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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「雪平湊人」

昼休み、俺と乃蒼そしてタケルは図書室にいた。俺はカウンターのチェアに、雪平はテーブルとセットになったイスに、乃蒼は窓際のソファーにもたれかかっている。彩綾は風紀委員の会議があって今はいない。終わり次第ここに来る予定だ。

「はぁ〜、眠いねぇ…」

と言う乃蒼はすでに白目を向いている。何だろう?最近乃蒼が事あることに白目を剥く。マイブームか何かか?

「午後からの授業なんだっけ?」

俺が誰とはなく聞くと

「数学」

と雪平が返す。

「そういや雪平、期末の数学何点だった?」

「96。鈴井は?」

乃蒼は上転していた黒目を下げ

「91。数学苦手なんだよね」

と答える。苦手教科で91ですか。流石ですね鈴井さんは(棒)。

「秋は?」

聞かないで欲しい。

「86」

「テストなんだからマジメにやれよ」

雪平が鼻で笑った。マジメにやってそれなんだよ!むしろ上出来じゃねぇか!むかつく!

大体テストが特進専用すぎて難しいんじゃボケ!

「けど国語はまた満点だったんでしょ?」

黙ってピースを作る。

「乃蒼も英語満点だっただろ?」

乃蒼も黙ってピースを作る。

その2つのピースは無表情の顔とともに雪平に向けられた。

「何なんだよお前ら。勝てる気がしねぇ」

ようやく俺に笑みがこぼれる。

「あ〜あ!お前らと同学年じゃなきゃ五天いけたかもしれないのに」

「上の学年には野島さんがいるぞ?」

五天どころか全天だってよ。バカじゃねぇの?

「まあなぁ。結局どこの学年いったって俺は今の点数しか取れないからなぁ」

と言えるくらいこいつは毎日予備校に通うほど頑張っているんだろう。何だか申し訳ない気もしてきた。

「雪平くんて五天にこだわってるの?」

「こだわっ…てた、かな今は」

過去形か。

「けど体育祭以来どうでも良くなっちゃった。なんだったんだろなあのリレーって。なんかいろんな事が変わったなぁ」

そうだな。俺もあれ以来変わった気がするよ。何が?と言われたらうまく伝えられないけど、あの時走った全ての人が何かしらのものを得たのは間違いない。同じことを体験して同じ風景を見たのに、得たものはきっとみんなバラバラだ。けどどれもが各々のこれからに必要なものだったのだと思う。

「あの時お前に言っただろ?俺の96%は恋で出来てるって」

「残りの4%は悪意だろ?笑」

「なにそれ笑。けど雪平くんっぽい」

雪平がちょっと照れ笑いしてる。

「俺は小2の頃からおんなじ人に恋してんだよ。ず〜っと、飽きずに、同じ人を、6年間も」

乃蒼が身を乗り出した。今は白目を剥いている場合じゃないらしい。

「その人に好きなタイプ聞いたらなんて答えたと思う?」

「頭のいい人?」

「正解!」

「やったぁ」

乃蒼のこの喜んでいる姿を誰かに見せてあげたい。きっと誰かは恋に落ちる。

「それから俺は勉強漬けの日々だよ。6年間もだぞ6年間!我ながら長いよなぁ笑」

「小学校から好きってことはこの中学にいるんだろ?五天とればそりゃ確かに頭いいこと証明できるわな」

その上の全天とかはもはや気持ち悪いレベルだ。野島、いと気持ち悪し。

「なんか俺は学年1位になれば、五天とれば、千石行けば、医大入れば、医者になれば…そうすれば恋が叶うって思ってたんだよ。そんな事ないのにな」

あぁ、だから医者になりたかったのか。

「中学入ってしばらくした頃に、その人を見かけたんだ。俺の知らない男と一緒に歩いてた…。そりゃもう目の前が真っ暗になるって本当のことなんだってその時初めてわかったよ。本当に頭の中でガーンって音鳴るんだぞ」

体感してみたい反面やっぱりしたくない。そんなにショックな事なら経験しなくていいや。

「けど去年の俺はそれを認められなくて。だから余計勉強に逃げてたんだ。五天とれば、五天とればって思ってた」

なんだか余計悪い気がしてきた。

「けど99点取っても一向に英語と国語だけ1位になれねぇの!去年の文化祭で国天と英天はどんな奴なんだろうって気になってお前らの喫茶店に行ったんだ。鈴井はすぐわかったけど七尾は人違いしてた」

「誰とだよ」

「茂木って呼ばれてたよ」

よりにもよってあいつと間違われたのかよ!

