三太郎の章「不甲斐ない俺は空を見上げた」
安寧な日々の中で俺達は忘れていたんだ。
首元に刃が当てられていたことを。
静穏な日常の中で俺達は忘れようとしてたんだ。
いつか必ず喉元を搔き切り、その血が愛しき人を汚すことを。
真実は月を照らし太陽は嘘を隠す。
白日夢の祈りを捧げながら、ポッカリと空いた虚空の隙間を血と骨で埋めていく。
夜はまだ明けない。
俺達の太陽は地球のどこかに隠れたままだ。
花さんと僕の日常 第582話 開幕
花からの電話を取ったのは穴ぐらに向かう途中の車内だった。
「おはようさん。どうしたこんな朝早く」
「秋がいないっ!」
その声はとても慌ていたが、チラッと時計を見ると7時を少し回った頃だった。
「いないって…今日卒業式だろ?学校行ったんじゃないのか?」
秋から聞くに学校生活は相当楽しかったようだから、今日が最後となるとやっぱり寂しくていつもより少しばかり早く出たんだろう。
俺にそういう経験はないが、学校が楽しかった人達がそういう行動に出るのはなんとなくわかる。
「秋がいないのっ!」
花もどちらかといえばそういうタイプで生きてきたと思うのだが、さっきと同じ言葉を切羽詰まって繰り返した。
「だから中学生活が名残惜しくていつもより少し早めに出たんだろ?」
「手紙っ!テーブルの上に手紙があって!」
「今まで育ててくれてありがとうとかそういうのか?泣かせるなぁ笑」
俺にはそういう経験もないけど母さんにやってあげても良かったかな?
ま、今となっては叶わぬ願いだけどな。
母さんが死んで半年にもならないっていうのに、日に日に後悔が増えていく。
つくづく親不孝な息子だったと身に染みる。
「ふざけてる場合じゃないっ!」
感傷に浸りかけた俺に冷や水を浴びせるかのような花の罵声が聞こえた。
「な、なんだよ。そんな怒らなくても良いだろ?」
「秋が手紙に今のままじゃ私とは暮らせないって…」
「あ?なんだそれは!」
センチメンタルモードが一気に現実世界に引き戻された。
最近秋と花の関係があまり良くない事は花から聞いていた。
その原因が花にはよくわからないということも。
「家出したってのか!」
あの賢い秋がそれを選択するとは夢にも思っていなかった。
家出したところで子どもが1人でどうにかできるのなんてせいぜい数日がいいところだ。
そもそもその数日で解決出来る悩みなら家出なんてしなくとも秋ならどうにでも出来るだろう。
それくらい秋ならわかってると思っていた。
「そんなチャチな感じの手紙じゃないのっ!これ…本当にどこか遠くに行っちゃうような…」
「遠くって…まさか…」
自殺!?
「ちょっと!縁起でもないこと言わないで!」
「わ、悪い。わかった、今すぐそっちへ向かう」
「来んな!」
「へ?」
「探してよ!早くしないと、本当に遠くに行っちゃう!私もこの辺探してみるから!」
「探せってどこを…」
はっ!そういえば!
「花ちょっと待て!携帯、俺のやったiPhoneは!」
「iPhone?ちょっと待って………ガラケーは机にあるけどiPhoneは……ない、どこにもない」
OK OK、なら楽勝だ。
「それなら居場所をすぐ特定できる」
「なに?どういうこと?」
「ちょっと待て。いま秋の居場所を割り出すから」
なにせあれは穴ぐらが使う携帯のプロトタイプで、プロトタイプとはいっても俺たちが持っているものとさして変わりはない。
電源を切っていても端末から微粒の電波を発していて衛星を介せば正確な位置情報はすぐさま特定することが出来る。
数年前祝人が開発したアプリによってそれは同じ端末を使っている俺達にも容易に探し出すことが可能になっていた。
だからすぐ見つかるはずだった。
たとえトンネルの中だとしても深海の底だとしても宇宙の果てだとしても見つけられるはずだった。
「…………ねぇまだ?早くっ!」
花は急かす。
だが、、、
「おかしい。どこにもねぇ」
どれだけ待っても画面に赤い点滅の反応はなかった。
「どこにもないって何が!」
「GPSの反応がどこにもねぇ!ちょっと待て!………ダメだ!白崎どころか日本にいねぇ!」
「日本にいない?だってあの子さっきまで家にいたよ!そんなに早くどこかに行けるわけないじゃん!」
捜索範囲を広げてみたが画面に赤い点が現れる事はなかった。
「日本どころか、地球にいねぇ…」
「ちょっとあんたふざけてんの?そもそもGPSって何よ!なんでそんなもの秋の携帯に、、、」
「んなもんどんな携帯にも付いてんだろ。まぁそこら辺の携帯のとはちょっと違うけど…。そんなことより今調べてるけど本当に地球上どこ探しても秋の携帯の反応がねぇんだよ!」
「宇宙に行ったとでも言うつもり?」
「だとしたら、迎えに行く手段がねぇ」
