秋の章 「円陣」
午後の部に入ってからすぐの事だった。
「秋、雪平。あれ見てみ」
野島さんが顎をしゃくらせるその方向には3年3組の集団が俺達にメンチを切っていた。
「誰か鋭利な刃物持ってませんか?」
最近大人しくなったとはいえやっぱ雪平は雪平だ。
「ちょっと行って喉仏潰してきます」
俺は席を立ち上がったところで野島さんが静止する。
「やめとけ。帰る頃には静かになってるよ」
確かにそうなることだろう。お前らが遅いだのなんだの言っていた俺らのチームに陸上部を2人抱えたお前らは負けるのだ。
「なぁ雪平。お前は将来医者になるのか?」
さっきからちょっと気になっていた。どんな本読むんだ?とかこいつに聞きたいことがいっぱいある。俺は雪平のことをあまり知らない。知りたいと思った。
「お前、それいま聞く話か?」
まぁ、それもそうだ。
「じゃあ今度ゆっくりな」
目をまん丸にして俺の顔を見た。そんな顔芸もできるのか?ずるいぞ。
「お前はホントに変な奴だな」
「褒めてんのか?」
「disってんだよ」
深読みしすぎた。ムキーっ!
「なぁ、お前は鈴井と付き合ってるのか?」
今度は俺が顔芸する番だった。
「お前こそ、それいま聞く話か?」
「それもそうだな。じゃあ、今度だな」
「お前こそ変な奴だ」
「disってんのか?」
「disってんだよ」
俺の想像してた雪平のイメージとはかなり違って子どものように無邪気に笑う。もっとクールで冗談なんて言わない奴だと思っていた。
「打ち上げには顔出せるのか?」
「予備校なかったらな」
「予備校は何曜日?」
「月曜日から日曜日までだ」
「毎日じゃねぇか!」
遠回しに断ってんじゃねぇよ!
「あんたらすっかり仲良しだね」
そばに来た彩綾の後から
「ねぇねぇ、なんの話?」
と乃蒼がやって来たので俺は雪平の顔をじっくり観察した。けどなんの変化もなく普通通りの雪平だった。
雪平は乃蒼にどういう気持ちを持っているんだろう?だけどそれを知ったところで俺にはどうにもできない。ただの興味で詮索するのは不粋な気がしたので俺は雪平から視線を外した。
「そういえばハチマキ。返し忘れてた」
俺は頭にしていたハチマキを外して乃蒼に返す。
「ハチマキ交換なんてしてたの?なに体育祭でチャイチャイしてんのよ!。私もタケルのハチマキ持ってくればよかった」
「そんな、ただの願掛けだよ。早く走れますようにって」
「いいねぇ。みんなで交換しようよ」
桜さんがやって来てハチマキの交換を提案する。けど俺はちょっとここで頭を回転させる。
先輩達はきっとカップルで交換するだろ?
残された2年は俺、雪平、彩綾、そして乃蒼。
彩綾と雪平が交換するなんてイメージは湧かない。それなら彩綾は乃蒼と交換するだろう。
そしたら俺と雪平が交換すんのか?
俺と雪平の目が合った。やっぱりこいつも同じこと考えてた!
「じゃあ乃蒼、私のと交換」
いきなり俺の予想は崩れ、桜さんと乃蒼が交換した。
「カップルだと面白くないからな。じゃあ俺は彩綾」
意外にも野島さんは彩綾と交換した。なんだかんだいってもドーナツ屋以降、野島さんは彩綾の事を気に入っているんだな。
「じゃあ私はあき〜」
俺は阿子さんと交換することになった。てことは?
