繊細な神経を保っている奴こそ小説家になれるって風潮について
そうだ、そういう姿勢が、小説の執筆には大事だ。
現実でありえない事、ありえない事をする事が、最も楽しい、面白い、可笑しいのだ。
限界を超越する、どう考えても、人間が最も娯楽を、喜びを感じる事だ。
それは普通ならありえない事だからな。
現実を超越する、ことわりを凌駕する、
人間ならば、これほどに胸が躍る挑戦は無いだろう?
人間として、俺はこれにこそ挑戦したい。
そうだ、この俺の生きざま、姿、人生こそが、特異点なのだ。
無限大の活力と想像力を、なにもかもを生み出す源泉の中の原泉。
俺は俺に対して、俺の生命を脅かす以上の、危機感を抱いているのだ。
現実にありえない姿を、俺がしているからだ。
俺の現実で、俺の姿は、絶対的にありえないのだ。
今の俺が、俺のような姿で、俺として振る舞っている事が、ありえない現実なのだ。
最愛の存在を、自ら殺すのにも等しい行為を、俺は現在進行形で、やり続けているのだ。
いや、それもあるが、指先だけで、俺は無限大の奇跡を、現実における実体のある奇跡を想像しているのだから、これは当然だ。
もう既に、現実がスローに走馬灯のように見えているのだ。
俺は現実として、ありえない領域で、ありえない行為をしているのだから。
例えるなら、強化人間を作って、酷使して、見返りの給料を没収する、例のアレレベルである。
泣きべそ垂れる少女を見て、ほくそ笑んで、
口上としては、昨今の不景気でと、相手を無理やり納得させて、俺の前では健気に振る舞う姿を、内心で笑っているのだ。
そうだ、
どうでも良い事に対して気が触る、神経質な奴が書く小説を見せろ
引き籠りや、ニート、社会不適合者こそが活躍できるんだぞ
ってわけじゃないがな。
俺が言いたいのは、他人にとっては下らない事に必死になれる奴が良いのだ。
下らないと思わないだろうか?
ツンデレヒロインの、無意味っぽい語り口調
ニーソックスやツインテールに過剰に反応する、キモオタク
なにもかも、どうでも良いと思えるなら、神経質さを無くしている
繊細な技術力が必要不可欠なのだ。
ツンデレヒロインの、あの絶妙なバランスの取れた塩梅、
これを繊細な神経と言わずに、なんと言おうか?
ヒロインのニーソックスの、絶対領域のあの感じ、これも繊細な神経が無いと駄目。
ツインテールの、微妙な、最高のバランスの取れた長さ、頭との位置関係、等々。
ストレス耐性が一線越えて高いと、どうでも良いと思える事は多い。
だが負荷じゃ無く、このような娯楽は、どこまでも研ぎ澄ませるものだ。
痛みを麻痺させる事はできる、
だが、快楽は麻痺させる、鈍化させない事もできるという事だ。
俺は痛みに強い、我慢をする必要が無いレベルで、鈍化、麻痺している。
だが面白い小説を書きたいと思っているのだ。
温室で育った、クソ詰らない小説を超越する、真に面白い物語の世界を想像創作したいのだ!
俺は灼熱の戦場を望む、生存本能を無上に刺激し、研ぎ澄ますような、
今流れる世界をスローにさせるような、圧倒的な命の危機的状況を味わいたい、
そう、それは絶対的な、人間が理性や本能で拒絶するレベルの痛みだ、それ以外の何かだ、
この世界における、理不尽や不条理、不合理や不効率、激情を醸すような、感情の無限源泉を創造したいのだ!




