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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
583/801

三太郎の章 「曇天の迷い太陽」

「原因なんてお前しかないだろ」

祝人の目はしっかりと花を捉えていた。

「私………なの…?」

花が顔を青くさせながら深く深く精神世界へと沈んで行く。

「おいちょっと待て!その件に関しては俺の一存であって花は何も関係ないぞ!」

「だから、、、」

祝人の冷めた目が俺に向けられた。

「一緒に住もうって話をされるんじゃないかってのは秋も気付いてたみたいだけど今回のこととその件とは一切関係ないんだよ」

「じゃあなんなんだよ!なんで原因が花なんだよ!俺が言うのもなんだがこいつはずっと秋のために一生懸命やってたじゃねぇか!何よりも誰よりも秋の事を大事にしてたのはお前だってわかるだろう!」

なぜ俺は声を荒げているんだろう?

この怒りに似た感情は一体誰のものだ?

「あぁ、知ってるよ」

「だったら、、、」

「だから逃げたんだろ、花から」

ドン!とテーブルを叩く音がする。

右の拳に痛みを覚えて、殴ったのは俺だったのだと気付いた。

「なんでそうなるんだよ!」

「離れなきゃ保てない、そばにいちゃ壊れてしまうこともこの世にはあるんだよ」

「サッパリわかんねぇよ!さっきからずっと話が進まねぇ!お前が知ってること全部話せよ!」

力尽くでも聞き出すために頭の片隅で祝人を制圧する算段を立てていた。

ありとあらゆるパターンを考えてみた結果、成功率は40%にも満たないものばかりだった。

「全部なんて話すつもりはないよ」

「なんだと!こんなになってる花を見てもそれ言えんのかよ!」

祝人を制圧するその全てのパターンに花の助力が必要だった。

だがその花はいま生気をなくした目でぼんやりと祝人を見ていてそれどころではないようだ。

「テメェに人の血は通ってねぇのか!鬼か悪魔かよ」

そうだったな。

鬼や悪魔は高校時代のお前のあだ名だったもんな。

「なにも話すつもりがねぇならココになにしに来た!」

「そんなの伝えたい事があるからに決まってるだろ」

そう言うと祝人は

「花、秋からの伝言だ」

と花の方に体を向けた。

花は目と鼻をじわじわと赤くさせ、グスンと1つ鼻をすすった。

「『少しだけ時間をちょうだい』だってさ」

とうとう花の目から涙が溢れた。

おい秋、お前なにやってんだよ。

大事な母親泣かせるなんて、ほんとお前…なにやってんだよ。

「『大丈夫だから心配しないで。俺のいない間、花さんは花さんだけの人生を生きてて』とも言ってた」

大粒の涙は雨のように頬を流れていく。

喉がグググっと鳴る音がした。

「どうして…。私なにか気に触るようなことしたかな?秋が私と話してくれなくなってからいっぱい考えてみたけど…全然思いつかないの…。祝人はその理由も知ってるの?」

「うん、知ってる」

「教えてよ!」

「知らない方がいいんじゃないか?少なくともあまり教えたい話じゃない」

「どうしてよ!ねぇ教えて!私達友達でしょ!」

悲鳴にも似た悲痛な叫び。

「今もお前がそう思っててくれるなら、俺達は友達だよ」

いま俺がお呼びじゃないのはわかってる。

けどジッとしてなどいられない。

「なぁ、俺からも頼むよ祝人。ちゃんと納得できる理由を教えてくれ。このままじゃあまりにも花が不憫じゃねぇか」

睨むでもなく、感情的でもなく、なんと形容していいかわからない目で祝人が俺を見た。

それでも強いていうならなぜかその瞳は悲しげに見えた。

「そうだな、俺もそう思うよ」

「だったら、、、」

「だけど本当に、出来ればお前らに話したくないことなんだ」

グッと荒々しく胸ぐらを掴んだが、祝人はなに1つ抵抗しなかった。

「やめて三太」

ゆっくりと掴んだ手を離す。

「悪い…」

とポツリと呟くと

「いいさ」

と祝人が応えた。

俺は今日も無力だった。

母さんの死の時のように。

死ぬまでにあと何度こんな思いをしなければならないのだろう?

