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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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練生川三太郎の章「レストラン」

「花、おい花!花ったら!」

目の前でメシを食う女は俺の呼びかけにも気がつかないほど必死にパスタを食べている。

俺はおしぼりを投げつけた。

「はにほ?ほっぼいはいほがひいほ!」

「なによ?ちょっと今忙しいの、じゃねぇよ!落ち着いて食え!」

グラスに入った水を一気に飲み干し胸を叩く。ちなみに花の胸は…ない。ないけどそれを言うと口を聞いてくれなくなるので高校時代からのタブーだ。

「なによっ!」

「なによっ!じゃねぇよ。鼻にトマトソース付いてんだよ!」

え?と言ったかと思うと俺が投げたおしぼりで鼻の頭を拭き確認する。

「ホントだ笑」

「お前…三十路超えたんだから少しはお上品に食えよ。連れてきた俺が恥ずかしいじゃねぇか」

「いいじゃん!個室なんだから誰も見てないでしょ!てか三太!ここ凄い美味しい!なんで早く連れてきてくれなかったのよ!高いから?」

バカ言え、金ならある。別に金額を気にしてここに連れてこなかったわけじゃない。

「美味いか?」

「うん!美味しい!ねぇ?ここ高い?」

値段しか興味ねぇのか…。

「高いか高くないかで言えば、目ん玉飛び出るくらい高いよ」

2週間水と塩で過ごせばなんとかなる。

「じゃあダメだぁ」

ナイフとフォークとスプーンを下ろし花はガックリと肩を落とす。器用だな、お前の手は2本しかないのに。

「秋も連れてきたかったぁ」

俺は呼び鈴を押すとすぐさまウェイトレスの女性が俺と花のいる個室に現れた。

「ちょっとマネージャー呼んできてくれますか?」

ウェイトレスは怪訝な顔つきに変わる。

「失礼ですけれどお客様は?」

「練生川が呼んでるって言ってくれればいいよ」

俺の説明にも怪訝な顔つきを崩すことなくウェイトレスは去っていった。しばらくしてマネージャーは額に汗をかきながらやって来た。

「はい、どうかされましたか?料理に何か問題でも?」

「あ、いや、美味いよ?なにも問題ない。ただお願いがあって」

「はい、かしこまりました」

まだ何も言ってないだろ。

「この女性と、今はここにいないけど息子が来た時の請求、俺にしといてくれない?身内なんだ」

マネージャーは花の顔をチラリと見る。俺はこいつの汚い目に花が映るのが我慢ならないが仕方ない。

「かしこまりました」

「じゃ、よろしく。行っていいよ」

はい、と言ってすぐさま撤退していった。

「ダメだよ三太。無理言っちゃ」

「無理じゃねぇよ。ここ、俺の店」

花が呆けている。いいぞ、マヌケな顔だ。

「なんで???」

「借金まみれの前のオーナーに泣きつかれて俺がここのオーナーになったの。その借金の元になってんのがさっきのマネージャー。帳簿誤魔化して着服してた」

前のオーナーの恩人か何からしく着服に気付いていながらもどうすることもできなかったらしい。それで俺がこの店を買い取った。その金で前のオーナーは新しい店を出してすぐさま繁盛させている。

