第99話 正々堂々と卑怯な技で
お待たせしました!
紅亜さんは、いったいいつ出番があるんでしょうね……
次の話ではひま後輩が登場する予定ではありますけど(/。\)
……ずっとマノンちゃんのターン!
椅子に座る俺の目の前には、正座するマノンの姿がある。
自主的にその姿勢を取ることに、僅かばかりの誠意は感じられる。
「覗きは立派な犯罪ですよ?」
「ちゃ、ちゃうねん……」
「なるほど。では、何が違うのか説明をお願いします」
「お、怒ってます?」
「怒ってないですよ? ただ……。さ、説明をお願いしますね」
「ただ……なんです!? やっぱり、怒ってるんですね!?」
怒ってないない。むしろ冷静過ぎるほどに、冷静だ。
ただ……マノンの足が痺れた頃に突っついてやろうとは画策している。
ちょっとした罰は与えておかないとな。何も無く許されたって、マノンも裏があるかと疑ってくるかもしれないし。
「年頃だから、異性に興味があるのは仕方ないのかもしれません。ですが、覗かれた方の気持ちを考えた事はありますか?」
「……すいません」
「こっちは吐きそうでしたよ?」
「いや、それはただのぼ……」
「だまりんしゃい! おおよそ『お風呂イベントでもしてあげますかね! ぐふふ』とでも考えていたんだろ?」
「正解です……」
俺は軽くため息を吐いた。
マノンの考えに対してが半分と、女子相手に何でこんな事を言っているのかというのがもう半分。
マノンが変態だった事についてはしばらくの間イジっていくとして、さすがにこの先も、何かにつけて突撃されたら単純に困る。
どうにか止めさせる手立ては無いものか思案してみるが、良い案に限ってなかなか思い付かない。
「一人で考えても限界があるか……では、マノンくん?」
「は、はい! なんでしょうか?」
「マノンくんが何かにつけて『イベント』を起こさない為には何をすれば良いか、考えてみてくれ」
マノンがどうすれば何もしなくなるか、本人に考えさせる。
とても効率的な妙案だと、ちょっとした自負がある。決して、面倒くささが上回った訳じゃない。
「はい!」
「では、マノンくん」
「先手必勝として、青さんからイベントを仕掛けるのはどうでしょうか!」
「却下です」
俺は笑顔で返答して、次の回答を待った。
「はい! 青さんがずっと監視するのはどうでしょうか?」
「はい! むしろ、イベントを起こした方がハラハラする感覚が減るのではないでしょうか?」
「はい! 逆に、なんで私は怒られているのでしょうか?」
結果的には、マノンがアホという事が分かっただけだった。イベントを起こさない努力はしないという意思表示。ならば、戦うしかないのかもしれない。
絶対にイベントを起こさせない派の俺、絶対にイベントを起こそうとするマノンとの勝負だ。一言だけで表すなら『やっぱり逆だよな?』って感じだ。
「青さん青さん! スピーディーにと言いますか、私を家から放り出せば解決しますよ?」
「それは解決じゃなくて、問題の放棄だろ?」
「でも、もう覗かれることはありませんよ?」
「勘当的な意味で、俺が家族から除かれるだろうが……」
「そしたら、一緒に旅でもしますか? お金ならありますし!」
「おい、脱線してるぞ」
「なら、電車は止めておきますか……」
俺はもう一度、ため息を吐いた。呆れたのが半分とマノンって奴はこうだよなってのがもう半分。
いたちごっこというか、埒が明かない話にもなって来ているし、ここらで切り上げるのが丁度いいかもしれない。宿題もまだやってないし。
「マノン、俺の警戒心は上がってるぞ。易々と覗けると思うなよ?」
「……ふっふっふ。私は自分の全てを使ってでも青さんを倒してみせますよ」
「そうかそうか……なら、正々堂々と戦おうじゃないか」
俺はマノンに惑わされないように過ごす。マノンは……よく知らないけど何かしらを頑張る? という感じで纏まった……のかな、一応。
マノンがガッツポーズしている理由はよく分からないが、マノンがよく分かる時なんてほぼほぼ無いし、気にする必要はないだろう。
「じゃ……碧もそろそろ上がって来るだろうし、風呂に入ってきて良いぞ?」
「……そ、そうっすね」
動き出そうと前屈みになった途端、マノンの時が一瞬だけ止まり、また正座の姿勢に戻った。
スッ……と俺は椅子から立ち上がり、マノンの背後に回った。
「マ~ノ~ン~さ~ん?」
「いや、マジヤバいですっ! それはヤバいですから! んにゃああああぁぁぁぁぁーーー!!」
ツンと足を突ッつく。マノンは飛び跳ねるかの様に動いては、痺れを感じてまた悶えていた。
顔を赤くしてこちらを睨み付けてくるマノンではあるが、無力。ただ、無力だった。
「あ……青さん、覚えててくださいね!! このうりゃみゃああああああああぁぁぁぁぅ……」
「ふっ……正々堂々と相手の弱点は突いていかないと、な」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……なんだかイケない事をしている気持ちになったが、それを考えると今後の戦いにおいても手を抜くことになるかもしれない。だから、ここはあえて心を鬼にして足突っつきマシーンと化すことにした。
「ほれほれ~」
「ちょ、ちょちょ! ちょーーっ!」