いつかこの無力さから解放される日は来るのだろうか?

「お前らには悪いと思ってるんだ」

俺は思う、だったら洗いざらい全部話せよと。

でなければ今すぐ秋の居場所を教えてくれと。

居場所を知って秋を連れ戻した後どうすればいいかなんてわからない。

だが話さなきゃ何も埋まらないだろ。

秋になにがあったかはわからないが、この2人に必要なのは距離でも時間でもなく言葉だ。

俺はそう信じて疑わなかった。

「お前だけの人生を生きろっていう秋の言葉は、なにもお前を突き放したわけじゃないんだ」

「どういうこと?」

祝人がまっすぐ花を見た。

花もまっすぐに祝人を見る。

それがたまらなく嫌だった。

学生時代、祝人が花を好きだったという噂を聞いたことがある。

かといって祝人が花にそういう雰囲気を出したことは1度もない。

むしろいつも俺と花を草葉の陰で見守ってくれているような、そんなふうに思っていた。

大人になった今でもそれは変わらない。

なのになんだって今、こんな焦燥にかられているのだろう?

さっき嫌な予感が頭をかすめたせいか、今日の俺はなんか変だ。

「必ず戻るから、絶対約束するから、それまで俺のためにも自分勝手に生きてて欲しい。これも秋の伝言だよ」

花は何も言わずティッシュを数枚取り出すと目頭を押さえた。

「このまま何もしないで進むより、幸せな未来を掴むためにあいつはいなくなったんだ。さっき原因はお前と言ったけど、正確に言えば秋とお前のためにこの家を出て行くことを選んだ。お前からの愛をただ受け取るだけじゃなく、お前に愛を返すために。そのためには色んなものを見て色んなことを学び、色んな経験が必要だと思ったんだ」

「それ、秋が自分で?」

花の鼻声とかすれる声は俺を苦しくさせる。

「いや…、正直に言えばどうしていいかわからないと悩んでた秋を俺がそそのかした。命と生活を保証する代わりにしばらくの間、秋の人生を俺にくれって」

しばらくの沈黙の後

「恨むかい?」

と聞いた祝人に

「本音を言うと複雑。だけど秋が自分でそれを選んだなら、私は何も言えない…」

と花は答えた。

「今は恨んでくれていい。秋が戻ってきた後も恨んだままで構わない、感謝なんてしなくていい。俺はお前から大事なものを奪ったんだ。そのことに変わりはない」

「じゃあ何でこんなことしてるの?秋と私のためだとしても、祝人はただの憎まれ役じゃん」

「そんなの、、、」

祝人は笑った。

もう長い間こいつと友人をしているけれど、こういう時の祝人が何を考えているのかいまだによくわからない。

こいつが腹の底で何を思い、何を欲しているのかを一番そばで見てきたのに俺はそれがわからない。

「昔からそうだったろ笑」

花、お前はその男に何を思う?

