三太郎の章 「萩」
「花が秋の母親になるって俺達に言った時のこと、覚えてる?」
思い出したくもない記憶を辿るとそれは萩の初七日の夜だった。
集まった俺達を前にして、表情をなくしたまま花はそう宣言した。
「覚えてる…」
「18歳になったら全部話すつもりだって言った時、俺が反対したのも?」
「祝人だけだったよね、そんなの必要ないって言ったの。だけど秋には真実を知る権利はあるでしょ?」
俺もあの時そう思ってた。
でも違ってた。
真実は必ずしも人を幸福にするとは限らないんだ。
どうしてあの時それがわからなかったんだろう?
どうしてあの時祝人だけしか反対しなかったのだろう。
「その結果がこれなんだよ。予定より少し早くなったけど」
「そうね、そうかもね。だけど今日まで秋と過ごしてきた日はままごとなんかじゃなかったよ」
あの日祝人に『花のままごとに秋を付き合わすなよ』と言われた花は萩の仏前で祝人に掴みかかっていった。
俺とマサでどうにか引き離したが、珍しく祝人が場を荒らしたレアな場面だった。
「あの時空気を読んで言えなかったこと、今言ってもいいかい?」
読んでたのか!?
アレで!?
「花の覚悟って、そんなものなの?」
さっきまで生気のない顔をしていた花に怒りの火が灯った。
「祝人、命が惜しくないならもっぺん言ってみなよ…」
「何度でも言うよ。お前が秋の母親になる覚悟ってのはそんなもんかよ」
スッと音もなく立ち上がった花は祝人に襲いかかろうとしたはずだった。
しかしそのコンマ数秒前に祝人は言葉を続けた。
「秋の母親がお前でなにが悪い!」
それは久しぶりに聞く祝人の怒鳴り声だった。
「戸籍だって変えられる!口裏だって合わせるさ!なのに何故秋に真実を話さなきゃならない!」
立ち上がった花は涙で目を腫らしながらも鋭く祝人を睨みつけた。
「それじゃシュウちゃんがあまりにも可哀想じゃない!なにも遺したくて逝っちゃったわけじゃない!本当はもっと…私が抱きしめた数と同じくらい秋のこと抱きしめるはずだったんだよ?なのに秋の母親であることまで奪われたら………一体シュウちゃんは何のために、、、」
「だったらあんなに愛すなよ」
きっと止めるべきなのだろう。
少なくとも高校生の俺ならここで止めたはずだ。
だが大人になった俺は祝人の言葉を最後まで聞きたいと思った。
「お前をなくして立ち上がれなくなるまであの子のこと愛してんじゃねぇよ!」
「中途半端に愛するくらいなら母親になるなんて言わないわよ!」
「じゃあなんで花って呼ばせてんだ。どうして『お母さん』って呼ばせてやらない。萩に気を遣ってか?一体どっちが中途半端だよ。あの時お前が秋の母親になると言った決意はその程度かよ。あの子のこと考えるなら萩を捨ててでもお前が母親になるべきだろうが!」
「祝人、お前少し言い過ぎだ」
こいつに限って感情的になりすぎて言葉を選べないとは思わない。
だからこそ、言葉を選んで欲しいと思った。
ただでさえ今の花は崩れやすく脆いんだ。
一寸のすれ違いもないくらいちゃんとお前の言葉で花の胸を突き刺してくれ。
「お前は秋を愛してると言っときながら萩の代わりにしかなろうとしてない。秋のために萩のことを捨てられない!」
「捨てられるわけないじゃない!だってシュウちゃんは私のいも、、、」
「だったら秋の母親になることも諦めれば良かったじゃないか。最愛の妹の忘れ形見として、叔母の立場で秋を育てりゃ良かっただろ。お前は秋と萩のどちらも選べず、ただ2人にいい顔しようとして結局2人に負い目を感じてるだけのバカだよ」
「三太、祝人連れてこっから出てって。でなきゃ私…本当に祝人のこと嫌いになる」
「それでもいい、嫌われるのは慣れてる。けどもっぺん言うぞ?お前が秋の母親でなにが悪い。もっかい言うぞ、お前が母親でなにが悪い。何遍でも言うぞ、お前が秋の母親でなにが悪い!真実がどうであれ秋にとってはお前が母親なんだよ!少なくともあの子にはそれが真実だったはずだ!」
萩、見てるか?
