リンの章 「ずっと大好きな人」
黒坂くんの汚物をモップで拭いている最中に昼休みを終える鐘がなった。
先輩はもう行きなよと言ってくれたけど、『先輩1人で女子トイレに掃除用具を返しに行かせられないです』ともっともらしい嘘をついて私は初めて授業をサボった。
どうせ自習だし、今まで真面目にやってきたから1度くらいサボったってバチは当たらないよね?
それが七尾先輩と一緒っていうのなら多少のバチくらい当たったって構わない。
「ここは寒いから、あったかいところに行こう」
そう言って連れてきてくれたのは体育館の2階にある放送ブースだった。
そこは以前レンちゃんと宗次郎くんが生魚臭男先輩達とケンカした時野島先輩に連れてきてもらったあの場所だ。
この時間体育の授業がなくて本当に良かった。
ヒーターを入れたとはいえまだ肌寒いこの狭い部屋で先輩と2人きり。
だけど2人で温めあえばすぐに熱くなると思うの。
服を着てちゃ体温が伝わりづらいから、出来れば裸で…
「リンちゃん寒くない?」
「はいっ!まだ未経験ですっ!」
「なんの…話かな…?笑」
「あ、ごめんなさい。こっちの話です」
一応お伝えしておこうかと思いまして。
「こういうところで2人っきりになるの、去年の文化祭以来ですね笑」
毎晩寝る前に思い出す、私のこれまでの人生最大にして最高にして最強の瞬間。
「毎晩先輩の鳴き声…思い出してます///」
「やめて!笑。思い出してなにをしてんの!」
「それは…秘密です」
ニヤニヤしてます。
で、たまに身をよじらせて嬉しそうに恥ずかしがってます。
変な意味じゃないですよ?
そんな幸せに毎晩浸っているのです。
多分その時の顔は最高に気持ち悪いです。
「髪、伸びたね」
「そうなんですっ!やっと元の長さに戻りました!引っ張ったり寝る時も結ってみたり、1年もかかっちゃった」
「くるんくるんしてもいいかい?」
「して下さいっ!そのために伸ばしてたんですっ!」
先輩が私の後ろに回り頭に生えた両の尾を握る。
それだけですごい幸せだ。
くるんくるんくるんくるん…
「わ〜この感触久しぶりぃ笑」
あっ…ダメぇ…違う世界に、、、
「いっちゃいそう」
あ!声出ちゃった。
「え!?」
「あ、いえいえ、何でもないです。お気になさらず動かして下さい」
あああああやっぱダメぇぇぇ。
女に生まれてきて、良かったあああああ!
「せ…せんっ…先輩?」
「はい、なんでしょ?」
「今日はどうしたんですか?何かあったんですか?」
きっと顔は見られたくないだろうと思って振り返ることはしなかった。
「ん?あぁ、今日学校に来た理由?ほら、今日タケル達の合格発表だったし、ココの生徒でいられるのもあとちょっとだからいろんな場所写真に収めとこうと思ってさ。卒業したら取り壊されちゃうでしょ?」
饒舌さが何かを取り繕っているように思えてならなかった。
なら聞かなきゃいいのに、唇は言葉を抑えてはくれなかった。
「そうじゃなくて。なんか今日の先輩、辛そうだから」
これだけ聞いてみて、それでも話したくないならこの話題はもうやめよう。
素敵な女性なら始めから言いたい言葉も飲み込んでそっと見守ってあげたりするんだろうな。
聞いてしまったことをちょっと後悔し始めた時に先輩のくるくると回した手が止まった。
「わかるの?」
と耳の後ろで声がする。
私の大好きな声。
「分かりますよ。夏の終わりの夜に2人きりで抱き合った仲じゃないですか笑」
色々と語弊はあるかもしれないけれど文字にするならこうだろう。
嘘は言ってない。
「話しづらかったら無理には聞きません。ただちょっと心配してる私がいますよ〜ってわかってくれたらそれでいいです」
答えなんていらなかった。
伝えたいことは伝えたからそれで十分だった。
「大切な人に…裏切られたんだ」
ハッと息を飲んでる間に首のあたりにトスンと先輩の頭が乗った。
「ううん、それは違うな。裏切られたんじゃない。ただちょっと…大切なことをはぐらかされてただけ。嘘は言ってなかった。今まで一度も」
「そうなん…ですか?」
それは誰ですか、は聞くのをやめようと思った。
先輩の絶対に入ってはいけない領域くらいは私にだってわかる。
「言葉って難しいね。嘘じゃなかったけどまるで違う意味で捉えてた。だから騙されてる気がしてたけどそうじゃない。何ひとつ嘘も偽りもなかったんだ」
誰がどんな理由で何のためにこうまで先輩を傷付けるのだろう?