俺はそいつに腹も立てるし嫉妬もする。

今日みたいに喧嘩腰になることもあれば冷たい言葉を吐くことだってある。

必要とあらば殴ることさえ厭わない。

だけど俺は心の底からこいつを憎むことが出来ないんだ。

羨むこともあれど、どうしてかこいつを見てると悲しみや儚さを背負って生きているように思えてならない。

こいつよりなにもできないこの俺が、どうにかしてこいつのことを救ってやりたいとさえ思うんだ。

だから、どんなに今日の祝人が腹立たしくても俺はこいつの味方でありたい。

「なぁ、お前なにを隠してる」

一瞬の間があった。

「別になにも?」

「ならなんでお前『ら』に話したくないって言ったんだ?どうして花だけじゃなく俺まで含めてんだ?」

「そんなの…今ここに三太がいるんだもん、そういう言い方になるでしょ。それに三太にだけ話したっていずれ花にも伝わるのは明白じゃない」

まさしく正論だ。

だがな、それは真意じゃない。

「1人で悪者になってまで俺達の目から何を逸らそうとしてんだよ」

諦めたのか今度は否定しなかった。

「そんな大層なことじゃないよ」

「10年以上付き合っててもお前のことはわからない。だが今のお前が迷ってる事だけはなんとなくわかるさ」

「根拠は?」

「ない。強いて言えば、そうであって欲しいという俺の願望だ」

「………」

言葉に詰まる祝人なんて、もう何年も見ていなかった。

だからなのか、ざわざわと胸が騒いだ。

俺という人間は悪い予感に限って当たるんだったと思い出した。

「言えよ…。 そんなに俺は頼りないか?そりゃお前と比べりゃ大した男じゃないさ。頼むのはいつも俺の方、お前から頼られたことなんて一度もない」

「そんなことないよ」

「あるんだよ。俺の出来ることなんてお前は全部できちまう。お前が俺に頼むのは出来ないからじゃなく何か違う理由があるからだ。んなこと昔からわかってんだよ」

祝人が2人いりゃ俺なんかには頼まないだろう。

俺よりもう1人の祝人の方がきっともっと上手くやる。

「なぁ祝人、お前なんで俺の友達なんだよ?なんで俺みたいなのとこんなにも長く友達やってんだ?」

「なんでって…友達関係にメリットなんか求めてないよ」

「だったらせめてデメリットくらい共有させてくれよ!お前は昔っからそうだよ。損な役割してるつもりかもしれねぇが俺らはそこまでバカじゃねぇ。それが俺らのためな事くらいちゃんとわかってる。結果お前の評価ばかりがうなぎ登りだ」

「いや…結構嫌われてたけど?」

「仲間以外はな!特にお前は敵とみなせば容赦ねぇだろ。どうでもいい奴には見えてないんじゃないかってくらい相手にしねぇし俺ら以外にお前の良さがわかる奴なんているわけねぇ!」

「いや、急に褒められても///」

「照れてんじゃねぇよ気持ち悪ぃ!つまり何が言いたいかというと、、、」

こんなセリフをいう日が来るなんて昨日までは思わなかった。

「なに抱えてっか知らねぇけど俺にも背負わせろよ!仲間だろうが!」

お前はきっと1人で生きていける。

そして俺は1人じゃ生きてけねぇ。

お前に俺は必要じゃなくても俺にはお前が必要なんだ。

お前になにもしてやれねぇ、だからせめて苦い思いくらいは一緒に分かち合ってくれよ。

「三太お前大人にもなって恥ずかしいこと真顔で言うなよ(無表情)」

祝人の目が厨二を見るそれだった。

「あ、今のギャグだった?もしそうならゴメン」

「ほ…本気のやつです」

「仲間だろ!とか、恥ずかしくないの?」

「し、死にたいです…」

「ちょっと!早まらないでよ三太!」

あぁ花、できればその手で俺を殺してくれないか。

恥ずかしすぎて生きてけねぇ…。

「ねぇ祝人、やっぱ話してくれないかな?そりゃ祝人がどうしても話したくないっていうなら無理に聞いたりなんてしないよ。でも秋のことなら話は別なの。どうしても聞かなきゃならないの」

