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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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花の章 「北海道編2〜挨拶〜」

な、な、な、なんなのぉぉぉぉぉ!

あの人なんなのぉぉぉぉぉ!

何回言葉交わした?せいぜい2回か3回よね?

そのうちの1回無視したよね?


『なぁ、そこにいる七尾花、口説いていいか?』


あれ何?なんなの?

はっはぁ!わかった!カメラどこよ。あそこ?それともベタにあそこじゃない?

「モニタリングじゃないと思うよ?」

キョロキョロしてたせいで速やかに秋にバレてしまった。

隣で秋はパソコンとにらめっこ。暗記の途中なので声もかけられない。

心臓がトキトキとリズムよく動いている。普段心臓の拍動を感じることなんてそんなにない。凶悪な爆弾魔と交渉してる時だってお気軽に話せるこの私が、今ちょっと緊張している。

あの人、なんかズルいっ!

「口説いていいか?」は私に聞いてよ!秋に聞かないでよ!聞いたなら、ちゃんと口説いてよ!なのに


『じゃ俺は外で待ってるから。3分前にまた来る。それじゃ』


って、さっさといなくなっちゃって。私どう処理すればいいのよこの気持ち。なんなのよ!もうっ!私どうしたらいいのよっ。

待て、落ち着け、落ち着いて七尾花。あんたはいつだってモテモテだ。プーティやオバっちゃんやフラっちからアプローチされた時もちゃんと上手くいなしたじゃない。大丈夫、そのメンツから見たら住田さんは一般人、大丈夫、大丈夫、落ち着け、落ち着け。ほら、コーヒーでも飲んで。そう、ね?ほら、大丈夫でしょ?

「よしっ!ミッションコンプリート!」

秋が立ち上がってそう叫んだ。手首のハミルトンで時間を確認するとだった8分しか経ってない。さすが我が愛しの秋。やれば出来る子、望めば何にでもなれる子。

「秋、お願い!ちょっと抱きしめさせて」

嫌なのはわかるけどお願いよ!落ち着きたいの!

「まったく。子どもみたいだなぁ」

そう言いながらも秋は私を抱きしめて背中をポンポンと叩く。親子2人、床の上で座りながら抱き合っている図は他人からはどう見えるのだろう?


いつからだろう?いつの間にか私が抱きしめるのではなく、私が抱きしめられているようになったのは。

「落ち着く?」

「うん、すごく落ち着く。気持ちいい」

不安な気持ちが溶けていくようだ。ゆっくりと、でも確実に。

「花さん。後でちゃんと聞くけど俺は別に花さんに彼氏がいてもいいからね?花さんに任せるから」

耳の後ろあたりで優しい声がする。

「秋まで…そんな事言わないでよ。混乱してんだから」

秋の母親になってから、そんな事考えた事もないよ。私は秋の母親になれたことで私になれたのだ。今さら他に望むことはない。もし何か望む時が来るとしたら、それは秋が18歳になって父親のことを聞いた時かもしれない。私の元から秋が去ってしまう時かもしれない。

「わかったわかった。けど俺のためだけに花さんのあるはずだった未来を簡単に手離さないでね。それって言い換えるなら、俺のせいで花さんの未来を狭めたことになるから。それだと俺、自分のこと責めちゃうから」

優しい手が私の頭をポンポンと撫でる。わかってる。知ってるよ全部。あなたのことは何でも知ってる。あなたがそうやってずっと自分を責めていた事も。実家に泊まったあの日から、何かが吹っ切れてる事も。

「はぁ〜、やっぱ秋は落ち着くなぁ。秋みたいな人がいたら私だってちょっとは考えるよ。けどなかなかいないんだよ、あなたみたいな人」

「それって、だいぶ危ない思想だよ?」

「なんでぇ?良いじゃない。私は世界でいちばんの男の子を育てたのよ?1番すぎて他の男が2位以下なのが問題なんだけどね笑」

今この時点でいい男に抱きしめられてるからクラクラしちゃってんのよね〜笑

「なのにモテないのは何でだろうね?笑」

「中学生には秋の魅力がわからないのよ。さすがに高校生になったらあなたモテモテよ。え?モテモテ…になるの?え〜、やだぁ…。秋に彼女とかできて帰りとか遅くなって、私と休日出かけたりしなくなって、こうやって旅行とかも行かなくなって…」

「花さん、花さん。不毛な妄想しないでよ」

だってぇ、やなんだもん。凄いよねぇ、世の彼女がいる息子を持つ母親って。嫉妬とかしないのかな?

その時バタンと派手な音がして控え室のドアが開いた。

「おい秋!3分前だ。暗記できたか?」

ちょっとぉぉぉぉぉ!ノックくらいしなさいよ住田ぁ!

