雪平の章 「アンカー」
俺何やってんだ?
何で俺はバトン持って必死になって走ってんだ?
さっきまで塾で模試受けてなかったっけ?
俺は願いが叶うまで勉強しかしないって、医者になるんだってずっと前から決めてなかったっけ?
なのにいつからだっけ、こんな惰性で生きているのは。
文化祭の日か?それともあの人を見た時か?
俺が、劣等感を抱いたあの日からか?
五天になれないと諦めた時からか?
大体99点取ってもトップになれないって何だよ!
そうだ、今俺が走ってるのはその国天と英天のせいだ。確実に言えるのは七尾と鈴井に興味を持ったから今ここで走っている。
俺は、俺の6年間は価値のないものだと思い始めていた。時間のみならず俺自身にさえ価値が見出せなくなっていた。俺は何もない、何の魅力もない、無駄なことを積み重ねただけの間の抜けたピエロのようにおもっていた。
しかし4月にあった鈴井乃蒼のあの一件で、俺は自分の過去が肯定されたような気がした。それまでしばらくの間虚しさが占めていた気持ちが少しだけ変わった気がした。俺の努力は無駄じゃない、俺の気持ちは無駄じゃなかった。誰にでもない、自分自身がそう思いたかった。
あいつらのもがいてる様を見て、俺が今すべきことはこういうことなのではないかと思った。
自分が長い間正しいと思ってしてきた事を一度否定してしまうと再肯定するのはとても難しい。それでも俺にはそうする必要があった。無駄なものに理由をこじつけ、糧にしなければならない。でなきゃ俺は本当に価値のない男になってしまう。俺はまず俺自身が認めてやらないといけない。そのやり方はあの2人に教わった気がする。
だから今、俺が模試を受けてるんじゃなくてこうやってバトンを持って走っているのは無駄じゃない。無駄になんかさせない。俺は、俺の過去を肯定するために走ってんだよ!
何人抜いたっけ?俺今何位だ?
やるからにはきちんと役割をこなさないといけない。
それに俺は負けるのが大嫌いだ!
だから勉強でもスポーツでも自分のレベルを高め、、、うおっ!なんだこのテープ!
あ!今抜かれた!
くそ、俺は勝負は勝たなきゃ、、、うおっ!誰だこいつ!なんで俺に抱きつく!
「雪平!お前サイコーだ!」
「七尾…?」
「おい雪平。お前速ぇな笑」
「えっと、東城先輩?」
「誰だよ!俺は羽生だ!ハ、ニュ、ウ!」
「すいませんハブさん」
「俺を爬虫網有鱗クサリヘビ科ハブ属に分類してんじゃねぇ!まぁいい!とにかくでかした!俺らが1位だ!」
七尾と先輩が俺をバンバンと叩く。正直言って痛い。やめて欲しい。
けど、なんだか少し嬉しい。この気持ちはなんだろう?
そう言えばここに来たのも佐伯の一言がずっと引っかかってたからだ。
「無駄に理由をこじつけて自分の糧にしてしまえばそれは無駄じゃなく経験になるんじゃないのかな?」
確かにこの嬉しいという気持ちは無駄だとは思えない。けどこの気持ちに名前をなんと付けていいかわからない。
また考える事が増えてしまった。
「雪平くん超はや〜い!」
桜さん…。凄い良い匂いする。
「雪平くん、カッコ良かったよ」
阿子先輩…だっけ?凄く良い匂いがする。
「雪平くん。ありがとう!私達、もう一回走れる!ありがとう!ほんとありがとう!」
鈴井。お前…なんて無防備な顔で笑うんだよ。
ああチクショウ。話したらまたこの感情になったじゃねぇか。封印してたはずなのにまた蘇ってくる。俺はこの気持ちを本当に諦められるのだろうか?彼氏がいるこの人を、たったそれだけの理由でなかったことにできるのだろうか?
あ〜あ、胸が痛い…。けどここに来てからずっと、楽しい。
この感情は知識としてだけだけど、知っている。これは、友情というやつだ。
俺が、いらないと思っていた感情だ。
こんな気持ちになるんだな?と素直に認めよう。
じゃなきゃ経験を否定する事になる。
今俺はとても気分がいい。
あのまま模試を受けていたら絶対に味わう事ができない感情だ。
佐伯に感謝しないとな。
で、そのお前はなぜタンカで運ばれているんだ?




