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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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花の章 「北海道編3〜札幌観光〜」

「飽きた!」

開会式を終え私と出展作品を一通り見終わった秋はさっきの凛々しい顔とは比べ物にならないほどにダラけきっていた笑。

「わかる〜。私も笑」

私でさえ飽きていた。そもそもどちらかというとこんな堅苦しいところ私達親子は苦手なのだ。

「よし、逃げよう」

後ろから声がしたかと思うといつの間にか住田さんが立っていた。

「逃げようって笑。住田さんまだ仕事あるんじゃないの?閉会式とか」

秋はすっかり住田さんに慣れたようだ。一方私は住田さんに構えてしまう。さっきの言葉がまだ私の中で消化不良を起こし未だにこの人とどう接していいかわからない。

「いい。俺も飽きた。別にお金貰って司会したわけじゃないし。そうだ!お前らまだ札幌観光してないだろ?連れてってやるよ!」

社会人の発言としてそれはいかがなものだろう?無責任すぎやしませんか?

「ほんと!やったぁ!一回ホテル戻って着替えてきていい?」

「ああ、そうしろ。着物じゃ動きづらいし目立って仕方ねぇ」

男2人で勝手に盛り上がってる…。

「あの、ご迷惑じゃ…」

私が!私が迷惑なの!せっかく秋と2人で札幌観光しようと思ってたのに!

「迷惑なんだろ?せっかく秋と2人でって思ってたのに、ってか?」

え?なに?エスパーなの?怖いっ!

「どっか観たいところ決めてた?」

正直決まったのが急すぎて観光場所を煮詰め切れていなかった。時計台とかクラーク博士の銅像とか、ベタなところしか思い付かない。

「どうやって行く気してた?例えば時計台から羊ヶ丘展望台まで車で20分かかるけど?レンタカー予約してる?道わかる?ご飯どうする?」

エスパーが私の思考を読み取りなおかつダメ出しをする…。

「嫌なら邪魔しない。ただのドライバーだと思ってくれて構わない」

「けど…、住田さんはそれでいいんですか?」

あんた私のこと好きなんじゃないの?口説くんじゃなかったの?一体、なに考えてるのよ!わかんないっ!

「敬語いらない。気持ち悪い」

気持ち悪いってなによ!怒

「花さん、俺、住田さんと観光したい。ダメかな?」

そんな目で見つめないで。なんでも言うこと聞いちゃうじゃない!

「じゃあ住田さんが良ければ…」

「決まりっ!じゃあ部屋戻って着替えてくる!」

秋は颯爽と走り出し部屋へと戻って行った。となると、秋が戻ってくるまで住田さんと2人きり…。

「タバコ吸ってくる」

くるりと回れ右して私の前からいなくなった。

私と2人になるのを意図的に避けられた気がした。それならそれで別にいいんだけど…良いんだけど…ならさっき口説くとか言わないで欲しかった。からかうつもりなら、他の人にして欲しかった。そういうの、私の人生にはもう必要ない。私の心をかき乱さないで欲しいと思った。




「ねぇ住田さん。言いにくいんだけど…」

秋が冴えない顔で申し訳なさそうに言った。

「出来れば本物の時計台が見たいんだけど。レプリカじゃなくて」

私も秋の意見に同意する。誰が札幌まで来てハリボテ見せられて満足するんだ!本物見せろ本物!

「秋、残念だがこれが本物だ。お前らがよく見る時計台はここで間違いない。そして観光客の9割がこれを見てガッカリする」

嘘でしょ?こんなハリボテみたいなのが本物の時計台だとでも言うの?

