんが部活へ行く準備をしている。マノンはたった今、教室を出て行った。
虚空に消えていった俺の呟きは、ただ酸素を無駄にしただけになった。
帰ると言っても今すぐに家に帰りたいという気持ちは無く、どこかでテキトーに暇を潰したいそんな気分だ。
「おい青~、灰沢さんが呼んでるぞ」
「あー……いうえお。分かった、サンキュー勝也」
「じゃあ、部活へ行くわ」
「おう、ガンバ」
わざわざ俺の席まで伝えに来てくれた勝也の配慮には感謝なのだが、俺は手で拭っていた……何故か流れる冷や汗を。
振り返ってみると、たしかに教室の後ろのドアからチラチラと教室内を見渡しているひま後輩が居た。
二年生の教室の所に一年生は目立ちに目立つ。あのひま後輩というのを考えると、めちゃくちゃ目立つ。そこに向かえばどうなるかなんて、想像に難くないが……行かないという選択肢も無い訳で。
俺は鞄を肩に掛けて、ひま後輩の元へと移動した。
「お待たせお待たせ……何で笑顔なの? 珍しいね?」
「珍しいとは失礼も甚だしいのですが……別に理由はありませんよ。そういうものでしょ?」
「そういうものか。えっと、それで? どうしてここまで?」
「いえ、その、携帯持っていないので……直接来たんですわ」
「そっかそっか……そうだったね。今日は部活?」
「はい。ですから時間がある様でしたら喫茶店で待ってて欲しいと思いまして。駄目……でしょうか?」
「駄目じゃないよ。分かった、先に行ってるね」
俺もひま後輩も、何だか微妙にぎこちない話し方になっている気がした。
ひま後輩は二年生の教室の前という理由があるだろう。
ただ俺の場合は、周囲からの視線のせいと、いつもよりちょっとだけ距離が近いっていう理由だ。
物理的に言えば、いつもの机を挟んで相対するよりも一歩分くらい近い。精神的に言えば、二歩分くらいは近いかもしれない。
「喫茶店は、いつもの喫茶店だよね?」
「はい、いつもの場所ですわ」
携帯を持っていないひま後輩と連絡を取るにも、何かを相談するにも、ひま後輩のバイト先の喫茶店は都合の良い場所だ。
学校では直接合うしか連絡を取る方法は無いけれど、何か急用があれば喫茶店のマスターに伝言を頼む事もできる。
それに、バイトしながらも空いた時間には二人で話したりもできるだろうし、ひま後輩のお願いも少しは叶えてあげられるだろう。
「なるべく早く向かいますわ」
「部活もしっかりね」
ひま後輩は書道部の方へ小走りで行き、俺は下駄箱の方へと向かって靴を履き替えたらそのまま喫茶店へと直行した。
「こんちには~」
「おや? いらっしゃい青君。今月はよく来てくれるね……これも向日葵ちゃんのおかげかな?」
「マスターの珈琲が美味しいからですよ」
「そんな事言っても、割引しかしてあげられないよ?」
あっ……してはくれるんですね。ありがたや。
意外と簡単に割引してくれる店長に珈琲を注文して、俺はいつもの席に座った。
やはりここは、静かで居心地が良い。いろいろ考えるのを中止して、ただただゆったりできる空間だ。
「あ、マスター! 向日葵さん、部活で遅れるって言ってましたよ?」
「月水金は部活があるって教えて貰ってるから大丈夫だよ。でも、ありがとね青君。はい、珈琲」
珈琲を持ってきてくれたマスターに伝えてみたが、どうやら今更な事だったみたいだ。
シフトを組んでいるのなら、あのしっかり者のひま後輩が部活のある曜日くらい言わない方が不自然だったな。
「そうでしたか…………ふぅ、相変わらず美味しいですね」
「ありがとう、ゆっくりしていってね」
カウンターでコップを拭きに戻ったマスターだが、あのコップは手慰みに拭いているだけで汚れてないというのは、皆が知っていることだ。
そんなマスターを真似する訳ではないが、俺も向日葵さんを待っている時間を有効に使おうと、今日の宿題を広げようと鞄を開けた。
ただ、目についたのは文庫本。鞄に入れていた本を見た瞬間、喫茶店に合うのは読書の方か? と思って手に取っていた。
落ち着いた空間にカリカリというペンが走る音と、ペラペラとゆっくり捲られる本の音。
店内は相変わらずの人の量だが、だからこそ気を配った方が良いと思えた。
以前は休日だったが、ここで宿題をやった事はあった。
その時と同じ様に、静かに書けば特に問題は無いだろう……が、宿題を取り出すことはせず、本だけを取ってそのまま鞄を閉じた。
