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花さんと僕の日常   作者: 灰猫と雲
第一部
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秋の章 「スタート前」

体育祭当日。予報では雨は降らないが1日中曇りだとアナウンサーは言っていた。

俺は昨日の夜と今日の朝、花さんと一緒に作ったお弁当を持って家を出た。

「おはようタケル。今日は用事があって行けないけど頑張ってね。早く終わったら見にいくからね」

「任せて。決勝のリレーには出てみせるよ」

それだけでタケルのタイムは2秒縮まるかもしれない。けどタケルが2秒縮めても決勝まで行けるかどうか微妙なところなのが俺らの現状だ。


「おはよう。ちゃんと言われた通り食べてきた?」

今日は乃蒼の方が早く公園についていた。

「おはよう乃蒼。食べたよ。てか野島は何考えてんだろ?」

昨日野島からみんなにメールが送られた。


『今夜牛肉禁止。代わりに鶏肉を食べろ。あと朝は牛乳を300ml飲んでこい。出来ればヨーグルトとバナナも』


「なんだろうね?それで足が速くなったりすんのかな?」

なぁタケル、それで足が速くなるなら陸上部は苦労しないと思うぞ?

「ごめん遅くなっちゃった。おはよう」

遅れてきた彩綾は小さなパック入りの牛乳をチューチューと飲んでいた。

「うち牛乳切れてて笑」

なんだかんだで昔っから真面目なんだよな、彩綾って。

「これでタイムが縮まるなら私は何でもやるよ。少なくても決勝には行きたいよね?」

「それなんだけどさぁ…」

俺は昨日の夜に気付いてからちょっと気持ちが萎えてしまった。

「俺ら最初は体育祭に出るのが目標だったよな。そして次がリレーにでるのが目標になって。それがいつの間にかリレーで勝つのが目標になってない?」

リレーで勝つのは俺ら4人の目標ではなかったはずだ。もし勝てなくても今の俺らは100%の気持ちで喜ぶことができるだろうか?リレーで勝たなければどこか残念な気持ちが芽生えないだろうか?

「4人の目標は確かにリレー出場だったけど、8人の目標がリレーで勝つことになったんだろ?」

タケルの言う通りなのだがどこか少し釈然としない。

ズズズっと牛乳を飲みきった彩綾は

「とにかく行こ。遅れちゃうよ」

と牛乳パックを潰してビニール袋に入れ、それをカバンにしまった。

俺はやっぱり気持ちが萎えてしまってるようだ。いまいち足取りが重い。

パン、と肩のあたりを叩かれて振り向くと乃蒼が顔を覗いていた。

「なしたの?」

「いや、なんでもないよ?あ、けどまだ眠いかも」

昨日なかなか寝付けなかったから。

「あ〜!じゃあリレー負けたら秋のせいだね」

俺より5秒以上遅い乃蒼に言われたくないな笑。

「なんならこっから校門まで勝負しても良いんだぞ?」

ジトっとした目付きで俺を見たかと思ったら

「もう。いじわる言わないでよ」

と拗ねた乃蒼がちょっと可愛いなって思った。

「おい!なにチャイチャイしてんだよ!早く来い」

あ、ハイすいません。2人で早足で追いつこうとしたが、乃蒼は早足も遅かった。


入場行進で合同特進組として俺ら8人が校庭に入っていくとアチラコチラからクスクスと笑い声が起きた。

「ねぇ秋。あんたの文芸同好会での苦悩が少しわかった気がする」

だろ?彩綾。

俺ら2年生の4人は恥ずかしくて下を向きながら行進するのに対し、3年生の4人は堂々と、これでもかと言うほど堂々と歩いていた。先頭を歩くのはバカだ。ただバカが先頭を歩いているなら良い。バカは先頭と高いところが好きだと何かの本に書いてあった。しかしこのハゲのバカは先頭を歩き、そして何故か旗を持っていた。まぁそれも良い、百歩譲ろう。しかしその旗に書かれた