だけどその人を庇うような発言は、きっと今でも先輩にとっては大切な人なんだと思ったからその人を貶めるようなことは言わなかった。
「どうしてその人は…そんなことをしたんでしょう?」
「それはきっと…俺のためなんだ」
先輩のために先輩を傷付ける?
「俺が傷付いたりしないようにそうしたんだと思う」
「でも先輩傷付いてます。落ち込んでます。こんなこと言っちゃダメかもしれないけど………」
「いいよ、言っても」
「………先輩、ユーリさんの時みたいな悲しいにおいがします」
本当の匂いとは違うけど、雰囲気というか先輩の纏う空気感というか、なんかそんな感じのがユーリさんが亡くなった時の先輩と似ている気がした。
「俺そんな臭いかな?笑」
「ち、違います!先輩はいい匂いです!」
文化祭の時と同じ、抱きしめた時に香る柔軟剤の匂い。
あれからお母さんに頼んでいろんな柔軟剤を買い直してもらっているけど未だに同じ匂いのものは見つからない。
もしかしたら柔軟剤じゃなく先輩の体から発するフェロモンじゃないかと思い始めている。
「いい匂いって笑。でもそっか、あん時と同じ匂いか…」
首元から先輩の頭が離れてしまうと振り向きたい衝動に駆られた。
振り向いて、抱きしめて、それで…キスでもしたら今なら先輩のこと奪えるかもしれないと思った。
「先輩っ!」
振り向いた私を先輩は見たこともない悲しい顔で見つめていた。
「私、なにもできませんっ!」
恋は奪うもの、と誰かが言う。
そういう恋もあるだろう。
恋は育てるもの、と違う誰かが言う。
それもまた恋だろう。
私の恋は忍ぶものだ。
堪えながら、我慢しながら、隠しながらこの胸に燃える小さな炎を大切に揺らし続けて生きていく。
誰にも邪魔なんてさせない。
それが秋先輩、あなただとしてもです。
「何にもできないし、助けてもあげられないし、力にもなってあげられないけど…もうどうしていいかんかんないけど…ただ先輩のことが心配です。私なんかに心配されたってなんの解決にもならないし困らせるだけかもしれないけど…」
まとまらない頭で思ったまま口にしてみたけれど、案の定自分でも意味のわからないことしか言えなかった。
「困ったりなんかしないよ」
優しい声、だけど悲しい声。
やっぱり私なんかじゃダメなんだ。
もっと先輩にふさわしい誰かが支えなきゃ、このままじゃ先輩いつかホントに壊れちゃう。
「少し待ってて」
そう言うと先輩は窓の外を眺め、『う〜ん』とか『いやでもなぁ』とか唸り始めた。
しばらくそうして何かを悩んでいたが、振り向いて私に
「リンちゃん、俺に卒業祝いを3つくれない?」
と悲しみが薄れた、何だか少し照れくさそうな声で言った。
「3つ…ですか?」
1つはファーストキスでしょ?
もう1つが処女で………。
しまった!
私あげれるもの2つしかない!
