第102話 離れる事のツラさ
お待たせしました!
アイデアが出ないというよりは、単純に平日の書く時間を確保出来なかったパティーン
長いか短いでいえば、短い方で、
明るいか暗いかでいえば、暗めな方の話ですが……
よろしくお願いします!
スタート地は各組の応援席のある場所の前からだ。そこからグラウンドを一周して、戻ってきたら中心に向かって方向転換。そして、開会式という流れだ。
ピッ! ピッ! というホイッスルの音に合わせて、学年順に四人横一列に並んで足踏みを揃える。
この入場行進の揃い具合も得点になるのだから、一人だけできなければブーイングが来るだろう。
三年生が進んだのに続いて二年生が歩き出す。前の人に遅れない様について行く。まぁ、入場行進なんて盛り上がる訳もなく、こんなものだよな。
「開会式を始めます…………開会式を終わります」
根元先生が拡声器を使って短く済ませた。
ここから戻る時は、回れ右をして一年生から各組の応援席まで戻って行き、これで始まりの終わりって感じだ。俺は、救護テントが設置される場所、米良先生の元へ向かった。
「先生~、最初の一〇〇メートル走と午前中最後の二人三脚の時に抜けますんで」
「分かったわ、行ってらっしゃい」
それだけ伝えて、来た道を戻っていく。
既に入場ゲートの方には最初の種目に出る生徒達が集まっており、走る順番に並び替えをされていた。
一年の男子女子、二年の男子女子、三年の男子女子という順番で走るのだが……考えてみれば、女子なら普通は八〇メートル走くらいだろう。
なのに、男子と同じ一〇〇メートルを走らされる所をみると、うちの学校はその辺の区別はしないらしい。
「青~、こっちだ! お前は最初だからな」
「マジかよ」
「順番を任せるのが悪いだろ」
「まぁ……良いか」
最初だと目立つだろうが、負けても印象がどんどん薄れていくだろう。
「はい! じゃあ、駆け足で移動するんで前の人に遅れずについて来てください」
三年生の女子生徒の人が指示を出して先導する後ろを、俺達はぞろぞろとついて行った。
所定の位置まで来ると座らされ、そして立たされ、ゴール地点まで全員で移動して座らされ、立たされ……そしてようやく入場ゲートの方へと帰って行った。
最初の種目が行われている内に、次の競技に出る人達の準備が進められている。
今日はこれを繰り返すのかと思うと少しだけ面倒な気持ちになるが……授業よりはマシだな、と思うことにしておいた。
俺は集まっている人の群れを避ける様にその場を離れ、米良先生の元へと逃げる様に小走りで向かった。ののの程ではないけど……沢山の人が居る場所は、あまり得意じゃないからな。
◇◇◇
「みんな元気ねぇ……」
「ですね」
米良先生が用意してくれていたパイプ椅子に座って、競技中の移動を確認している組や次の競技に出る待機組、その他の赤組と白組関係なしにお喋りしている組を遠巻きに見ていた。
決してサボっている訳じゃない、これも立派な仕事の内だ。
誰かが怪我をしたら対処の準備をしなければいけない。迎えに行くかは怪我の程度によるけれど。
「青、お疲れ様だな」
「あっ、麗奈さん! お疲れ様です! 大変そうですね、生徒会の方々は」
「運営に関わっている以上、大変なのは仕方ないさ。やりがいはあるけどね」
麗奈さんに席を譲って、別のパイプ椅子を新しく準備した。
生徒会長である麗奈さんは、行事では必ずと言って良いほど挨拶やらなんやらの仕事がある。他の生徒会長役員の人も準備期間中の作業が毎日大変そうだ。
あと十日くらいで体育祭だから追い込みを掛けるタイミングなのだろう。
「麗奈さんはどの競技に参加するんですか?」
「私は午後の大縄跳びだけだよ」
「最後なのにですか?」
「最後だからこそ、他の皆の為に頑張ろうと思ってね」
「それはそれは……ありがとうございます」
「青も、存分に楽しむんだぞ……サボりは許さないからな?」
全てはお見通しらしい。
ここに座っているのものののに謀られたからである。本来なら向こうでブラックと二人、ただ喋って時間を潰すだけになっていただろう。
それを考えると、仕事をしている今の状況はちゃんと学校行事を楽しんでいると言って良いかもしれない。
「では、私はそろそろ戻るよ。米良先生、失礼します」
「はいはい~、ほんと真面目ね~川神ちゃんは」
「頑張ってください、麗奈さん」
去っていく麗奈さんの後ろ姿を見ながら、米良先生に麗奈さんとの関係性を聞かれた。
あの、お堅く真面目で通っている麗奈さんと、馴れ馴れしく話していたのが珍しかったのだろうか。
「ただの、幼馴染ですよ。お姉さんみたいな感じです」
「なるほどねぇ……川神ちゃんは勉強できるし真面目だし、将来は有望そうね」
「そうでしょう! そうでしょう! 誇らしいですよ。ただ……いや、何でもないです」
