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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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花の章 「償い」

興奮が冷めぬまま白のSUVの助手席に乗り込む。私の黄色い蜘蛛ちゃんと比べこの車は中が広くて乗り心地がいい。この車の名前はなんだっけ?確か武田鉄矢のいたグループに似た名前だったような?助手席に乗るならこの車だけど自分で運転するならやっぱり黄色い蜘蛛ちゃんの方がいいな。

「ねぇちょっと!いなくなるならちゃんと言ってってよ!探したじゃない!」

私とは距離を開けて体育祭を見ていた。秋と話し終わったあと周りを見てもいないからしばし探し、携帯に電話してようやく車に戻っていることを知った。

「ねぇ見た!速かったよね秋!トップ争いしてた子、陸上部なんだってよ?凄くない?陸上部に負けてないんだよ!」

私が話しているのに相槌すら打たない。

「ちょっと!聞いてんの?」

普段かけないサングラスなんかして。

「ねぇ、もしかして三太、泣いてんの?」

うるさいな、とようやく喋った三太の声は涙声だった。

「ちょっと、何でアンタが泣いてんのよ笑」

三太は海援隊のエンジンをかけ車を走らせた。そのまましばらく走った後

「お前はなぁ…」

と話し始めた。涙声ではない、いつもの三太の声。

「毎日会えてるから良いよな?毎日声聞けるから良いよな」

そりゃ一緒に暮らしてるからね?

「俺はなぁ!10何年ぶりに動く秋を見たんだぞ!ブァーブァーしか言えなかった秋がちゃんとした日本語喋ってんのを聞いたんだぞ!俺の記憶の中ではあいつはまだ幼児だ。お前から貰う写真を見たって成長した実感なんか全く湧かないんだよ!それが今日いきなりデカくなったナマの秋を見たんだぞ?リレー走って友達と抱き合って喜んでんだっ!そりゃ感動もするだろうが!枯れ果てたと思ってた涙も出るわ!」

一気に捲し立てられる。

「いや、まさかそんな喜んでくれるとは…」

「は?お前バカか?そりゃ嬉しいだろうよ?生きてる間にナマ秋みれるなんて思ってなかったもんよ!俺は七尾家に関わっちゃいけない人間だからな!毎月お前から貰う秋の写真とお前から聞く話だけでも贅沢だと思ってんのに今日はそれがナマ秋だぞ!なんならカレンダーに赤で丸つけて毎月27日はナマ秋記念日にでもしてやろうか?」

テンションの上がり方が若干ウザい。

「わかったわかった。はい信号青!」

三太は私達親子にとてつもなく気を遣っている。私はのほほんと秋と暮らしているけれど、三太がそうやって色々なことを私達親子にしてくれているから平穏無事でいられるのだ。ありがとう三太。口には出さないけど。

「で、どう?秋は」

三太はようやくサングラスを外し

「どうって、何がだよ。抽象的すぎてなんて答えていいかわかんねぇよ」

めんどくさい。

「素直に、思ったままでいいよ」

「だから…。別に普通だよ」

普通ってなによ?私の秋は普通じゃないよ!

「可愛くないね」

「秋がか?」

「三太がだよっ!」

もうちょっとこう素直になればいいのに。なんで尖るのかな?まったく。

車は人通りの少ない場所へ入っていく。ここで降ろされても1人で帰ることはちょっと難しいかも?ここは、ドコ?

「ねぇ三太、どこ行くの?」

「人がいないとこだよ!」

あら!嫌だわ三太ったら!こんな中2の息子がいるパートタイマーにそんな積極的なっ!そういえば秋も今夜は寝かさないよって、言ってた///。キャッ、私モテ期!

「あのさ、三太の気持ちは嬉しいけど私そんな、、、」

「うるせぇ!黙ってろ!」

今日の三太はおっかない…。ちょっとシュンとなってしまった。


車は丘の上のちょっとしたスペースに止まった。私の記憶が確かならさっき通ったあそこ墓地じゃなかった?怖いよ三太!アンタも怖いけどお化けも怖い!