『天上天下 唯我独尊』

が俺らをより一層恥ずかしくさせた。

「忘れてたよ彩綾。あいつはこないだまでリーゼントのバカだった」

俺はこの人と体育祭に出るのを若干後悔し始めていた。


「お前ら、流せ。本気で走るなよ!」

学年別100m走を前に校庭の隅に追いやられた合同特進組のエリアで踏ん反り返ったバカがそう言った。

「私が流したら体育祭の進行が遅延しますけど?」

どこまで流すつもりだ乃蒼。

「いいんだ。今日の俺らはリレーに全てを賭ける。お前らに晩飯と朝飯のメールしたのはなんのためだと思う?全てはリレーで勝つためだ」

このバカはどこまで本気で勝つ気でいるのだろう?わからない。

言われた通り俺もタケルも彩綾も乃蒼も100mを5割の力で走った。おかげでみんなビリ。乃蒼なんて周りからどよめきが出た。遅すぎて。それでも一生懸命に走る乃蒼を

「なんだろう?応援したくなるのは。乃蒼の持ってる空気なのかな?」

とタケルは娘を見る父の目でそう言った。わからないでもない。あいつはなんかほっとけない魅了の力がある。やっぱ魔女の娘だ笑。


「よし、じゃあ俺らも行ってくる。彩綾、そのメモに書いてあるゼッケンの奴の番になったらそいつらのタイム測っといてくれ。タケルはそれをメモ。乃蒼はそれを早い順に並べ替えてリスト作っといてくれ。わかったか?」

ハゲがまるでチームの監督のように俺らに指示をする。

「俺は?」

俺も一選手として監督の指示が欲しい。

「お前にはやらせない」

とても冷たい言い方だった。

じゃ3人とも頼むな、と言い残しバカはスタート地点に集まる3年生の群衆の中に消えて行った。

俺にはやらせない、って…。なんかちょっと嫌な気持ちになる。なんだよハゲ、ちくしょう。

見上げた先にある一面の曇天の様に俺の心に雲がかかった。



「悪い、遅れた」

時刻は間も無く11:30になろうとしていた。グラウンドでは応援団による応援合戦が行われている最中、天上天下唯我独尊の旗のもとにもう1人の特進組が椅子を持って姿を現した。

「雪平くん!?模試は?」

乃蒼が駆け寄り雪平にそう尋ねた。

「これに参加したら何が俺の糧になるんだろう?って気になって気になって仕方なくてさ。そしたら普段わかる様な問題も全然解けなくて。2教科受けて散々だったから捨ててきた。俺も混ぜろよ」

ツカツカと雪平の前に野島がやって来たので乃蒼は正面の位置を譲る。

「俺がキャプテンの野島だ」

「知ってますよ。五天の野島さん」

「その呼び方やめろ。好きじゃない。早速だけどお前、100mのタイムは?」

「ベストは12秒の後半です」

野島がふ〜んと目だけ上を向いた。そのまま上転して倒れてしまえ。雪平がいればお前なんかいらないんだからねっ。

「じゃあこの後のリレーの予選、俺の代わりにお前が出ろ」

「…え?」

「え?じゃない。お〜い、お前ら集合〜。作戦会議するぞ」

と、号令をかけたのに野島は俺の首根っこを掴んで離れたところに連れて行く。

「おい、あいつ誰?」

「誰って。俺らのクラスの雪平。三天」

「仲良いのか?」

「仲良いって言うわけでも…。」

「ちょっとあいつのこと教えてくれ」

俺は知りうる雪平の情報を提供した。乃蒼のことを好きかもしれないってのは確証がないので伏せたが、吉岡先生と乃蒼の例の一件での雪平の言動で野島は何か得るものがあった様で「よしもういい。わかった」と俺の首根っこをまた捕まえてみんなのところに戻った。俺は猫じゃねぇぞ。