「桜と乃蒼が交換した時点で男同士が1組できるのは仕方ないか。ほら、雪平」
「いや、結構です」
「なん…だとこのヤロー!」
「なんで俺が東城さんと交換なんですか!俺だって女の子とハチマキを交換したいですよ!何が悲しくて男の汗がしみたハチマキ交換しなきゃならないんですか!」
あ、の…えっと…、わかる、わかるよ雪平。俺がお前ならおんなじ事言ってたよ。ただお前のキャラでそんな事言うとは正直思ってなかったからちょっとびっくりしただけだ、大丈夫。お前は変なこと言ってない。
「そっか、ごめんね。はい、あ!コレ桜さんのだった」
一度差し出した乃蒼は手を引っ込める。
「いいよ〜、カップルで交換すんのも確かに面白くないし。私のハチマキで足遅くなったらゴメンね笑」
桜さんは申し訳なさそうだ。
「いえ、光栄です。東城さんのよりもずっと良いです。ありがとうございます」
「お前、今度じっくり話し合おうな」
もうすでに東城という名を受け入れた羽生さんがめっちゃ雪平を睨んでいたけど視界に入らない様子で涼しげな顔をしていた。似ているとはいえ流石に俺はそこまで太々しくは出来ないな笑。
『休憩を挟んで最後の種目、クラス対抗リレーの結晶を行います』
とアナウンスが流れた。
「さ、決勝の走者順を発表するぞ〜」
野島さんを中心に7人が取り囲む。
「最初は予選と一緒で桜!」
桜さんは噛みしめるようにゆっくりと「はい」と返事をする。
「美容の専門学校に体育祭があるか俺にはわからないけど、あってもお前じゃリレーの選手にはなれないだろう笑。だからお前の人生最後のリレーだ。俺たちは今を死ぬ気で生きんだろ?悔いなんか残すなよ?」
桜さんは普通科の高校に行かない事をこの時初めて聞いた。もしかしたらまたどこかの高校で先輩と後輩になれるかもしれないと思っていたから少し寂しかった。
「次は乃蒼」
「はい」
「桜のバトンを受け取ってくれ」
「はいっ」
「次、彩綾」
「はい」
「お前には何も言わんっ!」
「信頼されてますね、私」
「当たり前だろ」
彩綾が今度は隠す事なくもの凄い嬉しそうな顔をしている。
「次は阿子」
「ほいっ」
「大好きだぞ」
………突然の告白?
おわ〜!と一同がどよめきの声をあげた。
「…ばかっ///」
照れた阿子さん、可愛い!
でもなんで野島さんまで照れてるんだ?なら言わなきゃいいのに。
「う〝っうん…、次、コースケ」
「なぁお前、何でこのタイミングで大好きとか言ったんだ?」
「次、」
無視かぁ笑。
「雪平」
「はい」
「悪かったな。急に来たのに俺らに付き合わせて」
「いえ、楽しいですよ」
「そっか。サンキューな。次は秋で最後は俺だ」
俺にもなんか言えよ!なんかくれよ!
