リンの章 「30秒に愛を込めて」
「さっきの曲、お前が作ったの?」
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秋先輩の名前が呼ばれ、そして返事がない事に在校生達はざわつき、後方からは鳥の奇声みたいなのも聞こえた。
3年1組の担任がめんどくさいと言わんばかりにため息を1つついて次の卒業生の名前を呼びかけたのが目の端に見えた。
その瞬間、左に座っていたレンちゃんがスッと立ち上がって
『30秒だけ…30秒だけ待ってください』
と小声で先生に頼んでくれた。
『だが七尾は、、、』
『お願いです!』
『お願いですと言われても、、、』
ありがとねレンちゃん。
私はありったけの愛を込めて白鍵に指を乗せた。
本当は秋先輩に聞いて欲しかった曲。
私が初めて自分で作った曲。
きっともうこの曲を弾くことはないだろう。
14歳の私だから、もうこの駿河二中で先輩と会えなくなる寂しさと悲しさを込めた曲だから、それ以上に今の私の想いを伝えたかった曲だから、今日というこの日以外に弾くのは滑稽だと思う。
だから秋先輩がこの曲を聴くことはない。
不思議と悲しいとか残念だとかいう気持ちは湧き上がってこなかった。
それもまた美しいと思えた。
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「変…だったかな?」
レンちゃんが再び私の右側に座っている。
やっぱりこの位置にレンちゃんがいると安心する。
「いや。やけに良い曲だなと思って」
「30秒しかないよ?笑」
「そのたった30秒にお前の想いが詰まってんだろ?ならあの人のための30秒にはショパンやモーツァルトなんかよりお前の曲が1番ふさわしいよ」
朝からずっと悲しさと重苦しさを胸に秘めたまま今ここに座っている。
なのにレンちゃんの一言が嬉しくて私は下を向いたまま、笑った。
「ニヤケてんなよ気持ち悪ぃ」
「見えてんの!?」
「見えなくても何となくわかるさ。お前単純だもん」
なんかいつもと逆だ笑。
ムズムズしちゃう。
「タイトルは?」
「タイトル?そんなの付けてないよ」
「付けてやれよ」
「え〜、いいよぉ」
「ダメだ。ちゃんと名前を付けてやらなきゃ可哀想だろ」
曲が可哀想という感性を持つレンちゃん。
従姉弟ながら素敵だと思う。
「じゃあ、、、」
これから考えようとしているのに光のようにある言葉が頭に浮かんだ。
「どうした?」
嘘でしょ?恥ずかしすぎない?
だけど…それ以上の言葉が浮かばず、浮かんだとてどれも偽物のような気がした。
「L' Amant…」
秋先輩のためだけに作った曲は空から降ってきたフランス語のタイトルになった。
「愛人だっけ?ふしだらだな笑」
「愛しい人だよっ!」
やめてよねもう!
でも…秋先輩とならそういうのもやぶさかじゃない!
「なぁリン、今さらなんだけど、、、」
彩綾先輩が立ち上がったのが見えた。
「七尾先輩のこと、好きか?」
さよならまで、あと少し…。
「好き?ううん、きっとこれが…愛なんだと思う」
ふと左上を見上げる。
小さな窓のある狭い部屋、あそこで私と秋先輩は2人だけの秘密を共有した。
秋先輩の甘い匂いが鼻腔の記憶に残っている。
秋先輩の味を舌先が覚えてる。
愛ってなんなのかよくわかんない。
だけど清らかで無垢で純粋な想いだけじゃない気がする。
たとえドス黒くてトゲトゲしくて欲望にまみれてても、この譲れない想いが私の中では愛なのだ。
「お前がもしこれから違う人を好きになったとして、、、」
ならない、と即答したけど『仮にだよ』と釘を刺された。
「違う人を好きになって、そしたらお前の愛はどこに行くんだろう?」
私はかつて宗次郎くんが好きだった。
結果裏切るような形になってしまったけど、それでも私が宗次郎くんを好きだったという気持ちは誰にも否定されたくない。
あの時、秋先輩への気持ちはどこにいたんだろう?