「よし、走る順番を発表するぞ〜。第一走者、桜」

「私が最初?」

桜さんは驚きを隠せない。

「お前はバトンを受け取るのが下手だろ笑。けど渡すタイミングはバッチリだ。だから最初。OK?」

「わかった、OK」

「次、阿子」

「は〜い」

「桜の分を取り戻してくれ。そして出来れば乃蒼の分も稼いでくれると助かる。俺の作戦のキモはお前だ。決勝進出はお前の出来次第だ。やれるか?」

「バカだねぇ。あんたがやれっていったら私はやるんだよ」

「頼むな阿子。で、次は乃蒼」

「ハイ」

「お前は一生懸命走れ。阿子と他のメンバーを信じろ。なんとかしてくれるから大丈夫。自分の精一杯で走れ」

「ハイ」

「次、コースケ」

「ほ〜い」

「お前に言うこたねぇよ」

「だろうな!昨日あんだけミーティングしてまだ何か言うことがあるならお前はただのおしゃべりだ」

後から聞いた話だが、2人はあれからずっとリレーに勝つための作戦を考えていたそうで、前日も3時間ドーナツ屋で会議をしていたんだそうだ。

「次、彩綾」

「はい」

「親友のために走れ。お前はその言葉だけで十分だよな?」

「はいっ!」

「信じてんぞ。次、タケル」

「はい」

「コースケと彩綾がどこまで差を縮めるかにもよるけど、最悪3位以内、出来ればトップで次に回せ!彼女から受け取るバトンなんだからカッコつけろよ」

「うす」

「で、次。阿子の次にキモになるのが秋、お前だ。けど今日のお前にゃ何にも期待してない。もし俺らが決勝行けなかったらそれは全部お前のせいだ」

「は?なんだよソレ。つうか今日なんでそんなに俺につっかかってくんだよ!」

「うるせぇ!お前俺に生意気な口利いてんじゃねぇ!」

俺はもちろん乃蒼たちも、阿子さんや桜さんまでビクッとなり緊張が走った。

「お前最初からやる気ねぇだろ。どうせ決勝なんて行けやしないって思ってんだろ?」

「思ってねぇよ!」

「だから。俺に舐めた口利いてんじゃねぇ。何度も言わせんな」

今はやめとけ、と羽生さんが近くで耳打ちした。

「お前は桜や乃蒼がいるから勝てないと思ってんだろ?」

「思ってね…思ってないって言ってるじゃないですか」

「俺に隠せるとでも思ってんのか?お前の顔見りゃわかんだよ」

自分の気持ちを露呈されて内心うろたえていた。今、乃蒼や桜さんの顔を見れない俺がいる。

「だったら俺がお前の代わりに走りゃ良いんだろうけど俺は予選は走らねぇ。代わりに雪平、お前がアンカーな?」

「…先輩、ちょっと言い過ぎじゃないですか?勝つなら七尾のモチベーションも、、、」

「以上。作戦会議終わりっ。よしじゃあお前ら行ってこい」

行ってこいもクソもねぇよクソっ!





「リレーの選手の生徒はスタート地点に集まってください。繰り返します。リレーの選手の生徒は、、、」

放送部のアナウンスを合図に各クラスの選手達が集まり始めた。午前の部最後の種目、リレーの予選は各学年2クラスが出場し、上位2チームが決勝進出となる。去年の決勝はほぼ3年生のチームだった。2年といえども予選で2位に食い込む事はなかなか難しい。リレーは総合力がモノを言う。

にも関わらず俺のメンタルはボロボロだった。けど今さらそれを理由にはできない。2位じゃない、1位で予選を通過したいというのが合同特進組の目標だった。

「秋!」

声をかけられ振り向くと羽生さんだった。

「大丈夫か?」

大丈夫なわけないじゃないですか。

「あいつな、マジで勝つ気だぞ。だから最初からお前のそのいい加減な態度に腹が立ってたんだ」

ドーナツ屋で俺を睨んでたのはそれが理由か。俺は、いつも調子いいことを言ってるくせに友達を、先輩を信用していなかった。それを野島さんに見抜かれていた。穴を掘って入りたい。

