秋の章 「決勝直前」
決勝は予選と同じ1人200m。この200mは追う側にすれば気持ち的に余裕が生まれるが追われる側にしてみると結構長い。俺たちは予選はほぼ全て追う側だった。だから気持ち的には追う側有利とはいえ先行する人との距離が大事だと言うことを知っている。あまりにも離されると気持ちが折れる。メンタルはスピードに直結する。だから彩綾や阿子さんの精神的負担は俺には計り知れない。きっと切れそうな集中力を維持できるのは2人とも桜さんと乃蒼のためなんだろうと勝手に推測している。
「桜さん、お願いしますね」
俺はパーにした手を上にあげた。
「秋だけだね笑。私にお願いしますって言うの。他の人は大丈夫とか信じろとか言うのに」
あ…しまった。
「遅いのは自分でわかってるから確かにみんなが言うのはもっともなんだけど、やっぱり期待されたいよ、こんな私でも。だから、ありかと。秋の期待するほどには応えられないかもしれないけど、桜子史上最高の走りをするのは約束するね。」
そっと手をあげる。その手に俺は手のひらを合わせる。
パンッ
にひひ、と俺たちは照れ臭そうに笑った。
「あ!乃蒼、靴紐ほどけてる」」
「え?あ、ホントだ」
「緊張してんのかよ。キツキツなくらい縛っといた方がいいぞ?」
乃蒼はしゃがみこんで靴紐を結び直した。
「来年は野島さん達は卒業していない。来年後輩とまたこんな関係を作れるなんて全く想像できない」
「うん、そうだね。野島さん達だからここまで結束できたんだよね」
靴紐を結び直し顔を上げた乃蒼は少し寂しそうだった。
「だから俺このリレーは絶対に勝ちたい!」
「うん、私も」
「だから、頑張ってくれ乃蒼。絶対俺は野島さんにトップでバトン渡すから、お前も頑張ってくれ」
お前にトップでバトンを渡してくれとは言わない。ただ明日、来月、来年、将来お前が今日を振り返った時、勝たせてもらったんじゃない、勝ったんだと自分自身を誇れるように、死ぬ一歩手前まで走ってくれ。
「That's all bond.If I don't run by full strength, I have no right which is here.」
「そうだな。てか何で急に英語なんだよ?」
「こんなセリフ聞かれたら恥ずかしいでしょ?」
確かにな笑。
俺は手をあげる。乃蒼はそれに手のひらを重ねた。
パンッ
「秋も、花さん見てるからいいとこ見せなきゃね」
「花さんには特進組みんなの走りっぷりを見てもらいたいよ」
「たしかに!」
両肩をあげ、目を閉じてクシャッと笑う。
なんだソレ!可愛いじゃねぇか!今度またやってくれ!
野島さんのところに行くと
「2人にだけか?」
と言われてしまった。
「阿子さんにも彩綾にも声かけたいけど…。時間もないですからね。」
きっと2人なら大丈夫。
「ホントは桜さんにも乃蒼にも謝りたいけどどっちもそれを求めてないし。それでも謝ったら、それはもう俺のエゴですし。だから、今のは俺の気休めですよ」
そうか、と野島さんは言った。
「あいつ良いこと言うじゃねぇか笑」
「聞こえてたんですか?てか、英語わかるんですか?」
心外だという顔をされた。
「発音が綺麗で聞き取りやすかったからな。てかあんなの中学生英語の延長じゃねぇか。バカにするなよ」
あいつもしかして俺が理解できるように言ったのか?くそぅ。
「全力で走らなかったらここにいる資格はないか。じゃあ俺もトップでゴールしなきゃお前らといる資格はないな。あのバトンはお前らとの絆なんだろ?」
でもするんだよ、あんたは。陸上部だろうがベロニカ・キャンベル=ブラウンだろうがぶっちぎってゴールするんだよ、きっと。
「さっきコースケに聞いた。お前の伝言」
「そうですか」
「失敗するのは別に悪い事じゃねぇよ。俺らはガキだ。失敗だってたくさんするさ。けどその失敗を取り戻せるかどうか、乗り越えられるかどうかは大事だと思う」
そうですね。その繰り返しを人は成長と呼ぶんでしょうね。
「俺がいる間はお前が失敗したら怒ってやる。ちゃんと取り戻せるようにするし乗り越えさせてやる。安心してしくじれよ笑」
吉岡先生みたいだな笑。
「野島さん、なんで俺なんかにそんな期待してくれんですか?」
俺は自分で言うのもなんだけど可愛げのない後輩だ。生意気な口は利くし、喉仏は親指で押さえるし。
「その答えは卒業式の時に教えてやるよ。ちゃんと出ろよ?」
「そりゃ出ますよ」
「特進は卒業式も自由参加だぞ?」
マジかよ。バカじゃないの?
