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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
589/801

彩綾の章 「綾、彩る」

3月初旬の今日、外は当たり前のように寒く体育館の窓が開いているはずもないのに2人のいるピアノに向かって歩き始めるとどこからか優しい風が吹いた…気がした。

心地よいその風は右から左へ上から下へと私を包み、卒業を祝福しているような、それでいて引き止めているようななんとも言えない気持ちにさせた。

行かないで、か…。

やめてよもぉぉぉおおお泣。

引き返したくなるじゃんよぉぉぉおおお

泣。

せっかく涙止まったってのにまた泣きそうになるじゃないのよぉ泣。

「あんた達…」

そんな本心を悟られぬよう涼しい顔でよく似た2人の前に立つ。

いや、以前ほど似てはいないか。

リンちゃんは去年よりずっと綺麗になった。

レンは間違いなく、この体育館にいる男子の中で群を抜いていい男だ。

2人をそうさせたのは紛れもなく秋の存在があったからだろう。

なのにあいつは今日、ここにいない。

どこにいるかも…わからない。

「ご、、、」

ごめんね、なんて…言っていいわけないよね。

この子達だって色んなもの抑えながらここでこうして弾いているのに、私だけが楽になろうだなんてズルいよね。

「ありがとう」

今2人に伝えたい相応しい言葉は探さなくても見つかった。

ありがとう、私の後輩達。

部活もやってない私に後輩ができるなんて思いもよらなかったよ。

初めて見たときはまだ幼さの残る小さな女の子と、文字通り小さい男の子だったっけ。

いつのまにか私達の日常にいて、それがとても居心地が良くて。


リンちゃんは秋に憧れてる女の子。

けどいつからかその憧れは恋へと変わっていったよね。

自分で気付いてるかな?

まぁ流石に気付いてるか。

だから宗次郎と別れたのかな?

だとしたら、なんだかちょっと切ないな。

ねぇリンちゃん、そのまま可愛い女の子でいてね。

阿子先輩達や乃蒼とも違う、リンちゃんだけの可愛さを大切にしてください。

ただひとつ心配なのは、リンちゃんの中で男子の基準が秋とレンだってこと。

いやこんなのそうそういないからね?

相当ハイレベルな基準だからね?

けどリンちゃんならいつかピッタリな王子様が現れるよ。

私にタケルがいたように、きっと…。

さぁ、そろそろお別れを始めなきゃ。

阿子さん達から貰った分をあなたに返せたかはわからない。

もしかしたら全然先輩らしいことしてあげられてなかったかもしれない。

だけど本当に大好きだよ。

それだけは胸を張って言えるよ。

元気でね、また会おうね、リンちゃん。


レン…あんたは本当に、ヤバイくらいいい男になったよ。

バスケの時なんて後輩ながら気を確かに持たないと惚れちゃうくらいカッコ良かった。

あんたいつだったか『俺の人生は敗北の歴史なんすよ』って言ってたよね。

私はね、思うんだ。

本当に強い人って敗北したことのある者しかなれないんだって。

あんたは自分で弱い人間だって思ってるかもしれない。

けどそれは違うよ。

あんたは強い。

そしてなにより『カッコいい」人なんだよ。

たとえ負けたとしても、それが美しい人なんて私はあんた以外知らないよ。

ま、いくら褒めたところであんたには私なんかより伝わってほしい人がいるんだろうけどさ。

レン、あんたが求めるその人は私がなりたいと思う人だ。

正直あんたの恋を応援したい気もするし、やっぱり乃蒼には乃蒼の恋を叶えて欲しいとも思うよ。

複雑なんだよ、私。

けどレン、これだけは言える。

あんたは幸せにならなきゃダメだ。

色々あったけど、それでも逃げずに貫ける強いあんたは幸せにならなくちゃダメだ。

だからレン、今よりもっとステキな男の子になってね。

あんたの先輩でいられたこと、私は誇りに思ってるよ。


鳥の鳴き声とピアノの音色、そして未だ私を包む優しい風に包まれながら校長先生の前に立つ。

お別れの儀式が始まる。

「荒木彩綾殿。卒業おめでとう」

一瞬だけ受け取るのをためらった。

これを手にしてしまったらもう駿河二中の生徒ではいられなくなる。

だが受け取らなければ私は先へと進めない。

明日からもう、ここに私の居場所はないんだ。

「ありがとうございます」

指先にひんやりとした紙の感触が伝わる。

私が3年間ここにいたことの証。

これでもう、私は明日へと向かわなくてはならない。

「1年経って、去年の平井さんには追いつけましたか?」

えっ?

去年のこと、覚えててくれたんですか?

