秋の章 「北海道編1〜住田さん〜」
札幌も暑いんだな。と同時に夏の不快感の原因は湿度の高さのせいだと知った。肌にまとわりつくジトっとした不快な空気がより暑さを感じさせるのだ。だが、ここ北海道の夏はカラッとしていて気温は高くてもあまり不快ではない。夏の北海道は最高だ。冬は来たことないから知らね。
「支度できた?」
「出来たよ」
着慣れている着物を着るのに10分も要らない。
「いいなぁ花さんは洋服で」
今日の花さんは落ち着いた紺色のスーツだった。参観日の日を思い出す。
「へへっ。楽チン楽チン…て訳でもないよ?スーツ超堅苦しい」
それでも着物よりかはいくらかマシだと思うよ。
「ばあちゃん大丈夫かな?ギックリ腰」
「私はお母さんよりお父さんの方が心配。お父さん何にも出来ないからねぇ。2人して餓死してなきゃいいけど」
2011年のデータだと日本における餓死者の数は1746人。正直この数字は驚きだ。このご時世餓死者がいる事すらビックリしたのに1700人をも超える数となるとただただ驚愕する。日本の闇は深いのかもしれない。
「とか言って、秋を草天流師範の道に引きずり込もうとして仮病使ってたりしてね」
「ないない笑。あのばあちゃんの痛がり方見たらそれはないよ。それにばあちゃん嘘つくの下手くそだもん」
サンタさんているの?って聞いただけで動揺を隠せないばあちゃんは何というか、可愛い笑。
「だね。あ、もうこんな時間。ゲストが遅れちゃ主催者に悪いわね」
「俺ちゃんと挨拶できるかな?」
俺が出来るとすれば中小企業の経理課長がするような乾杯の音頭くらいだ。
「何事も社会勉強だよ。旅の恥はかき捨て。大いに恥をかいて勉強しなさい笑」
嫌だよ。出来ればスマートにこなしたい。
俺たちは北海道に来ている。というのも札幌で大きな展覧会が催される。主催者側に泣きつかれてばあちゃんはこの展覧会の来賓として招かれていたのだが、先週の終わりにギックリ腰で動けなくなってしまった。欠席しようと連絡したのだが、数日後主催者側から代理として俺を指名して来た。俺は今年この展覧会には応募していない。が、去年俺はこの展覧会で最優秀賞を受賞した。「六花・七道」、確かに我ながら良かったと思う。あれのおかげで市丸展に出展資格を得たようなものだ。ま、そういう経緯もあって主催者は俺をばあちゃんの代理として指名して来た。
「行っておいで。なかなか14歳が代理とはいえ招かれるなんてないんだから。継ぐとか継がないとか関係なしに、ちょっと私の代理した後に花と北海道観光しておいでよ」
夏休みの予定は俺には無かった。そこにきて突然の北海道旅行の誘い(厳密には違うけど)。俺は2つ返事で了承した。
展覧会が行われているのはどっかのデパートの催事場とかかと思ったら私達が宿泊するホテルの2階にあるドでかいホールだった。俺が初めて最優秀賞をとった展覧会なんてチラホラとしか来場者がいなかったのに、ここはそこそこの人でごった返している。
「わぁ…大丈夫?ちゃんと喋れる?」
花さん、プレッシャーにしかならないよ。
「か…帰りたい」
「ダメだよ。飛行機のチケット貰っちゃったもの」
「お腹痛い」
「うんこしといで」
「あぁ…骨、骨折れた。折れた骨が肺に刺さった」
「ちょっと秋!大丈夫!?すみません、誰か、誰か救急車ぁぁぁ!」
やめてっ!現実逃避したいだけだから!
「どうかしましたか?」
受付をしていたお姉さんが花さんの叫びに反応してこっちに来た。ごめんなさい、骨は肺に刺さってたりしません。
「この子の肺に穴が、、、」
「ああああああ、何でもない。何でもないから!すいません、お騒がせしました。あの、七尾花と秋と申します。七尾茜の代理で来たのですが、実行委員の森さんはいらっしゃいますか?」
我ながら上手く喋れた。入社2年目の営業マンのようだ。
「あ、去年の!へぇ〜、可愛い〜。あ、ちょっと待っててくださいね、今呼んできますから」
お姉さんは小走りで奥の方に引っ込んで行った。
「やめてよね、恥ずかしいから」
冷ややかに俺はそう言った
「旅の恥はかき捨てって言ったじゃない笑」
その恥は何の利益も生まないし、何の学びもないよ。ただただ恥ずかしいだけだ。そんなの、プレイじゃないか!