「なんで辞めさせないの?また着服するかもよ?」

「は?本気で思ってんの?ここのオーナーが俺なのに?」

ヘソで茶が沸く。

「あんた…なにしたの?」

「まだ何もしてないよ。ただあのマネージャーには今年孫が生まれたそうだ。もし懲役になったら今度会うときにはその孫は小学生になるだろうな」

「脅したの?」

「バカ言えよ。ただ、もし明るみに出たらそうなるよって教えただけ」

それを少しだけ怖く伝えただけだ。

「けど悪いよ。あんたに奢ってもらうみたいで」

「気軽に来るなよ。秋の誕生日とかクリスマスとか、そういう時に使えって話。マネージャーは腐ってるけど料理だけは美味い。俺が買い取ったのも味がいいから。それだけ」

「いいの?」

花、お前いまわざと上目遣いしてるだろ?騙されるかよ。騙されるけど。

「いいよ。秋にも食べさせてやってくれ」

やった〜と喜ぶ顔を見れて俺も気分が良い。秋はどんな顔して食べるんだろうな。



「あいつは元気?」

多分恐らく、いや絶対に花の方からあいつの話を切り出したのはこの時が初めてだろう。けどそれを言ってしまうと今のこの空気が壊れる気がして俺は気付かないふりをした。

「あぁ。残念ながら生きてるよ」

死ねばいいのに、と思うけど少なくとも秋が18歳になるまでは生きててもらわないと困る。会うかどうかは秋次第だけれど。

「そう」

それ以上、花から話は広がらなかった。が、これはもの凄い進展ではあった。

「そういえばさ、10月に秋の学校の文化祭があるの。三太さ、近くで秋に会ってみない?」

飲みかけたグラスを思わず落としてしまった。中は水だったので大した被害がないが、例え中身が赤ワインだったとしても俺は気に留めなかっただろう。俺、酒飲めないけど。

「おい、今なんて言った!」

「や、だから秋の学校の、、、」

「いや、そのあと!!!」

待て、焦るな。俺の聞き違いかもしれない。

「だから近くで秋に会ってみない?って」

「確認するぞ。その秋っていうのは七尾秋のことか?それとも…あき竹城のことか?」

「あき竹城のことだけど?」

やっぱりな!ほら見ろ。ヌカ喜びするとこだった。危ねぇ危ねぇ。しかしここで一つの疑問が生まれる。

「あき竹城って、学校通ってんのか?」

「知らない」

知らないじゃねぇよ!お前が誘ったんじゃねぇか、あき竹城の文化祭。

「ねぇ?そろそろボケ切れないからやめていい?」

「やめていいって何を?」

「だから、あき竹城」

「じゃあナニ竹城だよ!」

そうなると、それはもうアキじゃねぇな。

「めんどくさいなぁ。だから秋だってば!七尾秋!私の息子。駿河二中に通う1番可愛い男子生徒!あんたの甥っ子!」

「俺は明日…死ぬのか…?」

「んもう!どうしてあんたはそうめんどくさいのよ!」

だって花、秋に会えるんだぞ?フェンス越しに遠くから眺めるだけじゃないんだぞ?もしかしたら、秋に話しかけられるかも?そしたら超ヤバくない?激ヤバでしょ!テンアゲでしょ!わぁ〜、何着て行こう!

「ただし条件がある」

「金か?10億までなら惜しみなく出そう」

そんなに無いけどな。

「すぐ金の話するぅ。これだから汚い大人は嫌だよ」

悪かったな、汚い世界にまみれてて。

「そうじゃなくて。絶対に他人のフリしてね。秋に三太が親戚だってバレないでね?私と一緒にいるわけにはいかないから三太が気を付けてくれないと秋にバレちゃう」

花、お前は俺を誰だと思ってんだ?スパイ時代のお前の上司だぞ?

「自信ねぇ…」

「じゃあこの話はナシ!」

「あ、待って、待ってよ!頑張る、花さん俺頑張るから!練習しとくから!ね、お願い!」

「ねぇホント大丈夫?ちょっと不安になってきた…」

俺も不安になってきた。

「あのさ、俺1人じゃなくてもいい?山崎さん連れてってもいい?」

1人が…心細い。

「ザッキー関係ないじゃん笑。まぁいいけど笑」

良かった。

「じゃあ近くなったら連絡するね」

「絶対だからな?忘れたりするなよ?絶対忘れんなよ!」

「うわぁもうめんどくさ〜い」

「めんどくさいじゃねぇよ!10月なっても連絡なかったら俺からするからな!」

「わかったってば!わかったからこの『いちごパフェ』頼んでもいい?」

いちごパフェ?3800円?バカじゃねぇの?いくらでも頼め。金ならある。使い途がないだけだ!



「あ、秋の最新ショットあげる」

AirDropで送られてきた写真には秋とその友達らしき3人が笑いながら写っていた。

「…あ!」

1人の少女に目を奪われる。

「なしたの?」

「あ…いや」

「可愛いでしょ〜。秋の隣が乃蒼。後ろがタケルと彩綾」

乃蒼…。

たまにマンションで見かける少女。知らない俺にまで挨拶をするいまどき珍しい礼儀正しい女の子。その子が秋と一緒に写っていた。

そうか。まぁ、そうだよな。うちのマンションは駿河二中の学区内だ。秋と同じくらいの年頃だとは思っていたけど、まさか秋と友達だったとは笑。

こんなこともあるんだな。

ん?待てよ?この子が秋の友達となると…ヤバい!文化祭で会う可能性は限りなく高い。彼女は俺の顔を知っている。どうしよう?うまく誤魔化せるだろうか?

「どしたの?」

花は顔中にいちごパフェの生クリームを付けながら目を丸くして俺を見ていた。どうやって食ったらそんななるんだよ。

「え?あ?いや?なんでもないけど?」

「そう?ならいいけど。ねぇ三太!パフェ美味しいっ!」

「そ、…そうか?良かったな?」

花は俺の挙動不審よりも目の前のいちごパフェに夢中だった。

本当にこいつは出会った時から変わらない。

頭はいいが生粋の、バカだ。


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