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夏香

作者: みずき

書き上げたいよくが高まったので短時間で書き上げました。

雰囲気を楽しんでもらえればと思いますが、基本は近辺の出来事に色を付けただけのものです。

 初夏。

 まだ蝉の鳴き声も聞こえず、じりじりと肌を焦がす暑さだけが季節の名を刻んでいた。

 縁側に座って、私は一人でアイスキャンディーを頬張る。

 こういうものも最近はあまり見なくなったように思う。コンビニやスーパーに行けばいくらでもアイスはあるが、それは私が幼少期に見たようなモノたちよりは大変洒落たものになっているのだ。

 だからこそ、目に留まったアイスキャンディーを思わず買ってしまった。

 グレープ味の、その体に悪そうな濃い紫色が、とても美味しそうに見えたのだ。

 シャツ一枚に地味な短パンをはいて縁側に腰かける私に風情があるといえるかはいささか疑問ではあるが、暑さの前では簡単に捨ててしまえる程度の風情である。あろうがなかろうが構わない。

「叔父さん。西瓜もらったんだけど、食べない?」

 ふと、和室の方から声がする。

 振り返るとタンクトップの少女が眉を八の字にして立っていた。暑さにやられているようで、片手で顔を仰いでいるが、一向に表情が和らぐ気配はない。

 姪っ子は一週間前ほど突然私の避暑地にやってきた。

 理由はわからないが、言わないので聞かない。

 自分が同じくらいの年頃の時どうだったかを思い出せば、おおよそこれが正解だろうと思ったのだ。

「西瓜はあんまり好きじゃなくてな」

 夏に夏らしいことをすべきだろうとは思ったが、正直に言った。

 あまり気分ではないし、何より今まで自分に素直に生きてきた。西瓜一つとっても、素直にいったところで今更バチもあたらないだろう。

「わかったー」

 間延びした返事とともに、姪っ子の姿は部屋の奥へと消えた。

 西瓜は硬いし、台所まで行って手伝うべきか少し考えた。が、あの子がここにきて何かに詰まったことはあまりないから、大丈夫だろう。

 変な話だが、こうして外で動かず陽に当たって汗を流すのは嫌いではない。

 汗を拭くことなく縁側の板の上にぼたぼたと汚く落とすのには、一種の解放感の様なものがあった。だから、昼間からずっとこうしてだらだらと汗を流している。

 唯一の友は氷の入ったグラスだった。

 この空間に酔ったのか、暑さにやられたのか、暫くぼうっとする。

 ふと手をやると、空になっている。和室の日陰まで麦茶を取りに行こうとしたところで、姪っ子が隣に座った。

「はい、麦茶」

 友がグラスと麦茶の入ったペットボトルに、片手に西瓜を一切れ持った姪っ子と三人になる。

「ありがとう」

 反射的に礼を言って受け取ると姪っ子が笑うが、気にせずグラスに注いで勢いよく飲んだ。とても気持ちがいい。

「叔父さんってすぐありがとっていうよね」

 私の手から麦茶のペットボトルを奪うと、姪っ子もまた同じようにグラスに注ぐ。

 どうやら友は四人であったらしい。

「礼は大事だからな」

「口先だけでも?」

「口先だけの礼が一番大事だ。それができる奴ほど得する」

「ふーん」

 興味があるのかないのかわからない返事も、曖昧な意識の上では蜃気楼に近い。

 まさに頭が空っぽというやつだ。

 こうなると、普段考えていることや、思い付きが口から出る。

「そういえば、なんでタンクトップなんだ?」

「動きやすいし涼しいから」

「俺は白いワンピースに麦わら帽子が好きなんだが」

「叔父さんの書く夏の小説にはよく出てくるもんね。何人出したの」

「……十人以上は」

「多すぎ」

 姪っ子は疲れた笑い顔でこっちを見てくる。

 やめてほしい。

「夢なのさ」

「夢?」

「草原とか向日葵畑で、夏空の下麦わら帽子を被った白いワンピースの少女が手を引いてくれるのがだよ」

 口に出してみると妄想もいいところだと感じる。

 第一想像している少女は涼しげだが、初夏でこの暑さなのだから、誰かがやって見せたとしても汗が大量に吹き出ているだろう。

 あぁ、これだから現実は。

「叔父さん、執筆はいいの?」

「何にもな、思いつかん」

「そういう事もあるのね」

「そういう事の方が多いさ。それでも、きっと今幸せだ」

「こんなに暑いのに?」

「こんなに暑くてもだ」

「へんなの」

 姪っ子はよくわからないと西瓜にかぶりついて、種を庭先に飛ばした。

 私の生き方は、あまり理解されない。

 端的に言えば、やりたい事最優先。

 それでも、やらねばならぬことはきちんとこなしたうえで、人生をなめていると言われたり、世渡り上手だと言われたりするのだから、できているものだと信じている。

 やりたい事に時間を費やすと言っても、今のようにだらけている時間の方が多い。作業が進まないのは危惧すべきことだが、元々気分屋なのだから仕方がない。その気分が向くまでだらだらできる時間を、自分で作り、満喫しているのだ。

 これを幸せと言わずになんというか。

 息を抜く時間というと、どこからか抜きすぎと言われそうだが、人間少なからずそういう時間は大切だ。

 姪っ子も、恐らくそれを求めてここに来たのだろう。

 そんなことを考えていると、姪っ子がシャツの袖を引っ張ってきた。

「私で一作書いてみてよ、叔父さん」

 妙に色っぽい声だった。

 まとわりつくようだった気怠さが気にならない程に動揺したし、姪っ子の日焼けがやけに理性を揺さぶる。

 いい歳になっても独り身を貫いていると、こういう事に弱い。

 とはいえ、こちらもいい大人である。さすがに理性が負けることはない。

 今のところは。

「馬鹿いえ、導入はともかく、オチが着かんだろ」

「えー」

 いつもの親しげな不満が耳につくと、私も精神が落ち着くようだった。

 相も変わらず隣で膨れている姪っ子は可愛らしい。

 夏は何かと奇妙な事が起きる季節だが、突然少女が色っぽさをまとうという事も身に覚えはなくとも、様々な書籍で見た覚えがある。

 私には縁がないものかと思ってすっかり失念していたが。

 訪ねてきて数日、姪っ子は訪ねて来たくせにほとんど会話をしなかった。以前何度かあった時は懐っこく私に寄ってきてたくさん話をしたものだから、これは何かあるなと思い至るには容易かった。

 のんびりとした時間の流れを求めてきたのだろうと先ほど思ったが、勿論それだけではないのだろう。だが、それは本人が何かを示すまでわからない。


 両手をついて、体をそらすようにして空を眺めた。

 雲はゆっくりと流れていく。

 その光景に同調して薄れる意識の中で、私の汗ばんだ手に何かが重なる。




 直後、話をしようと横を向いた私の鼻孔を、やけに甘い西瓜の香りがくすぐった。


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