「お待たせしたした。森なのですがここに来る途中で事故ったみたいで…。怪我はないのですか到着が遅れてまして。代わりに…」
さっきのお姉さんがそう言うと、後ろから
「あ、どうも、住田です。遠路はるばるお疲れさんでした。こっちへどうぞ」
と背の高い年齢不詳の男性が俺らを奥の部屋へと案内した。
「秋、コーヒー飲めるか?」
い、いきなり呼び捨てですか???
「あ、はい」
「ミルクと砂糖は?」
「え…と、じゃあミルクだけお願いします」
「敬語いらん」
「は?はい?」
「だから。敬語はいらねぇって」
この人は、なんなんだ!!!
いきなり呼び捨てにしたかと思ったら敬語はいらないって、なんなんだ!!!
わけわかんねぇぞ!!!(野沢雅子の声で)
「あの、えっと、住田さん、でしたっけ?」
たまらず花さんが割って入る。
「そうだけど?はいコレ」
俺と花さんの前にコーヒーが置かれた。
「あの…えっと…どこかで私達とお会いしたことは?」
「ないけど?」
「ですよね?…ですよねぇ〜笑。あはははは」
空笑いする花さん。さすがの花さんもこの住田という男性の前ではいつもの調子が出ないようだ。
「あの…なんか、私達と距離感近すぎません?」
いいぞ花さん!その調子でもっと突っ込んでこの謎を解き明かして!
「開会式の時の挨拶だけどな、茜さんの代理ということだし、それに秋はまだ中学生だからーーー」
い、…いきなりオフィシャルな話し出した!
「ーーーというわけで、秋、どうする?お前、茜さんの代わりに喋る?それとも誰かに代わってもらう?」
呼び捨てに加えて、お前呼ばわりだ!
「あの、ちょっと住田さん。初対面なのにいきなり呼び捨てとか、ましてやこの子にお前とか、、、」
「どうするかって聞いてんだよ」
は、…花さんを無視?すげぇ、ここまで花さんのこと無視する人初めて見た!
「おい、俺は今お前を試してんだよ。お前がちゃんと男かどうか見極めたいの。だからお前の答え次第では諦めてちゃんと敬語使ってやるよ。ちゃんと年相応の子ども扱いするしするし終わったら社交辞令の1つでも言って即サヨナラだ。2度と会う事もないだろ」
笑いもしない。内容は冷たいけど怒ってるわけでもない。なんだこの人は?なんなんだ?展開が急すぎてついて行けない。ただ、不思議なんだけど理由もよくわからないんだけど、何故か俺は一人前の男として認められたいなと思った。
「やる…やります!」
初めは断るつもりだった。
「お〜し、じゃ大人扱いするからな。で、お前原稿かなんか書いたり…なんてして来てねぇよな?」
あんな大勢の人前で挨拶なんて無理だと思った。
「まるでなにも。ばあちゃんからはただ座ってればいいって言われたから」
なのに俺、開会式で挨拶するんだって。
「だろうな。よしちょっとこっち来い。今ネットで探すから、ちょいちょいと文書弄りゃなんとかなる。いや、なんとかしてみせる。お前はただ原稿読みゃいい」
なんだこの人?
「やだね。暗記する。どうせ原稿用紙2枚くらいでしょ?」
なんだ俺?
「お前、時間ねぇんだぞ?800字暗記できんのかよ?」
なんで俺はこの人に乗せられてんだ?
「誰に言ってんの?俺、国語全国1位だよ?」
気付いたら俺もこの人に敬語使ってないや笑。
「暗記と全国1位関係ねぇだろ。けど凄ぇな、全国で1位なんてなかなかなれるもんじゃない」
この人は、なんでこんなに距離が近いんだろう?
「ねぇこれは?…その下…それ!書道のやつだけど文面はこんな感じでちょこちょこ変えたら…ちょ、貸して!」
俺は住田さんからパソコンを奪い取りコピペして単語を削除、華道に見合ったものに変えていく。
「おい、そのままでいいから聞け。お前のことなんて紹介すりゃいい?去年の最優秀賞受賞者か?それとも草天流師範・七尾茜の代理か?」
カタカタとキーボードを打ちながら少し考え
「七尾秋だけでいい。必要なら草天流も入れていいよ。けど師範代理とかはいらない。それだと展覧会の主催者側としてマズいかな?」
大きな展覧会には必ずスポンサーが付いている。例えばイレーヌの会社みたいに。だとしたら俺にはよくわからない大人の事情なんてのもあるかもしれない。
「そんなのどうでもいいよ笑。司会の俺が読み抜かした事にすりゃ問題ない笑」
カタ…とキーボードを打つ手を止め真横にいた住田さんを見る。
「そしたら住田さんが怒られるじゃん」
「バカ言うな。誰が俺を怒るんだよ」
「偉い人、とか?」
「知らねぇよ、偉い人のメンツとか。お前が気持ち良くその原稿読めりゃそれで良いんだよ」
「ねぇ?」
俺は再びディスプレイに視線を戻しカタカタとキーボードを叩く。
「俺と住田さん初対面なんだよね?なんでそんな良くしてくれんの?」
野島さんにも体育祭で聞いたっけ。あの人は卒業式に教えてくれると言ってたけど、住田さんは今教えてくれるのかな?