「どう…でしょう?自分ではわかりません」

「キミを見ていると1年前の平井さんと同じくらい輝いて見えますよ?」

ははっ笑、と思わず笑ってしまった。

笑ってから気付いた。

「やっぱりまだあの人には追いつけてないみたいです。いま自覚しました」

「はて?どうしてそう思うのか理由を聞かせてもらえますか?」

「阿子さんはこの壇上で太陽みたいに笑ってました。けど私は…あの日の阿子さんみたいに笑えません。雲がかかってます」

「それは今日七尾くんが来ていないことと関係が?」

そうだと思いたかった。

けどどうしても思えなかった。

どうやらこんな私でもこの3年間で自分に嘘をつけないくらいには賢くなったようだ。

「………いえ、あいつがいない事で動揺してるのは私自身の問題です。七尾秋は関係ないです」

「キミは優しいですね。とても友達思いだ」

そうでしょうか?

その友達は理由も告げずこの街から去りました。

そんな私があいつの友達と言えるのでしょうか?

「私はそうは…思いません」

校長先生が、少し笑った。

「今はわからなくてもいいんですよ。まだ15歳なのに何でもかんでも理解されてたら私達教師の出る幕がないじゃないですか笑。けどいつかキミのその優しさが大切な誰かを救います。それがいつになるかはわかりません。明日かもしれないし60年後かもしれない。でもキミは救います。キミはそんな人です」

不思議だけど、そこまで言い切られると何だかそんな風に思えてきた。

「ありがとう、ございます」

「さ、年寄りとの長話はここまでにしましょう。やるんでしょ?今年も」

「え?」

「去年野島くん達がしたように、キミ達もやるんでしょ?今年は最初からイスを用意してもらってるから私に気兼ねせず存分にどうぞ」

そう言って校長先生はちょこんとパイプ椅子に座った。

「いえ、私は………やりません」

首をふるふると横に揺らす。

「おや?そうなんですか?気兼ねしなくてもいいんですよ?私もキミ達が熱い気持ちをぶつけ合うのを見るの、とても楽しみにしてたんです」

「ご期待に応えられなくて…すみません。校長先生、3年間ありがとうございました。私の人生で間違いなく大事な3年間でした。どうかお体に気をつけて」

深々と一礼し、顔を上げて校長先生を見るととても残念そうに眉尻を下げていた。

「わかりました。荒木さん、向こうでもまっすぐ荒木彩綾のままでいて下さい。もしも迷った時はいつでもここに帰っておいで。ここはキミの母校なんだから」

あ、ヤバい…ヤバいヤバい!

「あ…ありがどう………ごじゃいまじゅう!泣」

最後の最後で、泣いた。

スカートのポケットにしまったはずのハンカチが見当たらなくて手で涙と鼻水をぬぐいながら階段を降りると、グイッと手を引っ張られて乃蒼に引き寄せられた。

「ぶちゃいく笑」

そう言うと乃蒼は私の胸ポケットに手を入れ取り出したハンカチで涙を拭ってくれる。

「うるさいっもぉっ!………へへっ笑」

乃蒼からハンカチを受け取り垂れそうになっていた鼻水をひっそりと拭う。

「良かったの?」

なにが?なんて野暮なことは言わない。

「まぁね」

「思い残すことはない?」

「ない。乃蒼もここに降りてきた時にわかるよ。それよりさぁ………あんたの出番まだだっていうのに泣きすぎじゃない?イレーヌ」

秋の名前が呼ばれた後、後ろで鳥が鳴いていると思ったらイレーヌだった時の驚きようったらもうね…。

「今日秋に会えると思ってたのにいないと知った結果が…あぁだよ…」

「前世鳥なの?笑」

「魔女だけどね。いやはや…我が母親ながら恥ずかしい」

レン達の弾く曲が変わる。

さっきまで吹いていた風が止んでしまった。

無性に寂しくて不安で、そして悲しい気持ちが私を襲う。

「私は…いい先輩だったかな?」

認めて欲しいわけでも答えが欲しいわけでもない。

ただ口に出したかっただけ。

「私よりは先輩らしかったと思うけど?でもその答えはあの子達にしかわからないよ」

「そうだね、その通りだよ」

「けどさ、泣くほど名残惜しんでくれたならそれが答えだとも思うけどな、私は」

そうかな?