「俺、もれなくその9割に入るよ」

「だろうな。俺もその9割だ」

私もその9割に入れて下さい。

「いいか?次に行くクラーク博士の銅像がある羊ヶ丘展望台もこんな感じだぞ?」

「札幌になんの魅力も感じなくなって来たよ…」

思わず本音が漏れる。

「札幌は観光で来るよりも住む街なんだろうな」

そう判断できるほどまだ札幌という街のことを私はよく知らない。

「とりあえずお腹空いた」

言われてみたらもう昼時だ。私もお腹ペコペコだった。

「ラーメン、寿司、ジンギスカン、スープカレー。何食べたい?」

「全部!」

秋、それは欲張りってものだよ。

「食えるもんなら食ってみろ」

「すません、無理です笑」

私だって食べれる物なら全部食べたいよ。人間も牛みたいに胃袋いっぱいあれば良かったのに。

「じゃあそのうちの2つ選べ」

「じゃあ俺が1つ決めるから花さんがもう1つ決めて」

私と秋は必死に考える。札幌に来たからには食べたいもの。ラーメンは外せない!北海道なら寿司も外せない!

「俺ラーメンは食べたい!」

やっぱりね笑。

「じゃ私はお寿司!」

秋は笑って

「やっぱり」

と言った。きっと秋もラーメンとお寿司だったのだろう。住田さんが携帯で時刻を確認する。

「よしじゃあ大至急車に乗れ!5分遅れたら1時間を無駄にすると思え!」

言葉の意味は分からなかったが猛烈にダッシュした住田さんの後を追って私と秋も全速力で車に向かった。



「何これ!美味い!麺自体が美味い!」

「スープも絶品!味噌も美味しいけどこうなると醤油や塩も気になるね!う〜ん、食べたい。けど無理ぃ」

住田さんは時計台から車をぶっ飛ばし全国でも有名なラーメン屋に連れて行ってくれた。さすがに有名店だけあって着いた時には長蛇の列で、席に着くまで30分かかった。私たちが並び始めてしばらくすると店を一周するほどの勢いで客が集まり始めた。なるほど、5分の遅れは1時間無駄にするとはこういう意味だったのか。

「いいなぁ住田さん。こんな美味しいラーメンいつでも食べれるなんて」

私は心底羨ましい。美味しいラーメン屋さんがあるということはそれだけでその土地に住む価値がある。

「・・・・・・・・」

おい住田?…無視かぁ。さすがにちょっと傷付く。

「す、住田さん?」

堪らず秋が声をかける。

「あ、すまん。食べるのに夢中だった。なんだった?」

「いえ、なんでもないです」

私はしゅんとして再び麺をすすり始める。別になんでもないよ。ただ、ラーメンを食べながらこんな寂しい気持ちになるなんて、札幌に来る時には思ってもいなかった。

なぜ?どうして?なんで私はこんな寂しい気分にならなきゃならないの?どうして今日初めて会ったこの人に気持ちを揺さぶれらなきゃならないの?そう考えると段々住田さんに対して腹が立ってきた。

「食べ終わったら次はどこ連れて行ってくれるの?」

私のそんな気も知らず秋は無邪気に住田さんに懐く。

「神社」

「へ?神社?」

「北海道神宮。3人で御参りに行こう」

正月でもないのに神社?札幌に来てまで神社?なんなのこの人!死ねばいいのに。

心の揺れを振り切るかのように私は心の中で悪態をついた。




「ここで手を洗うんだ。その柄杓で水をすくってまずは左手にかける。その次は右手。柄杓を右手に持ち替えて左手で水を溜めてそれを口の中に入れて濯ぐ」

住田さんの真似をして私達は手と口を清める。

「住田さんはよく来るんですか?鳥居くぐる時に一礼するとか、端っこを歩くとか、詳しいですね?」

私の質問はまた無視されるかと思ったけど

「好きなんだ、神社とか。心が清まるみたいで。錯覚なんだろうけど、それでも時々神社に来て御参りしてる。そうやって無理にでも頭の中でリセットしないと潰されそうで」

返ってきた答えに私はドキッとした。飄々としていて、それでいていい加減に見えて実はとても繊細なのかもしれない。

「秋、御参りの仕方知ってるか?」

「二拝、二拍手、一拝でしょ?」

「さすがだな。それからな、必ず住所と名前も言うんだぞ?じゃなきゃ神様は『お前どこの誰だよ?』ってなるからな」

「神様なのに人間臭い!笑」

「神様は元々人間だよ。藤原道真だって元は人間だろ?だから気に入らない人間もいるし贔屓もする。たまにしか来ないクセに願い事ばっか祈る奴よりかは頻繁に来る控えめな奴の方が神様だって見守ってやろうって気になるだろ?」