「ガッカリだよ、あいつが七尾じゃなくて」

「すいませんね!イケメンで!」

渾身のジョークは図書室の静寂に、いや、雪平の悪意によってかき消された。

「あぁ、なんか普通だなぁって思った。俺みたいにガツガツ勉強しかしてないようなタイプじゃなくてちゃんと普通に中学生してる奴らだなってそん時思った。俺はあの時お前らに劣等感を感じてたんだ」

何でだよ、天下の三天サマが。

「お前らと比べて俺は普通じゃなかったんだな。いや、なにが普通でなにが普通じゃないのかわからないけどさ、勉強しかしてない俺は人として…は大げさだけど、中学生として何か足りないって感じたんだ。そんな俺が人を好きなんてバカげてるって思ったんだよ。だから、好きでいるのをやめようって思ったんだ」

乃蒼の

「なんで?なんで諦めちゃうの!」

という声は悲痛と言うのだろうか?そんな気がした。

「俺にはなんの魅力もないよ。お前らと比べても、あの人の彼氏と比べても。何にもない。何にも面白くない。ただ勉強ができる奴。けどただの三天。五天にもなれない。もし俺があの人でも、俺を選んだりしないって自分で気付いたんだよ。俺自身が自分のそれまでが無意味だったと思ったんだ。それからはもう、惰性だ」

「お前、だからあの時吉岡先生に向かってったのか」


アイディンティティは何よりも優先されるべきものじゃないんですか!


その言葉は自分の生きて来た理由を自分で諦めてしまった雪平の、それでもどこか奥の方で燻っていたものから発せられた叫びだったのか。そうあって欲しい、と願うように。今までの自分を肯定したいという足掻きだったのかもしれない。

「あ〜、あれね笑。思い出させるなよ恥ずかしい。あれもいい経験をした。アイディンティティなんてものは何をどうしたって無くなりはしないんだっていう吉岡先生の言葉が、 俺は忘れられない」

乃蒼が好きだからなわけでも、ただの正義感でもなく、あの時の雪平は自分自身のために俺らと一緒にやりあってたんだな。自分の6年間を意味のあるものだったと言えるものにするために。

「あの時はありがとね」

「何回お礼を言うんだよ。もういいよ。お腹いっぱい」

雪平は笑顔を見せた。まだ痛々しい笑顔だったけど。

「で、その後はずっと悶々してた。好きなのはやめられない、けど俺には何の魅力もない。その行ったり来たりでさ。こんな時、友達がいたら相談するのかなぁって思ったりな。けど俺は小2の時にそれをしたがために休み時間の度にクラス中から暇つぶしのオモチャにされたんだ。だから誰かに話すのはバカげてると思ってた」

「今はこうやって話してるじゃん」

行ってしまった後で余計な一言だったと後悔した。

「俺だってただの中学生だ。何もかも1人で答えが出せるほど大人じゃねぇよ。話す相手がいなかっただけで聞いて欲しかったんだよ本当は。言わせんな、恥ずかしい」

「すまん…」

せっかくの雪平の積年の思いの告白の時間なのに俺って奴は、まったく。

「勉強しかしてこなかった俺には勉強しかない。なのにその勉強すら全く身に入らなくなってた。俺の唯一のものまで無くしそうになってる時、鈴井からリレーに誘われたんだ。けど俺はその日にある模試に賭けてたんだ。もしその模試で市内1位取れなかったら、1度リセットして綺麗サッパリ忘れようって決めてたんだ」