「あんたそろそろ殺すわよ?」
花の声がイギリスで聞いた女王陛下お抱えの殺し屋よりも怖かった。
「ふざけてる場合じゃないのよっ!もういいっ!私は秋を探してくるからあんたは祝人に連絡してっ!」
「あ、あぁわかった。気を付けてな」
「何によっ!」
何にって………なんか…色々だよ。
「と、とにかくお前は探しに行け!俺は祝人に連絡してから車で駅の方を探す。あとで連絡するから………あ、これ切れてる」
人の話は最後まで聞けよ。
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「クソどうなってんだよこれ!」
赤信号で車を停めるたびにアプリで秋の居場所を探すが何度やってみても所在を知らせる赤色の点は地図上のどこも指さない。
流石に銀河系の外まで捜索範囲を広げることはしなかった。
万が一それで表示されたとしても流石に銀河系外から秋を連れ戻す交通手段を俺は持っていないし、あったとて花の前に連れてくるのに数億年はかかる。
単純に故障だと思った。
すぐさま祝人に連絡をしたがコールはするものの一向に出る様子がない。
「なんでこんな時に出ねぇんだよあのバカっ!」
青色に変わると同時に悪態をついて車のアクセルを踏む。
探すアテなどあるわけもなく市街地を適当に走らせながら制服を着た男子中学生を探した。
無論それで見つかるはずもなかった。
駅で張ろうかとも思ったが落ち着かず、思いついた場所をあちこち走らせたが秋どころか学生すら見当たらなくなり時計を見ると9:00を過ぎていた。
どこにいる?一体どこへ行ったんだ?
いや、待て待て、こんな時に熱くなってどうする。
ここは逆に頭を冷やして考えろ。
どこにいるかよりももっと前…そうだよ、なんで秋はいなくなったんだ?
そういや千石の受験から少し秋の様子が変だって言ってたな。
受験で何かあったのか?
考えろ…考えろ…きっとそこにヒントがあるはずだ。
ピリリリリ…ピリリリリ…
あぁもう人が集中して考えてるってのに邪魔するなよ!
「うるせぇなぁ!」
ナビ画面に現れた通話ボタンをタップしてすぐさま怒鳴った。
『そっちから電話して来たのにうるさいはないだろ』
声の主は祝人だった。
「祝人か!おい大変だ!秋がいなくなった!」
一時は冷静になれたはずが言葉にするとまた胸に焦燥が走り出す。
「お前のアプリ使って探してみたけどどこにも表示されねぇんだよ!あれも俺らと同じで電源切っても反応するはずだよなぁ!壊れてんじゃねぇのか!」
『壊れてはいないと思うよ』
「じゃあなんで秋が出てこねぇんだよっ!」
自分が焦ってるからなのだろう、祝人の落ち着いた声が呑気に思えてイラついた。
『俺に怒っても仕方ないでしょ。花は?』
「探してるに決まってるだろ!俺もあちこち探したけど見つからねぇんだ」
『そう。じゃあ2人は花の家で待ってて。俺も今からそっちに向かう』
「3人で花の家にいて秋が見つかるわけねぇだろ!いいからお前も秋の居場所を探せよ!」
『何の手がかりもなく闇雲に探して見つかるとでも思ってんの?いいから花の家で待機してて。30分で着くから』
「その30分の間に秋が遠くに、、、ちっ…お前も話の途中で切るんじゃねぇよ」
ハンドルに体をもたげどうしたものかと考えた。
いくら考えても答えは予想の範疇を超えない。
だが1つ妙案を思いついた。
その方法であれば秋がどこに行ったかの手がかりはそれでつかめるはずだった。
そのためにも祝人の力は必要だ。
俺は慌てて花に電話をかけた。
「もしもし花、、、」
『どこにもいないの。タケルに電話かけてみたけどやっぱり学校に来てないっていうし、みんなにも手紙があったって…。どうしよう、ねぇどうしよう、秋が…秋がいなくなっちゃう…私から離れて行っちゃう…やだよ…嫌だよ…』
「落ち着け花」
『世界が終わる日にアンタは落ち着いていられんのっ!』
気分の浮き沈みが異常なほど花はやられていた。
「祝人と連絡とれた。花ん家にいてくれって」
『家にいて帰ってくるなら最初から探しになんて行ってないんだよっ!』
「落ち着けって。祝人がどうする気か知らねえがいい方法を思いついた」
『いい方法?』
「カメラだよ。街の防犯カメラで秋の足取り辿ればどこに向かったかわかるだろ。幸いこっちにゃ祝人がいる。防犯カメラをハッキングしてリレー方式で探せば居場所を割りせる」
『あんた天才!』
花の声に艶が戻った。
とりあえずは一安心。
ただこの方法にはひとつ心配なこともあった。
秋が1人で行動しているのなら良いがもしも誰かと一緒なら花はそれが誰かを知りたがるだろう。
そして祝人ならすぐ割り出してしまうかもしれない。
その時花はどんな行動に出るだろう?
