第98話 逆じゃないの? 普通はさ
100部目だけど、2話ほど別の話を挟んだから98話目!
お待たせしました!
よろしくお願いします!
相も変わらず迷走中みたいですよ(´ω`)
「いただきます」
「いただきますっ!」
味がよく染み込んだジャガイモ、ニンジン、タマネギ。肉はもちろん美味しいが、個人的な好みで言えばやっぱり白滝。濃いめの味がついた白滝は超美味い。
可能なら全部独り占めしたい所だが、一人ずつ器に分けられてしまっている以上、残念な事にそれは不可能な仕様となっている。
肉と交換なら……とは思うが、さすがに自分でもそれはどうかと思うわけで。
「美味しいですっ」
「良かったわ。そういえば青? マノンちゃんにお礼は言ったの?」
「あっ、言ってない」
「お礼……? なんのです?」
「いや、ほら……朝食とか弁当とか作って――――」
弁当を作ったのはマノン。それは朝にお母さんから聞いていた。学校ではむやみやたらに近付かない様にしていたから、お礼を言うのが遅くなった。
それはまぁ、今から言うから気にしなくて良いはずなんだが。あれ……なんだろうか、この何とも言えない感覚は。
「んん?」
「あー、えっと、だから……美味しかったぞ。ごちそうさま」
「はいっ! 明日からも腕に縒りを掛けちゃいますよっ!」
何だか凄くモヤモヤする。弁当は美味しかったし、問題は何も無いはずなんだけど。気にしすぎなんだろうか……。
「マノンちゃんが居てくれるとラクで良いわねぇ」
「何でも手伝っちゃいますよ! お任せあれです!」
肉じゃが美味い。それだけを味わって、先に食べ終えた俺は部屋に戻る事にした。
三人で会話を楽しんでいるみたいで、まだまだ碧とマノンが食べ終わるのに時間が掛かりそうだった。
数少ないチャンスの到来。騒がしくなる前に宿題を終わらせてやるつもりで、俺は机に向かった。
先にぐうたらして後でやるのと、先にやっておいて後でぐうたらする二択ならば、俺は後者を選ぶ。二人が来てからだと、集中力が続く自信がない――理由はそれだけなのだが。
今日の宿題は教科書を見て穴埋めすれば良いプリントが数枚と、数学の問題集みたいな教材を数ページ分だけ。少し時間が掛かるが、集中すれば問題なく終わる。
「よ~し……」
「青~」
シャーペンを持ち、芯を出したタイミングで部屋の外からお母さんの声が響いてきた。このやる気を削がれた感じ、どうしてくれようか。
今こそ反抗期を発動させる時かもしれない。……反抗期って自分で発動するものじゃないけど。
「なに? 今、忙しいんだけど」
「暇でしょ? 風呂掃除しといて」
「キィィィィーーッ!」
「こらっ! 変な声出してないであんたも手伝いしなさい!」
自分の中で、一番ヤバいタイプを演じてみたが簡単に一蹴されてしまった。発狂系で反抗してみても、どうやら効果はないらしい。
しぶしぶ……シャーペンを机の上に置いて部屋を出て行く。こうなればさっさと終わらすのが結局は一番良い選択だ。急がば……急げってやつだな。とても普通のことだけど。
◇◇◇
「はひゅ~……」
風呂掃除の後、一番風呂をいただいた。昨日は溜まっていくお湯を横目にシャワーで済ませていたが、今日は湯船に浸かって疲れを取る事にした。
まぁ、それは嘘だ。疲れるほどの事をしていない。ただ、なんとなく……というか、風呂に入るのに深い意味なんて無いしな。
「森林の香りとか書いてあったけど……色がそうさせるだけだよなぁ~でも、それで良いんだよなぁ~別に~」
浮力で体が軽く感じるのは当然としても、心まで軽くなっていく様に感じるからお風呂って素敵だ。あんまり長湯すると湯あたりしてしまうが、少しでも長い間このお湯の中に居たいと思ってしまう。お布団の魔力とはまた違うけど、魔性の物には違いない。
テレビを観ながら、飲み物を用意しながら半身浴をする人の気持ちが分からなくはない。
時間が勿体無いからしないけど、気持ちいいだろうというのが想像できる。
「はひゅ~」
出る声と言えば、大袈裟に呼吸した時に吐き出した時の声がほとんどだ。それでも一人ぼっちの浴槽にはよく響く。
たしか、お風呂で歌えばエコーがどうとかって誰かが言っていた。歌が上手くなった気持ちになれるとか、リラックスできるだとか。
歌はあまり得意じゃないし、俺には鼻唄くらいが丁度良いのかもしれない。
「ふんふふーんふんふんふーん……うん、もう上がるか」
