秋の章 「アカルイミライ 後編」
「ご…ごめん」
祝人さんの手が離れると右腕に血が流れ出す感触があった。
「落ち着いて。ていうか祝人さんもそんな顔するんだ?笑」
「俺だって驚くことくらいあるさ」
「驚いても顔に出さないタイプだと思ったよ笑」
「人をサイボーグみたいに言わないでくれよ」
サイボーグだなんては思ってないけどやっぱり人とは違う、なんていうか…人類を超越した何かに近い存在………みたいな?
「ちゃんと話すとね、受験の面接の時に記念堂というところで待機してたんだ」
祝人さんは大切な真実を言わない、けど嘘も言わない。
だから俺はこの人にだけはありのまま話そうと決めた。
というか、天才のこの人になら俺の重荷を丸投げにしても何とかなるんじゃないかと思ったんだ。
「そこに歴代の卒アルがあって花さんの代のアルバムを見てたんだ。そのアルバムのケースの中に白くて薄い冊子が入ってて、、、」
「まさか『千石高校/白崎事変』か!」
「…うん」
あの冊子を祝人さんや花さんも持っているのだろうか?
それをどんな気分で読んだのだろう?
俺は1ページ目でフリーズしてしまい中身を読んだような読んでいないような…とにかく内容は全く頭になかった。
「見たのか、アレを………」
祝人さんは俺がするように空を見上げ、そこからはしばし無言が続いた。
祝人さんは今何を考えているのだろうと思案を巡らしたものの俺なんかにわかるはずもない。
けど考えずにはいられない。
いま祝人さんの頭の中で何を考えているのか、どの時代のどんな事を思い出しているのか。
きっと思い出して楽しい記憶じゃない。
人が1人死んだ思い出なんて何年経とうが悲しみが風化するわけがないのだから。
「iPhone、持ってるか?三太から何年か前にプレゼントされたやつ」
ようやく祝人さんが天から地上に戻ってきた。
戸籍謄本の入っていたポケットの反対側からiPhoneを取り出し祝人さんに差し出す。
「いや、持ってていいよ。もう気付いてると思うけどそれの通話やメール、アプリからウェブ検索に至るまでデータは全て俺の方に送られる仕様になっている」
「盗聴器は?」
ふふっ、と笑った。
「中学生にしておくのは勿体無いくらい聡いね。ご名答、電源が入っていなくても充電さえあれば周囲の音声は聞こえるようになってる」
祝人さんは笑ってるけど俺は電源入れてなくても盗聴されてたことに驚愕する!!!
「どうしてそんな事を?」
「真実に近づかせないため。この場合の真実ってのは白崎事変のことだよ。少なくとも18歳の誕生日までは気付かせないつもりだった」
キツイよ花さん。
話したいことは父親のことだけじゃなかったの?
そんなの18歳だろうと48歳だろうと歳関係なく俺にとっては天と地がひっくり返るほどにショックだよ。
「知りたいかい?白崎事変がなんなのか、萩はどうして死んだのか、秋の母親が本当は誰なのか」
俺は知りたかった。
その真実を。
「ううんやっぱやめておくよ。特に最後のは花さんの口から直接聞かなきゃダメかなって思うんだ」
今じゃなくとも、きっと花さんは俺に真実を伝えるだろう。
それがどんなに辛く、苦く、苦しいものだとしても。
なのに俺がその事から逃げるなんてなんかズルいと思った。
ちゃんと花さんと一緒にその時を苦しまなきゃダメだと思った。
「そうか…。ちょっとホッとしてる俺がいるよ笑」
そう言って祝人さんは少しだけ笑った。
この人も俺が求めたらそれがどれほと花さんに不義理なことだとわかっていても話す人だと思う。
俺のためなら苦しい立場になるのを厭わないと思ってくれる人だ。
でも三太さんは、きっと花さんのことを一番に考えるだろう。
決して非難してるわけじゃない、むしろそういう人がいてありがたいと思う。
俺が誰かに守られているなら、花さんもまた誰かに守られていて欲しい。
それが三太さんなら俺は安心だ。
「いま花との関係は?」
「最悪だよ。まぁ俺が悪いんだけどさ」
「事情が事情なだけに仕方ないと思うけど、そんな雰囲気のまま3年も耐えるのはキツいんじゃないか?」
「その事なんだけど相談があるんだ」
相談ていうか、本当に丸投げしたいのはソコなんだ。
なんとか祝人さんの力でどうにかして欲しい。
「相談?独り暮らししたいから花を説得してくれとか?…あらら笑、図星みたいだね」
そんなに顔面黒いですか?