いずれにせよ俺達が花の暴走を止めるのは避けられない上にそれは非常に骨が折れる。
まぁ多少の労力は致し方ないと諦めるが吉か…。
「とにかくお前は家で待ってろ。俺もすぐ向かう」
『わかった。じゃ後で』
何が秋をそこまで追い詰めているのだろうか?
ただの反抗期だけで片付けられるほど簡単ではないことはすでに薄々気付いている。
となるともしかして…。
いいや、違う違うと自分の考えを振り払うように頭を何度も小突いた。
そんなはずない、まさかそんなことあるはずない。
だけどもしそうだったとしたら秋の不可解な行動に説明がつく…いや、違う!まさか、そんなはずはないんだ!
ぐるぐると思考が右往左往する。
いつのまにか違う違うはそうであって欲しいという懇願に変わっていた。
きっと俺はどこかで気付いていたんだ。
だからそれを否定したかったのだと。
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祝人は30分を少し過ぎて花の家に到着した。
焦りも悪びれた様子もないのがイラッとする。
「遅ぇんだよ!何してたんだ!」
「俺にだって用事くらいあるよ」
「お前のその用事と秋、どっちが重要なんだよ!」
「その選択で言えば秋に決まってるだろ」
「だったらもう少し早く来いよ!」
八つ当たりなのは自分でもわかっていた。
八つ当たらなきゃ恐ろしい妄想に取り憑かれて冷静になれそうになかった。
冷静に?
もう十分取り乱してるのにな、俺。
「さて、と。秋がいなくなったって?」
「そうなの!私がシャワーから出たらテーブルの上に手紙が置いてあって、そこに私とはもう、、、」
「手紙の内容は言わなくてもいいよ。それは秋と花のものだから」
なんだか祝人が花を冷たくあしらったように思えたのは俺が花寄りだからだろうか?
とにかく今日の祝人は少し気に入らない。
なんで?と聞かれたら、なんとなくとしか答えようがないけど。
「なぁ祝人、考えたんだが街中の監視カメラを辿れば秋がどこに行ったか、どこにいるかわかるんじゃないか?」
個人的な祝人への苛立ちをぶつけるより秋の消息を掴むため祝人に協力を仰ぐ方が優先される。
「確かにわかるかもね」
「じゃ今すぐ、、、」
「そんなことしなくても秋の居場所はわかるよ」
さすがこの男は底が知れないと素直に感心した。
もしかしたら遅れて到着したのも秋の居場所を割り出すために?
だとしたらムカついたことを謝らねばなるまい。
お前は本当に頼りになる友人だ!
「今どこにいるの?」
「それは教えられない」
「「………は?」」
俺も花も祝人が何を言っているのかまるでわからなかった。
言葉の意味はわかっていてもその意味がわからないなんてなかなか体験できるものではない。
だがそれは別に今じゃなくていい。
もっとどうでもいい時に体験させてくれ。
「お前なに言ってんだ?」
「だから。秋の居場所は知ってるよ。でも2人には教えない」
バンっ!とテーブルを平手で打ち付ける音がして、横を向くと花が鬼の顔をしていた。
さすが秋の事になると怒りが早い。
「祝人、ふざけてんじゃないよ?」
「ふざけてなんかいないよ。それより話しておきたいことがあるんだ」
またドンっ!と、今度は拳を打ち付ける音がした。
花の顔は鬼から怒れる阿修羅へと変貌を遂げていた。
「それよりってなに?秋がいなくなったことより重要なことがこの世にあんの!怒」
謝ってくれ祝人。
でなきゃお前の命が保証されない。
「あるよ…」
「ないわよ!」
「あるんだよ…」
「だからないって言ってんじゃないのよ!あんた殺されたいの!」
「お前に俺が殺せんのかよ」
おっとこれはまずい空気だ!