秋はふんふんと感心していた。それを住田さんは目を細めて眺めている。

「わかった、そうする。それにしてもこの場所はなんか気持ちがいいね。背の高い木に囲まれて、暑いはずなのに空気が清涼で」

秋はそう言うと携帯のカメラを起動してカシャンと一枚写真を撮った。

「あ、リス!」

秋の指差す方を見ると人馴れしているのか小さなリスが3匹木の下に座っていた。

カシャン

「撮れた!見て花さん」

「可愛い〜」

小動物とはいえそれでも秋の可愛さには敵わないけどね。

「さ、御参りするぞ」

住田さんのあとをついていく秋の後ろ姿を見て、突然『家族』という2文字が私の中をかすめた。

住田さん、七尾秋、そして七尾花。

知らない人から見れば仲の良い3人家族に見えるのかな?

そういうのも、アリなのかもしれない。

ただ、もしそれならば…。秋の父親は、秋を愛し、私を愛し、秋が愛し、そして私が愛する人でありたいと思った。だから、住田さんはない。この人は、きっと私のことをからかっているだけなのだから。



とっておきの場所に連れてってやる、と住田さんが私達を連れてきたのは山だった。もちろん登山をしたわけじゃなく車で山頂付近まで登りケーブルカーで登ったところにある展望台だった。

「凄え!近いようで遠い、不思議な景色だ」

秋の言う通り札幌の街並みが見える程遠い場所にあるはずなのに手を伸ばせば触れるほど近いようにも感じる。

「ねぇ!あれ、札幌ドーム?」

「あれは『つどーむ』。札幌ドームはあそこ。全然大きさが違うだろ?」

「ホントだ笑。ねぇ!あれなに?観覧車が屋上にあるの?」

観覧車?屋上?

「ああ、あれはノルベサっていって商業施設だ。その屋上に小さな観覧車があるんだよ。乗ったことあるか?観覧車」

「あるかなぁ?ねぇ花さん、俺って観覧車乗ったことある?」

遊園地は2人で何度か行った事はあるけど…

「ない、かな?そう言われてみたらないね笑」

「よし、乗ってみるか?初めて乗る観覧車にしては小さいけど」

秋は、行きたい!と即答した。

私はそんな2人のことを俯瞰で見ていた。この人と会ってからまだ5時間も経ってない。なのにこの溶けとみよう、秋の懐きよう。不思議な人だ、この人は。

「ねぇ、住田さん?」

秋が札幌の街並みを見ながら尋ねた。

「さっき神社で神様にどんなお願いしたの??」

住田さんがチラッと秋を見たけどすぐに視線は札幌の街並みに戻った。

「あ、内緒ならそれでいいんだけど。大人の男の人ってどんな願い事するのか興味あって」

やや間があったが住田さんは秋の質問に対し、

「お前と花がこれから先ずっと死ぬまで幸せだけ感じて行きていけますように、だ」

と無表情のまま言った。それが嘘や冗談でないことは私にもわかった。今日会ったばかりの私達にそこまで思ってくれる人はそうそういない。なのに私の事を意図的に避けている。この人って、何を考えているんだろう?

「住田さん、もう1つ知りたいことがあるんだけど」

「なんだ?答えられる事なら何でも答えてやる」

「花さんのこと口説いていいかって聞いたけど、花さんのどこか良かったの?」

やめて秋…。住田さんは本気じゃないんだからそんなこと聞かれたら困るよ…。

「全部」

また表情ひとつ変えずただ一言、住田さんはそう答えた。

「花さんとは会ったばかりじゃない?笑。まだ何もわかんないじゃん笑」

秋の言う通りだ。たった一瞬で私の何がわかるというのだろう。何も分かりもせず恋に落ちるのなら、それはあまりにも無責任な恋だ。

「そう、わかんねぇよ。けどいつまで経ったって誰かのこと全部わかるなんてそりゃ無理だ。人ってそんなに単純じゃないからな。知り尽くしたかと思えば知らない部分が次から次へと出てくる。そいつの事全部知ってるなんて驕ってたら、そのうちいつかその人に落胆することになる。こんなはずじゃなかった、昔はこうじゃなかったって。けど良い事も悪い事も全部ひっくるめて俺は七尾花を受け入れる。その覚悟がある」