「お前どういうつもりだよ!」

三太はいきなり私を斬りつける。

「どういうって、何が?抽象的すぎてわかんない」

私の燕返し。しかしカウンターにはならなかった。

「いきなり『秋の体育祭観に行こう』って、どういうつもりだって聞いてんだよ!」

「どういうもこういうも、ただ今日秋の学校の体育祭あるし秋がリレー走るし観たいかなぁってと思って」

三太の顔は真剣を通り越して少し怖かった。

「だからそれだよ!お前は今まで秋に会わせようなんてしなかったじゃねぇか!それがなんでいきなり俺に見せようなんて思ったんだよ?」

「だから言ったでしょ?私からは離れててねって。他人のフリしてたらアンタが誰だか秋にはわかんないでしょ?」

三太は私の3つ隣にいた。秋の視界には入っていただろうが三太が私の知り合いだなんてことは思ってもいないだろう。

「微妙に論点をずらすな!ちゃんと俺の質問に答えろ!」

「そんな怒んないでよ…」

「怒ってねぇよ!お前がわかってねぇから言ってんだろ!」

私には三太の気持ちは同一には理解してあげられないよ。

「わかんないよ。けど三太は秋に会いたかったんじゃないの?」

三太は叫ぶ。

「会いたいよ!あいつに会いたい!会って話したいよ!けど会えないだろうが。だから俺はずっとお前に会わせてくれなんて言ったことなかっただろ!」

「じゃあ断ったら良かったじゃない!」

「だったら誘うなよ!会えるなら俺はどんな形でもいいから会いたいって思うさ!なんでお前はそうやって俺の気持ちをかき乱すんだ!もう10何年もの間こうやって俺は距離を保ってきたじゃねぇか…。その間俺だって葛藤してたんだ!俺のせいじゃない、俺が悪いわけじゃない、じゃあ俺は秋に会えるのか?会える訳ねぇだろ!そうやって俺がどんだけ苦しんでたかわかってんのか?」

知ってたよ。わかってはあげられないけど三太が苦しんでいたのは知ってたよ。それが秋のためだっていうのも。もっと言えば、秋を恨んでいた時期があったのも。秋は私に全てを与えた代わりに、三太の何かを奪っていった。それはきっと、三太が描いていた未来の一部だ。

「携帯電話…」

「あ?なに?」

「三太、携帯電話プレゼントした時言ってたでしょ?一方通行だけど、繋がってたいって。私を介さず秋と繋がりたいって」

秋の携帯の連絡先の中には『サンタ』という名前と電話番号が登録されている。一度だけ繋がる魔法の電話番号。秋が1人ではどうにもできない時、どんな事からも必ず助けてくれるから使う時を間違えないでね、と秋に教えている。

「秋にあなたへの一方通行があるならあなたにも秋への一方通行があってもいいのかな?って思って」

「それが俺を苦しめるとしてもかよ」

私は何も言えない。

「それが、お前の優しさだってのかよ」

「償いだよ…」

今度は三太が何も言えなくなった。

「ねぇ三太、もし誰かが悪いのならそれは私だよ」

三太が怒りをあらわにする。怒りは、悲しみのすぐ近くにあって、その2つはとても似ている。

「お前!後悔してんのかっ!」

「バカ言わないで!後悔なんてしてないわよ!それは三太のためじゃないからね!私は秋の母親になれて初めて私になれたのよ!もし今あの時に戻ったって同じ選択をするわよ!けどね、だとしても三太を傷付けたことには変わりないんだよ」

泣かない。これは泣いて話すことではない。

「最近の秋がね、すごい大人に見える時があるの。私なんかより大人に感じる時があって、私は少し情けなくなるの。だから私も色んなことから逃げないようにしなきゃダメだって思ったんだよ」

目が熱くなる。けど、泣いちゃダメだ…泣いちゃダメだ…泣いちゃダメだ…

「後悔してなくてもあなたを傷付けた事には変わりはない。それをあなたの優しさで見ないふりしてきたのは私の弱さだしあなたへの甘えだよ。認めないと、そろそろ。でなきゃ私は三太にも追いつけないし秋に追い抜かれちゃうよ。私も大人になりたいよ三太。あんたに守られているだけの私にはもううんざりなんだ!」