雪平はどっちを望んでいたんだろう?リセットする事なのか、それともそのままでいることなのか。けどそれは聞けなかった。聞いたところで今となっては意味のないことのように思われたから。

「なのに佐伯の一言がずっと、言われた日からず〜っと頭から離れなかったんだ。無駄かどうかは結局自分がそのことをどう処理するかで、その無駄に理由をこじつけて自分の糧にしてしまえばそれは経験になる。俺はこれを座右の銘にしたいくらいだよ。俺は自分が正しいと思っていた6年間を本当に無駄なものにしようとしてた。理由をこじつけられなかったんだ。模試を受けてる最中、なんかもうどうでも良くなってきて今1番俺らしくないことがしたくなった。そしたら今日は体育祭だったって思い出して、俺はその体育祭でリレーを走るっていう無駄なことに理由をこじつけてみたくなったんだ。んで模試を途中放棄して体操着だけ持って学校に来た。ひょっこり来たのにいきなり予選のアンカー任されて責任重大じゃねぇか!って思ったけど、走っててなんか少しずつ自分の感情が整理された。決勝で走って、覚悟を決めた途端それまでずっとモヤモヤしてたのがスッキリと晴れた気がしたよ」

俺も乃蒼も雪平の告白を聞くのに夢中で相槌しか打てなくなっていた。雪平は気持ちの整理をどう付けたのだろう。決めた覚悟はどんなものなのだろう?

「俺は…、学年1位でも五天でも医者でもない、ただの雪平湊人はやっぱりあの人が好きだ。彼氏がいてもそれくらいのことで諦められるほど俺の6年間は軽くない。その6年間は俺の全てが詰まってんだ。諦められるかよ。もし諦めるなら諦めることに理由をつけなきゃならない。なんだよその諦める理由って?ねぇよそんなの!俺の人生の半分以上にあの人がいるんだぞ?あの人を諦めるなら俺は死ぬしかない」

雪平が…熱い。けど何だがカッコいい。雪平湊人は、とてもカッコいい。俺に似てる?とんでもない。こいつは、男の俺から見てとてもカッコいい。

「雪平くんの好きな人って、幸せ者だね。こんなに想ってくれる人ってなかなかいないよね」

乃蒼がしみじみとそう言う。

「そうだね。その人は女として最高に幸せじゃない?しかも雪平がだよ?茂木じゃないんだよ?私にはタケルがいるけど、1人の女としてその人のことちょっと羨ましいな」

と彩綾も瞳を赤くしながらそう言った。

「そんな事ねぇよ笑。俺は一歩間違えたらストーカーだぞ?しつこいって嫌われてもおかしくねぇよ」

雪平は謙遜する。けどその前にしなきゃならない事がある気がしてならない。

「いつか、告白するんでしょ?」

彩綾が尋ねる。

「そうだな。今じゃないけど、近いうちには告白しようと思ってる。気持ちを貯めようと思って。もう告白しなきゃならないくらい目一杯貯めて、この6年間の思いをぶつけてみたいって思ってる」

いや、そうじゃなくて!