すぐに止める程度にはハマらなかった鼻唄だった。ふと、一人で何をしているんだろう……と思ったのがいけなかった。一度思った事はそうそう切り替えれないもので、虚しさが込み上げてきた。
虚しいまま風呂から上がった、のだが……急な動きのせいかそれとも長湯のせいか、立ち眩みの様な感覚が全身を襲った。
浴室から出る前に少し頭を低くして座る。クラッときた後は、ズズズと重量に潰されそうな感覚に支配される。
「はひゅーはひゅー……大丈夫、大丈夫」
ぽーっとする感覚が引いていくまで座って、ただ呼吸だけをする。
「はひゅ……ふぅ~、はぁっふぅ……」
「青さん、大丈夫ですか!?」
「オケ……オッケー、大丈夫」
「お水持ってきますね!」
「あぁ……お願い…………はっ?」
幻覚か? 幻覚なのか? 幻覚に決まってる……よな? いろいろと思うところはあるのだが、それに割く活力がほとんど無い。気持ち悪さが今は勝っている。
冷水を足に掛けたりして熱を冷ましてしばらく、ようやく動いても問題ないまでに回復してきた。
浴室のドアを開け、少し冷たい空気を入れようとした時――そこに、ポツン……とコップ一杯の水が置かれていた。
「冷た美味い……」
俺は全裸のまま水を飲み干す。
湯船にはタオルを着けないのはおおよそ普通の話なわけで。そして湯船から出た直後は当然、何も纏うものは無いわけだ。
なぜ逆じゃないんだ、という邪な考えが頭を巡ったり、見られた側ってこういう気持ちなのか……と悟ってみたり、とりあえず落ち着くことはできた。それに気持ち悪さも少しずつ引いていき、窮地は脱したと言っても良い具合だ。
だが、未だに気持ちがフワフワとしているのもたしかで、替えの着替えを身に付けている時も、髪を乾かしている時も心ここに在らずという状態になっていた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 大丈夫?」
「あぁ、大丈夫。のぼせやすいだけだから」
「そっか、良かった。あっ、そういえばマノンちゃんがさっきから……『大丈夫です、私は全然そういうの大丈夫。もう高校生だから平気です……大丈夫』って呟いてるけど、全然大丈夫じゃなさそうなんだけど?」
今度は急に碧がやって来た。マノンから俺の状況を聞いて、駆け付けてくれたのだろう。
それにしては遅い気もするし、もっと別の事に疑問をもって欲しいが……とりあえずは無事な姿を見せておく。妹に心配を掛けるのは兄として減点だからな。
「マノンのことは気にしなくていいぞ」
「……そうなの? じゃあ、任せるね」
碧にはそう言い聞かせ、今日もマノンと一緒に風呂に入る予定だったのかもしれないが、一人で入るように促しておいた。
どんどんクリアになっていく思考と、ようやく追い付いた心がガッチリ噛み合って、ようやくいつもの状態に戻った気がした。
早速やることを軽く頭の中で纏め、まず最初にコップをキッチンへと戻しに向かった。ただ、戻すついでに持っていく“者”もあるけど。聞きたいことも幾つかある。
「マノンさーん? ちょっとお話しません? 大丈夫大丈夫、お水のお礼ですから」
「はひっ!? お、お水のお礼なら……はい。もう、大丈夫ですよ?」
「そう言わずに、もう高校生なんですよね?」
お水の件は、たしかにありがたい事だ。冷たい飲み物をタイミング良く運んでくれたのは助かる。
でもそれは、碧は流していたけどおかしな話だ。タイミングが良いなんて、あり得るかもしれないがあり得ていい話じゃない。
何を思って近くまで忍び寄って来たのか。まずはそれを問い質さないと、夜もおちおちと眠れない。
見られたことに関してはもう、なんか吹っ切れている。女の子ならまだしも、男子高校生からすればそこまで引きずる様なものでもない。
恥ずかしさが無いとまでは言わないが、寝れば気にならなくなるレベルでしかない。無事に寝られれば、だ。
「け、敬語が怖いです~」
「首根っこ掴んで引っ張らないだけ感謝しろな? 行、く、ぞ?」
「はいぃ……わ、悪気は! 無かったんです……よ?」
小さくなっていく語尾に反省している雰囲気は伝わる。が、それはそれというもの。勝手に反省するまえに、理由を聞かせて貰わなければ。
それこそ、碧を先に風呂に入らせた俺のフォローに感謝して欲しいところなんだけどな。
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