「はい、バッチリです」

抱きしめてくれていたその腕を秋が優しくほどく。中学生にもなって母親に抱きしめられている図を他人に見られるなんて恥ずかしいに決まってる。けど人に見られてもバンと跳ね除けないのが私の大好きな秋の優しさだ。本当にこの子はなんて素敵なんだろう?血の繋がりがなけりゃ、恋に落ちるのに。私はとんでもない素敵モンスターを育ててしまった。自分で自分の首を締めている錯覚になる。

「すげぇな。んじゃ会場に行くぞ」

住田さんの方も私と秋が抱き合っていたことをスルーしてくれた。もしかしたらこいつ、ちょっといい奴なのかもしれない。それにしても、着物姿の秋の姿勢は美しい。立ち姿だけで周りの空気が凛とする。思わず見惚れた。

ねぇ住田さん。あんたがどこまで本気かは知らないけど、もし本気ならあんたの目の前にいるこの男の子を超えないと私は落とせないよ?笑。せいぜい頑張ってみて。その子はね、世界で1番いい男だよ?あんたはどう贔屓目に見てあげてもまだ世界3位だよ。


会場に入ると秋だけ来賓席に招かれた。ジジイとババアしか座っていない席に一輪の花のように秋が座っている。

「大変長らくお待たせいたしました。これより第28回小梅花展の開会式を始めさせていただきます」

控室にいた時とはまるで違う雰囲気の住田さんが司会をしている。

「まずは小梅花展主催者である株式会社フォレスト代表取締役社長、森圭太よりーーーーー」

住田さんの声はとても落ち着いた雰囲気だった。さっき秋に落ち着かせてもらったはずの心音がまたトクトクと鳴り始める。

「いやぁ〜、来る時ちょっと事故っちゃいましてね笑。そしたらそこの司会してる住田くんに『来なくていい』って言われちゃいましてーーー」

この人…主催者の、デカい会社の代表取締役社長にもそんな事言うんだ…。

「挙句、到着したら『なんだ。死ねば良かったのに』とか言うんですよ!私より20歳も歳下の男に死ねってひどいと思いません?笑」

会場が笑いに包まれる。その中で笑っていないのは、当の本人の住田さん、緊張がありありと見える秋、そして今のこの状況を整理できていない私の3人だけ。

チラリ、と住田さんを見ると目が合った。思わず『見てませんよ〜』とばかりに表情を変えず視線を外す。なんなの?なんでこっち見てんのよ!てか私に恋に落ちたんでしょ?なら目が合ったのなら笑うとかすりゃいいじゃない!なんでそんな無表情なのよ!

パチパチパチと鳴る拍手の音で我に帰る。はぁ…たったアレだけでこんなにも心が乱れるなんて。ちょろいなぁ…私って…。少しだけ悲しくなる。

秋が生まれて、秋の母親になって、三太と別れて、私の中でそういうのはもういらないと思っていた。そんなものよりも秋といることの方が私にとっては大事で何物にも代え難いものだった。三太から何度かやり直そうと言われたこともあった。けど三太自身もわかっていたことだけれど、私達がやり直すには障害があった。秋の父親のことだ。結局いつも私がはぐらかしてしまい、いつの間にか三太もそういう事を言わなくなった。正直に、正直に言っていいのなら、私は少しだけ寂しかった。けど望んではいけないものだと心の奥底に鍵をかけ深く深く沈めた。女として生きる分を秋の母親として生きようと決めた。それはもしかしたら秋を苦しめることになるかもしれないことも知りながら。間違って…いたのかな?けど私にはそうすることしか出来なかった。私の覚悟は、全て秋のためだけのものだ。その秋が私のために悩むのなら、私も一緒に、いやそれ以上に悩み苦しみ傷つかなければならない。なんてね、これはただの自己満足だ。そうする事で自分が許されようと、軽くなろうとしているに過ぎない。いつからか私はわからなくなっていた。なにが秋のためなのか、なにが私のためなのか。わからない。

「続きまして、ご来賓の方々を代表いたしまして七尾秋様よりご挨拶をいただきたいと存じます」

秋の顔付きが変わる。緊張から覚悟を決めた顔になる。男らしい、けれど女性的でもありどこか品のある凛とした顔だ。

「ただいまご紹介にあずかりました七尾秋と申します。本来ならばこの場所には私の祖母、七尾茜が出席するはずでしたが一身上の都合により欠席し、代わりに私が出席させていただきました。若輩者の私よりもそちらにいらっしゃる花柳流家元、柳谷清花様がこの小梅花展開会式の挨拶に相応しいと思いますが、柳谷様ならびに小梅花展主催者様のご厚意により僭越ながら私、七尾秋がご挨拶させて頂きます」

13歳でそんな立派な挨拶できるなんて、…ステキっ。

「私は、花のその姿形を変えてもなお美しさを損なわないところに魅力を感じています。種から芽を出し、葉を伸ばして蕾が生まれ、花が咲き、やがて散り、そして枯れていく。その全ての道程に美しさを感じます。それは四季のようで、人間の生のようで美しく、それでいて儚い。華道はその中で1番華やかな瞬間を演出するものであると私は考えております。しかし、それと同時に罪悪感も感じながら花を活けております。本来なら種付いた場所で一生を終えるはずだったその花に、私は鋏を入れる度その花の運命を変えてしまったのではないかという思いが生まれます。だからこそ、その花のあるべき姿以上の美しさを演出しようと心がけております。私は未熟でその美しさを引き出す技術はまだまだですが今回の小梅花展の最優秀作品はもちろん、受賞された作品の全てが花の美しさを最大限に引き出した大変すばらしいもので深く感銘を受けました。私も益々精進して華道家として恥ずかしくない作品を生み出したいと思います。甚だ簡単ではございますが私の挨拶とさせて頂きます」

会場はパチパチという拍手に包まれる。秋が小学生の時に貰った拍手とは異質の、なんというか、私から見ればおざなりのとても形式張った、義理の拍手に感じた。それでも秋はその凛とした表情を変えず壇上に誇らしく咲いていた。強く思う。秋がこれから先、一生幸せでいて欲しいと。

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