花の章3 「北海道編4〜観覧車〜」
「嬉しかったか?」
狭い空間で向かいに座る住田さんがそう私に聞いた。
「さっきの事?そりゃ…嬉しいよ」
ああ言われて嬉しくない母親が、女がいるのだろうか?いたら真っ直ぐ目を見てこう伝えたい、『死ね』と。
「ねぇ住田さん、この観覧車1周15分なんだって。観覧車が下に着くまでゲームしましょ」
「ゲーム?」
「そう。何を聞かれても本音で答えるゲーム。だけど、この観覧車を降りたら全部忘れるっていうルールで」
「………わかった」
これでこの人の本音が聞ける。もちろん、全て本音で答えるとは限らない。けどきっとこの人は嘘は言わない。
「さっき私を口説くって言ったの、アレ本気?」
さぁ、どう答える?
「本気」
単語で答えた。もうちょっとこう、照れとかないの?
「口説いて、その先は?」
「それはお前次第だろう。お前はどうしたいんだよ。そもそも、俺のその気持ちに応える気あんの?」
しまった、何も考えてなかった。
「えっと…その…」
「何の準備もなしにこんなゲームなんて提案してんじゃねぇよ。俺を陥れようとしたのかもしれないけど逆に自分の首絞めてんじゃねぇか」
仰る通りです。思いつきで始めました…。
「まぁいいや。せっかくだから聞いてみるけどお前、誰かと結婚する気あるの?言っとくけどお前から始めたゲームだからな?本音で答えろよ?」
自分の首が思ったよりも締まってくる。
「正直、ちゃんと考えた事なかった。私は秋を育てる事を1番に考えてたから」
「じゃあ秋が成人したら?結婚したら?お前はその先どうするんだ?」
秋が小さい時は育てることに必死だった。けどそろそろ、遠くない未来にそれはやってくるかもしれない。
「考えたくない…」
「逃げてんじゃねぇよ。先を見据えろよ」
住田さんの言葉が痛い。確かに、逃げているのかもしれない。
「ちょっと秋のことは置いておけよ」
「置いとけないよ!あの子は私の全てだよ!」
「何でもかんでもあいつに背負わせてんじゃねぇ!」
狭い観覧車に住田さんの言葉が響く。それよりも私の胸に響いて鳴り止まなかった。
「そんなに…いじめないでよ…」
また涙が出てきそうだ。
「いじめてねぇよ。いつかくる絶対の未来だ。その時になって初めて考えるなんて、それこそ地獄じゃねぇか」
私は秋に幸せになってほしい。その幸せの中に、結婚というものも含まれている。ならばやっぱり住田さんの言うようにいつかくる絶対なのだ。
「難しく考えるなって言ってんだよ。秋がどうとかそんなんじゃなく。ただ、お前にどんな覚悟があって秋といるのかはわからないけど、いったんソレを取っ払ってみろって言ってるだけだ。なにも母親やめろなんて言ってない。秋がさっき言った言葉でお前らがどれだけ深い絆なのかはわかったから。思考の中でくらい1人の女になってもバチは当たらないだろ?」
観覧車が1番高いところに到着した。あと、半分…。
さっき神社で私は秋が幸せでいられますようにと願った。もしも、秋の幸せの中に私の事が含まれるとするならば…。ほんの少し、私だけのことを考えても良いのならば…。
「私だって、普通に結婚したかったよ。好きな…人と…一緒になりたかっ…」
最後まで言葉にできなかった。
秋に背負わせるな、という住田さんの言葉が未だに頭に鳴り響く。私が心の中の1番深くて暗い場所に鍵をかけてしまっておいたはずの箱を思い出してしまった。
「どうして今まで我慢してたんだよ。あいつならわかってくれたはずだろ、お前の気持ち。お前はあいつが子どもだからって、私がいなけりゃダメだって思い込んでただけだ。あいつはもうお前が思ってるよりも大人だよ。もしかしたら、お前よりも」
私たちの観覧車と秋の観覧車が並んだ。秋はこっちを見て手を振っている。私は何とか笑顔を作って秋に手を振り返した。
「今日初めて話したのに、秋の事わかったように言わないで」
「お前こそ、秋の事全部知ってるなんて思いあがるなよ?お前が知らないあいつを俺は知ってんだよ。そうやって、いろんな人があいつを見てる。良いところも悪いところも。それを全部足したって100%のあいつにはならない。あいつの全部なんて、誰も分かりっこない。あいつ自身でさえも」