13回忌が終わってもなお、お前は昔と変わらず俺達に愛されたままだよ。
「萩への罪悪感ごと秋を愛せよ!萩が嫉妬するほど秋を愛してやれよ!それで萩が恨むとでも思ってんのか?あいつがそんな小さいことでお前を嫌いになるとでも思ってんのかよ!今日の空を見てみろよ!目が醒めるほどの曇天だ!あいつがなりたいと言ってた曇り空だ!萩は空からお前を見てるぞ!お前はあの雲に胸を張って、萩の分まで秋を愛してるって言えんのかよ!」
『ねぇ三ちゃん、花ちゃんのことよろしくね。素直じゃないし子どもっぽいし色気もないしおっぱいも小さいけど私の大事なお姉ちゃんなの。花ちゃんには幸せになって欲しいから、三ちゃんに託していくね。もし花ちゃんが泣いてたら呪い殺すから夜露死苦!笑』
萩ごめんな、花が泣いてるよ。
なのに俺はその涙を止めてやる事も出来ずにいる。
今ここでお前に呪い殺されても文句は言えない。
なぁ萩、俺になにができっかなぁ。
今の花に俺はなにをしてやれるんだろう?
きっとお前なら出来んだろうな。
教えてくれよ萩。
あいつが幸せになるために俺になにが出来るんだろう?
「もう遅いよっ!」
「遅くなんかない!」
「でも秋は私が本当の母親じゃないって知ったんでしょ?だからこの家を出てったんでしょ?戻ってきても私と秋が本当の親子じゃないのは変わらない…。もういいよ…、血が繋がってない以上私達は遅かれ早かれこうなる運命だったんだよ」
「ふざけんなよ!」
祝人、叫べ。
お前なら花の心に、曇天となった萩に届くはずだ。
「血が繋がってないのに親子になれる方が運命だろうが!」
微かな残響が部屋に響く。
祝人は右手の拳を握り、花は怒られた子どものように目に涙を溜めかろうじてそこに立っていた。
「一体なんのために秋がこの家を出たと思ってるんだよ」
そう言うと祝人はコートを掴み立ち上がった。
「おい、どこ行くんだよ」
「帰る。あとは三太に任せた」
それだけ言うと花も俺も見る事なく祝人は部屋を出て行った。
花はキッチンにあるイスまでフラフラとよろめきながら歩き、力尽きたように座った。
いや、実際力尽きたのだろう。
そのままテーブルに突っ伏し動かなくなった。
「なにしてんだよ」
俺はそんな花に鞭を打つ。
おそらく、萩ならそうする。
「………」
「お前なにしてんだって言ってんだよ!」
花の腕を取り無理矢理立たせる。
俺を見た花の顔が涙でパンダみたいだった。
「追えよ!」
「え?」
「え?じゃねぇよ、追えよ!このまま終わらせんじゃねぇ!少なくとも、あいつに言うことがあんだろ!」
「祝人の言ったこと、全部正しい…。反論の余地もない…」
「反論じゃねぇよ!あいつは秋がどこにいるか知ってる。秋の命と生活を保障してる!だったら、母親としてあいつに言うべきことがあんだろ!」
僅かにだが目に力が宿る。
少なくとも死んではいない。
「信じろ。あいつも、秋も、ついでにお前も、全部信じろ。神様はいねぇしこの世は腐ってっけど、お前まで腐るな。頼むから、腐らないでくれ」
俺を信じろとは言えない。
俺は何もしてやれない。
何をしていいかわからないんだ。
そんな奴の言葉が響くだろうか?