あの花のように美しい炎は、、、
「どこにも行かないよ。秋先輩へのこの気持ちが…たとえ過去形に変わっちゃったとしても、それが私だから」
「その気持ちがお前なの?」
「うん。この気持ちが私なの」
私は過ちを繰り返す。
何度も、何度も。
秋先輩を想いながら、また誰かを好きになる。
そして必ず傷付けるだろう。
私はそういう人間だ。
愛する人に愛されたいけど、なにより秋先輩の幸せを願い、少し悲しくなって誰かを好きになる。
けど満たされない。
一体何がしたいんだろうって自分でも思うよ。
ただひとつわかっているのは、私はこのままでいたいんだ。
今このまま時を止め、秋先輩に焦がれていたいんだ。
「荒木、彩綾」
「………はい」
それを合図にレンちゃんが再び主旋律を奏でる。
私とレンちゃんの間に優しげで、それでいてハッキリとした風が吹いた………ような気がした。
例えるなら、阿子先輩は周りを照らす太陽だった。
桜先輩は文字通り、春の空に鮮やかに舞う桜。
なら彩綾先輩は、力強く吹く風のように思えた。
何かを吹き飛ばすような荒々しい風じゃなく、優しくも決して乱れることのない強い意志を持った風。
「『The Wind』。…そのままかな?」
レンちゃんの声が風を伝って耳に届く。
「それ以外のタイトルなら私は否定するよ」
ゆっくりと彩綾先輩が私達に向かい歩いてくる。
そして目の前に立った彩綾先輩の目と鼻の頭はすでに朱色に染まってた。
嫌だな…行って欲しくないな…卒業しちゃうなんて、、、寂しすぎるよ。
「やだぁ!泣。彩綾先輩行がないでぇぇぇ泣!」
「おいこらリン!お前今年もかよ!」
「だっでぇ!泣」
指は止まることなく彩綾先輩を送り出す曲を奏でているのに、本音を抑えきれなかった。
「あんた達…」
鼻にくぐもる、泣きそうな彩綾先輩の声。
「ご………ううん。はぁ、、、ありがとう」
ひとつ頭を下げ、顔を上げた彩綾先輩は笑っていた。
今にも泣きそうになるのを必死で堪えた、少し歪な美しい笑顔だった。
「やだぁ!泣。ありがとうなんて言わないでぇええ!泣」
「お前いい加減にしやがれ!最後の最後で困らせんなよ」
クスクスという笑い声と、今度は本当に美しい笑顔の彩綾先輩が目の前にいた。
「2人とも、私を『先輩』にさせてくれてありがとう。リンちゃん、大好きだよ。レン、あんたはいい男になったね。元気でね。じゃあね」
「うぇ〜ん泣、彩綾せんぱぁいぃぃ!泣」
壇上に上がっていく先輩の後ろ姿は涙で滲んでよく見えなかった。
動くことをやめない私の右手の甲に一雫の涙が落ちた。
「何を…言いかけたんだろうな」
「え?」
なんか頭の中が整理つかなくてレンちゃんの言っている意味がよくわかんなかった。
「いや、何でもない。…寂しいな、なんだか」
「ゔん…泣」
体育館の壇上に一陣の風が吹いている。
それは私達の背中を押すようで、それでいて頬を撫でるようで、私はその風が永遠に止まなければいいのにと思った。
決して大きいとは言えない私の胸の内側が、これでもかというくらい苦しかった。
追記【韓国上空にて】
「マキ姉、あれ…アラビア語?」
「まさかアラビア語までわかるの?」
「いや、全然」
「そう、ちょっとホッとした」
「ホッとしてる場合じゃなくない?」
「まぁ…ね。ハイジャック中だしね」
「やっぱハイジャックされてんだぁぁあああ!」
「しーーーーっ!大きな声出さないでよ!」
「でもでもでもでも!俺ハイジャックなんて初めてだし!」
「まぁ普通はそうよね」
「なんでマキ姉はそんなに落ち着いてられんのっ!」
「まぁ………16回目だから?」
「え?」
「だから…これで16回目」
「もう飛行機乗らないでぇぇぇぇ泣」
「しっ!ちょっと静かに、、、、、あ〜………」
「なに?なに?なんなの?」
「この飛行機バチカンに落とすって」
「なんでっ!?」
「さぁ?過激派組織の考えることなんて理解できるわけないじゃない」
「もしかしてあの覆面の男達ってIS?」
「それがどうも違うみたい。ثعبانだって。…ちょっと気に入らないよね?」
「意味がわからないと気に入らないも何も…」
「そう?私は気に入らない」
「ちょ、マキ姉顔怖い」
「秋、目を閉じて伏せといて」
「なにする気ぃぃいいい!」
「なにって、私はあんたを守る義務があるの。この飛行機ごとバチカンの塵にさせるわけにはいかないのよ」
「だからなにする気ぃぃいいい!」
「私に嫌なこと思い出させたお仕置き」
「お仕置き?」
「いいからホラ、目ぇつぶってぇ」
「なんか…ハイジャック犯よりマキ姉の方が怖い気がする」
「あら、人を見る目あるじゃない笑」




