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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「記念写真」

グラウンドはまだざわついている。俺らも感動の余韻が胸の中にある。興奮は未だ冷めない。

「お前ら良くやった!」

上手な笑顔を携えて吉岡先生が俺らのそばに来てくれた。

「センセー、ありがとう。おかげでサイコーの体育祭になったよ!」

野島さんが目を赤くしながら吉岡先生に感謝を込める。

「ありがとう、じゃねぇよ。全部お前らがやってのけた事だろ?俺には礼を言われる筋合いはねぇ」

そんな事ないっ!と阿子さんは叫ぶ。

「先生!私達の気持ち軽くあしらわないでよ!」

吉岡先生は今度は上手に困った顔を作る。

「けど俺は別に…」

モゴモゴと口ごもる。最近ようやくわかってきたこと、吉岡先生は重度の照れ屋だ。

「先生ありがとう」

俺が先生に言いたいことは1つ。なら俺にできることも1つ。ありがとうを伝えるだけ。

「ありがとうセンセー!」

「ありがと〜」

「ありがとね、先生」

ありがとうの嵐が吉岡先生の周りを吹き抜ける。

「わかったわかった。そんな礼を言うな、照れるだろうが!それに俺に言うなら島田先生にも言え!俺よりもあの人の方がもの凄い勢いで校長まくし立てたんだからな笑。酔ってんのかと思うくらい怖かったぞ〜あの時は笑」

それを聞いた阿子さんと桜さんは顔を見合わせ、離れたところで俺らに向け拍手をしていた島田先生のところに駆け出し両手を引っ張って俺たちのところまで連れて来てくれた。

「先生、校長丸め込んでくれてありがとう!」

「先生、私リレーで走れたんです!しかも1位っ!」

俺も乃蒼も元担任に向かって感情を爆発させる。先生は先輩達に連れてこられた時は目をまん丸にしていたけど、

「2人ともおめでとう。佐伯くんにもおめでとうって言わなきゃね」

と目を細めて喜んでくれた。

「鈴井さん」

「はい」

島田先生は真剣な眼差しで乃蒼を見つめた。

「友達と先輩、いっぺんにできたみたいで良かったわね」

「みんな変人ですけどね」

認めよう。けど真顔で言わないで欲しい。

「でも、私は今すごく楽しいですっ!」

いい笑顔で笑うじゃねぇか。そんな2人を後にして俺は新しい友達の元へ行く。

「わかってるって言ったろ?」

雪平は何の表情も変えない。

「もっとスッキリ抜けよ」

スッキリ抜けとか嫌だわ!はしたない!

「バカ言え!相手は陸上部だぞ?並んだだけで奇跡だ!」

今思えばよく並べたよなと思う。もう一回やれと言われてもまず無理だ。

「あの人なら抜いてたぞ」

雪平の目線は同じ歳の仲間達に囲まれたあの人を見ていた。

「かもなぁ。何なんだろな、あの人は。化け物かな?笑」

化け物じゃねぇだろ、と前置きした雪平の次の言葉が俺の胸に突き刺さる。

「ただの中3、野島貴明だろ?そしてお前もただの中2、七尾秋だ。もちろん俺もだ。何も変わんねぇよ。たった1年、1歳違うだけだ」

たった1年の差。それはあの人を見てるととてつもなくでかいような気がする。けど今の俺らの成長速度はとてつもなく早い。去年の俺より今の俺の方が成長していると実感する。確かにあの吉岡先生とのこと、乃蒼の誕生日会のこと、ここ最近あったいろんな事が俺を大人へと加速させている。

だとしたら。あの人もたくさんのことを経験してきたのだろうか?俺らよりも一年分多く苦しみや悲しみを乗り越えてきたのだろうか?それは今の俺だったら乗り越えられるようなものなのだろうか?1年後の俺は、今の野島貴明を超えられるだろうか?

「何ボーッとしてんだよ?」

「あ、いや。来年の俺はどんなふうになってんのかなぁって」

「奇遇だな。俺もだよ」

思考回路!笑。

「で、お前はどんなふうになってんの?」

雪平なら参考になる。

「おそらく彼女がいる」

「お…おう…」

俺に置き換えてみる。…無理だ!

「お前いま無理だとか思ってんだろ?」

「いや、だって無理だろ?人好きになったことあんのかよ?」

「あるぞ?」

「あるのぉ??????」

驚愕の真実だ。似ていない!やっぱりこいつ似ていないよ!

「俺をなんだと思ってるんだ?今の俺の96パーセントは恋で形成されてるぞ?」

おいマジかよ!もうそりゃ恋の権化じゃねぇか!