頼むから、今だけ騙されてくれないか。
「三太、ちょっと留守番お願い」
「待てっ!」
そのまま出ようとする花に俺の着てきたコートをぶん投げた。
「風邪、引くなよ」
「うん」
花の後ろ姿を見送ると部屋の静かさに寂しさが募った。
窓まで行き空を見上げる。
そこに大きな萩が浮かんでいた。
「お前は死んでも俺らを振り回すんだな」
お前らしいといえばお前らしい。
俺ら7人の小人は今も破天荒なお前に右往左往だ。
そして白崎姫こと七尾萩に1番振り回されてる小人は冬馬、間違いなくお前だよ。
追記
「ねぇいた?」
「いない。そっちは?」
「本屋にもミシィにもいねぇ」
「無理だよ、情報が少なすぎるもん。もしかしたらもう…この街には…」
「だったらもう探しようがないじゃないっ」
「………戻るか」
「戻るってどこに!」
「どこって…学校にだよ」
「タカ、あんた諦めるの!」
「じゃあどうすんだよ。アテもなくこのままフラフラ探し続けるか?」
「だけど…」
「俺らの後輩はなにも秋だけじゃねぇだろう」
「あき…たけじょう?」
「桜、言ってない」
「俺もタカに賛成。秋を連れ戻せるならまだしも、アテもないなら俺らのやるべき事はあいつらの巣立ちを見守る事だと思う」
「そっか…そうだね。……戻ろう」
「それにしても…今度は一体何を抱えてんだかな、あいつは」
「タカにも話してなかったの?」
「今回はなにも」
「やっぱアレかなぁ?」
「アレって?何か知ってるの桜」
「ほら、ちょっと前にあったじゃん?」
「あぁ、沙羅さん?」
「誰だそれ?」
「コースケは知らないっけ。ちょっと前に秋にあったラブロマンス」
「は?あいつユーリ一筋じゃ?」
「ま、色々あったんだよ。で結局ご破算になっちゃってね」
「そうか、だからあいつあんな場所に…」
「あんな場所?」
「いや、なんでもない。そっか…」
「なんか、あいつヘラヘラしてっけど結構色々あるよな?」
「何か1つじゃなく積もり積もったものが今になって爆発しちゃったのかな?」
「さぁ…それはあいつにしかわからない事だよ。ただ、卒業式を捨ててまでこんな事したくらいだからよっぽどだったんじゃねぇか?」
「なのに私達にはなにも話さないで…」
「まぁ…誰かに話せるならこんなことにはならないだろ。誰にも話せないくらい追い詰められてたってことじゃないか?」
「でも秋どこに行っちゃったんだろう?」
「さぁな。けどしばらくしたら戻ってくるだろ。いくら金があったって15歳が1人で生きてけるほど世の中甘くねぇよ」
「そっか、そうだよね!」
「戻ってきたら責めたりしないで、あいつの話聞いてやろうぜ。もっとも、話してくれるならだけど」
「「「うん」」」
「さ、学校戻ろうぜ。あいつらのフィナーレを見届けなくちゃな」
「ひなあられ?」
「桜、先に耳鼻科行け」
追記
「見送りなんていいのに」
「そう言わないでよ。一応今回の件を提案した責任があるからさ」
「祝人さんには感謝しかないよ」
「けどいいの?本当に貯金だけでやってける?」
「祝人さん達のおかげでしこたま貯金あるから問題なし」
「15年でいくら貯まったの?」
「サラリーマンの平均年収より上、とだけ言っておきます」
「そりゃすごい笑」
「近くにすぐ俺を甘やかす悪い大人がいますから笑」
「ダメな大人もいるもんだ笑。そしてあいつもダメな大人だからなにも心配いらないよ」
「そうなの?あんまり会話が弾まなくて不安だけど」
「緊張してんだろ笑」
「俺に緊張する必要ある?」
「あいつは慣れるまで人より時間がかかるんだよ」
「じゃ慣れるまで待つしか無いね」
「そういうこと。けどこのタイミングであいつが日本にいたのはラッキーとしか言いようがないな」
「普段は外国にいることの方が多いんでしょ?」
「仕事柄1年で日本にいるのは数日しかないらしい。神様もたまには粋なことをするもんだ」
「祝人さん…神様なんていないよ」