うん。言えた。ちゃんと泣かないで言えた。

「女なら守られてろよ」

「心にもない事言わないでよ!自分で自分の事どうにもできねぇ女、あんたはいらないんじゃなかったの?」

いらねぇ事覚えてんじゃねぇよ。そう三太は呟く。

「私たち親子はたくさんの人から支えられてる。けど1番私たちを支えてくれたのは紛れもなく三太、あなただよ」

「そんな事ねぇよ。俺が好きでやってる事だ。いわば趣味だ」

「だったらそのあなたの趣味に私達は支えられてるんだよ。三太が認めようが認めまいがそれは変わりようのない事実なの。あなたがあいつの養育費を振り込んでくれる事も、私とあいつの間を取り持ってくれる事も、秋を大切に思ってくれている事も、それ以外のことも、たくさん。全部今の私たちの生活には必要な事だよ」

その何かが欠けていたら、こんなに穏やかな生活は送れていなかった。

「俺の秋への気持ちなんて、別に必要ないだろ?」

「あるよ」

大事だよ。秋が気付く事はなくても、知る事はなくても秋にとって大事な事だよ。

「たくさんの人が堕胎しろって言う中で、最初に秋に生まれてきてほしいって言ったのは三太じゃないっ!あの子はね、全ての人に望まれて生まれてきたわけじゃないの!あの子が生まれない事を望んでいた人がこの世にはいたのもあんただって知ってるじゃない!けど三太が……三太は秋に生まれてきて欲しいってそう言ってくれたじゃないっ!あの子が生まれてきても良いって理由を最初にくれたでしょ!あんたは、秋が生まれてくる前からあの子の味方だったじゃないっ!」

握った掌に爪が食い飲む。あの時のことを思い出すのは今でも少し辛い。堕胎しろと言う言葉を言い換えるなら、秋を殺せと言うことだ。もし今そんなことを言う奴がいたら、私は迷わずこの日本からそいつの苗字を消してやる。もし本当に秋が殺されたら、そんな世界はもういらない。私ごと跡形もなく消えてしまえばいい。

「秋は、俺に似てるかな?」

タバコを咥えカチンとジッポで火を付ける。そのライターは私があげたプレゼント。真鍮のくすみが長年使ってきたことを物語っている。

昔、三太は言っていた。人は誰かと似ていると感じた時その人に親近感を持つ。その親近感は安心感だ。だから誰は誰に似ているというのを見つけるのが上手い人は、淋しがり屋なのだそうだ。秋がそうだった。

「私は似てると思うけどね、あんたと秋は」

「そうか?」

「そう育ててるからね笑」

「なんでだよ?」

聞くかな?普通。

「そりゃ、私が知りうる1番いい男が三太だからだよ」

今日は特別。ちゃんと口に出して伝えてあげよう。

「おい花」

「なによ?」

「15秒くれよ」

「じゃあタバコ消してよ」

三太は灰皿にタバコを揉み消す。

ハイ、と両腕を開いてみせた。三太の体が私を包む。秋とは違う、抱き心地。広い肩、大きな背中、少し高い体温、首筋の匂い。あの頃の三太のままだ。

三太の腕が私の背中から離れる。

「え〜、もう終わり?」

「15秒って言っただろ?」

「本当に15秒じゃなくてもいいじゃんよぉ。ケチ!バカ!アホ!」

私を無視してカイエンのハンドルを握る。思い出した、カイエンだ。三太の車は静かに丘を降りる。

「三太、約束する。必ずいつか秋に会わせる。だからそれまでは今日みたいに近くで見るだけで我慢してくれないかな?」

三太は新しいタバコに火を付けた。

「それは償いか?」

そう聞かれたら

「私の優しさだよ笑」

って答えるしかなくない?

けどね三太。それは償いとか優しさなんて事じゃないと思うんだ。

甥と叔父が会うというのは特別でもなんでもない、ごく当たり前のことだと私は思うんだよ。

あなたと秋はよく似ている。

淋しがり屋の私はいつもそう思っている。

そして三太も。自分と秋が似ていて欲しいと思うあんたはきっといつも寂しいのだろう。


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