「じゃあさ…」

と彩綾は雪平の前に歩み寄りブレザーのジャケットのボタンを外した。

待ってくれ!まずお前がいつからいるのかを教えてくれ。何故脱ぎ出すのかはその後でいいから。

「これ、あげるよ」

ワイシャツの胸ポケットから取り出したのはピンク色をした小さなお守りだった。

「ハワイにある出雲大社の恋愛成就の御守り。ご利益は私で保証済み。私『成就』はしたからお守りはもういらない、あげるよ」

雪平が持つには小さく、そしてピンク色の御守りだった。

「大事なもんじゃないのか?せっかくご利益あったんだしお前が持ってた方が…」

彩綾はそれでも「いいからっ!」と雪平に突き出す。

「叶えてよ、あんたのその6年間の願い。私はこんな事しかできないけどあんたが好きな人と結ばれるのをちょっとでも応援したい」

雪平は彩綾からピンク色したお守りを受け取る。

「ありがとう。じゃあ借りるよ」

「ご利益あるまで返さなくていいから」

「あぁ。必ずお前に返す。時間がかかったとしても絶対お前に返すから」

雪平は彩綾からもらった御守りをジャケットの内ポケットにしまってポン、と軽く上から叩いた。

「上手くいくといいな」

俺はもう諦めてこの状況を受け入れる。

「良いのか?そんなこと言って」

と雪平が意味深なことを言う。

「なんで?なんか俺関係あんの?」

「いや、教えないけどな」

なら言うなよ。気になって眠れなくなるじゃねぇか。

気になると言えば…


「なぁ彩綾、お前いつからいたんだよ?」

「んと…『俺は小2の頃からおんなじ人に恋してんだよ』って雪平くんが言ったあたり」

おうおう、結構序盤からじゃねぇか。

「驚かせようと思って図書準備室からこそっと入ってきたんだけど、なんかびっくりさせる雰囲気じゃなくて黙って隠れてた」

お前はバカか…。

「すげぇ!鈴井、アタリだよ」

雪平のデカイ声が図書室に響く。俺と彩綾が声がした方に向くと雪平はとても驚いた顔をしていた。

「ねぇ、何がアタリなの?」

雪平が彩綾に

「鈴井が俺の好きな人1発で当てた笑」

と言う。さすが勘の鋭い女。

「え?誰?誰なの?」

「内緒だよ笑」

時折見せる雪平の年相応な笑顔。

「ひみつ〜笑」

と乃蒼。

「なぁ雪平、お前の好きな人って誰だよ?」

ダメ元で聞いてみた。

「言うわけねぇだろ」

ダメだった。

「なぁ乃蒼、雪平の好きな人って誰なの?」

今度は乃蒼を攻めてみたが、白眼を剥いて舌を口からダラリと出している。もっとダメだ。

「お前に好きな人ができて俺に教えてくれたら俺も教えてやるよ」

雪平はとても爽やかに残酷な事を言う。俺だって恋がしたい!お前みたいに純粋で一途な恋がしたい。

恋はいつでもハリケーンらしい。

けど俺の中の熱帯低気圧は未だに発達しない。あぁ、早く発達しろよ低気圧!

「まぁいいや。おい乃蒼、もう戻って来い」

乃蒼は黒目を所定の場所に戻した。

「お前それ流行らすなよ?」

「うまく逃げれるから便利なんだよ!」

本音も考えものだなオイ!

「ところでさ、お前に聞きたいことあんだけど?」

「何だよ?」

「体育祭の時の答え」

体育祭の時の?なんだっけ?

「お前、鈴井と付き合ってんのか?」

「あのな?だからさぁ…」

チラリと乃蒼を見るとテクテクテクとさっきまでいたソファーに移動し、座り、そして、寝た。

「寝た…わね」

「寝たねぇ」

「あぁ、寝たな」

寝顔が可愛いじゃねぇか。しかし乃蒼はガバッと起き上がりシッカリと目を開け

「寝たふりじゃないよ!死んだフリだからね!」

と言ってまたソファーにもたれ再び目を閉じた。

「あぁぁぁっ!もうっ!最近私の周りの人達がみんなめんどくさいっ!」

彩綾の嘆きが俺に突き刺さる。ごめんな、こんな俺らで。

「知ってるか?お姫様は王子様のキスで目覚めるんだぞ?俺には心に決めた人がいるから無理だ。となると、七尾しかいないな。お〜い鈴井、目覚めないと七尾がお前のファーストキスを奪っちゃうぞ〜」

雪平の言葉に乃蒼は死んだフリから戻って来た。そして驚愕の一言。

「ファーストキスじゃないもんっ!私もうしたことあるもんっ!」

は?…えええええっ!

「の、乃蒼キスしたことあんの!!!私でもまだなのに」

へへぇ、と乃蒼が胸を張る。

「ねぇ、どんな感じ?キスってどんな感じ?」

彩綾が興味津々だ。

「どうって、そうだなぁ…初めての味がした!」

俺たち3人はまだ経験していないキスの味を想像した。

早く誰かとキスしてみたい…けどその前に!早く吹き荒れろよハリケーン!

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