「そんなこと言うなよ。いるさ、きっと」
「そういや祝人さんの実家って神社だったっけ。けど俺、神様なんて信じてない」
「信じてなくてもいいさ、けど神様はいるよ。でなきゃ誰にケンカ売ってんのかわかんなくなる」
「ケンカ?」
「俺ね、運命っていうやつに抗って生きてるんだ。戦う相手がいないのにこんな必死になって生きてるなんてバカみたいじゃないか」
「神様と…戦う?」
「それから学校のことだけど、3年くらいは大丈夫だから」
「え?なに?3年ってどゆこと?」
「行かなくても学力的に大丈夫ってこと。英語は英語圏の国に行けば今より話せるようになるし国語は勉強しなくたって出来るだろ?せいぜいするとしたら社会科くらいかな?」
「数学と理科は?」
「それも心配ないよ。千石レベルの高校で教わることは受験勉強で終わってるから」
「………頼んだのは高校受験対策ですけど!」
「ちゃんと俺の高校受験の時にやったこと教えたよ?」
「祝人さんは日本語と社会性をもっと学ぶべきだと俺は思うよ!怒」
「おかしいなぁ?昔からよく言われるよ笑」
「はぁ…まぁもう終わったことだからいいけどっ!それよりお願いがあるんだ」
「なんだい?」
「乃蒼のことなんだけど、高校に入ったら乃蒼の友達を探してって頼まれるかもしれない」
「あぁ、前に言ってたなぁ」
「祝人さんならすぐに見つけること出来るでしょ?会わせてあげたいんだ。ホントは俺が手伝う約束してたんだけど…こうなっちゃったから」
「そうか、じゃあ探さないよ」
「なんでそうなるの!」
「約束したんだろ?なら守らなきゃ。せめてあの子から必要ないと言われるその日まで、秋は守ろうとしなきゃダメだろ」
「ぐぅ…」
「ぐうの音って初めて聞いたよ」
「ごめん遅れた!」
「おはようマキ姉」
「お、おはよう…えっと…ハル」
「ちょっと、設定大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まってるでしょ?」
「マキ姉…か笑」
「ちょっと祝人、なに笑ってんの?」
「いや笑。なんか懐かしいなと思って」
「設定丸投げしたのアンタでしょ!今さら文句言わないでよ!」
「いや文句じゃないよ笑。ただ、お前もノリノリだなって思ってさ笑」
「こんなバカげたことノリノリでやらなきゃやってられないわよ!一歩間違えたら誘拐なんだからね!」
「まぁ、確かに笑」
「あぁ…花にバレたら殺されるわ」
「バレないようにするのは得意だろ?逃げるのは、もっと得意だよな?」
「アレとコレを一緒にしないで」
「なんにしても、マキ…秋を頼むよ」
「わかってる。あの子との約束だから」
「あの…よろしくお願いします」
「よ、よろしくね、ハ、ハル」
「さてと。じゃ、俺はこれから怒られてくるかな」
「怒られる?」
「花と三太に呼び出されてんだよ。大丈夫、余計なことは言わないから。それと伝言、ちゃんと伝えておくよ」
「うん、ありがとう。それから…俺のいない間、花さんのことお願いね」
「それは三太がちゃんとするさ」
「それはそうなんだけど、三太さん花さんのことになると時々空回りするから」
「良く見てんな笑」
「あいつ未だにそうなんだ?笑」
「人間なんてそうそう変わりはしないもんだよ。マキの人見知りと一緒」
「仕事ならちゃんと出来ます!」
「プライベートでも出来るようになればいいね」
「そういう余計な一言いうアンタも変わらないね」
「変わらないさ。人が変わるのなんて何か大きな出来事があった時か環境が激変した時くらいだよ。そしてそれも、多感な子どもの時期じゃないとね」
「今のこの子みたいに?」
「そういうこと」
「が、がんばります!」
「頑張らなくてもいいさ。変わるのは必然」
「祝人のその自信と根拠は?」
「この子の根底にあるのは花への愛だから。愛こそ全てさ」
「祝人が愛とか本当に気持ち悪いね」