誰かの声が聞こえた気がした。

「好きになるのなんて過ごした時間は関係ねぇよ。一緒にいる時間は大切かもしれないが、けど必須じゃない」

誰かが何かを言っている。けど声が聞こえない。

「恋ってそういうもの?」

住田さんは無表情で

「知らねぇよ。1人しか好きになった事ねぇもん」

と答えた。

「え!住田さん、花さんが最初の好きな人なの?」

秋が無邪気に住田さんの心をえぐっている事に気付いていない。

「悪いか?」

秋はふるふると首を横に振った。

「さっきの返事するね。住田さん、花さんのこと口説いてもいいよ。花さんは俺がいうのも何だけど地上で1番素敵な女の人だよ。それをすぐに見抜いた住田さんなら口説いてもいい」

そうか、秋はあの時の返事をしてなかった。だから私と2人っきりになる状況を避けてたのかな?だとしたら、この人思ったより律儀で真面目な人なのかもしれない。さっきまでの沈んだ気持ちはほんのちょっとだけ浮上した。

「お前は自分の母親のこと自慢できるか?」

住田さんは視線を景色から秋に向けた。秋もまっすぐに見つめ返し

「できるよ。世界で1番の母親だよ」

と答えた。カッと胸が熱くなる。

「女としては?」

「たぶん世界で1番だよ笑」

心が幸せという言葉でぐちゃぐちゃに混ぜられる。

「お前の彼女になる奴は世界で1番を超えなきゃならないのか笑」

やっと少しだけ住田さんの声が笑った気がした。

「あ〜、そうかぁ。大変だなぁ笑」

他人事のように秋が笑った。

「さ、観覧車乗りに行くか。おい、これ使え」

そう言って差し出したのは肌触りの良い黒いハンカチだった。

「嬉しいからってあんま泣いてると化粧落ちるぞ」

また無表情でそう言った。私は既に手遅れであろう顔面に住田さんのハンカチを当てる。

「花さ〜ん、なんで泣いてるの?」

あんたのせいよ!

「嬉しいから。秋に褒められて」

母としてだけでなく、捨てたはずの女としても世界で1番と言われたから。世界で1番、愛しい人に。



やや渋滞気味の道路を颯爽と走る。展望台からだと結構遠く感じた観覧車のある商業施設だったが30分程で到着した。エレベーターで最上階に上がり自販機で観覧車の乗車券を3枚購入した。いくら私が払うと言っても住田さんは決してお金を受け取らなかった。私達親子は住田さんとの札幌観光でまだ1円も使っていない。いささか申し訳なく思った。

「お前らには札幌観光でも俺にとってはデートだ」

もう私も慣れた無表情でそう言った。

「すみません、俺がいて」

秋が申し訳なさそうに謝る。

「バカだな。お前ともだ」

言葉だけ捉えるならば、住田さんはバイセクシャルに加えショタコンという事になる。となればただの危ない人だ。


車から見えた屋上の観覧車は小さかったけど、真下で見ても小さかった。

「ちゃっちいね」

がっかりしているのかと思ったら思いの外楽しそうに笑っていた。係員に誘導され住田さん、私、秋の順で乗り込んだ。

そこで事件は起きた。

「じゃ、あとは2人でごゆっくり」

突然、秋が観覧車を降りてしまった。動き続ける観覧車。係員がドアを閉める。

「ちょっと秋ぃ〜!」

「しばらく2人っきりで楽しんでよ!大丈夫、お邪魔虫は次のに乗るから!」

少しずつ離れていく秋は笑顔で手を振っている。

「やってくれるな、お前の息子…」

自販機の横にあったポスターには1周15分と書いてあった。つまり、15分間私は住田さんと2人っきり。

「あはは、すみません」

笑うしかなかった。

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