「俺は誰にでもこうだよ」
凄え笑。
「俺、まだ中学生だよ?」
「歳とか関係ねぇよ。俺はこういうスタイルなの。子どもだから子ども扱いするよりも男扱いする方が性に合ってる。もちろん俺は大人だからやる時はちゃんとやるよ。けど基本俺は誰にでも相手の良いところ見ようとするし仲良くなろうってところから始めるの。男でも女でも若くても年寄りでも。その代わり見切りつけたら切るのは早いけどな笑」
大人としてそれはどうなの?笑
「お前は去年の最優秀賞受賞者だ。しかも中1で。それって華道の才能があるって事だろ?国語も全国1位なんだろ?俺には華道も国語も関係ないけど俺ができない事できるお前は俺より優れたところがあるって事だ。けど俺はお前が出来ない事が出来る。歳も上だし大人だ。だから俺たちは対等でいいんじゃないのか?」
代わった考えをする人だ。だけど俺をこんな男扱いする人は今までいなかった。素直に嬉しいし期待に応えたいと思う。
「お前の場合もう1つあるけどな、理由。けど今は聞かない方が良いんじゃないか?集中できなくなるぞ?きっと」
じゃそんな事言わないでよ。気になって集中出来なくなるじゃん。
「よし、オッケー出来た。で、何?もう1つの理由って」
再び真横にいた住田さんを見る。
「ホントにプリントアウトしなくていいか?」
「うん、大丈夫。それよりなに?理由。教えてよ。気になるよ」
気になって原稿暗記できないよ。
「恋だよ、恋」
俺に?え?…ええっ!!!もしかして!
「なぁ、そこにいる七尾花、口説いてもいいか?笑」
ガタン!という派手な音がしたので振り返ると後ろで静かに座っていた花さんがイスから落ちてひっくり返っていた。
「は…え?嘘ぉ?え?…ええええ!!!!」
花さんが誰よりも驚いている。幸か不幸か…
「一応知らせておきますけど、ウチ母子家庭です笑」
「そうか。なあ、彼氏いる?」
わぁ、俺でも踏み入れることのできない花さんのデリケートゾーンに進入してきた。
「え…は?い…いえ、…いま、せんけど?」
いないんだ?新事実を発見した気分だ。
「なら問題はないな」
片手でグーを作り喜びを表現している。顔は真顔だけど。
「さあ、あと15分しかねぇぞ。暗記できるか?」
いや、時間の問題じゃなくメンタルの問題で出来そうにない。けど俺が言い出したことだからやらなきゃ。
「残り3分になったら声かける」
そう言って立ち上がった。
「秋とここにいる?」
住田さんは腰を抜かしたままの花さんにそう聞いた。
「は?え?あ…はい?」
「じゃ俺は外で待ってるから。3分前にまた来る。それじゃ」
そう言って部屋から出て行ってしまった。
コツコツと靴の音が俺に近づき花さんがさっきまで住田さんが座っていた俺の隣に腰かけた。
チラッと盗み見ると花さんは口を開けて放心状態だった。
「花さん?」
なにも答えない。
「ねぇ花さん?」
返事がない。ただの屍のようだ。
「花さんってば!」
「うわぁっ!びっくりした!ちょっと驚かさないでよ」
何回も声かけたよ。
「大丈夫?」
花さんが狼狽えるなんてそんなにあることじゃない。心配になる。
「だ、大丈夫…じゃない」
珍しく弱気だ。けどこの件で俺は花さんに何をしてあげられるだろう?
「ごめん、話聞いてあげたいけど今は暗記に集中してもいい?ちゃんとこなしたいの、ばあちゃんの名にかけて」
イレーヌ曰くばあちゃんは華道界の功労者らしい。ならその七尾茜の名に孫の俺が泥を塗るわけにはいかない。
「う、ん。頑張って、ね秋」
気もそぞろだね、花さん。
俺、花さんがいいなら恋したっていいと思ってるよ。花さんが好きになる人ならきっと俺のことも大事にしてくれるだろうし。その辺の心配はしてない。別に母親に彼氏が出来たって突然反抗期に突入したりしないよ。そりゃまぁ本音を言えばちょっと寂しくはなるけど。でもきっと変わらぬ愛情を注いでくれるんでしょ?だから俺は別に良いんだよ?恋をしてよ花さん。俺に遠慮せず、花さんも今以上に幸せになってほしいよ。
恋をしている女の人はみんな一様に綺麗になる。花さんが恋をしたら、どんなふうに綺麗になるのかな?