「それは秋の母親としてかい?」

「ううん、秋のこと愛してるから。他に理由がいるかな?だとしたら、私には見つからないや」

祝人はため息をついた。

その顔は小さく笑ってるようにも見えた。

「わかったよもぉ、降参だ」

今日初めて花の顔がパッと華やいだ。

それは俺によるものではなかったのが残念でならない。

「でも聞かなきゃ良かったって後悔するよ?」

「どのみち聞かなきゃ後悔するってわかってる。なら私は聞く方を選ぶよ」

「じゃあ俺と約束してくれる?そしてその約束に命を賭けてくれるかい?」

「うん、いいよ」

「簡単に賭けるなよ。お前が死んだら秋はどうする?」

「約束守らない前提で話さないでよ。破ったら死んであげるって意味じゃない。命を賭けてでも守るよって、そう言ってるの。それで?私はなにを約束すればいい?」

「じゃあ、今から話すことを聞かなかったことにしてくれないか。でなきゃ、秋の決意が無駄になる」

「わかった。必ず守る」

「それから…ちょっと覚悟してくれ」

「覚悟?」

「あぁ、俺達にとって気持ちのいい話じゃない」

そう言うと祝人はリュックの中から白い紙を出しテーブルに置いた。

それを見た花が『え?』と表情を無くした。

「なんで…どうして…」

それが何かをわかるまでコンマ1秒も要らなかった。

軽い目眩と吐き気を覚えた。

「え…待って…もしかして……」

「受験の時偶然目にしたんだそうだ。さっき千石から回収してきた」

「いや……いやぁぁぁぁぁ!!!」

花の悲鳴が耳の奥で微かに聞こえる。

肌を打つ雨の冷たさ、微かに香る消毒液の匂い、白色灯に照らされた真っ白な顔…。

走馬灯のように五感に記憶が蘇る。

紛れもなくそれは2度と目にすることはないと思っていた『千石高校/白崎事変』だった。

「な…なんでこれがここにあんだよ!全部燃やしたはずじゃなかったのか!」

怒りの矛先を向けるべきは祝人じゃないことくらいわかってる。

でもどうにも抑えられなかった。

「無茶言うなよ。ネットの情報ならともかく紙媒体だぞ?あの時焼却炉にぶち込んだのは俺達寄りの人間だ。大多数だろうが全部じゃない。それに紀尾井はデータを残してるはずだ。オフラインで残されちゃ俺も手が出せないよ」

紀尾井…旭……。

お前に大切なことを1つ教えてやろう。

真実は必ずしも人を幸せにするとは限らない。

その証拠にお前がイタズラに作ったこの紙クズが1人の少年と1人の母親を傷付け、2人の仲を裂いたんだ。

そんなことも知らずに真実だけを追い求めるお前を俺は絶対に認めない。

絶対に俺はお前を許しはしない。

花は自分を抱きしめるようにしながらカタカタと震えていた。

「あ…秋は…知って…しまったの…?」

その声も体以上に震えていた。

「シュ…シュウちゃんが…シュウ…ちゃんが…」

祝人は首を横に振った。

「そこに書いてあることだけでそれを真実だと思うほど秋は愚かじゃない。きちんとお前の口から聞くまでは信じないそうだ。けど…それを見てそういう疑心が芽生えたのは事実だ」

「どうして…今なんだろう…?」

誰に言うともなくそう言うとふらふらと立ち上がった花は扉の閉まった秋の部屋の前に立った。

「ちゃんと私の口から伝えたかった…。恨まれても嘘つきと罵られても…ちゃんと…私の口から…」

扉にもたれかかるとズルズルとその場に座り込み、そして部屋の扉をまるでそれが秋かのように愛おしそうに撫でた。

「秋もそれを望んでた。だから出て行ったんだ。その日のために、次の日からもお前と一緒にいるために」

花の背中に語りかける祝人の声。

「答えはもう出てるんだ。だけどここにいて知らないふりをしていたら途中で間違った答えを出してしまう。だからお前から離れることを決めたんだ」

するべきことがわかっていても気持ちがそれについてこない。

そんなの大人になった俺にだって良くあることだ。

だから俺は愚かなのだろう。

秋のように解を出すためにわざと遠回りする事を果たして今の俺に出来るだろうか?

焦燥から誤った解を導き出してはいないだろうか?

「あき…あき…あき…」

壊れたオウムのように愛しい我が子の名を繰り返す花を俺はただ見ていることしかできなかった。

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