そうであってくれたらいいな。

「おい乃蒼。前進めよ、後ろ詰まってんぞ〜」

いつの間にかタケルが乃蒼の後ろに立っていた。

「後ろ詰まってるって乃蒼の後はあんただけじゃん」

「その俺が詰まってんの。彩綾も早く自分の席戻れよ。てか乃蒼、今気付いたんだけどあの鳥の声イレーヌだったんだ?」

永井豪原作のデビルマンに登場する『妖鳥シレーヌ』はこの時のイレーヌがモデルだという(作者:いいません)。


「沢尻、まさし」

「はいっ」


学年3位の同級生が名前を呼ばれ、残すところ乃蒼とタケルの2人だけになった。

私達の中学校生活がもうすぐ終わる…終わってしまう。

明日からもうこの場所に私達の席はない。

ここにいていい理由はなくなるけど、ここに帰ってきてもいい理由はさっき校長先生がくれた。

現校舎の取り壊しが決まっている駿河二中。

見覚えのない新しい校舎に立っても、ここが母校であると心から思うことができるだろうか?

あぁ…携帯のカメラじゃなくちゃんとした一眼レフ持ってきて思い出の場所撮れば良かっ、、、

「あぁ!だから…」

「「え?」」

だから秋はあの日、一眼レフでアチコチ撮ってたのか。

趣味として始めたわけではなく、形としてこの校舎を残すために。

「にゃろう笑」

いつか私がへこたれて、今この風景をみたいと思う日が来るかもしれない。

けどそこにこの景色はなく、それを嘆き悲しむかもしれない。

だけど秋が持っている。

小さな四角に凝縮された、もう戻らない私達の青春。

そういえばあの屋上での写真まだ貰ってないじゃん。

1つ、また1つと秋と会う理由が増える。


「鈴井、乃蒼」


また鳥が鳴いた。

さぁ行っといで乃蒼。

色艶やかに最後を彩っておいで。

「はい。……行ってくるね(小声)」

「「行ってらっしゃい」」

乃蒼の後ろ姿を見送った後視線をレンに向けると一度肩で大きく呼吸し、急に顔を引き締めた。

バラでも背負ってんのかってくらい色っぽくて甘い匂いがしそうな雰囲気を背中に醸し出しながらレンが鍵盤に触れたその時。

「あ…」

音が魂に触れてきた、としか表現のしようがない不思議な体験をした。

「なぁおい、さっきのリンちゃんよりヤバくねぇかコレ?」

「うん…とんでもない、あの2人」

ホント凄いよ、あんた達。

レンも、そしてレンをこんなふうにさせる乃蒼も。

「おいおい…リンちゃんもヤベェな」

「そろそろ黙って。聞こえない!」

リンちゃんもまたそれまでとはまるで異なる音を奏でていた。

一聴するとレンのメロディを壊すかのようで、だが混じり合うとただでさえ凄いレンの音をもう1つ上に持ち上げるような、そんな演奏だった。

次第に脳がグルグルと揺れ始めトランスに嵌ったみたいに心地がいい。

歓喜と祝福、孤独と不安…相対する感情を同時に沸きあがらせる不思議な曲だった。

「一個だけ確認いいか?たしか今って…昼だよな?」

私も同じことを思っていた。

見上げると電気も点いてる、タケルの顔もちゃんと見える、時計の針は11時間を過ぎた頃、なのにここはやけに暗い。

その闇に紛れ、一羽の鳥がキャオンと鳴いた。

グルグルと回る目の前で糸筋の流れ星が輪を書いて流れていった。






追記

「ハル、目開けていいわよ」

「ねぇなんかすごい音したけ…ど…、、、何アレ?」

「何って、拘束された元ハイジャック犯の皆さんです」

「なぜ全裸?」

「爆弾巻いてたりどっかに仕掛けてあって起爆されたらやっかいじゃない?」

「まぁそれはいいとして、こっちは?」

「こちらの方々は…さっきの閃光弾で目下視力を奪われた状態の乗客の皆様」

「善良な市民っ!」

「仕方ないじゃない!『目閉じて』なんて叫んだら犯人まで警戒するでしょ」

「そもそも何故閃光弾を持っているのか!」

「たまたま?」

「たまたま閃光弾持ってるなんて人、俺は知らない」

「良かったじゃない、初めて会えて」

「普通手荷物検査で引っかかるでしょ」

「たまたまスルー?」

「たまたま閃光弾見落とすなんて、もう空の安全なんか信用できないよ」

「それよりハル、気を付けて。単独犯とは限らないから、まだどこかに潜んでるかもしれない」

「えっ!?ちょっと!どうやって見分ければいいの?」

「銃を持ってたり薬品の入った瓶を持ってたり、とにかく危ないもの持ってる人は例外なく怪しいわ!」

「じゃマキ姉が1番怪しいよ」

「言ってて私もそう思ったわ」

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