乃蒼の章 「BPM」
第一走者最初のコーナーで4位と5位の人が内側を争った際にもつれ転倒した。そのうち3年生の男子はすぐさま起き上がって走り出してしまったが、転倒事故現場に取り残された女子が痛がっている隙に桜さんが抜き去った。一心不乱に前だけを向いて走る桜さんに私は強く惹かれた。とても羨ましかった。
桜さんは予選で私よりも速く走っていた。別にどちらが上とか下とか優越をつけたいわけじゃない。どうしてもというのなら、その時は私が桜さんの下で構わない。だから、そういうことではなく、単純に羨ましかったのだ。私よりも速く走れる桜さんに。誰かの前を走っているという桜さんに。私の実力ではないけれど、桜さんの粘りの走りで私は5位でバトンを受けた。スタート時点で私は誰かの前を走ることができた。それは桜さんからの素敵なプレゼントだった。
だったら!私は何をしなければならないかなんて考えなくてもわかる。
1人抜く?バカじゃないの?誰に言ってんの!出来るわけないでしょそんなの?私がこの状況でやらなきゃならない現実的なことは、この順位のまま彩綾に繋ぐことでしょ!抜かれないことでしょ?
私が必死に走っている時、記憶の奥から声が聞こえた。
「ほらね?足のBPMが80なのに手は120。手だけ早く振っても足がそれについて行ってないと意味ないんだよ?」
あの日のなっちゃんの声だった。(※ La promesse brillante第15部参照)
今、私のBPMはどれくらい?…
♪I want to know, have you ever seen the rain? ♪
遅っ!笑。117くらいしかない!
もっと速い曲!もっと速い曲…!
私が歌える速い曲を頭の中でかき鳴らす。
ダメ!まだ遅い!もっと速く!もっと速く!
BPMをあげる。原曲より相当速い。けどリズムはとても乗りやすい。
手と足を合わせて!ハイハットの音を聞いて!まだ速く出来る!もっともっと!
ははっ!なっちゃん、今頃になって私出来るようになったよ笑。
いま210で走ってる。視界の横で流れていく景色は、こんなにも早いものなんだね!
チラッと観客の席を見るけどそこになっちゃんはいない。
なんでよ…応援してくれるって言ったじゃない…。
私なっちゃんの予想よりも10年早い小学生8年生でリレーの選手になったんだよ?
なんでここにいないの?見せたいよなっちゃん。
私がリレーを走っているところ。
私の自慢の友人達。
私の誇らしい先輩達。
きっとなっちゃんは全部に驚いちゃうよね?
私は、約束を守れてる?
ちょっとサボっていたけど、なっちゃんとの約束を守るのに必死だよ。
褒めてくれるかな?頭を撫ででくれるかな?
今の私はキラキラしてるかな?
話したいことがたくさんある。
教えたいことがたくさんある。
会わせたい人達がたくさんいる。
だけどなっちゃんだけがここにいない。
…会いたいよなっちゃん。
けどね、寂しくはないから安心して。
私は今、バトンを持ってる。
これはみんなとの絆なの。
カッコつけてさっきそう言っちゃった笑。
このバトンはリレーが終わったら学校に返さなきゃならないの。
だけど、バトンはなくても私達9人の中に、見えない何かが確かにあるって強く思えるんだよ。
私は、なっちゃんにもそれを感じてる。
いつか、また絶対、どこかで会おうね。
彩綾の姿が見える。
そろそろ私のリレーもあと少しで終わる。
頭の中で流れる歌も、そろそろエンディングに近づいてきた。
私は抜かれることはなかった。追い抜くこともできなかったけど、前を走る背中が近い。
悔いはない。やり切った。私は一生足が遅いままで構わない。
それでもリレーは勝てるということを、私の仲間が証明してくれる。
走れ、乃蒼。歌え、乃蒼。桜さんのバトンを、彩綾へ繋げ!
「くるみ☆ぽんちおっ♡♪」 パシッ
ああああああ!!!!
口に出ちゃったぁぁぁぁ!!!!!
バトンを渡す瞬間の彩綾の顔が、頭から離れなかった…。