「このメンツで一緒に走るのなんて絶対にこれで最後だ。俺はタケルも含めてこのメンバーのこと結構気に入ってる。雪平、お前は?」
言わずもがな俺らだって野島さんと同じくこの合同特進組なんて変なチームが大好きだ。けど途中参加の雪平はどうなのだろう?俺らほど愛着があるのかな?できれば好きであって欲しい。
「俺は今だから言いますけど友達ごっことか友情ごっことか反吐が出ます。そんな薄っぺらい関係なんて社会に出たら綺麗さっぱり忘れるもんだと思ってます。けど…残念なことに今日のことは俺が社会に出てもある日当然思い出したりするんだろうなって確信がありますよ。正直に言えば、俺は今日ここに来てよかったなと思ってます。今日模試を捨ててここに来た自分を褒めてやりたいですね」
「周りくどい奴だな。好きって言やぁいんだよ」
言葉は荒いけど野島さんの気持ちは雪平にだって伝わっている。だからこいつもこんなに気持ち良くらい笑ってるんだろう。
「よし、円陣組もうぜ」
野島さんからの突然の提案。
「なんでだよ?」
「知らないのか?AKBもライブの前に円陣組むんだよ」
「今AKBもライブも関係ねぇだろ」
野島さんと東城さんのやり取りに阿子さんが割って入る。
「え〜、やろうよ〜。わたし秋の隣〜」
「え〜、ずるい。じゃあわたしも秋の隣〜」
やった。モテモテだ笑。
「おい、秋。後で話がある。逃げんなよ?」
「奇遇だな。俺もコイツに用事ができた」
モテモテなのは嬉しいし右からも左からも良い匂いがするのに先輩2人の視線が痛い。
俺から時計回りに阿子さん、彩綾、野島さん、羽生さん、雪平、乃蒼、そして桜さんの順で円陣を組んだ。
「2年ども、ありがとな。去年できなかった事がお前らのおかげで実現できた。いま俺は凄ぇ幸せだって実感してるよ。こんな事ならもっと早くお前らと先輩後輩になってりゃ良かったってちょっと後悔してる。だから卒業まであと何ヶ月しかないけど、これからよろしくな」
「「「「はい」」」」
「言いたい事はさっき全部言ったけど、最後にもう1つだけ言ってもいいか?」
野島さんのいま1番言いたいことは何となく予想はつく。
「お前、アレ相当気に入ってんな。しかもこの状況だとお前オリジナルのアレンジが加わるんだろ?」
羽生さんの言葉でそれは確信に変わった。
「なに?なに?」
彩綾が凄いはしゃいでいる。この雰囲気であれを言ったらどんな事になるんだろう?不安しかない。
「3年は省略するぞ。秋、乃蒼、彩綾、雪平、あとここにいないけど後でタケルにも伝えといてくれ。俺は、、、」
「お〜れ〜ら〜は!」
桜さんが訂正を入れる。 野島さんは下を向き笑っている。
「俺ら4人は、ここにいるお前らのこと愛してるぜ」
野島さんのスタンド「The World」は10秒の時を止める。そして時は動き出す。
「わだじもでず〜」
乃蒼が…泣いている…だと?
「さ、勝ちに行くぞ」
ハイとかウォーとか思い思いの叫びで円陣を解いた。
「あ〜き〜」
俺を呼ぶ聞きなれた声。
「ちょ!みんな、あそこ!」
俺が指差すフェンスの金網の向こうに花さんが立っていた。
「あ!花さんだ〜」
阿子さんや桜さんが目一杯大きく手を振った。乃蒼と彩綾もピョンピョン飛び跳ねて存在をアピール。花さんもそれに応え大きく両手で手を振っている。
「あぁ、こりゃ絶対負けらんねぇな」
「負ける要素でもあったんですか?」
今日は野島さんにやられっぱなしだから最後くらいはやり返す。
「なぁ秋」
「何すか?」
「俺を見てたか?」
ふざけて言っているのかと思ったら顔がマジだった。
「それはどう言う意味で?」
「そのままの意味だよ。今回の体育祭での俺をちゃんと見てたか?」
「そりゃ見てましたけど」
見てないわけないでしょ。俺はいつだってアンタから目が離せねぇよ。釘付けだよ。
「俺がお前に教えたいのは言葉じゃ説明しづらいんだよ。だから俺を見て何かを感じ取ってくれ。大人になったお前のどこかに俺がいたら俺はすげぇ嬉しいよ」
ったくよお!お前はなんでそんなにいちいちカッコいいんだよ!
「見てますよ。いつだって」
そっか、と少し照れながら野島さんは集合場所に歩いて行った。
もう一度花さんの顔を見る。花さんも俺を見ていた。
グッと拳を握ったのを花さんに見せて俺はくるりとまわり集合場所へと向かう。
花さん、今日は話したい事がたくさんあるよ。
何時間かかるかな?今日中に終わるかな?
俺、今日初めて思ったよ。特進になれて良かったって。