展望台で秋に言ったことと同じ事を住田さんは私に言った。その言葉で私は気付くことができた。
「お前もそうだ。俺はお前のことなんてこれっぽっちもわからない。けど、覚悟はあるよ」
そう言えば、本音を言うゲームだったっけ。
「ちょっとだけ、時間ちょうだい」
そう言って1分だけ時間を貰った。私が話し始めるまで住田さんは何も言わず待っていてくれた。
「はぁ〜、久しぶりに自分だけの事考えたなぁ」
本当に久しぶりでいつ以来なのかも思い出せない。
「秋の事を抜きに考えたら、私には…一緒に生きたい人がいる」
まさか言葉にするなんて夢にも思わなかった。たとえ頭をよぎったとしても、絶対に言葉にしないと誓っていたはずなのに。
「その人を超えるくらいの良い男に秋を育ててきたつもり」
「そんな良い男なのか?」
「もちろん!」
自信を持って言える。思い出すだけで涙が出るほどの、最高の恋だった。だから私は秋の母親になってもその思い出だけで満足できた。新しい、リアルな恋なんていらなかった。
「もし私が結婚するなら、秋かその人じゃなきゃ嫌だ!他の男なんていらない!眼中にない!私はその2人に囲まれて死ねるなら地獄にだって笑って行ける!」
鍵をかけたはずの箱が蓋を開くと、蓄積していた想いは堰を切ったかのように溢れてしまう。けど寂しいけど観覧車はあと少しで下に着いてしまう。
「そっか…」
住田さんは無表情のままでどんな気持ちなのか読み取る事ができない。
もし今これを逃せば本音を言う機会はまた当分ないだろう。残された時間はもうあとちょっとしかない。
秋、ごめん!今だけ、観覧車が終わるあとちょっとの時間だけ私を、七尾花でいさせて。
「まだ好きなのかよ、そいつのこと」
「うん。好き………大好き!もうすごい好きっ!」
ずっと言いたかった。だけど心の奥底にしまっておいた。素直な気持ちのままでは2度と言うことはないと思っていた言葉。
「あんたのことが今も好きだよ、三太。最初に会った時から何も変わらず、ずっとずっと好きだったよ」
初めて住田さんの顔が激しく変化した。
「お前、いつから気付いてた?」
住田さんの顔した三太からようやく三太の声が聞けた。
「最初にアレ?って思ったのは神社かな?神様は昔人間だったから神様になっても人間臭さが残ってるって昔言ってたじゃない?その時はピンとこなかったけど。で、展望台で秋に人のことなんて全部わかりっこないって話したでしょ?あれも前に三太が私に言った事だよね?私も三太の受け売りだけど秋に言ったことあるからその時は『あ〜、似たようなこと考える人がいるんだなぁって思ったくらいだったんだけど、確信したのはハンカチ」
「ハンカチ?」
「三太の匂いがした」
どんなに同じ洗剤を使おうが何しようが私が三太の匂いを間違えるはずがない。
「なんだよ。せっかく本気出して変装したのに。声まで作ったってのに」
初めて見せる住田さんの悔しそうな顔。
「無表情すぎじゃない?」
「さすがに元同僚のお前にはバレるんじゃないかって思ってな。それにコレ、安いヤツだからあんまり表情変えると浮いて隙間できちゃうんだよ。長時間一緒にいたらバレちゃうだろ?」
そう言って『住田三太郎』は顔面を指さす。
「そんなことしなくてもバレちゃったけどね〜笑。てか、随分と手の込んだ事してるね?なんか意味あるの?」
「あるけど、それを話すにはもう時間がない。もっと話さなきゃいけない事があるだろ?」
確かに。ごもっともです。
「花、いつでもいい。待ってるから。秋が18歳になる時でも、成人した時でも、家を出た時でも、結婚した時でも、今日でも、明日でも。俺はいつでもお前といる準備はできてるから。いつまででもお前のこと待っててやる」
バカ、やめてよ。もっと好きになるじゃない。嬉しい。けどちょっといじめたい笑。
「それより先に言わなきゃいけない事、あるでしょ〜?笑」
私はちゃんと言ったよ?