のののに借りた本である。今日読み終えたとて、返すタイミングをなくしてしまった本。でも、読まないといけない本である。
◇◇
小説を読み進めながら珈琲を飲む。
それだけに集中していた訳ではないが、気が付けばもうすぐ十八時になろうとしていた。
「マスター。そう言えばここって、何時まで営業してるんですか?」
「特に決めては無いんだけどね。最近は、向日葵ちゃんの料理を目当てに来る人も居るから夜も開けているよ」
この店の営業時間が気になって聞いてみたら、そう返ってきた。つまり、向日葵さんも夜まで頑張って働いているという事か。
安易に「頑張り過ぎるな」なんて言えないけど、体調面を勝手に心配するくらいは許されるだろう。
朝と夜に何を食べてるかまでは知らないが、昼に素うどんだけはやっぱり腹も減るだろうし。
「すいません、少し遅れました」
「えっ、あれ? いつの間に!?」
気付いたらそこに、エプロンを身に付けた向日葵さんが立っていた。
二つに結んでいた髪を一つに結び直して、言葉遣いも普通に直した状態で。
「いつも裏口から入ってるんですよ」
「あ~なるほどね。部活、お疲れ様」
「はいっ! なんか、いつもより良い字が書けた気がします」
「それは良かったね。あっ、珈琲のおかわりお願いして良い?」
「すぐ用意しますね! 青さん」
マスターに珈琲を頼みに行った後に、向日葵さんはお客さんに呼ばれ始めだした。看板娘的な役割もちゃんとこなしている様で、さっきまでは無かったフードメニューの注文が、チラホラと聞こえてくる。
「いつの間にか人も増えてる……? まさかとは思うけど、向日葵さんが来る時間を狙って来てる……とか?」
「それはあるかもしれないね。はい、おかわりの珈琲」
「ありがとうございますマスター。向日葵さん仕事っぷりはどうです?」
「よく働いてくれるし、お客さんウケも良いし、助かってるよ。まぁ……趣味でやってるこんな店よりも、働き甲斐のある場所はあると思うんだけどね?」
「頑張ってるなら良かったですよ。俺が心配することでも無いんですけどね」
向日葵さんが完成した料理を運んでは、また厨房に戻る。テキパキと働いている姿は、いつもとはまた少し違った凛々しさがあった。
その際、チラッと俺の方を見てくれるのは嬉しいのだが、それに目敏く気付いた遠くのお客さんからも、視線が飛んで来る。
そのお客さんと目と目が合った時の気まずさは、中々のものだ。
こっちを気に掛けてくれて嬉しくは思うけど、少し回数は減らすように言った方が良いかもしれない。
ただ、ここでも周囲からはこんな感じなのか……と少しだけ笑ってしまったが。
時計を確認すれば、もうそろそろ帰らないと怒られそうな時間になっていた。もう少しくらい、居たいとは思うけど仕方がない。
帰ることを向日葵さんに伝えておきたい……けど、厨房にまで顔を出すのは、流石にお客としてマナー違反になるだろうな。
「すいませんマスター、お会計お願いします」
「おや、青君。もう帰ってしまうのかい?」
「いい時間ですんで。あぁ……でもまたすぐ来ますよ? たぶん」
「いつでも待ってるよ。えっと……割引して三五〇円くらいで」
「……ありがとうございます。今度はケーキとかも頼みますね! あと向日葵さんに伝言を頼んで良いですかね?」
支払いを済ませ、マスターに見送られながら喫茶店を後にした。
頼んだ伝言は「また昼休みに」という一言だけ。一緒に過ごせたとは言えないが、頑張る向日葵さんの姿を見れたのは良かったかもしれないな。
もう空は暗くなって、電灯の明るさが際立つ。
スマホを片手に歩く人を見て、ひま後輩が携帯を持ってないのはちょっとだけ不便だな、と思った。
事情のあるひま後輩に購入を勧めることはできないし、そもそも不便だと思っているのは、俺だけかもしれない。
「明日からのことは明日にでも話して決めたら良い……って話だな、単純に」
何を話すにしても、二人で会う時間が必要という環境になってしまう。場所も時間も、前もって合わせておく必要だってある。
だが、便利で顔を合わさなくなるよりは、不便でも二人で会う方が、きっと良いには違いない。
そんな事を考えながら、トボトボと歩いて家まで帰って来た。
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