危ない。うっかり口がスベる所だった……。麗奈さんの料理スキルは、極秘も極秘。何故か本人はやたら成長しているアピールをしたがるのだが、きっと副会長あたりが上手くコントロールしているのだろう。噂が広がっていないのが、その証拠だろう。
「全員集合!」
「……五時間目も終わりの時間ですかね」
「そうね、神戸君も休憩してきなさい」
グラウンドの中心へ、ゾロゾロと集まりつつある生徒の輪に入っていく。自分一人だけ別行動していただけあって、他の皆と心の距離感が生まれてしまったかもしれない。
まぁ、普段から似たようなものなのだが……さすがに体育祭でまで溶け込めてないとなると、もういっそのこと、逆に自分から離れたくなってしまう。
そんな負のスパイラルの入り口に、立っている気分だ。
「おっ……マノン」
「どうも」
「……どうも?」
「神戸くん、何か用ですか?」
「神戸……くん?」
「何も無いのなら失礼しますね」
振り返る事なく、自分の並ぶべき場所へ一直線に歩いて行く。
出会ってから、あれほど顔に表情が無いマノンを見たことが無い。
口角が上がることも、目が細くなることもない。笑顔が無いのではなく、表情が無い。その声色からも、どう思っているのかがよく分かる。
お堅い話し方も初めて聞いた。オーラが見えなくても、雰囲気で何が言いたいのか読み取れる程だ。
ただ、興味がないモノが話し掛けて来たという反応。ただ、それだけだ。
「…………そうか。そうかそうか……そうか。こういう事……なんだな」
ひま後輩がマノンに話したのだろう。
冷たい反応、怒っている反応の方がまだ良かったかもしれない。その方がマノンらしいと思えた。
でも、実際のマノンは違っていた。思いもしなかった反応が、俺が勝手に抱いていたマノンへの理想を打ち砕き、現実を教えてくれる。
ただ、離れていく――心理的な距離も物理的な距離も。
ただただ、離れて距離ができる――単純にそれが怖く思えた。
マノンからすると、当然の反応なのだろう。
だが、俺の気持ちがまだ現実について行けてない。
もう……マノンから「青さん!」と明るく気さくに呼ばれる事はなくなるのか。
もう……気軽なノリで話し掛けることも出来なくなるのか。
分かる。ちゃんと、分かっている。
俺の身勝手な気持ちの為に、マノンにあんな表情をさせてしまっているという事を。これはいずれ……いつの日にか起こり得る出来事だという事も。
でも……もう、やめたくなってきた。「冗談だよ」と今すぐにでも伝えたい。
言ってしまえば、このツラさからは解放されるだろう。
今ならまだ、マノンも笑って許してくれるかもしれない――ただ、その代償として、これまでと同じなぁなぁとした関係が続いてしまうけれど。
何の為にこんな事をしているのかを思うと……今、俺はマノンに手を伸ばすことができなかった。
「……青先輩」
「ひま後輩……。どうにも、メンタルが保ちそうに無いのですが」
「マノンさんは、物事を割り切る性格みたいですわね」
「拒絶じゃないのが、その証拠なのかね……でも、女子ってあんなに急に切り替わるものなのか?」
「いつまでも自分だけを追い掛けてくれるなんて、男性の幻想ですわ。女の子は、選ばれたいから必死になるものなのですわ」
「そうか……。キツいなぁ。キツいよ。なかなかに」
「そういう事なんですよ、きっと」
ひま後輩が背中をポンポンと二回叩いてくる。慰めだろうか……やり方が男前過ぎるだろうよ。
「そこで、私の出番ですわ」
「出番って?」
「落ち込んだ彼氏を慰めるのは彼女の役目でしょう? まぁ、何をすれば良いのかは分かりませんけど」
「……なるほど。とりあえず気持ちだけで十分だよ、ありがとう」
「い、いえ……。その……休憩中に巳良乃先輩に話してみようと思います。その六時間目に機会があれば新山先輩に」
マノンであれほどのダメージがある。紅亜さんやのののに無視とかされたらどうなるだろうか。
これは、俺が誰を一番に思っているのかを知る為のものだ。ものだけど……だけど……その前に嫌われてしまうのでは無いだろうか? ひま後輩を疑う訳ではないけれど、心配になってくる。どんな顔していれば良いか分からなくなる。
「ひま後輩の彼氏として振り切った方が楽になるのかね……」
「それも込みで悩むべきですよ。先輩は、もっと悩むべきです。そして……最後にはちゃんと答えを出せば良いと思いますよ」
「最後には、か。ごめんよ、情けない先輩で」
「ふふふっ……知ってますよ、青先輩。では、また後で」
ひま後輩は一年生の並ぶ場所へ、俺は自分が並ぶ場所へと別れた。
そして――放課後になった頃には、マノンだけではなくのののや紅亜さんとも目が合うことすら無くなっていた。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
どうなっちゃうんだい、青くん!