「あ〜、もうっ!めんどくせぇなぁ」
わかった?笑。じゃあ言ってよ。
「好きだよ花」
思わず笑みが溢れる。
「いつから?」
「最初に会った時からだよ」
まだっ。まだ欲しいよ。
「今も?」
「今もだよ」
「いつまで?」
「ずっとだよ。あぁもう!ホントめんどくせえ!」
三太の声が心地いい。私の、好きな声。私がずっと好きだった人の声がすぐ近くで聞こえる。
「忘れんなよ?」
「え?降りたら忘れるルールでしょ?」
「わかった。じゃあ俺も忘れる」
「え〜、やだぁ」
「なんだよもう!お前こんなめんどくさかったっけ?」
だってぇ。
「三太ぁ」
「なんだよ」
「ちゅ〜しよっか?」
やばいっ、止まんない!笑
「しねぇよ」
「え〜!なんでぇ!」
「上に秋がいるんだぞ!」
「見えないじゃん」
「そういう問題じゃねぇ」
「じゃあどういう問題よ!TPO?」
「んなもんクソっくらえだ!」
「じゃあ何よ?」
住田さんの顔した三太は変な顔をした。
「理由がたくさんあんだよ」
「たくさんって、何よ?」
「そりゃあ…。せっかくキスするのに自分の顔じゃないのも嫌だし…。何より1回したら次会う時にもしたくなる」
「もしかして、今まで我慢してた?」
三太は露骨に視線を外した。
「え〜、三太我慢してたのぉ?笑」
「うるせぇな!」
そうなんだ笑。なんか、ちょっと嬉しい。
「笑ってんじゃねぇよ」
「だって笑。じゃあ特別に『いつでも花さんにちゅ〜しても良い券』1枚だけあげる」
特別なんだからね?笑
「いらねぇよ」
「え〜なんでぇ!プーティならその券1枚だけのために国家予算全額注ぎ込むよ?」
「あいつホントいつか国を滅ぼすな。不安で仕方ねぇ」
「いらないの?」
「いらねぇよ。そんな券なくても、これからはしたい時にする」
きゃっ///
お疲れ様でしたぁ、と係員さんが観覧車のドアを開けた。夢のような15分はあっという間に終わってしまった。三太が立ち上がる。なんならもう1周乗ってもいいくらいだ。
「忘れんなよ花。待っててやるから、いつまででも」
降りる直前、振り向いて私にそう言ってから三太は地上に降り住田さんに戻った。
ねぇ秋?私ね、ずっと好きな人がいたの。
黙っててゴメンね。
秋が生まれる前から、私はその人のことが好きだったの。
あ、でも今その人は2番目。もちろん秋が1番だよ。それは変わらない。
でもね、その人はきっと自分が2番目だとしても今と変わらず私を好きでいてくれる。
秋と同じくらい私を大切にしてくれる。
もしもいつか、そんな時が来たらの話だけど、もしもそういうタイミングが来たらその人と一緒にいてもいいかな?
秋は許してくれるかな?祝福してくれるかな?
本当はね、秋だけの花さんでいたかった。
けどね、秋が生まれるまでは、その人だけの花さんでいたかったんだ。
秋は自分のせいで私の未来を狭めてるって言ったけど、そんなことないよ?
あなたのおかげで、前よりあの人との繋がりが強くなったって私は思っているの。
じゃないと、とっくに私達の縁は切れていたはずだから。
あなたがいたから、三太の愛情を信じることができるんだよ。
ありがとう秋。
それと、ありがとう三太。
こんな私でごめんなさい。
あなたを裏切った私に、まだ好きだと言うことを許してくれてありがとう。
けど三太、私はあなたと出会ってから片時もあなたへの気持ちに変わりはないよ。
信じてね、三太。
「なしたのお前?気持ち悪ぃ」
きっと呆れた顔でそうやって言うだろうから絶対に言ってあげないけどね。
あ〜、なんか高校生の頃に戻った気分。
可笑しいね、もう三十路なのに。
秋くらいの年頃だったらこんなこと言ってもいいんだろうけど。
ねぇ秋?秋も恋をしてね。
ずっと想い続けていられるような、そんな恋をしてね。
そりゃ嫌だし嫉妬もするけど、きっとあなたなら素敵な人を見つけるはずだよ。
三太に負けないくらい、素敵な女性に恋をしてね。