「けどな、それでも自分で走らないのはこのメンツを信じてるんだと思う。そん中にお前も絶対含まれてる」

自分がひどくクソヤローに思えてきた。けど、桜さんはそんな俺らのそばに来て声をかけてくれた。

「ねぇ秋。タカはああやって言ったけど私リレーに出れるだけでハッピーだよ?だから楽しく走ろ。私も頑張るから、秋もね」

桜さんがクソヤローの俺に手を出す。俺はその手を握り返す。そんな資格ないとも思ったけど、その手を握りたかった。ふざけた意味ではなく、謝罪やいろんな意味を込めて。

「秋、ウチらが作戦のキモだってさ。まだ走ってないけど、もう一回このメンバーで走りたいから頑張ろね」

阿子さんが手を上にあげる。阿子さんの大事な友達を見下すような真似をしていた俺なのに…。決意を込めてパンっ、とハイタッチする。

「おい、しょげてんじゃねぇよ。野島さん見返してやろうぜ。絶対3位以内でお前んとこ来るからな」

「小学校の時のリレー思い出すね…。さぁ行こう。今度は乃蒼に良い思いさせよう!」

タケルと彩綾にもパンっと手を合わす。

「俺は…いきなりきてアンカーだ何だと急に言われて正直困惑している。お前の心情もよくわからん。けどやるならちゃんとやりたいし負けるのは大嫌いだ。俺はちゃんと与えられた役割を果たすからお前はお前でちゃんとやれ」

手を合わすことなく雪平は行ってしまった。乃蒼はすれ違う時雪平とパンっと手を合わせた。

「ねぇ秋、ハチマキ交換しよ。ちょっとでも速く走れるように願掛けさせて」

乃蒼は自分のハチマキを俺に差し出した。

「乃蒼。俺さぁ、、、」

「いいよ。私だって最初決勝行けるなんて思ってなかった笑。けど今は違うよ?このメンバーならいけそうな気がする。不思議だね、野島さんて。それに今日、私は念願のリレーの選手になれたの!だから私は一生懸命走るよ。だから秋もね。明日、来月、来年、将来、今日のこと後悔しないように一生懸命走って。それでもダメだったら、それは私のせいだから気にしないで」

俺の頭からハチマキを外し、代わりに自分のハチマキを俺に握らせた。

「私にも」

と手を上にあげる。その手に音が出ない、ゆっくりとしたハイタッチをした。乃蒼にも、いろんな想いを込めて。

「じゃね」

乃蒼が走り出して桜さん達のところへ走って行った。

「お前のこと、少し羨ましいよ」

一部始終を羽生さんは隣で見ていた。

「お前ら2年だけじゃなく、桜や阿子はホントにお前のこと大好きだぞ。もちろん俺もお前のことは可愛い後輩だと思ってる。けど一番お前のこと好きなのは間違いなくタカだからな。ほら」

羽生さんの視線を追うと野島さんが俺の方を見ていた。

「あいつは本当にお前のこと買ってるんだよ。いつだってお前の話ばかりだ。だからここ最近のお前が気に入らなかったんだ。お前にしてみりゃ迷惑かもしれないけどな」

いえ、と否定した。

「さっき乃蒼が言ってましたよね。将来俺が後悔しないように走ってって。俺、野島さんに言われなかったらきっと本気で勝とうなんて今も思ってなかったかもしれないです。それでいつか今日のこと後悔してたと思います。あとで言っておいて下さい。ありがとうございましたって」

「そりゃ自分で…いや、そうだな。わかった。伝えておくわ」

握手もハイタッチもしない代わりに羽生さんは俺の肩を抱いてスタート地点まで歩いてくれた。

そして俺らのリレーの予選が始まる。



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