「まず1つ目はね、、、」
わぁ///わぁ///
ここ…心の準備がぁぁぁ///
目、開けてても良いですか?(真顔)
「1つだけお願いをきいて欲しい」
「お願い?」
「2つ目、そのお願いを聞いても絶対に引かないで欲しい」
引かないで欲しい?
そんなテクニカルなチューなんですか!?
喜んでぇぇぇ!!!
「ダメかな?」
ダメかな?とはテクニカルの事ですか?
それともその後の行為ですか?
「3つ目が何なのか聞かなきゃ約束できませんよ笑。でも………はい笑」
「ありがとう。3つ目、、、」
そして秋先輩は着ていたブレザーを脱ぎシャツの袖をまくった。
「噛んで」
耳を疑うとはこの事だ。
「……………え?」
「おもっくそ、噛んで」
「え?………えええええ!?」
「ちょっとぉ!引かないでって約束したじゃん!」
「まだ引いてません!驚いてる段階です!あとまだ約束してません!」
「えーーー!してくれないのーーー!嘘でしょーーー!!!」
「なぜしてくれるって確信してるんですか!ちゃんと理由を聞かせてください!」
ただのプレイなら、変態って罵った後に噛んであげます。
そろそろお気付きかと思いますが、私も大抵変態です!
「理由を知ったらリンちゃんはしないよ」
「そんな嗜好的な理由なんですか?」
先輩のその嗜好、私も嫌いじゃないかもですよ?
「ううん、そうじゃなくて。リンちゃんは優しいから…」
先輩ほどじゃないですよ。
「わかった。変なこと頼んでごめんなさい。今のは忘れて」
まくった袖をスルスルと下ろそうとしたその手を両手で制したのは、きっと私が変態だからなのだろう。
それか、秋先輩の求めるその行為に先輩なりの深くてそして重たい意味があると信じてるから。
「誰もしないとは言ってません!」
おそらく先輩の体を口に入れるのなんて人生でこれが最初で最後のチャンスだ。
チャンスとか笑。私マジ変態っ笑。
「でも出来れば、あとで理由が知りたいです」
「教えるよもちろん」
「痛かったら言ってください。じゃ、いただきます」
右腕を持ち噛もうとしたけれど
「待って待って!そこじゃない」
と先輩に止められた。
「もっと内側の…えっと…やりづらいな、ちょっといい?」
私の後ろに立つと腕を私の体の前に回してくる。
こ、これが噂の…バックハグ!
先輩私をキュン死させちゃうおつもりで?
「なるべく誰にも見せたくないから内側のここがいい」
そこは肘の下の内側あたり。
「ここ…ですか?じゃあ、いただきます」
「召し上がれ笑」
かぷり
こ、これが秋先輩の腕の味…。
美味じいぃぃぃ!美味じいよぉぉぉ!!!
私明日から3食これでいいぃぃぃ!!!
「ちょっとリンちゃん、もっと強く」
「へ?ほっほふほふへふは?(え?もっと強くですか?)」
「うん、遠慮なくどうぞ」
「ほ、ほれひゃあ(そ、それじゃあ)」
がぷり
ひゃああああ、痛いだろうなぁ。
「リンちゃん、本気出してないでしょ?全力で噛んでよ」
変態。
「へもいはいへふほ?(でも痛いですよ?)」
「痛さの向こうに求めてるものがあるんだよ」
変態っ。
「さ、もっと全力で!」
「ひゃ、ひゃあ(じゃ、じゃあ)」
ガブリ
「もっと!もっとだよリンちゃん!」
「へんはいへもははひへんひふふほふへほへひほうはっははひはへひゃひはふほ?(先輩でも私犬歯鋭くてこれ以上やったら血出ちゃいますよ)」
「血が出てもいいから気にしないで。痛いのは最初だけ。だんだん慣れてくるから!」
これ何のプレイだろ?
でも、悪くないっ!
「もっと、もっとだよリンちゃんんんん」
「へ、へんはーーーーーい!(変態)」
授業をサボった中学生が、人気のないこんなところで何やってんだろう?