「…おっしゃる通りでございます」
この人絶対テレパスの能力者だと思った。
「独り暮らしすれば花との関係が良好になると思うかい?」
「すぐじゃなくとも徐々に、少なからず今よりは」
俺と花さんには時間が必要だと思う。
俺の心の整理と、そして覚悟が決まるまでの時間が。
花さんが本当の母親じゃないと花さんの口から聞く覚悟、か…。
そんなの永久に来るわけないと思えるよ。
「断言する、秋が独り暮らししたところで何も変わらないよ。いや変わりはするか。けどそれは最悪にだ。花は自分の全部を否定し始める。あの日の選択を後悔し罪の意識に苛まれるんだ」
あの日?
あの日とは、いったいいつの頃の話だろう?
「そして秋は死ぬよ」
「へっっっ!?」
いきなり死ぬと言われて激しく驚いた。
「花の変容に責任を感じながら死んでいく。花に謝る事もできず、後悔だけを抱えて」
「………」
たとえ話の域を出ないはずなのに祝人さんは推測ではなく断定で話し、それはまるでこれから先の未来を見てきたかのように妙に説得力があった。
「そんなの…信じられないよ…」
「信じなくていいよ。これはあくまで俺の占いみたいなもんだから」
だけど祝人さんの占いは気持ち悪いほどよく当たったと聞いたことがある。
不幸な占いほどほぼ100%当たるから、祝人さんの学生時代のあだ名は『死神』だったって言ってたな。
「かといって今のまま花と暮らし続けるのはもっと最悪だ。その場合死ぬのは花の方だ」
「だから!信じられないってば!」
「だから信じなくていいって」
「じゃあ俺はどうすればいいの!1人で暮らす事も、花さんと暮らす事も出来ないなら俺はどうしたら………どうしたら………」
沙羅に怒られるかもしれないけど、俺はこの時ほどすぐに忘れてしまえる脳みそだったらいいのにと思った。
あの白い冊子の1ページ目に書かれていたことを綺麗さっぱり忘れられる、そんな脳みそだったらって本気で思った。
それからしばらく俺達は何度目かの沈黙で時間を過ごした。
俺は何を考えたらいいのかわからず、何を考えればいいのかを考えていた。
祝人さんはどうだろう?
頭の中でどんなことを考えているのだろう?
この人が何を考えているかなんてわからない。
祝人さんだからじゃなく、これが花さんでもタケルでもゆきりんでも野島さんでもわからない。
あれだけ言葉にしてくれた花さんのでさえわからなかったんだ、結局自分以外の誰かの頭の中なんてこれっぽっちもわかりゃしないんだ。
なんだか生きているのが虚しい気持ちになって、俺は考えるのをやめてしまった。
「ねぇ、、、」
話し始めたのは祝人さんからだった。
「1つ提案がある」
それはあまりにもバカげていて、普通ならありえないほどの提案だった。
「提案?」
「しばらく消えてくれないか?」
「え?」
何を言ってるかわからなかった。
実際何を言ってるのかわからないのだから、何を言ってるかなんてわかるわけがない。
「花にはうまく言っておく。約束する。だから、、、」
この人は説明する気がないのかもしれない。
「この世から消えてくれ」
この日から数日後、俺は自ら望んで消えた
追記
「ねぇ祝ちゃん、もしも私が死んじゃったらさぁ、、、」
「いきなり縁起でもないこと言うんだなぁ」
「秋のことこっそり見守ってあげてね」
「おおっぴらじゃダメなのか?笑」
「多分ほとんどのことは花ちゃんが解決しちゃうと思うけど、秋がもし花ちゃんでも解決できない悩みにぶち当たった時は祝ちゃんが助けてあげてね」
「俺の出番はあるのかい?」
「あるよ。花ちゃんだって完璧じゃないもの」
「まぁあいつは欠陥だらけだからな笑」
「でしょ?笑。あ、でもだからって秋の悩みを祝ちゃんが解決したらダメだよ?ちゃんと悩ませて自分で答えを見つけられるようにしてあげて。出した答えが間違ってても否定しないで見守ってて。転んでもちゃんと起き上がってまた歩けるような男の子にしたいの」
「萩のようにか?」