「残りの4%は?」

「悪意だ!」

おっけーわかった。それでこそお前だ。

「なぁ、あそこにいる人お前の知り合いか?こっち見てめっちゃ金網ぶん殴ってアピってるけど」

必死の形相で花さんが金網を殴っている。俺が気付くと目と口を開いて大きく手を振って金網を殴るのをやめた。

「ちょっと行ってくるわ笑」

「おお。気を付けてな」

気を付けてな、って笑。お前やっぱ面白いわ。



「遅〜い!すっごい待ったよ?」

ふくれっ面の花さんの手は金網の跡が付いていた。

「ごめんね。ちょっと興奮しちゃって。ねぇ、ちゃんと見てた?」

口から出た瞬間に野島さんの事がよぎった。

『俺を見てたか?』

見て欲しかったんだな、俺に。俺が花さんに対して思うように、野島さんも自分を見てて欲しかったんだなと突然あの人の想いを理解した。

「当たり前じゃない!」

「走ってる時、花さんの声聞こえたよ?」

うそ!と手を口に当て驚く。しっかり見てたわけじゃないけど大体予想はつく。周りの父兄の皆様すみません。きっとウチの母、うるさかったでしょう?笑

「必死に走ってた割に意外と冷静だったんだね?」

「まさか笑。必死で周りなんてあんまり見えてなかったよ」

けど花さんの声なら届く。どこにいても、どんなにやかましくても花さんの声なら聞き分けられる自信がある。

「それでも抜けなかったなぁ」

「悔しい?」

俺はどうやら素っ頓狂な顔をしているらしい。

「なしたの?そんな顔して」

「いや、『悔しい』って単語、花さんに言われて今初めて頭に出てきたから。俺、全然悔しくないんだ笑。それくらいあの人を信頼して任せてたんだなぁ俺」

今日のこのリレーの事は、もっと噛みしめれば噛み締めた分だけ何かを得る事ができる気がする。考えよう、今日のことを。そしてたくさん気付こう。あの人が、先輩たちが、友人達が教えてくれることを余すことなく。

「あき〜、卒アルに使う写真撮るって〜!戻ってきて

〜。は〜な〜さ〜ん!見てた〜?勝ったよ〜!」

桜さんが花さんに手を振るついでに俺を呼びにきてくれた。花さんも「桜〜!頑張ったね〜!」と大きく振り返している。

「花さん、今日はたくさん話したい事があるんだ!もしかしたら、いや絶対長くなるかもしれない!」

「いいよ〜。全部聞いてあげるからねっ笑」

何時間かかるだろう?朝までに終わるだろうか?笑

「今夜は寝かさないからね?じゃあ行ってくるね〜!」

花さんの方を向き手を振りながら走り出す。桜さんや彩綾が早く早くと手招きしている小さな塊の中に俺は突っ込んで行った。



「じゃあ撮りますから並んでくださ〜い」

卒業アルバム用の写真を撮るためカメラマンは俺らをグラウンドの真ん中に集めた。

「ねぇ野島さん?」

天上天下唯我独尊の旗を持つ野島さんの目はもう元に戻っていた。

「どした?」

「足りなくない?」

「は?1 2 3 4 …ああ!そういう事が!」

「呼んできていい?」

一応卒業アルバムのための写真だ。3年生にお伺いをたてるのは一応の礼儀だ。まぁ答えはわかってるけど。

「乃蒼、彩綾!島田センセー連れてこい!秋と桜は吉岡だ!」

その言葉を合図に4人は2方向にピューっと走り出し、困惑する教師2名をグラウンドの中心に引きずり出してきた。

「ちょ…、ちょ待てよ。俺は生活指導だそ?」

「ねぇ、待って待って!私いま担任持ってるのに…」

いいからいいから、と大人の事情なんて俺らには関係ない。

「一緒に写ってくださいよ。俺らの最後の体育祭なんだから、俺らの頼みも聞いてください」

羽生さんが言うと

「校長先生に確認してくるからちょっと待ってろ」

と吉岡先生が再び背を向けようとするのを俺は無理矢理引きずって輪の中に押し込んだ。

「おい七尾!お前なにやって、、、」

「いいから!俺らに強引に引きずり込まれましたで校長には言い訳きくでしょ?これは吉岡先生が俺に教えた逃げ道の作り方ですよ?さ、もう撮っちゃって撮っちゃって!こんなん撮ったもん勝ちですよ!」

野島さんを中心に3年生の4人と両脇に吉岡先生と島田先生が挟む。俺ら2年はその後ろを固める。

「じゃ、撮りますよ〜。笑ってくださ〜い」

言われるまでもなく俺らは笑みを隠しきれない。真顔でなんかいられるかよ!

冷水を浴びせる声は聞こえない。俺は生きててもいい。必死に足掻いて這いつくばるなら、俺は生きてても良いんだ。



見せてもらった卒業アルバムに、この時の写真が大きく載っていた。無理矢理引きずり込まれたという体のはずの2人の先生も物凄い笑顔で写っていた。けどそれ以上に俺らは特進組の8人は嬉しそうに笑っている。この世の全ての喜びがここに集約されたかのように笑っていた。俺達が1番輝いていたであろう瞬間を切り取ったこの写真が俺はなにより好きだった。




追記

「ねぇ乃蒼」

体育祭の閉会式も終わり校舎に入るため1年が生徒玄関に溢れているのを椅子に座って眺めながら彩綾は乃蒼に尋ねた。

「くるみ☆ぽんちおっ♡って、何?」

乃蒼の表情がこの世の全ての不幸が集約されたかのように暗い悲しみに包まれた。

「え?なに?くるみぽんちおって?」

阿子さんが興味を持った。

「なんかね、私がバトン渡、、、」

「彩綾っ!」

不幸の全てを知り尽くしたような表情のまま乃蒼は彩綾の言葉を遮った。

「忘れて」

しかし不幸の連鎖は続く。

「え?なに?くるみぽんちお?」

桜さんまでもが口にする。

「なんか乃蒼が歌っ、、、」

「彩綾っ!忘れて」

頑なな拒否。

「その単語を逆さまに呼んでみろよ」

「雪平くんっ!!!!」

その場にいた誰もが頭の中で文字を描きそれを逆から読んでみる。

「お…ち…ん……………乃蒼ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

阿子さんの絶叫も届いていないかのように乃蒼は心を閉ざした。無表情のまま動かない。

「雪平、お前責任とれよ?ああなったら1時間はあのままだからな?」

「なんでだよ。良い曲だろ?」

「お前がそれを知ってる事に俺は驚きを隠せないよ。誰派?」

「くろくも。七尾は?」

「くろくも」

俺たちは互いに固く握手を交わす。やはり俺たちは似ているかもしれない。

結局乃蒼はたっぷり1時間帰ってこなかった。

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