「待て待て花、落ち着け!」
祝人の胸倉を掴みかかろうとした花を2人の間に割って入ってなんとか制止した。
「祝人もこんな時に花を逆撫でするようなこと言うなよ」
花に落ち着けと言ったもののできるとは思っていない。
だからお前がコトを荒立てるなと釘を刺すつもりだった。
「俺がこれから話すことを聞けばもっと逆上すると思うけど」
ワーっと花がまた祝人に襲いかかるのを両腕で必死に止める。
なんか耳元でガルルルルと唸ってる気がする。
「だからそういうのやめろって!」
「じゃ2人は秋がこの家を出て行った理由を知ってるの?」
花の勢いがパタっと止まった。
「どうして秋が出て行ったかも知らずにここに連れ戻せたとして、それからどうする気だったの?」
秋が出ていった理由をなぜ祝人が知っている?
心臓がカッと熱を帯びて熱くなった。
その理由をわからないでいた。
「いやちょっと待てよ。お前理由を知ってるのか?」
「知ってるよ」
「なんでだよ!」
本当は何よりもまず先にその理由を聞かなければならなかった。
なのに俺は、なぜ祝人が知っているかを知りたかった。
「秋から聞いたから」
「だからなんでお前なんだよ!」
そう、なぜ俺じゃなく祝人なんだ。
父親代わりになれていると思ってはいない。
そこまで自分のこと過信してない。
けど誰よりも秋のことを心配してきた自負はある。
少なくとも祝人より距離は近かったはずだ。
それなのに…。
俺の思い違いだったっていうのか?
俺は自分で思うほど秋に近付けてはいなかったのか?
「お前ら少し多感な思春期の少年を甘く見過ぎだよ」
「そりゃどういう事だ」
「受験終わりに3人でご飯食べようって話したんだろ?」
「あぁ、した」
「一緒に住もうって話する気だったんじゃないか?」
まさか秋がそれに気付いてたっていうのか?
いや、でも、、、
「だ…だが秋の意思を尊重するつもりだった。別に無理に一緒に住もうなんて話じゃない!」
「同じだよ。お前が切り出して秋が嫌だって言えるかよ。俺の言ってるのはそういうところ」
秋が家を出てった原因はそれのか…。
だから俺じゃなく、お前に相談したのか…。
あろうことか2人を大切に思っているつもりだったこの俺が離れることを決断させた原因を作ってたなんて…。
不甲斐ない俺は空を見上げた。
この親子のために心身を捧げ陰ながら支えていこうとしていたはずの俺が、逆に2人を引き離してしまったなんて。
花になんて謝りゃいいんだ。
いや、謝る事すら許されない。
俺は2人から大事なものを取り上げてしまったんだ。
でも花、それに秋。
これだけはわかってほしい。
俺は本当にお前らのことを大切に想っていたよ。
それだけはわかってほしいんだ。
「俺の…せいなのか…秋がこの家を出てった理由は…俺の…」
「いや、三太はまるで関係ない」
「なんなんだお前はあああああ!」
やはり今日の祝人は一段とイラつく。
それが俺によるものだとしても、今日の祝人は許し難い!
「茶番はいいから早く教えてよ!何が原因で秋は家を出てったのよ!」
若干冷めたのか花の顔は鬼に戻っていた。
しかしその顔も数秒後には悲壮へと移り変わるのだった。
追記
(数時間前)
「乃蒼、出たか?」
「ダメ、呼び出すけど出ない。そっちは?」
「ガラケーの方も全然出ねぇ。くそっ、あいつマジなに考えてんだよ!」
「おいお前らどうなってんだよコレ!」
「野島さんっ!野島さん達のところにも?」
「朝郵便受けに入ってた。それより、、、」
「どういうこと?秋がこの街からいなくなるって!」
「俺らもわかんねぇんすよ突然すぎて!」
「お〜いお前ら、さっさと教室に入、、、お?野島、久しぶりだな」
「先生っ!大変なんだ!」
「どうした佐伯、もうケガしたのか?」
「秋のヤツ今日の卒業式出ないって」
「なんだと!」
「それどころか千石にも進学しないって」
「なんだとっ!」
「その上あいつ今日でこの街から出て行くって」
「なんだそれは!怒」
「ねぇ先生聞いてた?」
「聞いてるわけねぇだろぉおおお!聞いてたら止めるわぁぁあああ!怒」
「ちょ、先生落ち着いて」
「落ち着けるか鈴井ぃ!俺がこの日をどれだけ待ちわびていたかお前らにわかるかぁ!」
「そんな私達に早く卒業して欲しかったの?」
「違うわ!俺はお前らに礼が言いたかったんだよ!なのに七尾がいないってどういう事だ!」
「ちょ、ちょっとどこ行くの先生っ!」
「探してくる」
「流石にそれはダメでしょう?」
「うるさいっ!」
「待って先生っ!これから卒業式なのに流石にそれはまずいって!俺達4人で探してくるから先生は学校にいてくれよ!」
「くっ…すまん。野島、平井、西野、それから………えっと……」
「………羽生だけど」
「羽生、頼んだぞ!」
「頼むよりまず俺に謝れ」