「ほんと、腐ったクラスですよね」
「嫌いか?特進」
「いいえ、今日でちょっと好きになりした」
なら良かった、と野島さんは手のひらを俺に見せた。
「叩け」
「はいっ」
ズッッバァァァン
「っっっっっっっってぇなこのヤロー!」
「叩けって言ったからでしょうが!」
「違うだろ!もっとこうパァンってやるだろうが」
「いや、だって叩けって言ったじゃないですか」
「ハイタッチも知らねぇのかこのバカ」
「はぁ?アンタにバカとか言われたくないですよコノヤロー」
俺たちはいつの間にか掴み合いをしていた。
「ちょっと、なにしてんのよスタート前なのよ!」
「ちょっと聞いてくれ彩綾。野島が理不尽なんだ」
「おい待て!彩綾、コイツが手パァンすりゃいいのにズバァァァンとかするからで」
いい加減にしてよ…とうんざりした顔をされた。
「手間のかかる子どもが2人いるみたいだよ」
「じゃあおっぱいくれよ」
な…なんてこと言い出すんだこの人は!
「野島さん、手、あげてください」
こうか?と野島さんは彩綾のハイタッチを待った。
ズッッバァァァァァァン
「あ、あんぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」
あ〜、いまのは思いっきりいったな笑。
「ちょっとどうしたの?マメでも潰れたの?」
「聞いてよ乃蒼!いまこの人私におっぱい見せろって言った!」
「ちょっとタカそれどういう事?」
「ま、待て阿子。俺は後輩の緊張をほぐそうと、、、」
「緊張ほぐすのにおっぱい揉ませろはないよね?」
「桜の言うとおりだぞ?彩綾もさすがにここでおっぱいは出せないだろ」
「どこでだって出しませんよっ!!!」
「それはおかしい。着替える時にも出さないのか?」
「雪平…おっぱい好きか?…」
「ねぇ何でいま久保さんの名ゼリフ言うの?それ試合中に死ぬフラグだよ?」
「俺は11人抜きして死ぬなら本望だ」
「どうせなら彩綾のおっぱい見てから死ねよ」
「だから見せませんって!」
「もう見たよ?」
「ちょっと!いつ覗いたのよ!」
「昔一緒に風呂入ったじゃん?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ドガンっ
「おっぱいおっぱいうるせぇぇぇ!」
吉岡先生のゲンコツが野島さんの頭頂部に落ちた。
「お前らいい加減スタート位置に付けっ!さっきからお前ら待ちなんだよっ!早くしろこのクソバカどもっ!」
「なんで俺だけ叩かれるんだよ泣」
しょうがねぇでしょ?アンタは俺達のリーダーなんだから。
俺ら最後のリレーが始まる。
あ〜あ、始まっちゃう。
本当にこれが最後。
始まって欲しくなかった。
ずっとこのまま、この人達とこうしていたかった。
今の気持ちは、ずっと楽しみにしていた遠足当日の朝に似ている。
嬉しいけど、どこか勿体無い気がする。
今それに加えて、少し悲しい。