「私は間違ったら間違ったまま。居直って押し通してるだけだよ」
「意外と自分のことわかってるんだ?」
「まぁね。だからこんな親に似ないように色んなことを経験して欲しいの、良いことも悪いこともね。それから外の世界も知って欲しいな。1つの価値観だけじゃなくて色んな物の見方ができるようになって欲しい。白と黒だけじゃなくてちゃんと灰色もあるんだってこと知って欲しいの」
「萩が1番灰色を知らないだろ笑」
「だからだよ。これでも私悩んだりしてるんだよ?」
「悩んだことがあるのか?それは初耳だよ」
「だけど私は狭い世界しか知らないから自分を1つしか持ってない。秋には色んな国の色んな人と触れ合って秋の中にたくさんの秋を作って欲しいの」
「その時萩はどこにいるんだ?」
「………雲、かな?」
「雲?」
「雲ひとつない青空、って表現があるけどそんなのあんまり見たことないよね?晴れの日も雨の日も曇りの時もいつだって空には雲がある。だから私は雲になっていつでもあの子を見守ってるよ」
「萩…」
「何か困った時や誰かに頼りたい時、寂しい時、辛い時…秋には下じゃなくて上を向いてて欲しいな。私はそこにいるから、いつでも話しかけてねって…いつかあの子に伝えて」
「頼みごとばかりだな…」
「そりゃそうだよ笑。こんなこと頼める人いないもん」
「俺が素直に萩の言うこと聞くとでも?」
「うん。聞いてくれるっていう確信がある」
「根拠は?」
「上手く誤魔化してるみたいだけど勘のいい人は祝ちゃんの好きな人が花ちゃんだって思ってるよ?アリスちゃんとかマキ姉とか。けどそれも祝ちゃんのミスリードなのよねぇ〜」
「………」
「気付いてないとでも思った?」
「聡いね。女子高生にしとくのはもったいないくらいだ」
「本当に好きな人は花ちゃんじゃなくて他にいるでしょ?ていうか祝ちゃん私のこと好きでしょ?」
「自分で言ってて恥ずかしくないか?」
「全然?むしろ誇らしくさえあるよ。ねぇいつから私のこと好きだったの?」
「そういうの自分で積極的に聞くもんじゃなくない?」
「え〜!い〜じゃ〜ん!教えてよぉ」
「そうだなぁ、700年くらい前からかなぁ」
「生まれてねっし!私そんなおばあちゃんじゃねっし!」
「秋の父親が誰か教えてくれたら答えてあげるよ」
「言わな〜い。それはお墓まで持ってく秘密だから」
「そうか。ま、それも萩らしいっちゃあ萩らしいけど」
「だけど私はそれが嫌になる時もあるよ。生まれ変わったら私みたいじゃない私になりたいくらい」
「それは無理だよ。生まれ変わったって萩は萩のままさ」
「どうして夢も希望もないこと言うかなぁ?」
「だってそのままの萩じゃなきゃ好きになれないだろ?」
「自分で言ってて恥ずかしくないの?(真顔)」
「・・・言わなきゃ良かった」
「冗談だよ冗談っ笑。あ、あとねぇ、、、」
「おいおい、まだ何かあるの?」
「まだあるよ。まだまだあるよ」
「勘弁してよ…」
「祝ちゃんだから頼むの!祝ちゃんだから託していくの!」
「はいはい、できる限り尽力させていただきます」
「ダメっ!約束して!」
「は?」
「これから言うこと、この先思いついたこと全部祝ちゃんに伝えるから、それ全部私と約束して」
「俺にメリットがなに1つないなぁ…」
「うん、ごめん。私なにもあげられない。だから私も約束する」
「なにを?」
「約束全部守ってくれたら次の人生祝ちゃんにあげるから、だから…お願い、秋を守って」
「来世ってことかい?」
「だってまた私なんでしょ?他の誰かじゃなくまた私なんでしょ?だったら次は祝ちゃんのこと頑張って好きになるから、だから、、、」
「頑張らなきゃ無理なのか?」
「頑張って好きになるから!」
「否定どころか重ねてくるんだ…」
「はははっ、冗談だってば笑。私今も結構祝ちゃんのこと好きだよ?」
「冬馬より?」
「無茶言うなよ(真顔)」
「なぁ………秋の父親って、、、」
「へへへっ、おっしえな〜い!笑」