「……二人で、何してますん? 碧、もしかして見てはいけないものを見てしまったのでしょうか? パシャって撮ってみたり……」
振り返るとそこに、ドアの隙間から覗いているスマホカメラと碧の瞳があった。
悪いことなんかしていない。していない筈なのに、なぜか責められている気がしてならなかった。
だからだろうか? 言い訳がましい感じで――
「ちゃ、ちゃうねん……」
そう言ってしまった。
完全に失敗したのは、碧が静かに口角を上げながらドアを閉めて去っていったのが何よりの証明だろうな。
「形勢逆転ですね、青さん」
「うるさいぞ、マノン」
隠していたお菓子を手に部屋を飛び出した俺は、碧に献上しに向かった。
それを見越していたのか、碧は自分の部屋でいかにも待ち構えていたと言わんばかりの態度で待っていた。椅子を部屋の真ん中に移動させて、その前に一人分のスペースを開けている。
ふんぞり返っている碧の前に躊躇わずに正座する俺に、もう兄としての威厳なんて無いかもしれない。
「碧様、碧様、これで何卒ご容赦を……」
「うむ、くるしゅーない! で、何してたの?」
「ここぞとばかりに、足の痺れたマノンを突っついてました……」
「お兄ちゃん……いつの間に変態さんになっちゃったの?」
「違う! 変態はマノンだ」
「駄目でしょ! 人のせいにしちゃ!」
心の中で「違うんだーーっ!」と叫ぶが、実際はお菓子を差し出して写真を消してもらっている姿しかない。悲しいかな……何かと言えば、ちょっと高めのお菓子を買ったのが地味に心と財布に負担となっている。
「もう、マノン姉をいじめちゃ駄目だよ?」
「大丈夫……仲良くするから、大丈夫だ」
しぶしぶ納得してくれた碧。
でも、ゴメンな碧。碧も気付いているだろうけど、小さくドアが開く音がしただろ? 絶対に後ろで見ている奴が居るだろ?
「じゃあ、ちょっと宿題終わらせてくるな」
「碧はお菓子食べよーっと!」
さぁ、勝負しようか……と言いたい所だけど、そろそろ宿題をやり始めないと寝る時間がすこぶる削られてしまう。
マノンの足音が遠ざかるのを察知して、俺もそれを追うかの様に自分の部屋へと戻った。
「マノン、とりあえず宿題を片付けよう」
「そうですね! パパッと片付けて、遊ぼうですよ!」
「穴埋めのプリントの方は任せた。俺は数学の方を進めておく」
「ラジャーです! すぐに取ってきますね!」
二人で手分けをしながら進める宿題は、効率に関しては良くなっているのかもしれないが、正解率に関しては何とも言えない状況だった。
自分が担当した場所については当たっているという自信はあるものの、マノンが担当した箇所については、やはり不安だ。明日、のののに教えて貰っといた方が、授業で当てられても自信を持って答えられる。
それでもとりあえず、宿題は終わった。今からでも軽くなら、ゲームでもして遊べる時間くらいはある。
「何かするか?」
「あー……楽しくて忘れてましたけど、明日も早起きする予定なんですよねぇ~」
「じゃあ、今日はもう休むか?」
「そうですね……寝ます!」
そう言って俺のベッドにダイブするマノン。
今までの経験からして、これは“待ち”の状態なのだろう。俺が何かを言って、マノンがまた言い返す……みたいな。
もしかして、だ。もしかすると、俺が必要以上に相手をするからマノンも必要以上に何かをやらかそうとするのではないだろうか。
仮にその予想が当たっていたとするならば、マノンの行動を制限する事が可能になるかもしれない。
基本的には、マノンから何かを仕掛けてくることが多い。つまり、俺の選択する言葉次第で、マノンを大人しくさせる良い返答を決められるかもしれないということだ。
いつもの俺ならば、ここで「いや、どこで寝ようとしてるんだよ!」みたいなことを言うだろう。
マノンがボケで俺がツッコミ担当と考えれば、とても簡単に対処できる。ボケを活かさない行動――すなわち、全肯定してやれば良い。
俺はマノンのお腹の下に潰されている布団を引っ張り、そして、うつ伏せから仰向けになったマノンにそっと掛けてあげた。そのまま一言。
「おやすみ、マノン」
「あっ……え? えっ? …………え?」
混乱しているマノンを放置して、電気を消した部屋から俺は颯爽と出て行く。
このまま本当に寝るのなら、俺は碧の部屋で寝るからそれでも良し。普通に碧の部屋に戻るなら、俺は自分の部屋で寝るから結局は良しだ。
リビングに向かいながら、俺はマノンの攻略法を見付けたのではないかと、少し賢くなった気になっていた。
まぁそれも……部屋の様子を見に戻り、普通に寝ていたマノンを見るまでは、だったけど。
寝ているマノンを見た瞬間に「俺は何がしたかったんだ?」と小さく声に出していた。残念なことに、どうやら俺は賢さとは無縁の場所に居るらしい。
仕方なく部屋のドアを閉めた俺は、眠ろうとしていた碧の許可を貰って、部屋に入れて貰った。
事情を説明すると「お兄ちゃん可哀想」という、複数の意味で捉えることが出来そうなお言葉を頂戴した。
何かと悲しい思いをした俺は、マノンが使っていた布団を拝借して、今日は早めに寝ることにした。
寝れば気持ちはだいたいリセット……とまではいかないかもしれないが、ある程度の回復は可能だろうし。
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